表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

157/445

アレン細胞と政略結婚【八】


 ケミーさんが研究を開始してから一時間後。


「ふ、ふふ……。ふふふふふ……っ。見つけた……ついに見つけましたよ!」


 彼女は一本の試験管を天高く掲げながら、高らかにそう叫んだ。


「見つけたって、もしかして……!?」


「呪いの治療法ですか……!?」


 俺とリアは、すぐにそう問い掛けた。


「はい! アレンくんの細胞を様々な試薬(しやく)を使って調べたところ、普通の人間には存在しない『特殊な細胞』が見つかったんですよ! そうですね……ここでは便宜上(べんぎじょう)『アレン細胞』と呼びましょうか」


 ケミーさんは小躍(こおど)りしそうなほど上機嫌に、自分の大発見を語り始めた。


「『これだ!』と確信した私は、すぐに検証を始めました。患者から提供を受けた赤黒い――呪いに犯された皮膚組織へ、アレン細胞を塗布(とふ)したんです。その結果は……当たりも当たりの大当たり! 呪いはたちまちのうちに解けたんですよ!」


 彼女は鼻息を荒くしてそう語り、


「そしてこのアレン細胞を元にして作った新薬が――こちらです!」


 机の上に置かれた軟膏(なんこう)を指差した。


「これは抗炎症成分にアレン細胞を配合した試作品第一号! 次の患者には、早速これを使ってみましょう!」


「い、いきなり人間の体で試すんですか!?」


「あはは、大丈夫ですよ。アレン細胞は皮膚組織に対し、それはもう完璧に無害でしたから。万に一つも、人体に悪影響はありません!」


 彼女はそう言って、机の上に置かれたおびただしい数のプレパラートへ目を向けた。

 どうやらあの試作品を使って、既に様々なテストを行っていたようだ。


「そうですか、わかりました……!」


『世界一の医学博士』がここまで言うんだ、きっと大丈夫だろう。


「ふふっ、世紀の瞬間はもうすぐそこですよ……っ!」


 ケミーさんはそう言って、次の患者を招き入れた。


 ハロルド=ラーセン、八十五歳。

 昼夜を問わず、強烈な倦怠感(けんたいかん)が全身を襲うという『消力(しょうりょく)の呪い』に掛かった男性だ。

 二年ほど前に農作業をしている際、魔獣に左足を咬まれたことが原因らしい。


「それでは、失礼しますね……」


 俺は試作品第一号を長い綿棒ですくい、赤黒く変色した彼の左足へ塗布した。


 すると次の瞬間――赤黒い紋様はみるみるうちに消えていき、綺麗な元の皮膚へ戻った。


 見た目の上では、どこからどう見ても呪いは解けている。

 後は実際のところ、ハロルドさんの体から倦怠感が抜けたかどうかだ。


「ど、どうでしょうか……?」


 俺が恐る恐る問い掛けると、


「おぉ、こいつは凄いな……! 体の気だるい感じが一気に吹き飛んだよ!」


 彼はそう言って、活力に(みなぎ)った笑みを浮かべた。


「そうですか、それはよかったです!」


 研究は成功――アレン細胞を配合した試作品第一号は、呪いに対して有効だったようだ。


 それからハロルドさんが部屋を退出した後、


「――ぃやったーっ! ついに、ついに呪いの治療法を発見しました! これは人類史に残る超大発見ですよ!」


 ケミーさんは両手をあげて、小さな子どものようにはしゃぎ回った。


「やりましたね、ケミーさん!」


「おめでとうございます、ケミーさん!」


「ありがとうございます! アレンくんとリアさんが協力してくれたおかげで、医学はとても大きな一歩を刻むことができました!」


 そうして互いに喜びを分かち合ったところで、


「とりあえず――急いで天子様へ報告しましょう! これがあれば、多くの命が救われますから!」


 俺はすぐさま立ち上がり、第三研究室を飛び出そうとした。


 すると、


「――ちょ、ちょっと待ったぁ!」


 ケミーさんは突然、大きな声を張り上げた。


「ど、どうかしましたか?」


 突然の行動に俺が目を丸くしていると、彼女はとても真剣な表情でゆっくりと口を開いた。


「アレンくん、少し……。いえ、とても大事なお話があります……っ」


「な、なんでしょうか……?」


 これほど真剣な顔をしたケミーさんは、一度として見たことがない。


(い、いったいなんの話があるんだ……!?)


 そうして俺がゴクリと唾を呑み込んだ数秒後、


「この研究……失敗したことにしませんか?」


 ケミーさんはとんでもないことを口にした。


「え、えっと……?」


 正直、彼女が何を言っているのかわからなかった。

 研究は成功した。

 人類は呪いに打ち勝った。


 それを失敗したことにするとは……いったいどういう意味だろうか?


「製薬市場というのは……ぶっちゃけ儲かります。呪いに対して絶対的な効果を発揮する『アレン細胞』、そしてそれを応用した新薬の特許――これはもう『一億ゴルド』なんて目じゃないほどの莫大なお金を生みます……っ!」


 彼女は暗い笑みをたたえながら、ねっとりと話を続けた。


「この『対呪治療研究』は、リーンガード皇国の国策として行われています。もしここでアレン細胞と新薬を発見してしまえば……その権利は全て天子様のものになる。そういう契約になっているんですよ」


 ケミーさんはそう言って、懐から『対呪治療研究に関する誓約書』を取り出した。


「このままでは『世紀の大発見』をしたにもかかわらず、たかが一億ゴルドという『はした金』を手にして終わります。それならばいっそ、この研究を失敗したことにしませんか? そして後日、私とアレンくんが別のプロジェクトを立ち上げ、そこで偶然『アレン細胞』を発見したということにするんです! そうすれば権利は全て私のも――し、失礼! 二人のものとなって、莫大なお金が転がり込んできます! そうですね……分け前は私とアレンくんで『七対三』ぐらいでどうでしょうか?」


(こ、こいつ(・・・)……っ)


 まさに吐き気を催す邪悪。

 自分の利益のためだけに周囲の命をまるで顧みない、どこまでも腐り切った意見だ。


 彼女は『一億ゴルド』という多額の報酬では飽き足らず、さらなるお金をせしめようとしているようだ。

 まさに欲望の塊。

 イドラたち白百合女学院の生徒が、ほとほと愛想を尽かしたのも頷ける。


「……ケミーさん」


「あ、アレンくん……!」


「ふざけたこと言ってないで、さっさと天子様に報告しますよ」


 これまで長年呪いに苦しめられた人たちにとって、この新薬はまさに希望だ。


(もしもケミーさんが、アレン細胞に関する特許を持てば……)


 きっと新薬の値段を意のままに吊り上げ、自分の利益のために好き放題することだろう。

 それだけは、絶対に阻止しなければならない。

 

「ぐ……わ、わかりました……っ。今回の研究は確かにアレンくんの寄与(きよ)するところが、とても大きい……。さすがに七割は少し欲をかいてしまいました。それでは――私とアレンくんで六対四というのは、いかがでしょうか……!?」


 ……どうやらこの人は、本当に全く何もわかっていないらしい。


「よし。天子様のところへ行こうか、リア?」


「えぇ、そうね!」


「えっ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? ……わ、わかりました! 半分! 分け前は、きっちり半分ずつにしますから!」


 その後、あの手この手で俺を丸め込もうとするケミーさんを引きずって、天子様の元へ連れていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ