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アレン細胞と政略結婚【七】


 グインさんの治療を済ませた後、研究の速度は一気に加速した。

 次から次へ運び込まれる患者に対し、俺は必要最低限の闇で素早く治療を施す。

 ケミーさんはその間、様々な機械を使ってありとあらゆる切り口から闇の分析を進めた。


 結局俺はこの日、『一人一分』という超高速治療で千人以上の呪いを解いた。


 かかった時間は十八時間――体力的には全く問題ないが、霊力的には少し消耗を感じた。

 だけど、この消耗具合なら後一週間ぐらいはもつだろう。


 研究初日にわかったことは、大きく分けて二つ。


 俺の闇は、呪いに一切接触(・・・・)していない(・・・・・)こと(・・)

 呪いに感染した赤黒い皮膚は、闇との距離が三センチ以内になると勝手に自壊するということ。

 闇を構成する『何らかの成分』が、呪いに対して絶対的な効果を発揮しているはず――これがケミーさんの立てた仮説だった。


 そうして迎えた二日目。


 この日はポリエスタ連邦とロンゾ共和国から、大勢の患者が押し寄せた。

 それというのも、天子様が「リーンガード皇国は独自の技術により、呪いの治療法を確立した」と大きく告示を出したからだ。


 俺は押し寄せる患者を必死に治療し続け、ケミーさんはその様子をつぶさに観察した。


 しかし……残念ながらこの日は、全く成果を挙げられなかった。


 一日中ずっと闇の成分を分析していた結果、何もわからなかったのだ。

 どうやら今の科学技術では、俺の闇は解き明かせないらしい。

 呪いの研究は、暗礁(あんしょう)に乗り上げてしまった。


 そうして『対呪(たいじゅ)治療研究』も、いよいよ三日目に差し掛かった。


 この日は、ケミーさんの借金返済期日。

 二十四時零分零秒をコンマ一秒でも過ぎれば、彼女の家は差し押さえられてしまうそうだ。


 まぁそれは完全に自己責任なので、この際どうでもいいとして……。


(そろそろ治療法を発見しないと、大勢の人が死んでしまう……)


 俺は内心強烈な焦りを感じながら、ただひたすら目の前の呪いを解き続けた。


 そうして時計の針が二十時を指した頃。


「うぅー、違う違う違う……っ! そうじゃない、そうじゃなくて……もうっ! なんで見つからないのよぉ……っ」


 ケミーさんは頭をガリガリと掻きむしりながら、悲鳴のような声を上げた。


 どうやら昨日に引き続き、今日も成果はないらしい。


(……まだ時間が掛かりそうだな)


 俺はそんなことを思いながら、次の患者の入室を待つ。

 その数秒後――部屋の扉が開き、二人組の聖騎士が新たな患者を連れて来た。


「この方はオーロット=ドラステンさん、七十一歳。体の一部が痺れて動かなくなる『麻痺の呪い』に蝕まれた患者です」


「発症したのは七十歳の秋ごろ。オーレストからドレスティアへ移動中、魔獣に右の手のひらを咬まれたことが原因です。現在は右腕が指一本として、動かせない状態となっております」


 オーロットさんの状態について報告を受けた俺は、すぐに治療を開始した。


「咬まれた箇所は、右の手のひらですね。ちょっと失礼します」


 俺はそう言って、ダラリと垂れ下がった彼の右手を取った。


 するとその瞬間、


「お、おぉ……っ! これは凄い! 右腕が動くぞ!」


「え……?」


 オーロットさんは、さっきまでピクリとも動かなかった右腕を軽快に回して見せた。


「いやぁ、あんた本当凄い先生だな! 一瞬で呪いを解いちまうなんて、まさに人類の希望だよ!」


「え、あ……いや、その……っ」


 俺はまだ何もしていない。

 治療のための闇を出していない。


 それなのに……呪いは勝手に解けた。


「……アレンくん。あなた今、何をしたんですか……?」


 今の様子を観察していたケミーさんは、目を大きく見開いてそう問い掛けてきた。


「い、いえ……何もしていません。本当にただ、彼の手を触っただけです……っ」


 俺がそう言った次の瞬間、彼女はブツブツと大きな独り言を口にした。


「……そうか、ずっと『勘違い』していたんだ。アレンくんの闇が呪いを治療する――その先入観が邪魔をしていたんだ……。アプローチが間違っていた……っ。分析対象は呪いでも闇でもなく……アレンくん(・・・・・)本体(・・)だ……っ!」


 そうして何らかの結論に到達したケミーさんは、勢いよく顔を上げる。


「――アレンくん! 次の治療には闇を使わず、赤黒い紋様に触れてみてください! もしかするとこれは、突破口が見えたかもしれません!」


「は、はいっ!」


 それからすぐに次の患者が入室し、


「し、失礼しますね」


 俺は触診をするようにして、赤黒い紋様へ手を伸ばした。


 すると次の瞬間、


「き、消えた……っ!?」


『呪いの象徴』たる赤黒い紋様は、あっという間に消滅した。


「け、ケミーさん……これは!?」


「はい、間違いありません! 呪いはなにも『闇』を嫌がっていたんじゃない。アレンくんと(・・・・・・)接触(・・)している(・・・・)闇を(・・)――もっと正確に言うならば、アレンくん(・・・・・)という(・・・)存在(・・)を嫌がっていたんです……っ!」


 彼女はそう言うと、すぐにこれまで稼働させていた機械を停止させた。


「そうと決まれば、話は早い……! ちょっと待っててくださいね……っ!」


 ケミーさんは慌てて部屋から飛び出し――試験管にビーカー、それからたくさんの薬物を手に取って戻ってきた。


「さぁ、アレンくん! その不思議な体……ちょっと調べさせてもらいますよ!」


「はい、もちろんです!」


 その後、ケミーさんは俺の細胞を採取し、一人黙々と研究を続けた。


 どうやら偶然にも呪いを解く糸口が発見できたようだ。

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