アレン細胞と政略結婚【五】
俺とリアは、ケミーさんに連れられてリーンガード国立研究所へ向かう。
宮殿から北東方向へ五分ほど歩けば、とても大きな白塗りの建物に到着した。
「――さぁ、着きましたよ。ここがリーンガード国立研究所です!」
ケミーさんはそう言いながら、門の前に設置された機械にカードらしきものを差し込んだ。
するとその直後――『ピピピッ』と機械音が鳴り、両開きの門がゆっくりと開き始める。
「な、なんかとても近代的だな……っ」
「そうね、秘密基地みたいでちょっとかっこいいかも……」
俺とリアがそんな感想を口にすると、
「ふふっ、当然です! 何と言ってもここは、この国で一番の研究施設ですから!」
彼女はどこか誇らしげにそう言うと、足早に巨大な立方体の白い建物に入っていった。
「俺たちも行こうか」
「えぇ」
そうしてリーンガード国立研究所に足を踏み入れた俺たちは、ケミーさんの案内を受けて二階へ向かった。
(す、凄いな……)
研究所の中には、白衣を着た大勢の人たちが忙しそうに右へ左へと行き来していた。
目の下に大きなクマを作った人。
半分割れた眼鏡をつけた人。
ぼさぼさの髪でブツブツと独り言を話す人。
(なんというか、『住む世界』が違う……っ)
剣士には剣士の世界があるように、研究者には研究者の世界があるようだ。
そんな普段とは違う異質な空間を進んでいくと、ケミーさんはとある部屋の前で足を止めた。
「今回はこの『第三研究室』で、呪いの研究を実施します」
彼女は扉の真ん中に取り付けられた液晶パネルに、暗証番号のようなものを打ち込んだ。
すると重々しい扉はひとりでに動き出し、部屋の明かりが自動で点灯した。
「さっ、入っちゃってください」
「は、はい」
「失礼します」
そうして俺とリアは、ケミーさんの後について第三研究室へ入った。
(こ、これはまた圧迫感のある部屋だな……っ)
広さはだいたい千刃学院の教室ぐらいだろうか。
部屋の真ん中には青いベッドのような診察台が置かれ、それを取り囲むようにして物々しい機械がいくつも並んでいる。
機械に詳しくない俺からすれば、かなり異様な部屋だった。
「さてと、それじゃ準備の方をパパパッと済ませちゃいますね!」
ケミーさんはサイズの合っていない白衣の袖を捲り上げ、目の前の機械を操作し始めた。
「とりあえず、研究の流れを簡単に説明しておきましょうか」
彼女は慣れた手つきで機械をいじりながら、コホンと咳払いをした。
「えーっとですね……。これからこの部屋には、呪いに掛かった人たちがたくさん運び込まれてきます。アレンくんは、その人たちを片っ端から治療していってください。先生はその間、どういう仕組みで闇が呪いを解いているのか――これらの機械を使って分析していきます!」
「はい、わかりました」
どうやら俺は、ただひたすら呪いを解き続ければいいだけらしい。
正直、頭を使わない単純作業だったので、少しだけホッとした。
すると、
「え、えーっと……。なにか私に手伝えることはありますか……?」
手持無沙汰になったリアは、少し困った表情で声を上げた。
「リアさんは……そうですね。アレンくんの横について、彼を癒してあげてください」
「い、癒す……?」
「はい。おそらくこの研究は、長丁場になります。研究中ほぼずっと闇を出し続ける――つまり、霊力をひたすら消費し続けるアレンくんには、凄まじい負荷が掛かるでしょう。だからリアさんは、彼の横について精神的なストレスを和らげて欲しいんです」
精神状態は霊力に強い影響を与えるというのが定説だ。
精神的に弱っていたり、大きなストレスを抱えていたりすると――魂装はその影響をもろに受け、いつも通りの力を発揮できないと言われている。
そうしてケミーさんから説明を受けたリアは、
「はい、わかりました! ――アレン、しっかりと癒してあげるから安心してね?」
やる気に満ちた表情で、力強くそう言ってくれた。
「あぁ、頼りにしているよ」
「……あれ? でも『癒す』って、何をすればいいんだろ……?」
いつも通りどこか少し抜けているリアは、小首を傾げながらそう呟いた。
「ふふっ、どうすればいいんだろうな?」
正直なところ――彼女が横にいてくれるだけで、俺の心は落ち着く。
何もしなくても、そこにいてくれるだけで十分だ。
「――ところでケミーさん。『長丁場』って、だいたいどれぐらい掛かるんでしょうか? 天子様の話では、ポリエスタ連邦とロンゾ共和国の人たちは、もって数日という話だったんですが……」
その二国で呪いを掛けられた人は、なんと十万人にも上るらしい。
難しいかもしれないけれど、なんとか数日内には治療法を発見したい。
「安心してください。長丁場と言っても三日以内には、『絶対』に終わらせます! そうじゃないと……私の家が差し押さえられてしまいますから……っ」
……どうやらケミーさんもかなりの崖っぷちに立たされているようだ。
「それよりも私は、アレンくんの体が心配なんですよね……。霊力をひたすら消費し続けながら、数日にわたる持久戦――冗談を抜きにして、地獄のようにキツイですよ……?」
彼女はいつにも増して真剣な表情で、そんな忠告を発した。
「もちろん絶対とは言えませんが……。多分、大丈夫だと思います。持久戦には、少しだけ自信がありますから」
そう。
十数億年もの間、ただずっと剣を振り続けられる程度には自信がある。
「ふふっ、頼もしいですね。さて……それでは時間もあまりないことですし、そろそろ始めましょうか!」
「「はい!」」
こうして俺たちは、これまで誰も発見できなかった『呪いの治療法』を見つけ出すため、研究を開始したのだった。