アレン細胞と政略結婚【一】
一月二日。
波乱の慶新会を無事に乗り切った俺は、久しぶりに落ち着いた目覚めを迎えることができた。
「んー……っ」
時計を見れば、時刻は朝の七時。
起きるにはちょうどいい時間帯だ。
ベッドから起き上がり、大きく体を伸ばしていると、
「――おはよ、アレン」
既に朝支度を済ませたリアが、台所から姿を現した。
白いエプロンに身を包んだ彼女は、いつ見ても本当に可愛らしい。
「ふわぁ……。おはよう、リア」
「ふふっ、まだ眠たい?」
「あはは、ちょっとな」
昨日はけっこうな量の闇を使った――つまりは多くの霊力を消費したため、まだ少し体が重い。
「どうする? 朝ごはん、少し遅らせようか?」
彼女は手に持ったフライパンを小刻みに振りながら、コテンと小首を傾げた。
どうやら、ちょうど朝ごはんを作ろうとしてくれていたようだ。
「いや、大丈夫。そのまま作ってくれると助かるよ」
あまり生活のリズムを狂わせたくない俺は、リアの優しい提案をやんわりと断った。
「そっか。それじゃ、もうちょっと待っててね」
「あぁ、いつもありがとな」
その後――顔を洗って歯を磨き、いつもの制服へ着替えた。
千刃学院は冬季休暇期間中だから、制服を着る必要はない。
しかし、五学院の生徒は制服での外出が推奨されている。
それに何より――この服は戦闘を想定したものであり、伸縮性・防刃性・耐久性に優れる。
近頃は物騒な世の中になっているため、いつどこで戦闘に巻き込まれるかわかったものではない。
だから俺は特別な事情が無い限り、ほぼ毎日この制服を着るようにしているのだ。
(これでよしっと……)
そうして朝支度を全て済ませたところで、
「――アレン、ご飯できたよー!」
台所からリアの声が聞こえた。
「あぁ、今行くよ」
俺はそう返事をして、彼女の元へ向かった。
食卓にはお味噌汁に焼き魚、野菜のおひたしに白ご飯と色とりどりの料理が並んでいた。
「――おぉ、今日もまたおいしそうだな!」
「ふふっ、早く食べましょ?」
互いに向き合って椅子に座り、静かに両手を合わせる。
「「――いただきます」」
俺はまず手元に置かれたお味噌汁へ手を伸ばした。
「……あぁ、温まるな」
健康に配慮された、塩分控えめのダシ。
さいの目切りにされたお豆腐と名脇役のワカメ。
寒さの厳しい冬には、たまらない一杯だ。
そうして焼き魚に野菜のおひたしと、リアの料理に舌鼓を打っていると、
「――どう? おいしい?」
彼女はニコニコとこちらを見つめながら、そう問い掛けてきた。
「あぁ、とってもおいしいよ」
「ふふっ、よかった」
そうして俺たちは、いつも通りの幸せな朝食を取ったのだった。
■
「「――ごちそうさまでした」」
食後の挨拶をしてから、俺は二人分の食器を洗い場へ運ぶ。
毎食後の皿洗いは、俺の仕事だ。
リアはいつも「それぐらい私がやるのに」と言うけれど……。
あんなおいしいご飯を作ってくれているんだから、せめて後片付けぐらいはやらせてほしい。
そうして俺が洗い物をしていると、
「そう言えば……。昨日の事件、新聞に載っていたわよ」
椅子に腰かけたリアは、そんなことを口にした。
「へぇ、どんな風に?」
「えーっと……。『リーンガード宮殿を魔族が強襲! 現場の剣士が撃退し、天子様に怪我は無し!』って感じね」
「なんと言うか、かなりざっくりした情報だな……」
「おそらく政府の情報規制が入ったんでしょうね……。ゼーレの名前や呪いのこと、それにアレンのことさえも書かれていないわ」
彼女はそう言いながら、パラパラと新聞をめくった。
「情報規制、か……。難しいことはよくわからないけど、そろそろ二人でゆっくり過ごしたいよな……」
新年早々、慶新会からの魔族襲来。
これ以上は望めないほどの素晴らしいスタートダッシュと言えるだろう。
(なんとなくだけど……。今年は去年よりも波乱に満ちた一年になりそうな気がするんだよな……)
そうして俺が小さくため息をつくと、
「あっ、そう言えばアレン! 今年の初詣、どこに行こっか?」
リアが初詣の話題を振ってきた。
「初詣か。あまりこの辺りの神社には詳しくないんだよな……。リアはどこか行きたいところとかないのか?」
「……! えっとねえっとね! 私のおすすめなんだけど――」
そうして彼女が嬉しそうに話を始めたそのとき――コンコンコンと玄関の扉がノックされた。
「こんな朝早くに……誰だろう?」
「うーん……。ローズか、クロードか……もしくはレイアかしら?」
ローズはとてつもなく朝に弱いから、可能性はかなり低い。
クロードさんは……そもそも俺とリアの寮に近寄ろうとしない。
どうやら変な気の遣われ方をしているみたいで、どうしたものかと少し困っている。
それからレイア先生は……あれ?
(そう言えばあの人……今どこにいるんだ?)
思い返してみれば、慶新会のときにも見掛けなかった。
(あれほどの騒ぎになっても姿を見せないということは……)
もしかしたら仕事か何かで、今はオーレストを離れているのかもしれないな。
「……誰かはわからないけど、とにかく出てみるぞ」
「うん。一応、気を付けてね?」
「あぁ、わかってる」
そうして俺は念のため、剣を腰に差してから玄関へ向かった。
「――どちらさまでしょうか?」
ゆっくり扉を開けるとそこには――百人を超える聖騎士が跪いていた。
「え、えーっと……?」
突然の事態に困惑していると、一人の聖騎士が口を開いた。
「――アレン様。どうか我々と一緒に、リーンガード宮殿へ来ていただけないでしょうか? 天子様がお待ちになっておられます」
どうやら……今日もゆっくり過ごすことはできなさそうだ。