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招待状と魔族【十三】


 天子様たちに掛けられた呪いを解いた俺は、ゼーレを捕獲するために森へ向かう。

 リーンガード宮殿が崩壊したことにより、オーレストの街は完全にパニック状態となっていた。


 とにかく宮殿から離れようとする人。

 大急ぎで店仕舞いに勤しむ人。

 どうしたらいいのかわからず、その場で立ち(すく)む人。


 そんな混乱状態となった通りを走り抜け――ゼーレが落下した森に到着した。


「よし、ここだな……」


 俺は鬱蒼(うっそう)とした草木を掻き分け、足早に進んでいく。


(確か、このあたりだったよな……)


 冥轟(めいごう)の直撃を受けた奴は、ここらに落ちていったように見えた。


(あの傷では、そう遠くにはいけないだろうけど……)


 魔族には、恐ろしいほどの回復能力がある。


(あれからもう十分ぐらいは経過した。あまりモタモタしている時間はないな……)


 翼を回復されれば、自由に飛んで逃げられてしまう。

 そうしてゼーレを見逃さないよう注意しつつ、森の奥へ奥へと進んでいくと――とんでもない光景が目に飛び込んできた。


「こ、これは……っ!?」


 ぽっかりと開けた空間に広がっていたのは、とてつもない『破壊の跡』だ。

 ひしゃげた木々、割れた岩、大きく陥没した地面。

 まるでそこだけ重力が百倍になったかのような、奇妙な破壊の跡があった。


「これは……ゼーレの仕業なのか?」


 俺は様々な可能性を考えながら、深く抉られた大地をそっと指で撫でた。


(……湿っている。まだそう時間は経っていないな)


 まだ表面が乾燥していないということは――この凄まじい破壊は、ほんの少し前に起きたということだ。


(ゼーレか、それとも全く別の敵か……)


 俺は静かに剣を引き抜き、周囲に視線を巡らせた。


 すると――。


『――おぃ゛、クソガキ』


 脳内にアイツの声が響いた。


「……なんだ?」


『あの木の下……なにか書かれてあるぞ』


「『あの木の下』って……」


 ……どの木の下だよ。

 そんなことを思いながら、いくつかの木の根元へ視線を向けると――確かにあった。


「……なんだこれ?」


 とある木の下には、見たことの無い『奇妙な線』が描かれてあった。


「これは……『文字』か?」


 なんとなく規則性のようなものがありそうだけど……。

 こんな文字は、これまで見たことがない。


(魔族が使う文字か……? それとも何かしらの暗号か……?)


 俺がそんなことを考えていると、


『……なるほどな。おぃ゛、もういいぞ』


 アイツは突然『もういい』と言い出した。


「もういいって……どういうことだ?」


『あの魔族については、もう心配いらねぇ゛ってことだ。――俺はもう寝るぞ』


「ちょ、おい! ちゃんとわかるように説明しろよ!」


 その後、俺が何度話しかけてもアイツが返答をすることは無かった。


「全く、本当に自分勝手な奴だな……」


 それでもまぁ……アイツが断言しているからには、きっともう大丈夫なんだろう。


(本音を言えば……何故もう心配ないと判断したのか、その理由を教えて欲しいところだけど……)


 残念ながら、アイツはそこまで親切じゃない。


「はぁ……。仕方ない、帰るか……」


 そうして俺は特に何をすることもなく、リーンガード宮殿へ引き返すことにしたのだった。



 俺は少しスッキリしない気持ちを抱えたまま、先ほど通って来た道を引き返す。

 そのまま数分歩くと――上階が丸々吹き飛び、一階部分だけになったリーンガード宮殿に到着した。


(しかし、こう見ると本当に悲惨な状態だな……)


 天子様の御所は、まるで廃墟と化していた。


(魔族、か……)


 今思い返しても、本当に恐ろしい奴だった。

 呪法(じゅほう)という強力な力、驚異的な身体能力、それに何より――一切の躊躇(ためら)いがない。

 俺たち人間を劣等種族と見下しているため、情け容赦なく殺すつもりで攻撃してくる。


(確か……神聖ローネリア帝国は、五体の魔族と友好条約を結んだという話だったよな……)


 ゼーレクラスが残り四体、か……。

 考えるだけで、頭が痛くなってくるな。


(それに今回の一件は、明らかな『戦争行為』だ……)


 神聖ローネリア帝国は、リーンガード皇国へ弓を引いた。


(この件に対して、天子様がどういった対応を取るのかはわからないけど……)


 きっとこれから先、主要五大国と神聖ローネリア帝国の激しいぶつかり合いが始まるだろう。

 それこそ本当に、世界規模の大きな戦争が起きるかもしれない。


(気が重たくなってくるな……)


 俺がそんなことを思いながら、リーンガード宮殿へ足を踏み入れると、


「――あっ、アレン! よかった、無事だったのね!」


 いち早くこちらに気付いたリアは、嬉しそうに駆け寄って来てくれた。


「あぁ、ありがとう。天子様たちは……もう大丈夫そうだな」


 周囲を見回せば、そこにはすっかり顔色のよくなった天子様たちの姿があった。


「えぇ。アレンのおかげで、みんなすっかり元気になったわ」


「それは何よりだな」


 俺とリアがそんな話をしていると、天子様がゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「――アレン様、此度は本当にありがとうございます。魔族の撃退並びに呪いの解呪、勲章の授与に値するほどの素晴らしい活躍でした。この国に住む全国民を代表し、感謝の言葉を申し上げます」


 猫をかぶった天子様は『天使』のような微笑みをたたえ、お褒めの言葉をくださった。


「いえ、俺は当然のことをしただけですから」


 そんな返事をすると――彼女はこちらに近付いて、小さな声で耳打ちをした。


「あなたのそう言う謙虚で真っ直ぐなところ……大好きよ。また今度(・・・・)どこかで(・・・・)遊び(・・)ましょう(・・・・)――()アレン(・・・)?」


「あ、あはは……。そのときは、ぜひお手柔らかにお願いしますね……」


「うふふ、考えておくわ」


 妖艶な笑みを浮かべた天子様はそう言って、上級聖騎士たちの元へ戻った。


(はぁ……。これはまた面倒な人に目を付けられたな……)


 俺がそんな風にため息をついていると、背後からポンと肩を叩かれた。

 振り返ればそこには――会長の父ロディス=アークストリアが立っていた。


「……アレン=ロードル、少しは骨のある男のようだな」


 彼は一言だけそう呟き、ジッとこちらを見つめたまま黙り込む。


「ろ、ロディスさん……?」


「…………友達からならば、認めてやらんこともない」


「……え?」


「ふんっ、察しの悪い奴だな……。シィとの関係についてだ」


「あ、あぁ、なるほど……」


 そう言えば、そんな話もあったっけか……。

 魔族の襲撃というとんでもない大事件があったせいで、すっかりと忘れてしまっていた。


「貴様の働きによって、リーンガード皇国は滅亡の危機から脱した。その功績により、星の数ほどいるシィの友達の中の凡庸な一人としてならば――認めてやってもいいだろう」


「あ、あはは……ありがとうございます」


 国を救う働きをして、ようやく『お友達』からなのか……。


(彼女と付き合うには、それこそ世界征服でもする必要がありそうだな……)


 俺がそんなことを考えていると――何やら宮殿の一角に集まる、不審な集団の姿が目に入った。

 彼らはチラチラとこちらに視線を送っては、またヒソヒソと小声で何かを話し合っている。


「ど、どうする……!? 考えようによっては……これは『大チャンス』だぞ!?」


「アレン=ロードル……。数々の黒い噂はあるものの……その実力は本物だ……っ」


「しかし、危険ではないか? 奴はあの『血狐(ちぎつね)』とも通じておるし……」


「い、いいや! 俺は行くぞ! たとえどこと通じていようと、一人で魔族を撃退するほどの圧倒的な『武力』……っ! 繋がりを持っておいて損はない……っ!」


「あっ、おい……待て! 一人だけ抜け駆けはさせんぞ……っ!」


 不審な集団は何やら大きな声をあげたかと思えば――突然、凄まじい勢いでこちらへ駆け寄ってきた。


「あ、アレンさん……! いやぁ、このたびはとんでもない大活躍でございましたな! あっ、実は私こういうものでして――」


「いやいや、アレン様! こんなしょうもない金貸しなどではなく、ぜひこの私と一緒に――」


「なんのなんの! オーレストの街では、知る人ぞ知るガーベスト不動産! その経営者である私と繋がりを持った方が――」


「いやいやいや――」


「なんのなんのなんの――」


 そうして名刺のようなものを手にした彼らは、勝手にヒートアップしていき――最終的には、何故か喧嘩を始めてしまった。


「え、えーっと……?」


 わけのわからない事態に困惑していると、リアが俺の服の袖をクイクイと引っ張った。


「――ねぇ、アレン。また面倒なことに巻き込まれる前に……今日はもう帰ろ?」


「そ、それもそうだな……」


 そうして俺は不審な集団に一言だけ断りを入れてから、リアと一緒に千刃学院の寮へ帰った。


 とにもかくにも――こうして波乱に満ちた慶新会(けいしんかい)は、無事に終わりを迎えたのだった。

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