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招待状と魔族【十二】


 オーレスト近郊に位置する森の中。

 瀕死の重傷を負ったゼーレ=グラザリオは、地べたを這いずりながら移動していた。


「はぁはぁ……っ」


 アレン=ロードルの抹殺に失敗した彼は、かつて経験したことの無い屈辱に歯を食いしばる。


(くそ、なんてざまだ……っ)


 遅々として回復の進まない――まさにボロ雑巾となった自分の体を見ては、憎しみの炎が燃え上がった。


(絶対に……絶対に許さんぞ、アレン=ロードル……っ!)


 胸の内にドロドロとした憎悪を(たぎ)らせた彼は、その恨みを(かて)にして少しずつ移動していく。


(なんとしても生き延びて、同胞に伝えなくては……。俺が手にした……アレン=ロードルの情報を……!)


 そうしてゼーレが大地を這いずり、必死にアレンから逃げようとしていると、


「――おっ? いましたよー、リゼさん! 魔族っぽいのを発見したっす!」


 モノクロのピエロ衣装を着た胡散臭い男――クラウン=ジェスタ―が森の奥から現れた。


 さらに続けて、


「んー……どれどれ? あららぁ……。えらい手酷くやられたもんやなぁ……」


 (あで)やかな着物に身を包んだ狐目の女――リゼ=ドーラハインが姿を見せた。


「……なんだ、ただの劣等種族か」


 正体不明の人間を目にしたゼーレは、内心ホッと安堵の息をつく。


『ただの人間』であれば――アレンのような例外でもなければ、一瞬で殺すことができるからだ。


「今は貴様等の如きゴミに構っている暇はない。呪法(じゅほう)――火虐(かぎゃく)


 不可視の『呪い』が吹き荒れた次の瞬間、


「干せ――<枯傘衰(かれさんすい)>」


 火虐は不思議な力によって、かき消されてしまった。


「いきなり物騒やなぁ……。少しぐらいお話しようや?」


 リゼはそう言って、ケラケラと楽しげに笑う。


「なん、だと……!? 何故、呪法が効かない……っ。ま、まさか貴様等も……っ!?」


 そこまで口にしたゼーレは、突然喉元を押さえ始めた。


(い、息が……!? この劣等種族……いったい、どんな力、を……っ)


 そうして重度の酸欠に陥った彼は、そのまま意識を手放した。


「――捕獲完了やねぇ。さっ、クラウン。アレンくんがここに来んうちに、早いとこうちの屋敷まで運んでしもてや」


「了解っす! ふふふっ、魔族の体、一回イジッ(・・・)()みたかったんすよねぇ……!」


 そうして狂気の笑みを浮かべた彼が、ゼーレを小脇に抱えた次の瞬間。


「……あれ?」


 しっかり抱えたはずのゼーレが、綺麗さっぱり消えて無くなった。


 それと同時にしわがれた老爺(ろうや)の声が響く。


「――ひょっほっほ。悪いが、こやつの身柄は儂が預からせてもらおうかのぅ」


 リゼとクラウンが同時に振り返るとそこには、背の低い老人が立っていた。


 頭髪も眉毛も髭も全てが真っ白。

 

 片手で杖をつき、腰ははっきりと曲がっている。


 そんな彼の足元には、ゼーレが転がっていた。


(……おかしいっすねぇ。いったいいつ、ボクからゼーレを奪ったんだ……?)


 それはあまりに不思議な現象だった。


 いつ、接近されたのか。

 いつ、奪われたのか。

 いつ、離れたのか。


 一流の剣士であるクラウンが、その全てを感知することができなかった。


 まるで時が止まったかのような錯覚を覚えるほどに不思議な現象だった。


(魂装の能力、そう考えるのが妥当っすねぇ……)


 そうして彼が思考を巡らせていると、


「おやおや、これはまたえらい大物の登場やなぁ……。会いたかったでぇ――時の仙人?」


 友好的な笑みを浮かべたリゼは、その老爺へ声を掛けた。


「ひょほ? まさかこの年にして、こんな別嬪(べっぴん)に好かれるとはのぉ……。人生長生きしてみるものじゃなぁ……」


 どこか嬉しそうに呟く時の仙人へ、彼女は質問をぶつけた。


あんたら(・・・・)は、ゼーレを捕まえて何に使うつもりなんや?」


「ひょほほ。こんなものは、何の役にも立たん。まぁ言うなれば……ちょっとした『情報規制』のようなものじゃ」


「情報規制ねぇ……。ゼオンに時の仙人――あんたら二人して、いったい何を企んどるん?」


「ほぅ……。あやつのことまで知っておるとは、若いのにいろいろと危ない橋を渡っておるようじゃなぁ……」


 感心した様子で何度か頷いた時の仙人は、


「――遥か昔の(ちぎ)りじゃ。お主ら若者(・・)が、口を挟むようなことではない」


 いつになく真剣な表情で、はっきりとそう言った。

 これ以上なにも話すつもりはないという、明らかな拒絶だった。


 すると次の瞬間――時の仙人を中心とした半径数メートルが、刹那のうちに陥没した。

 木は押し潰され、岩はひしゃげ、大地は抉れ――凄まじい破壊の嵐が吹き荒れる。


「ひょほほほ……! これは中々、強力な力じゃのぅ……っ!」


 クラウンが放った不可視の一撃――それを事も無げにやり過ごした時の仙人は、楽しげに笑う。

 彼の足元には、先ほどと全く変わらない状態のゼーレが転がっていた。


「それが噂の『透明化』っすか……。便利な能力っすねぇ……」


 そうしてクラウンが、さらなる攻撃を仕掛けようとしたそのとき。


「――やめとき」


 鋭い制止の声が響いた。


「さすがに今、アレとやり合うのはしんどいわ。それに……そろそろアレンくんがここへ来てまう」


「……了解っす。はぁ……貴重な魔族の実験体が……」


 彼はがっくりと肩を落とし、攻撃の手を止めた。


「――なぁ、時の仙人。また今度、ゆっくりお茶でもどうや?」


「ひょほほ! お主のような美人からのお誘い、呼んでくれれば飛んでいくわい!」


「ふふっ、上手やなぁ。ほな、また今度会おな」


 そうしてリゼとクラウンは、静かにその場を去った。


「ふむ、念のため顔を出しといて大正解じゃったな……」


 足元で気絶したゼーレに視線を落とし、時の仙人はそう呟いた。


 それから彼はゼオンだけが読めるよう古代文字でメッセージを残し、


「さて、釣りの続きでもするかのぉ……」


 ゼーレを引きずったまま、森の奥深くへと消えていったのだった。

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