招待状と魔族【十一】
桁外れの闇がリーンガード宮殿を吹き荒れ、リアたちへ向けられた幾千の白刃は消滅した。
(……ありがとな)
何故アイツが助けてくれたのかは、わからないけど……。
(とにかくこれで、心置きなくゼーレを仕留めることができる!)
俺は黒剣に霊力を集中させつつ、上空に浮かぶ奴へ狙いを定めた。
「く、そ……っ。邪魔立てをするか、ゼオン……っ!」
奴は憎悪に満ちた雄叫びをあげ、すぐさま逃走を開始した。
同時に――俺はありったけの闇を展開する。
それはリーンガード宮殿を越え、オーレストの街さえも侵食していく。
「あ、あり得ない……っ。なんて、出力だ……っ!?」
どこまでも冷たく、どこまでも暗く、どこまでも邪悪なアイツの闇。
それを視認したゼーレは、思わずその場で息を呑む。
「――お前はやり過ぎた」
「……っ」
こいつはリアたちへ、二度も攻撃を加えた。
――決して許せることではない。
「終わりだ……ゼーレ!」
天高く黒剣を掲げれば、立ち昇る闇が一面の青空を漆黒に染めた。
「く、そぉおおおおおおおお……っ!」
奴は泡を吹きながら、必死に逃走を試みた。
ボロボロになった翼をはためかせ、リーンガード宮殿から飛び去っていく。
そんなゼーレに向けて、俺は渾身の一撃を叩き込む。
「六の太刀――冥轟ッ!」
黒剣を振り下ろせば――地上に影を落とすほどに巨大な斬撃が、凄まじい速度で放たれた。
すると次の瞬間、
「こ、の……劣等種族がぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
憎悪に満ちた断末魔が響き渡り、『黒い塊』と化した奴はそのままオーレスト近郊の森へ落下した。
(……しかし、本当に丈夫だな)
あの一撃を受けても、ゼーレはまだわずかに動いていた。
(さすがは『魔族』と言ったところか……)
強靭な肉体・凄まじい回復力・恐ろしいほどの耐久力――確かに基本的な能力は、俺たち人間を遥かに超越していた。
(でも、あのダメージだ。少しぐらい放っておいても、遠くへ逃げることはないだろう……)
とにかく今は、天子様たちの身の安全が最優先だ。
こうして魔族ゼーレ=グラザリオを見事撃破した俺は、みんなに掛けられた『呪い』を解くために動き出した。
すると――。
『――おぃ゛、クソガキ。さっさと止めを刺しに行け。あんな雑魚でも一応は『魔族』、生命力は人間の比じゃねぇ゛。ちんたらしてると逃げられちまうだろうが……ッ』
不機嫌そうなアイツの声が脳内に響いた。
「悪い、ちょっとだけ待ってくれ。ゼーレを捕まえるのは、みんなに掛けられた『呪い』を解いてからだ」
何人かの上級聖騎士たちは、呪いの苦痛に耐えかねて痙攣を起こし始めている。
このまま放っておけば、命を落としかねない状態だ。
『そんなカスどもなんざ、どうだっていい! あの魔族を逃せば、てめぇの身が危ねぇんだぞ? んなこともわからねぇのか……あぁ゛?』
「わかってるよ。それでも……俺のことは後でいい。まずはみんなを治す」
全員を治療するのにそう時間はかからない。
きっと十分もあれば、お釣りがくるはずだ。
(あまり時間の余裕はない……。急ごう……っ)
そうして俺は、ひとまず体が一番弱そうな天子様のところへ足を向けた。
すると――妙な『独り言』が脳内に響いた。
『てめぇのその糞甘くて頑固なところは、本当にアイツそっくりだな……』
「……『アイツ』?」
『……何でもねぇ、今のは忘れろ』
珍しく、少し歯切れの悪い回答だった。
『とにかく、あの魔族だけは絶対に逃すな……いいな゛?』
「あぁ、わかってる」
万が一ゼーレを取り逃した場合、この国は文字通りに地獄と化す。
それはなんとしても、阻止しなければならない。
「さて、天子様は確か……胸のあたりだったかな?」
そうして俺は、天子様たちの体に浮かび上がった赤黒い紋様を消していき――ゼーレの呪いを解いて回った。
それから数分後。
「ふぅ……。こんなところか」
全員の呪いを解き終えた俺は、ようやくホッと一息をついた。
(しかし、誰も起きてこないな……)
よほど呪いによるダメージが大きかったのか、天子様たちは誰一人として目覚めなかった。
(これ、ちゃんと治ってるよな……?)
そんな風に少し不安を覚えていると、
「う、うぅん……?」
真っ先に呪いを解いたリアが、ゆっくりと目を覚ました。
どうやら、治療はうまくいっていたようだ。
「――リア、よかった! 体は大丈夫か?」
「……体? ……っ!? そ、そうだ、あの魔族は!?」
彼女は全て思い出したとばかりに、慌ただしく周囲を見回した。
この様子だと、体については問題なさそうだ。
「大丈夫、ゼーレなら俺が倒したよ」
「う、うそ……っ。あんな恐ろしい力を使う化物を……たった一人で……っ!?」
「あぁ、少し手こずったけどな」
「さ、さすがはアレンね……」
どこか呆れ半分といった様子でそう呟いたリアは、
「それでゼーレはどこ? もしかして……跡形もなく消しちゃったとか?」
周囲に視線をやりながら、物騒なことを口にした。
「さすがにそこまではしないよ……。空を飛んで逃げようとしたから、冥轟で撃ち落としただけだ」
「そ、そう……。あの偉そうな魔族が、尻尾を巻いて逃げ出すぐらいには圧倒したのね……」
「まぁ、そういうわけで――ゼーレはこの近くの森に落下した。これから捕獲しに行こうと思っていたんだけど……。俺がここを離れる間、リアは天子様たちを守ってくれないか?」
天子様はリーンガード皇国の元首だ。
意識のない彼女をこのまま野晒しにしておくわけにはいかない。
「えぇ、もちろん構わないわ。――でも、気を付けてね? 相手は全てが謎に包まれた魔族。少しでも危険を感じたら、無茶はせずに戻って来るのよ?」
「あぁ、ありがとう」
こうして天子様たちに掛けられた呪いを解いた俺は、撃墜したゼーレを捕獲するために近くの森へ向かったのだった。