招待状と魔族【十】
腹部に強烈な一撃を浴びたゼーレは、幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。
「……殺さなくてはならない。貴様だけは、絶対に……っ!」
奴は血走った目でこちらを睨み付けながら、<死の運び屋>を構えた。
何故そこまで、俺を目の仇にするのか。
ゼーレの言う『ロードル家』とはなんなのか。
どうして<暴食の覇鬼>のことを知っているのか。
(奴には、いろいろと聞きたいことがあるけど……)
それは全てが片付いてからだ。
(今は話をしている時間も惜しい……っ)
チラリと周囲を見回せば、苦しそうにうめき声をあげる天子様や会長の姿が目に入った。
こうしている今も、彼女たちは『呪い』に苦しめられている。
(まずは速攻でゼーレを叩き、それからすぐに呪いを解く……!)
話を聞き出すのは、その後からでも遅くはない。
「――行くぞ」
闇の衣を纏った俺は、一足でゼーレとの間合いを詰めた。
「は、や……っ!?」
<暴食の覇鬼>によって、大幅に強化された俺の身体能力。
それに反応できなかった奴は、全身隙だらけだった。
「桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」
鏡合わせのように左右から四撃ずつ、目にも留まらぬ黒い斬撃が牙を剥く。
「……っ!?」
無傷で凌ぐことは不可能――そう判断したゼーレは、多少のダメージを覚悟して後ろへ跳び下がる。
「ぐ……っ」
闇の斬撃が奴の手足を絡め取り、鮮血が宙を舞う。
(後もう一押しだな……っ!)
追撃の一手を打つべく、俺が前傾姿勢を取ったそのとき。
「――誇り高き魔族を舐めるなぁああああっ!」
ゼーレは突然凄まじい雄叫びを上げ、こちらを威嚇した。
その直後、奴の体にあった太刀傷は、みるみるうちに塞がっていった。
「どうだ、魔族の回復能力は! 劣等種族とは、格が違うだろう!?」
「……確かに凄いな」
瞬閃で斬り裂かれた腹部、鏡桜斬で負った全身の太刀傷――その全てがあっという間に完治する。
「でも、それなら――回復が追い付かない速度で斬ればいいだけだ!」
「くっ、ほざけぇええええ……っ!」
俺とゼーレは同時に駆け出し、死力を振り絞った剣戟を繰り広げた。
数多の斬撃がぶつかり合い、いくつもの火花が散る。
一合二合と切り結ぶたびに――ゼーレの体にのみ太刀傷が増えていく。
しかし、それらは全て一瞬で塞がっていった。
そうして何度も何度も剣を重ねていくと、再び鍔迫り合いの状況が生まれた。
「はぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!」
「うぉおおおおお゛お゛お゛お゛……ッ!」
種族的な筋力差によって、一度は敗れた勝負だったが……。
「――らぁ゛ッ!」
闇によって強化された俺は、圧倒的な勝利を収めた。
「く、そが……っ」
大きく吹き飛ばされたゼーレは、翼を大きくはためかせ――器用にも空中で姿勢を維持した。
「魔笛――斬魔の章ッ!」
奴が素早く太刀を振るえば、突如出現した数百の白刃が一斉に放たれた。
これまで俺が苦手としてきた遠距離からの連続攻撃。
しかし、今はもうその対処には困らない。
「――闇の影ッ!」
巨大な闇の塊が、大口を開けた化物のように全ての白刃を呑み込んだ。
「ちっ、本当に厄介な能力だな……っ」
そう言って悪態をついたゼーレは、何やら勘違いをしているようだった。
「おい、俺の攻撃はまだ――終わってないぞ?」
今しがた白刃を呑み込んだ闇は、次の標的であるゼーレへ殺到する。
「な、にぃ……っ!?」
恐るべき切れ味を誇る闇の影が降り注ぎ、同時に凄まじい砂埃が巻き上がった。
少しして視界がはっきりしてくるとそこには――。
「はぁはぁ……っ」
全身から血を流した奴が、息も絶え絶えといった様子で倒れていた。
ダメージの許容量を超えてしまったのか、回復は遅々として進んでいない。
(――勝負あり、だな)
あの傷では、まともに動くこともできないだろう。
(さて……早いところ天子様たちに掛けられた呪いを解かないとな)
そうして俺が緊張を解いたそのとき。
「さ、さすが、だな……。残念だが、今回は退かせてもらおう……っ」
ゼーレはボロボロになった翼をはためかせ、ゆっくりと空へ浮かび上がった。
「こ、これで勝ったと思うなよ……。次は百の同胞を引き連れ、貴様を血祭りにあげてやる……ッ! そのときはもちろん、この国にいる劣等種族どもも皆殺しだ……ッ!」
奴は憎悪と殺意を振りまきながら、血走った目でそう叫んだ。
「そんな満身創痍の状態で、逃げられると思っているのか……?」
俺は再び闇の影を展開し、油断なくゼーレの動きを注視する。
(一体の魔族が侵入するだけで、これだけの被害が出るんだ……)
それがもし百体ともなれば……最悪、リーンガード皇国が滅びかねない。
(これ以上厄介なことになる前に……。ゼーレだけは、なんとしてもここで仕留める……っ!)
俺は霊力を黒剣に注ぎ込み、冥轟を撃つ準備を整えた。
すると――。
「ふっ、もはや呆れるほどに凄まじい出力だな……。しかし、いいのか? それを私に撃てば――貴様以外の全員が死ぬぞ?」
奴はそう言って、ボロボロの手で<死の運び屋>を振るった。
「魔笛――殲魔の章ッ!」
次の瞬間――空間を引き裂いて出現した幾千もの白刃が、全てリアたちへ向けられた。
「なっ!?」
一騎打ちで勝てないことを知ったゼーレは、リアたちを人質に取ったのだ。
(闇の影で一気に全てを呑み込めば……いや、無理だ……っ。さすがにこの数は、間に合わない……っ)
そうして俺が強く歯を食いしばっていると、
「くくく……さぁ、どうする? 俺を殺し、人質を見殺しにするか。それとも俺を見逃し、お仲間全員を助けるか。道は二つに一つだ」
ゼーレは余裕に満ちた表情で、そう問い掛けてきた。
奴は絶対に逃してはならない。
百体もの魔族が押し寄せれば、この国は文字通り地獄と化してしまう。
(だけど……っ)
俺はチラリと周囲を見回した。
リア、会長、天子様……その他大勢の上級聖騎士の人たち。
彼女たちを見殺しにすることなんて……できるわけがない……っ。
「……わかった。好きに逃げるといい。その代わり、リアたちには手を出すな」
「くくく……っ! その『甘さ』が人間という劣等種族の抱える大きな欠陥だ!」
ゼーレが勝ち誇った顔でそう叫んだ次の瞬間。
『――クソガキ、力を貸してやる。情報を持ち帰られる前に……あの魔族は確実に仕留めやがれ』
冷たく邪悪な闇がリーンガード宮殿全体を丸呑みにし――刹那のうちに幾千もの白刃を破壊した。