招待状と魔族【八】
どういうわけか、ゼーレは俺の苗字について何か知っているようだった。
「おい、貴様の名はなんという?」
ゆっくりと地上に降り立った奴は、こちらに切っ先を突き付けてそう問い掛けてきた。
(向こうが先に名乗っているのに、こちらだけ名を隠すのは……さすがに失礼だよな)
そう判断した俺は、仕方なく名乗ることにした。
「……アレン=ロードルだ」
「やはり、ロードル家のものだったか! くくく、まさかこれほどあっさりと見つかるとはな……っ!」
ゼーレは様々な感情の入り混じった複雑な笑みを浮かべながら、とある提案を申し出た。
「貴様には、いろいろと聞かねばならないことがある。洗いざらい吐くならば、命だけは助けてやるぞ……?」
……正直、こいつが何を言っているのかわからない。
「なぁ、どこの『ロードル家』と勘違いしてるんだ……?」
「ふっ、とぼけても無駄だ。ロードル家の象徴たるその『闇』こそが、何よりの証拠!」
奴はそう言って、天高く剣を掲げた。
「喋りたくないというのならば、力づくで吐かせるまでだ! 呪法――雷虐ッ!」
ゼーレが剣を振り下ろせば、その先端から漆黒の雷が放たれた。
(速い……っ。けど、イドラさんの方がもっと速い……!)
迫りくる雷に対し、俺は袈裟切りをもって切り払う。
すると次の瞬間――漆黒の雷は蔦のように剣へ絡み付いた。
刀身から鍔へ鍔から柄へ、ゼーレの雷は剣伝いに俺の体へ迫った。
「な、なんだこれは!?」
「はっ、愚か者が! いまさら『ロードルの闇』を纏ったとて、もう遅い! 雷虐の地獄を見よ!」
勝利を確信した奴が雄叫びを上げ、
「……ん?」
俺は小首を傾げた。
蔦のような雷は、俺の手に触れたその瞬間――塵となって消え去った。
「ら、雷虐が……消えた!? 貴様……何故、呪法が効かぬ!? さっきから、いったいどんな手品を使っているんだ!?」
大きく取り乱したゼーレは、続けざまにこちらへ指を差す。
「第一いったいなんなんだ、その邪悪な闇は!? ロードル家が誇る『神聖な闇』はどうした!?」
「そ、そう言われてもな……」
アイツの闇は最初から邪悪だったし、神聖な闇なんて全く心当たりがない。
「……呪法の効かない奇妙な体、神聖とは程遠いほどに汚れた闇。貴様、本当にロードル家のものか……?」
「だから……。お前の言うロードル家とは違うって、さっきから言ってるだろ……」
俺はそんな話をしながら、周囲に視線を向ける。
(……マズいな。このまま長期戦になれば、みんなが殺されてしまう……)
床に倒れ伏した天子様たちは、荒い呼吸を繰り返していた。
額には大粒の汗が浮かび、ひどい熱のためかその顔はほんのりと赤らんでいる。
どうやらゼーレの呪いは、かなり強力なものらしい。
(これは勝負を急いだ方がよさそうだな……)
俺は闇で塗り固めた疑似的な黒剣を握り締め、
「――次はこっちから行くぞ!」
一歩でゼーレとの間合いを詰めた。
「ちっ……。呪法――水虐ッ!」
奴が大きく指を鳴らせば、何も無い空間から大量の黒い水が湧き上がる。
しかし――それは俺の体に触れた瞬間、黒い粒子となって消え去った。
「まさか、水虐まで……っ!?」
奴が一歩たじろいだそこへ、俺は八つの斬撃を叩き込む。
「八の太刀――八咫烏ッ!」
「ぐっ、舐めるなぁ……!」
ゼーレは一拍反応が遅れたにもかかわらず、八つの斬撃を完璧に防いでみせた。
(……凄まじい反応速度と剣速だな)
八つの火花が宙を舞ったところで、俺はさらに袈裟切りを放つ。
「ハァ゛ッ!」
それに合わせるようにして、ゼーレも全く同じ軌道の斬撃を繰り出した。
「そぉらッ!」
剣と剣が激しくぶつかり合い、硬質な音が響く。
そうして生まれた真っ正面からの鍔迫り合いは、
「たとえ呪法が効かずとも……脆弱な人間なんぞ相手にならん!」
ゼーレに軍配が上がった。
「ぐっ!?」
大きく吹き飛ばされた俺は、空中で一回転してしっかりと受け身を取る。
(くそっ、なんて馬鹿力だ……っ!?)
人間を『劣等種族』と見下し、その膂力を鼻にかけるだけのことはある。
(……厄介だな)
筋力は全ての剣術の基本だ。
そこで差を付けられている現状、この先の戦いは苦しいものとなるだろう。
(消耗は大きいけど、やるしかない……っ!)
あまりモタモタしてると天子様たちが危険だ。
俺はすぐに勝負を決めるため、魂装を展開する。
「滅ぼせ――<暴食の覇鬼>ッ!」
何も無い空間を引き裂くようにして『真の黒剣』が姿を現した。
刀身も柄も鍔も、全てが漆黒に彩られた闇の剣。
その柄を握れば、まるで暴風のような凄まじい闇が吹き荒れる。
(よし、これならいけるぞ……っ!)
体の奥底から湧き上がる絶大な力。
その身に漆黒の衣を纏った俺は、前傾姿勢を取った。
すると――。
「そ、その黒剣はまさか……っ!?」
黒剣を凝視したゼーレは、一人ワナワナと震えていた。
「なるほど、そういうことか……。道理で呪法が効かないわけだ……。道理でおぞましい闇を纏っているわけだ……っ」
奴は合点がいったとばかりに何度も頷き、
「しかし――見たところ、まだまだ『未熟』もいいところだな」
勝機を見つけたとばかりに口角を吊り上げた。
「……どういう意味だ?」
「貴様はその恐るべき力を全く使えていない。その証拠に――俺の首はまだ繋がっている」
ゼーレはそう言って、自分の首をポンと叩いた。
「もしもその力を本当に制御しているならば、俺は少なくとも既に三度は殺されているだろう」
どういうわけか、奴は<暴食の覇鬼>の力に心当たりがあるようだ。
それもこの力は、傲岸不遜なこいつが素直に敗北を認めるほどのものらしい。
「とにかく、貴様はなんとしてもここで殺す! 誰も手が出せない化物へ育つ前に、ひどく未熟な今だからこそ――絶対に殺しておかねばならない!」
ゼーレはそう叫ぶと、手に持つ剣を背後へ放り投げた。
どうやら魔族もこの力を使えるようだ。
「届け――<死の運び屋>ッ!」
その瞬間、空間を引き裂くようにして奴の魂装が姿を現す。
ゼーレはそれをしっかりと握り締め、その切っ先をこちらへ向けた。
「世界の秩序と安寧のため、貴様にはここで死んでもらうぞ――アレン=ロードルッ!」
「リアに手を出したからには、それ相応に痛い目は見てもらうぞ――ゼーレ=グラザリオッ!」
こうして俺とゼーレ=グラザリオとの死闘が幕を開けたのだった。