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招待状と魔族【七】


 リーンガード宮殿の上層階を吹き飛ばした魔族の男は、両手を広げて口角を吊り上げた。


「――はじめまして、無知蒙昧(もうまい)な劣等種族よ。我が名は、ゼーレ=グラザリオ。此度は『とある人物』を探すため、(きたな)らしい君たちの住処まで足を運んでやった」


 ゼーレ=グラザリオ。


 姿形はほとんど人間と変わらず、身長はおよそ百九十センチほど。

 男にしては少し長い真っ直ぐな黒髪に目鼻立ちの整った顔。

 切れ長の目には、不思議な魅力を持つ赤い瞳が光っていた。

 その身に纏うのは、仕立てのいい燕尾服(えんびふく)

 背中には滅紫(けしむらさき)の禍々しい翼が生えている。


 奴は尊大な態度と口振りで、空中からこちらを見下ろしていた。


 突然の事態に場が混迷を極める中、天子様が全員を代表して口を開く。


「はじめまして、ゼーレ=グラザリオ様。私はここリーングラード皇国を治める天子――ウェンディ=リーンガードと申します。もしよろしければ、少しお話をしませんか?」


「話……?」


「はい。ゼーレ様はとある人物をお探しとのことでしたが……。もしよろしければ、その者の名前を教えていただけませんか? きっと協力できると思うんですよ」


 どうやらゼーレたち『魔族』と(ほこ)を交えるつもりはないらしく、彼女は協力を申し出た。


 すると――。


「くっ、くくくく……っ。ふははははははっ!」


 ゼーレは突然腹を抱えて笑い出し、


「――劣等種族の人間が、この高貴な血の流れる魔族様に協力するだと? 身の程を知れ、ゴミクズが!」


 鬼のような形相で怒声を放った。


 凄まじい怒気と殺気が吹き荒れる中、天子様はそれでも話を続ける。


「神聖ローネリア帝国のバレル皇帝とは、手を結んだと聞いておりますが……?」


「ふん……アレ(・・)は特別だ。劣等種族の王たる存在であり、人間離れした力を持つ奴だからな」


 バレル=ローネリアは、魔族からも一目置かれる存在のようだ。


「では……ゼーレ様お一人で、このリーンガードをお探しになられるおつもりですか? それはずいぶんと大変なことのように思われますが……」


「はっ、魔族の膂力(りょりょく)を舐めるな。こんな小国など、一日もあれば蹂躙(じゅうりん)し尽くしてくれるわ!」


 天子様の再三の呼びかけに対し、ゼーレはひたすらに悪態をつく。

 その光景を黙って見ていた上級聖騎士たちは、血が滲むほど拳を握っていた。


 耐え難い屈辱と怒りを――なんとか必死に呑み込もうとしていた。


 そうやってひたすらに俺たちを嘲笑(あざわら)ったゼーレは、


「さて……つまらん話は、ここらで打ち切りだ。そろそろ『選別』に入るとしよう」


 懐に差した剣を引き抜き、凶悪な笑みを浮かべた。


 話し合いがはっきりと決裂した次の瞬間、天子様のため息が大きく響いた。


「――やはり無知蒙昧な(・・・・・)魔族如き(・・・・)では、話し合いにすらなりませんか」


「……貴様、今なんと言った?」


「すみません、つまらない話(・・・・・・)()ここらで(・・・・)打ち切り(・・・・)です(・・)。――みなさん、やってしまいなさい」


 彼女がそう命令を下した次の瞬間、


「「「「――<四門重力方陣しもんじゅうりょくほうじん>ッ!」」」」


 身の丈ほどもある透明な緑色の板が、四方からゼーレの体を圧迫した。


「ぐ……っ!?」


 声のした方へ視線を向けるとそこには――いつの間にか四方へ散開していた四人の上級聖騎士が、胸の前に魂装を掲げていた。


「なるほど、重力系統の魂装か……。しかし、四人揃ってこの程度とはな……っ!」


 ゼーレが四枚の板を斬り捨てようとしたそのとき、


「「「「――水獄(ウォーター・ジェイル)ッ!」」」」


 奴の全身を透明な水の球体が覆った。


「なん、だと……っ!?」


 見れば、四人の上級聖騎士が床に描いた魔法陣に青い魂装を突き立てている。


 そうして特殊な重力の板と水の牢獄によって、完全に拘束されたゼーレの背後には、


「――()った!」


 既に剣を高く振りかぶったロディスさんがいた。


(す、凄い……っ!)


 一部の無駄も無い、完璧に統率された動き。

 きっと何度も訓練した動きなのだろう。


(さすがは政府の護衛を任された上級聖騎士だ……!)


 彼らの完璧な連携によって、絶体絶命の危機に立たされたゼーレは――まるで羽虫でも見るような冷たい目をしていた。


呪法(じゅほう)――火虐(かぎゃく)


 ゼーレが何事かを呟いた次の瞬間、


「ぬ、ぉ……っ!?」


 剣を振りかぶったロディスさんは、突然苦悶の声をあげ――そのまま真っ逆さまに落下した。


「ろ、ロディスさん!?」


「か、は……っ!?」


 いったいどうしたというのか、彼は受け身も取らずに全身を強く打ち付けた。


(な、何が起きたんだ……っ!?)


 俺があまりにも不可解な一幕に動揺していると、


「助け、て……アレ、ン……っ」


 リアの苦しそうな声が聞こえた。


「……リア?」


 右側へ視線を向けると――彼女は俺の体にしな()れかかるようにして、ゆっくりと崩れ落ちた。


「ど、どうしたんだ……!? しっかりしろ、リア!」


 額に大粒の汗を浮かべた彼女は、なんとか必死に言葉を紡いだ。


「苦、しぃ……っ。か、体が……熱いの……っ」


「体が、熱い……? ……なっ!?」


 彼女の額に手を当てれば、恐ろしく高い熱があった。


(ど、どうして急に熱なんか……。いや、この紋様は……っ!?)


 見れば、リアの首筋に赤黒い紋様が浮かび上がっていた。


(まさか……これは『呪い』!?)


 呪い、それは魔獣が行使する未知の力。

 効果・発動条件・解呪方法――その詳細については、ほとんどわかっていない。


(確か魔族は、魔獣の上位種という話だったな……)


 それならば、ゼーレが呪いを使えたとしても不思議ではない。


 俺がそんなことを考えていると――周囲の上級聖騎士たちは、一人また一人と倒れていった。


「う、嘘……だろ?」


 顔をあげて周囲を見回せば、もう誰一人として立っていない。

 俺以外の全員、息を荒くしてその場に倒れ伏している。


(こいつ……あの一瞬でこの場にいる全員へ呪いを掛けたのか!?)


 ロディスさんは右手、天子様は胸、会長は左肩――みんなの体には赤黒い紋様が刻まれていた。


 みんな、たったの一撃でやられてしまった。

 しかも、いったいどんな方法で攻撃されたのかさえわからずに。


 そんなあまりにも絶望的な状況に困惑していると、


「――貴様。何故、『呪法』が効かない……?」


 正面に剣を振り上げたゼーレの姿があった。


「……っ!?」


 俺は咄嗟に左手で剣を抜き放ち、逆手のまま奴の斬撃を防ぐ。


「ほぅ……っ。いい反応速度だな。それに体捌きも悪くない」


 剣と剣がぶつかるその瞬間、俺はリアを抱いたままわざと後ろへ跳び――ゼーレとの間合いを大きく開けた。


(とにかく今のうちに、リアの呪いを解かないと……っ)


 苦しそうに息をする彼女の首元――赤黒い紋様へ向けて闇を伸ばす。


 その結果――首元に浮かんだ紋様はあっという間に消え去り、同時にリアの呼吸が安定した。


 いまだ意識は失ったままだけど、体の熱はもうすっかり引いている。

 このまま安静にしていれば、じきに目を覚ますだろう。


(……よかった)


 やはりアイツ(・・・)の闇は絶対だ。

 魔獣・魔族の区別なく、どんな呪いだろうと消し飛ばしてくれる。 


(とにかく、これでみんなを助けることができる!)


 後はそう、ゼーレさえ倒すことができれば……!


 そうして俺は剣をへその前に置き、正眼の構えを取った。


 すると――。


「そ、その『闇』はまさか……っ!? 貴様……『ロードル家』の末裔か!?」


 ゼーレはそう言って、憎悪に満ちた表情でこちらを睨み付けた。

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