招待状と魔族【五】
爆発音と共に大きな悲鳴が上がり、その直後にいくつもの足音が鳴り響いた。
(い、いったい何が起きているんだ……!?)
天子様の御所リーンガード宮殿での爆発、とんでもない非常事態であることは間違いない。
(もしかして……黒の組織か!?)
これまで奴等はリアを――彼女に宿った『幻霊』を執拗に狙ってきた。
可能性として十分考えられるだろう。
(いや、落ち着け……。確かに外の様子も気になるけど……。今はまず、この差し迫った状況をなんとかしないと……っ)
俺は腰を抜かした天子様へ視線を移す。
彼女は外の爆発を気にも留めず、ただ俺のことをジッと見つめてカタカタと震えていた。
さっきまでの強気な態度は、完全に鳴りを潜めている。
どうやら打たれ弱いタイプのようだ。
(さて、どうするか……)
ここまで怖がられてしまっては、まともに話をすることすら難しそうだ。
(まずはそうだな……)
手始めに、この闇の誤解を解いておくのがいいだろう。
そう判断した俺は、天子様を刺激しないようにゆっくりと剣を抜き――自分の手のひらを薄く切った。
わずかな痛みが走り、切り口から薄っすらと血が浮かび上がる。
「な、なにをしているの……?」
その様子を呆然と眺めていた彼女は、ポツリとそう呟いた。
「――天子様、よく見ていてくださいね?」
俺は右の人差し指に闇を集中させ、それをゆっくり左手の傷口へ滑らせる。
すると闇の回復効果が働き、左手の切り傷は一瞬にして完治した。
「う、そ……。あなたのそれ、回復系統の魂装なの……!? あんな攻撃力があるのに……っ!?」
「えーっと……はい、その通りです」
実際はそうじゃないけど、天子様を落ち着かせるためにちょっとした嘘をついた。
一般に回復系統の魂装は危険度が低いと考えられているため、その評判を借りた形だ。
「もしよろしければ、天子様の傷も治療できればと思うのですが……いかがでしょうか?」
俺がそう言うと――彼女は恐る恐るといった様子で、傷だらけの右手を前に差し出した。
どうやらほんの少しは信用してもらえたようだ。
「では、失礼致します」
一言だけ断ってから、彼女の右手へ闇を伸ばす。
両者が接触する瞬間、
「……っ」
天子様は一瞬だけ目をつぶった。
その後、彼女がゆっくり目を開けるとそこには――元の美しい手があった。
「……温かい闇。さっきのとは全然違うわ……」
おそらくこれは、アイツの闇と比較しての感想だろう。
「す、すみません。さっきのは何というか……『困った闇』なんですよ」
俺が冗談めかしてそう言うと、
「ふふっ、なにそれ……あなたの能力でしょ?」
天子様はクスリと笑ってくれた。
(よしよし、いい調子だぞ)
見たところ呼吸も落ち着いているし、徐々に落ち着きを取り戻してくれているようだ。
「あはは、いかんせん『落第剣士』なもので……。いまだ制御に苦労しているんですよ」
「落第剣士……そう言えば、そんなガセネタもあったわね……。確かあまりに才能が無さ過ぎて、どこの流派にも入れてもらえなかったとか……?」
「み、耳が痛い話ですね……」
正直、そこについてはあまり触れないで欲しい……。
(――さて、そろそろ頃合いかな)
天子様が持つ闇への恐怖は、幾分か取り除けたはずだ。
あまりモタモタしていては、外の護衛が中に入ってくるだろうし……そろそろ本題へ入るべきだろう。
「ところで天子様、さっきの一件なんですが……。お互い水に流すというのは、いかがでしょうか?」
そうして俺が控え目な提案を口にすると、
「ゆ、許してくれるの……? あんなにひどいことをしたのに……?」
彼女はキョトンとした表情でそう呟いた。
「はい、俺の方はそれで構いません」
天子様がやろうとしたことは、実際なかなかえげつなかった。
しかし、結果的に彼女の企みは失敗に終わった。
実害も出ていないし、これ以上とやかく言うつもりはない。
「そ、それじゃ……水に流すってことでいいのね? もう私に……こ、怖いことはしないのね?」
「えぇ、もちろんです」
俺が優しくそう答えると、
「よ、よかったぁ……」
天子様はわかりやすく安堵の息を漏らした。
「その代わり――俺があなたの護衛へ反撃した件も、ちゃんと水に流してくださいね?」
「いいわよ。仕方が無いから許してあげる」
俺が危険な男ではないと判断した天子様は、ゆっくりと立ち上がり、尊大な態度でそう言った。
「あはは、ありがとうございます」
そうして俺はお辞儀をしながら、ホッと胸を撫で下ろした。
(よかったぁ……)
今回のこれは『人生最大の危機』レベルだった……。
正直、俺はそんなに話術に長けているわけではない。
どちらかというと、少し口下手な方に入るだろう。
(うまく話がまとまったのは、本当に奇跡だな……)
そうして無事に天子様との問題を解決したところで――闇によって封鎖された扉が、斬撃によって両断された。
「「「――天子様、ご無事ですか!?」」」
それと同時に魂装を手にした三人の剣士が息を揃えて突入してきた。
「なっ!?」
「ロディ、ガンソ、エヴァンズ、トリス!?」
「くそっ……貴様が殺ったのか!?」
血まみれで倒れ伏す四人の護衛を目にした彼らは、凄まじい殺気を俺にぶつけた。
すると、
「――やめなさい。あなたたちでは、逆立ちをしても勝てる相手じゃないわ。それに問題は、もう解決しましたから」
天子様はそう言って、いきり立つ三人の護衛を鎮めた。
どうやら、ちゃんと約束は守ってくれるようだ。
「そんなことよりも――いったい何が起こっているんですか?」
彼女がそう質問を投げかけると、
「そ、そうでした……っ。実はあの『神聖ローネリア帝国』から、メッセージが届いております! 一階の液晶に映像が映し出されておりますので、ぜひこちらへいらしてください!」
護衛の一人が慌てた様子でそう言った
「神聖ローネリア帝国からのメッセージ……。碌な内容ではなさそうね……」
神聖ローネリア帝国は、一国で五大国としのぎを削るほどの超大国であり――何と言っても黒の組織の後ろ盾だ。
「――アレン様、一緒に来ていただいてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです!」
こうして俺は天子様と一緒にリーンガード宮殿の一階へと向かったのだった。