転校生とクリスマス【十三】
アレンがシィ・リリム・フェリスの三人と戦っている裏で、リアは苦戦を強いられていた。
「もう……っ。斬っても斬ってもキリが無いじゃない……っ!」
彼女の前には――幾度も斬撃を受け、それでもなお立ち上がる五十人の剣士がいた。
「へ、へへ……。俺たち三年は今年で卒業……っ。これが最後のチャンスですからね……っ!」
「そ、そう簡単に倒れるわけにはいかないんですよ……っ!」
彼らは全員三年生の剣士。
四月の入学式でリアに一目惚れしてから、早八か月――ただジッと『ドキドキ!? カップリング大合戦!』の開催を待っていたのだ。
「こ、これ以上続ければ、本当に死んじゃうわよ……っ!」
彼女はそう言いながら、<原初の龍王>の切っ先を三年生たちへ突き付けた。
「ふ、ふふ……っ。相変わらず、お優しいですね……っ」
「そこがあなたのいいところでもあり……『弱点』でもあります! ――やれ!」
男がそう叫ぶと、リアの背後にそびえ立つ本校舎の三階から一人の剣士が飛び降りた。
「――リア様、覚悟!」
「なっ、え、うそ……っ!?」
リアはアレンと違って、こういった突発的な事象にとことん弱い。
しかしそれは、当然と言えば当然のことだ。
アレンは幼少期から、蝋燭一本、米粒一粒を惜しむような過酷な生活を送っていた。
毎日がサバイバルであり、毎日が『予想外』に満ちている。
その一方で、リアは一国の王女。
どこへ行くにも必ず屈強な騎士が警護し、『予想外』なんて一年に一回あるかどうかだった。
そうして奇襲を受けた彼女が、小さなパニックを起こしていると、
「――閃光の輝きッ!」
まばゆい光が、一時的にリアの視界を潰した。
「くっ、龍の激昂ッ!」
彼女は反射的に、黒白入り交じった炎を広範囲にまき散らす。
「「「ぐ、ぐぁああああっ!?」」」
規則性のない範囲攻撃が、数多の剣士を焼いた。
しかしそれでも、彼らの気勢は微塵も削がれなかった。
「――音爆弾ッ!」
一人の剣士が透明な球体を三つ、リアへ向かって放つ。
「ほ、白龍の鱗ッ!」
いまだ視界の戻らない彼女は、咄嗟に前方へ巨大な盾を展開した。
音爆弾が白龍の鱗に接触したその瞬間、凄まじい超音波がリアの全身を包み込む。
「な、何よ、これ……っ!?」
三半規管にダメージを受けた彼女は、バランス感覚を失った。
そうして一歩二歩とたたらを踏んだところへ、
「仕上げだ――衝撃波ッ!」
巨大な槌が校庭に振り下ろされ、リアの足元が強烈に揺らされた。
「え、わっ、きゃぁ!?」
視界を潰され、バランス感覚を失った彼女は――その場で尻もちをついてしまう。
三位一体の攻撃を繰り出した三人の三年生は、
「「「――もらったぁーっ!」」」
死に物狂いでリアのサンタ帽子目掛けて突撃した。
「……き、きゃぁああああっ!?」
彼女の悲鳴が響いた次の瞬間、
「――すみません、これだけは絶対に渡せません」
天から降った邪悪な闇が、三人の剣士を押し潰した。
「「「か、は……っ!?」」」
頭上から強烈な一撃を食らった三年生は、わけもわからず意識を手放した。
「あ、アレン……っ!」
ようやく視界が戻ったリアは、彼の背に飛びついた。
「リア、無事で本当によかった……」
彼女のサンタ帽子がまだ無事であることを確認したアレンは、ホッと胸を撫で下ろす。
そして、
「――先輩、ここから先は俺が相手になりますよ」
彼にしては珍しく、わずかな怒気をにじませながら<暴食の覇鬼>を握った。
五十人もの男が寄って集ってリアを襲った。
その事実に対して、彼は小さくない怒りを抱いているのだ。
「あ、アレン=ロードル……っ!? おいおい、嘘だろ……っ!? あの数の剣術部をたった一人で!?」
「それに会長たちは、どうなったんだ!? 『今日こそ絶対に勝つ』って息巻いて、準備してたじゃねぇか!?」
「まさか、剣術部と一緒に三人纏めてやられちまったってのか……!?」
アレンの強烈な威圧感に気圧された三年生は、顔を青く染めながら一歩後退する。
「く、そ……っ! こんなところで、リア様を諦め切れるか……っ!」
「ば、馬鹿やめとけって……! あいつは情け容赦の欠片もねぇ『悪魔』だ! ぶっ殺されるぞ!?」
アレンの残虐非道な行いは、いまや千刃学院全体に広まっている。
実際それは、全て根も葉もない噂なのだが……。
彼の一年生離れした経歴。
それに加えて『闇』という見るからに邪悪なその力が、噂の信憑性を高めていた。
「う、うるせぇっ! 俺だって三年間ずっと、剣術に打ち込んで来たんだ! 一年坊主になんざ、負けられるかぁああああっ!」
周囲の制止を振り切り、勇猛果敢に駆け出した剣士は、
「八の太刀――八咫烏」
「が、ふ……っ!?」
八つの斬撃をその身に浴びて――夜闇に散った。
「「「な、情け容赦の欠片もねぇ……っ!?」」」
そんなつぶやきが、寒空の下に大きく響いた。
「さて、お次はどなたでしょうか……?」
凄まじい早業で早速一人の剣士を沈めたアレンは、優しい笑みを浮かべながら正眼の構えを取った。
「……隙が、ねぇ」
十数億年の間、何度も何度も繰り返した正眼の構え。
その完成度はもはや『堂に入る』という次元を超越していた。
「む、無理だ……。どうあがいたって、あんな化物に勝ってこねぇよ……っ」
「だ、だが……この機会を逃せば終わりだぞ!?」
「……そうだ。俺たち三年は今年で卒業、来年のイベントには参加できない……っ。リア様を恋人にできるチャンスは、正真正銘これが最後なんだ……っ!」
「こ、こうなりゃ、玉砕覚悟だ……っ! 突っ込むぞ!」
そうして意思をまとめた三年生たちは、
「「「うぉおおおおおおおお……っ!」」」
欲望に満ちた雄叫びを挙げて一斉に突撃した。
しかし、
「――闇の影」
アレンの操る強靭な闇は、いとも簡単に彼らをなぎ倒していく。
そうしておよそ一分と経たずして、約五十人の三年生はその意識を手放すことになった。
「さ、さすがはアレンね……っ」
彼の背中に隠れてその蹂躙劇を見ていたリアは、そんな感想をこぼす。
「あはは、ありがとう。――さてそれじゃ、今のうちにどこかへ隠れようか? また誰かに見つかっても厄介だしさ」
「えぇ、そうね」
そうして二人は、夜闇に紛れて消えていった。
■
多数の先輩たちを闇の箱で閉じ込めた俺は、リアと一緒に本校舎の屋上へ移動した。
ここならば、そう簡単に見つからないだろう。
「それにしても、本当に無茶な催しだな……」
「同感……。千刃学院って、本当にとんでもない学院ね……」
チラリと時計塔を見れば、時刻は夜の二十時五十五分。
まさに混沌とした千刃学院のクリスマスパーティは、後五分でようやく終わりを迎える。
(まぁいろいろあったけど……。後はここで時間を潰せば逃げ切りだな……)
そうして俺が大きく伸びをしていると、
「――アレン、ありがとね」
手を後ろに組んだリアが嬉しそうに笑った。
「えっと、何が……?」
「ほら、さっき助けてくれたでしょ?」
「あぁ……。あれは気にしなくていいよ」
あれは俺が好きでやったことで、お礼を言ってもらうようなことではない。
ただ……誰とも知れない先輩に、リアを取られるのが嫌だっただけだ。
そうして短い会話が終わってから、一分ほどが経過したあるとき。
「……ねぇ」
リアは俺の制服の袖をクイッと引っ張り、
「私の帽子、欲しい……?」
小首を傾げながら、とんでもないことを口にした。
「えっ……。い、いや、それは、その……っ!?」
自分の顔がどんどん赤くなっていくのがわかる。
(……ほ、欲しい)
とても、とても欲しい。
喉から手が出るほどに欲しい。
(だけど、本当にそれでいいのか……っ!?)
そういう大事なことは、もっとはっきり自分の口で伝えるべきじゃないのか!?
そうして俺がかつてないほど高速で頭を回していると、
「――ふふっ、冗談よ」
リアは嬉しそうに、楽しそうに、そしてどこか儚げに笑った。
(……リア?)
ここ最近、彼女はたまに今のような儚い表情を浮かべる。
(もしかして、何か悩み事でもあるのだろうか……?)
俺がどういった対応を取るべきか頭を悩ませていると、
「ねぇ、アレン……。目、つぶってよ……」
リアはよくわからないお願いを口にした。
「え、どうして……?」
「ど、どうしても……っ! だ、駄目なの……?」
「……っ」
リアに上目遣いで頼まれたら……断れるわけがない。
「わ、わかった……っ!」
俺は彼女の言う通りにして、ゆっくり瞼を閉じた。
「ぜ、絶対に開けちゃ駄目だからね……っ!」
「あ、あぁ……っ! 約束する……っ!」
俺たちは二人して妙なテンションで、そんな約束を交わす。
それから十秒……いや、一分ぐらいが経過しただろうか……。
彼女の両手が俺の右肩に乗せられ、じんわりと体温が伝わってくる。
そして――温かくて柔らかい『何か』が俺の右頬に触れた。
(これ、って……っ!?)
心臓の鼓動が途端に速くなった。
「も、もう目を開けていいわよ……っ」
リアの許可をもらった俺は、すぐさま目を見開いた。
真っ正面には、顔を赤くしたリアが立っている。
「り、りりり、リア!? い、今、なにを……!?」
「ふふっ、秘密よ……」
彼女は少し大人びた笑みを浮かべて、クルリと後ろを向いた。
その耳が少し赤くなっているのは多分、寒さだけが原因じゃないと思う。
(あれは、きっと……いや、間違いない……っ)
そうして俺が思考の渦にとらわれていると、
「あっ……見て、アレン! 雪だよ! 雪!」
彼女はそう言って空を指差した。
「……綺麗だね」
「あぁ、そうだな……」
月明かりに輝く白い雪は、本当に綺麗だった。
(……この想いは、今はまだ胸の内にしまっておこう)
俺がもっともっと立派な剣士になって、一国の王女と釣り合いの取れる男になったとき。
そのときに打ち明けよう。
こうしたイベントに頼るのではなく、自分の口で――真っ正面から伝えよう。
リアのことが大好きだ、と。
(そのためにも、また明日から素振りだな……っ!)
こうして俺とリアの少しぎこちないけど、とても温かいクリスマスが終わりを迎えたのだった。