転校生とクリスマス【十二】
俺と会長の視線が交錯し、俺たちは同時に動き出した。
「――水精の箱舟ッ!」
彼女が天高く掲げた巨大な魂装を振り下ろせば、荘厳な水の箱舟が一直線に放たれた。
それは凄まじい霊力が込められた圧倒的な水の奔流。
まともに食らえば、ひとたまりも無いだろう。
「六の太刀――冥轟ッ!」
全く同じタイミングで、俺は真の黒剣を振るった。
荒々しい闇の奔流が、校庭をめくり上げながら牙を剥く。
水の箱舟と闇の斬撃、両者が激しくぶつかり合ったその瞬間――闇が全てを食らい尽くした。
「そん、な……っ!?」
あまりにも一方的で、あまりにも暴力的な闇。
水精の箱舟を容易く粉砕された会長は、その場でペタンと座り込んでしまった。
「――会長!? 逃げてください……!」
大声をあげて注意を飛ばしたが……彼女は静かに首を横へ振った。
(くそっ、こんなときに……霊力切れか!?)
そうしている間にも、絶大な威力を誇る冥轟は会長を食らい尽くさんと突き進む。
(これは、マズいぞ……っ)
霊力の尽きた状態で冥轟の直撃を受ければ――まず間違いなく、無事では済まない。
(全く、手の掛かる人だ……っ)
俺は地面を強く蹴り付け、彼女の前に立つ。
そして――。
「五の太刀――断界ッ!」
世界を引き裂く最強の一撃は、黒き冥轟を一刀のもとに切り伏せた。
(ふぅ……。これでひと段落だな……)
とにもかくにも無事に会長との一騎打ちを制した俺は、ペタンと座り込む彼女へ手を伸ばした。
「大丈夫ですか、会長?」
すると次の瞬間、
「ふふっ……優しいアレンくんなら、きっと助けてくれると信じていたわ!」
とびきり悪い笑顔を浮かべた彼女は、校庭に<水精の女王>を突き立てた。
その瞬間、千刃学院全体を巨大な魔法陣が覆い尽くした。
「な、なにを……っ!?」
「どう、いい眺めでしょう? あなたの立つそこが、この魔法陣の中心なのよ!」
「……っ!?」
咄嗟にバックステップを踏み、『中心』から跳び退く。
「残念、楔はもう打ち込まれたの。どこへ逃げても一緒よ――水精の霊獄ッ!」
会長がそう叫んだ瞬間、俺の両手両足に水の魔法陣が浮かび上がった。
(こ、これは……っ!?)
重力が百倍になったんじゃないか。
そう錯覚してしまうほどに、全身がまるで水を吸ったかのように重たくなった。
「ふふっ、捕まえた……!」
会長は妖艶な笑みを浮かべて、ゆっくりと立ち上がる。
どうやら彼女は、動けないフリをしていたようだ。
「どう、アレンくん? これが私のとっておき、水精の霊獄よ。一か月もの月日を掛けて完成させた封印術。さすがのあなたでも、指一本として動かせないでしょ?」
彼女はそう言って、自慢気に胸を張った。
どうやらこの戦いには、二つの大仰な『仕込み』が準備されていたようだ。
一つは先ほど打ち破った落とし穴。
そしてもう一つは、この巨大な魔法陣。
それもこれに関しては、一か月という長い時間を掛けられたものらしい。
会長の負けず嫌いは、本当に筋金入りだ……。
「確かに、これはかなり強力ですね……」
試しに八咫烏を放ってみれば――斬撃はたったの三つしか発生しなかった。
「……う、うそっ!?」
ついでに闇の影を発動させてみたが……その動きはあまりにも鈍重だった。
「や、闇まで……っ!?」
……参ったな。
この奇妙な魔法陣によって、俺の全能力は半分以下に抑えられているようだ。
「あ、呆れた……っ。その状態で動けるなんて、本当に人間離れしているわね……っ」
「あはは、誉め言葉として受け取っておきますよ」
そうして会話が一瞬途絶えた後、
「まぁそれでも、アレンくんの全能力が大きく低下していることは一目瞭然よ。このまま戦いを続ければ、私の勝ちは確実ね!」
勝利を確信した会長は、上機嫌に笑う。
「しかし、会長……。今回の賭けは、少し危険過ぎでは? 下手をすれば、死んでいましたよ?」
会長は俺を魔法陣の中心へ立たせるために、自分の体を餌にした。
あれは文字通り、捨て身の一手だ。
もしあそこで俺が助けに入らなければ、本当に死んでいた可能性だってある。
「ふふっ、大丈夫よ。アレンくんなら絶対に助けてくれるから」
「俺はそんなに万能じゃありませんよ……」
「でも実際、さっきも助けてくれたでしょ?」
会長は何故か嬉しそうにニコニコと微笑みながら、言葉を弾ませた。
「まぁそれはそうですけど……。ああいうのは、今日限りにしてくださいね?」
「えー……。それじゃもう、お姉さんを助けてくれないってこと?」
「いえ、呼んでくれれば、いつだって助けに行きますよ。そうではなくて……さっきのように、わざと自分の身を危険に晒すことは、もうこれっきりにしてくださいね?」
「ふふっ、ありがと」
花の咲いたような笑顔を浮かべた会長は、
「――さぁ降参しなさい、アレンくん! そんな状態じゃ、どうあがいても勝ち目はないわ。あなたの優しさを信じた、お姉さんの大勝利よ!」
迂闊にも一歩こちらへ足を伸ばそうとした。
「――す、ストップ!」
俺はすぐさま制止の声を掛けた。
「ど、どうしたのよ……? いきなり大きな声を出すんだから……びっくりしたじゃない」
「すみません。ですが……あまりそこから動かない方がいいですよ?」
「……どういうこと?」
会長は小首を傾げてそう問い掛けた。
「ほら、自分の周りをよく見てください」
「自分の周りって……っ!?」
そうして彼女が周囲を見回した瞬間、その表情が真っ青に染まった。
「これ、は……っ!?」
会長の周囲には二の太刀朧月が、網のように張り巡らされていたのだ。
「い、いつの間にこんなものを!?」
「会長がペタンと座り込んでいる間に、ちょっと仕込んでおきました」
「わ、私の演技を見破っていたの……!?」
「あのときの会長には、かなりの違和感がありましたから……。もしかして……っと思って、仕込んでおいたんですよ」
会長はとても芯の強い人だ。
たとえあのとき本当に霊力が切れていたとしても、決してその場で座り込んだりはしない。
きっと這ってでも、冥轟の直撃を避けようとしたはずだ。
「そう……。でも、やっぱりアレンくんは『いい性格』をしているわね……っ。何もこんな馬鹿みたいな量を仕掛けなくたっていいじゃない……っ」
彼女は数百もの朧月を睨み付けながら、忌々しげにそう呟いた。
「――でも、甘いわね! この『斬撃の結界』さえ突破すれば、私の勝ちよ……!」
「それはそうかもしれませんが……。これらは全て『真の黒剣』で仕込んだ斬撃です、正直、あまりおすすめはできません」
「……っ」
会長は黒剣に抉られた左肩に手を添え、顔を青ざめさせた。
たったの一撃で肩を粉砕した黒い斬撃。
それが数百と襲い掛かれば、到底無事では済まされない――そのことを瞬時に悟ったのだろう。
「俺が闇を使えば、会長をお守りすることもできますが……。どうしますか?」
俺は足元に転がった小石を手に取ってから、優しくそう問い掛けた。
朧月は設置型の斬撃だ。
予め空間に仕込んだ斬撃は、そこを通過した『なにか』に反応して放たれる。
つまり、この石を投げ込んだ際に放たれた斬撃は、また別の斬撃の引き金となる。
そうして斬撃が斬撃を呼び、斬撃の嵐が彼女を襲う。
「ちょ、ちょっと待って……っ!?」
『小石』の意味を理解した会長は、泡を食ったように制止の声をあげた。
「はい、なんでしょうか?」
「あ、アレンくん……。その石は何かしら……?」
「えーっと、石は石ですね……」
なにも珍しいことはない、どこにでもある普通の石だ。
「そ、そういう意味じゃなくて……っ! その石で何をするつもりなのかを聞いてるの!」
「あはは、それはご想像にお任せしますよ」
さすがにそれを口にすることは、少し憚られた。
「……っ。お、お姉さんを脅すつもり……っ!?」
「俺だって、こんなことはしたくありません。ですが、今回はあまり時間的余裕もありませんので……」
チラリと時計を見れば、時刻は二十時四十分。
この無茶苦茶な催しが始まってから、既に四十分が経過している。
そろそろリアの無事を確認して、心を落ち着けたいところだ。
「し、知らなかったわ……っ。まさかアレンくんが、そんな意地悪な子だったなんて……っ!」
「――すみません。リアが心配なので、そろそろどうするか決めていただけますか……?」
俺は手の上で石を転がしながら、彼女に判断を委ねた。
すると、
「…………こ、降参するわ。お願いだから、私を守って……」
会長は悔しそうにそう言って、水精の霊獄を解除した。
その瞬間、体に圧し掛かっていた重しのようなものが取れた。
「えぇ、わかりました。では、少し危ないのでその場から動かないでくださいね?」
俺は会長に重厚な闇の衣を纏わせた後、手元の小石を軽く放り投げた。
山なりの放物線を描いた小石は、黒い斬撃によって砕かれ――そうして放たれた斬撃は、また別の斬撃の引き金となって『破壊の嵐』が吹き荒れる。
「……っ!?」
その中心にポツンと立たされた会長は、身を縮こませながら破壊の嵐を見つめていた。
いくつかの斬撃が彼女へ直撃したが……闇の衣はその衝撃を完全に吸収した。
そうして斬撃の結界から無事に抜け出した会長は、
「た、助かった……っ」
ホッと安堵の息をついたのだった。
「――会長。この勝負は俺の勝ち、ということでよろしいでしょうか?」
「……っ」
彼女は下唇を噛み締め、コクリと頷いた。
どうやら素直に負けを認めてくれたようだ。
「ありがとうございます。それでは、俺はこのあたりで失礼しますね」
こうして会長・リリム先輩・フェリス先輩との戦いに勝利した俺は、すぐさまリアの元へ向かったのだった。