転校生とクリスマス【十】
魂装の能力を発動させた会長たちは、それぞれが得意とする間合いを取った。
近距離主体のリリム先輩は一歩距離を詰め、遠近ともにこなせる会長はその場で剣を構え、遠距離主体のフェリス先輩は後ろへ跳び下がる。
「へへっ、それじゃ行くぜ!」
グッと前のめりになったリリム先輩は、一気に距離を詰めてきた。
「――そぉらッ!」
灰褐色の粘土に包まれた剣が、凄まじい勢いで迫る。
(炸裂剣――接触した瞬間に指向性のある大爆発を起こす、防御不能の一撃だ)
接近戦においては、圧倒的な優位性を誇る厄介な技だが……。
(それについてはもう……対策済みだ!)
迫りくる斬撃に対して、俺は袈裟切りを重ねた。
両者の剣が接触した刹那、
「――そうら、弾けろ!」
炸裂剣が大爆発を巻き起こす。
その爆風はこちらにのみ向いており、灼熱の熱波が押し寄せた。
だが、
「――闇の箱」
球状の闇がリリム先輩の刀身を包み、その爆発を強引に押さえ込む。
「な、にぃ……!?」
まさか炸裂剣が無力化されるとは、思ってもいなかったのだろう。
彼女は驚愕に目を見開いた。
「よそ見は危険ですよ……!」
リリム先輩の剣に狙いを定め、少し強めに切り上げを放つ。
「しまっ……!?」
魂装<炸裂粘土>は、彼女の手から離れて宙を舞った。
「くそ……っ」
リリム先輩はこちらに背を向け、すぐに剣の回収へ動く。
さすがにこの隙を逃す手はない。
「――闇の影ッ!」
俺は三本の闇を放ち、彼女の意識を奪いにかかった。
「――フェリスッ!」
「わかっているんですけど……っ! ――念動力の糸ッ!」
会長の鋭い声が響き、フェリス先輩が霊力で編まれた無数の糸を伸ばした。
「く……っ」
霊力でできた糸は闇に絡み付き、その動きをわずかに鈍化させた。
「重過ぎ……なんですけど……っ!? リリム、早くして……っ」
「わかってるよ!」
リリム先輩は全速力で走り、校庭に突き刺さった剣へ手を伸ばした。
(そうはさせるか……っ!)
同時に操作可能な闇は十本。
三本の動きに干渉したところで、まだ七本も残っている!
必死に右手を伸ばすリリム先輩へ向けて、俺は七本の闇を放った。
すると次の瞬間、
「――水精の悪戯ッ!」
剣・斧・槍・盾・鎌――様々な形状に変化した水が、雨のように降り注ぐ。
会長が操る水は、ただの水ではない。
濃密な霊力が練り込まれた、鉄以上の硬度を誇る『鋼の水』だ。
「く……っ」
俺は仕方なくリリム先輩に伸ばした闇を引っ込め、水精の悪戯を防いだ。
その間に剣の回収に成功したリリム先輩は、すぐに会長たちと合流した。
「悪ぃ、ちょっと油断したぜ……っ」
額に冷や汗を浮かべた彼女は、苦い顔で話を続ける。
「しかし、まさか私の炸裂剣の大爆発すら押さえ込むとはな……。あの闇、一本一本が馬鹿みたいな出力をしてやがるぜ……っ」
「でも、それだけ強い力をそう長く維持できるとは思えないんですけど……。霊力切れ、狙ってみる……?」
「それは無理でしょうね……。アレンくんの霊力は、あの黒拳レイア=ラスノートを凌ぐそうよ。そもそも、彼がバテる姿なんて想像できないわ」
「「……確かに」」
会長たちは視線をこちらへ向けたまま、小さな声で話し込んでいた。
「次は三人同時で行きましょう。それと……位置は覚えているわね?」
「……! あぁ、もちろんだぜ!」
「当然、ばっちりなんですけど……!」
「よし、それじゃ……やるわよ!」
「おぅ!」
「了解!」
その瞬間、彼女たちの目付きが変わった。
(どうやら、仕掛けて来るみたいだな……)
会長たちがクリスマスパーティの裏で、何をしていたのかは知らないが……。
あの筋金入りの負けず嫌いが準備した『仕込み』……そう甘いものではないだろう。
ここから先は、一層気を引き締めなければならない。
「よっしゃ、いくぜぇ……<炸裂粘土>ッ!」
リリム先輩は横薙ぎに剣を振るい、ドロドロとした灰褐色の粘土を空中へぶちまけた。
その半固体状の粘土へ、
「――念動力の糸ッ!」
フェリス先輩が操る百本の剣が殺到する。
(こ、これは……っ)
百本の剣は起爆性の粘土でコーティングされていき――その全てが炸裂剣と化した。
(……厄介だな)
空中へ浮かび上がる百本の炸裂剣。
あれはそう容易く凌げるものではない。
そうして強い注意をフェリス先輩へ向けていると、
「――水精の霊剣ッ!」
会長の頭上に浮かんでいた巨大な水の塊は、彼女の刀身に吸い込まれていった。
よくよく目を凝らせば、その刀身には水の羽衣のようなものがあった。
(パッと見では……レインの超高圧水流を纏った剣に似ているな……)
俺がそんな風に分析していると、
「食らいなさい――水精の斬撃ッ!」
会長は鋭利な水の斬撃を飛ばした。
「遠距離斬撃か……ハァッ!」
俺は迫りくる水の斬撃を切り払った。
その瞬間、
「ふふっ、広がれ!」
水の斬撃は一気にその体積を膨張させ、凄まじい濃霧が周囲を包み込む。
(なるほど、目くらましか……っ)
狙いが何なのかはわからないが……とにかくこの場に留まるのは危険だ。
そう判断した俺が動き出そうとしたそのとき――炸裂剣が雨のように降り注いだ。
「なっ!?」
炸裂剣が地面と接触するたび、凄まじい大爆発が巻き起こる。
「くそ……っ」
咄嗟に闇の衣を纏い、その衝撃を少し緩和させたが……。
全方位から押し寄せる熱風と衝撃に、少なからずのダメージを受けた。
視界を潰された状態での絨毯爆撃。
さすがにこれはマズい……っ。
「――はぁああああああああっ!」
俺は四方八方へ闇を伸ばし、炸裂剣を空中で爆破させていく。
そうして体を纏う闇の衣が薄くなったその瞬間、
「――そこ!」
死角である背後から、会長が濃霧を引き裂いて飛び出して来た。
研ぎ澄まされた鋭い突きが俺の胴体へ放たれる。
完璧なタイミング。
完璧な踏み込み。
完璧な刺突。
(だが――決定的に速度が足りない)
会長の突きが腹部に触れた瞬間、俺は半身になってその一撃を躱した。
恐るべき身体能力を誇るシドーさん、飛雷身により爆発的な速度を誇るイドラさん。
二人の剣と比較すれば、会長の突きには速度が足りていなかった。
「う、そ……っ!?」
「――終わりです」
俺の放った袈裟切りは、彼女の胸部をしっかりと捉えた。
だがそのとき、強烈な違和感が両手に走る。
「これは……水の分身か……!?」
会長の体は水となって崩壊し、
「――ふふっ、こっちよ」
真後ろから彼女の冷たい声が浴びせかけられた。
「く……っ」
すぐに体を反転させて、眼前に迫る斬撃を防御する。
「さすがの反応速度……ね!」
会長の鋭い中段蹴りが俺の脇腹へ突き刺さり、
「が、は……っ」
大きく真横へ吹き飛ばされた。
(くそ、まさか自分の分身を作り出すなんて……っ!?)
痛みを噛み殺し、冷静に受け身を取ると同時に――会長の鋭い声が飛んだ。
「――かかったわ! 今よ、リリム!」
「おぅ、任せろ!」
リリム先輩が剣を校庭へ突き立てたその瞬間、周囲の土が突然爆発し――巨大な落とし穴が生まれた。
「なっ!?」
足場を失った俺は、重力に引かれて落ちていく。
そしてその底には――大量の炸裂粘土が敷き詰められていた。
(くっ、こんな仕掛けを……っ!?)
どうやら会長たちはクリスマスパーティ中、ずっとこの準備をしていたようだ。
「ふふっ、とどめよ! ――<水精の悪戯>ッ!」
落とし穴の上から蓋をするように、多種多様な水の武器が降り注ぐ。
(こ、これは洒落にならないぞ……っ!?)
上は武器の雨、下は炸裂粘土。
まともに食らえば、五体満足ではいられない。
「くっ、闇の影ッ!」
俺はすぐさま十本の闇を展開し、その身を守ろうとした。
「させないんですけど――念動力の鎖ッ!」
フェリス先輩の放った強靭な鎖が、闇の動きを妨害する。
(これ、は……っ!?)
これまでの細い『糸』ではなく、太くたくましい『鎖』。
おそらく彼女の全霊力が注ぎ込まれているのだろう。
コンマ数秒間、俺の闇は完全に動きを止められてしまった。
所詮はコンマ数秒、通常時ならば何の意味もなさない。
だが、今は絶体絶命の危機。
(くそ、防御が間に合わない……っ!?)
フェリス先輩が干渉した僅かな時間は――致命的だった。
「これで終わりよ!」
「私たちの勝ちだぜ!」
「完璧に仕留めたんですけど……!」
勝利を確信した三人の声が、暗い落とし穴に反響する。
(……さすがだな)
互いの隙を埋め合う完璧なコンビネーション。
それぞれの能力を掛け合わせた見事な作戦。
今までの俺ならば、きっと敗れていただろう。
そう――今までの俺ならば。
(仕方ない、やるか……)
俺は剣を鞘に収め、何も無い空間へ手を伸ばした。
「滅ぼせ――<暴食の覇鬼>ッ!」
すると次の瞬間、まるで暴風のような闇が全てを蹴散らす。
武器の雨、強靭な鎖、炸裂粘土――三位一体の攻撃は、虚しくも深淵の闇に飲み込まれていった。
「「「なっ!?」」」
そうして彼女たちの仕込みを正面から叩き潰した俺は、何事もなく落とし穴から脱出した。
その手に握るは『真の黒剣』。
あの化物の力が具現化した、至高の一振りだ。
「う、そ……っ!?」
「お、おいおい……っ。さすがにそれは聞いてねぇぞ……っ」
「……激マズなんですけど」
会長たちは顔を真っ青にして、一歩後ろへたじろいだ。
「あ、アレンくん……っ。あなた、いったいいつの間に魂装を……!?」
「ほんの少し前、大きな事件に巻き込まれましてね……。まぁそこでいろいろとあって、魂装を発現したんですよ」
クラウンさんとの約束があるため、ダグリオの一件は『大きな事件』とぼやかした。
「……シィ、フェリス。わかっているとは思うが、あの黒い剣は洒落にならないぞ……?」
「ちょ、ちょっと桁違いなんですけど……っ!?」
「だけど、ここで負けを認めるわけにはいかないわ……っ!」
彼女たちは明らかに重心を下げた防御姿勢を取りながら、それでもなお剣を構えた。
「さてと……それではそろそろ、反撃といきましょうか」
こうして真の黒剣を手にした俺は、会長たちとの最終決戦に臨んだのだった。