転校生とクリスマス【九】
俺は正眼の構えを取りながら、会長の魂装<水精の女王>を見つめた。
(剣王祭で何度か見たけど、本当に美しい剣だな……)
一片の曇りすらない、どこまでも澄んだ刀身。
芯の強さを感じさせる大胆かつ繊細な刃紋。
その一振りには、時間を忘れて見ていられるほどの魅力が詰まっていた。
「おいおい、私たちを忘れてくれるなよ! ――<炸裂粘土>ッ!」
「一度勝ったぐらいで、甘く見ないでほしいんですけど……! ――<鎖縛の念動力>ッ!」
リリム先輩とフェリス先輩は、同時に魂装を展開した。
(……<炸裂粘土>に<鎖縛の念動力>、か)
二人の魂装は剣王祭で何度も見ているし、何より裏千刃祭のときにたっぷりと味わった。
<炸裂粘土>は、起爆性の粘土を生み出す能力だ。
かなり大味な力だが、その爆発の威力は圧巻の一言。
リリム先輩の動きには、特に注意する必要があるだろう。
<束縛の念動力>は、視認した物体を操作する厄介な能力だ。
非常に高い状況適応能力を持つが、出力が弱いという弱点がある。
(体を操作される心配はないが……)
ほんの僅かでもこちらの斬撃に干渉されると面倒だ。
彼女は優先して叩くべきだろう。
(<炸裂粘土>に<束縛の念動力>、二つだけでも十分過ぎるほど厄介だが……)
今回はさらにそこへ、会長の<水精の女王>が加わる。
(これは……かなり厳しい戦いになりそうだな……)
千刃学院でも指折りの剣士三人を一度に相手取る。
正直、ずいぶんと無茶苦茶な戦闘だ。
(できれば戦いたくないけど……)
なかなかそういうわけにもいかない。
どういうわけか彼女は、俺に対して並々ならぬ対抗心を燃やしている。
(一応闇の影を使えば、逃げることは簡単だけど……)
その場合、あのイベント好きな会長がクリスマスパーティを棒に振ってまで準備した、『とっておきの仕込み』が水の泡となる。
そうなれば……きっと彼女はとんでもなく拗ねるだろう。
(つまり、俺が『本当の意味で勝つ』ための条件は……)
この一対三という絶望的に不利な勝負を受け、なんらかの『仕込み』に嵌まってあげたうえで――それを正面から打ち砕く。
(はぁ……。なかなか骨の折れる仕事だな……)
俺がそうして小さくため息をつくと、
「ふふ……っ! さすがのアレンくんも、今回ばかりはお手上げかしら……?」
勝ち誇った笑みを浮かべた会長が、上機嫌にそう言った。
「いえ、大変だな……と思いまして」
「……『大変』?」
その意味するところが、よくわからなかったのだろう。
彼女は不思議そうに小首を傾げた。
「すみません、こちらの話です。――それより、そろそろ始めましょうか」
「えぇ、望むところよ!」
「ふっふっふっ、熱いお灸を据えてやろうじゃないか!」
「今回ばかりは勝たせてもらうんですけど……っ!」
俺と会長たちの視線が交錯する。
(……現状、数の利は向こうにある)
こちらの剣が『一本』に対して、向こうは『三本』。
守勢に回れば、ジリ貧になってしまうだろう。
(先手必勝――ここは攻めに出るべきだ!)
俺は漆黒の闇を両足に纏い、一足でフェリス先輩との間合いを詰めた。
その瞬間、
「っ!?」
彼女の顔面が真っ青に染まった。
ここは既に必殺の間合い――そのうえ俺は、既に剣を高々と振り上げている。
(接近戦が得意なリリム先輩、遠距離・近距離両方の射程で戦える会長は後回しだ。まずは遠距離主体のフェリス先輩を叩き、主導権を握る!)
両手に力を込め、大上段からの切り下ろしを放つ。
「速、過ぎ……っ!?」
彼女は咄嗟に大きく左へ跳んで校庭を転がり、切り下ろしは空を切った。
(――そこだ!)
フェリス先輩の動きをその目で捉えた俺は、すぐにサイドステップを踏んで彼女の背中を取った。
「反応速度が、おかしいんですけど……っ!?」
顔を引きつらせたフェリス先輩に向けて、袈裟切りを放つ。
「ハァッ!」
「や、ば……っ!?」
彼女が両手を交差させて、目をつぶったその瞬間。
「――こっちよ!」
「――そうはさせるか!」
会長とリリム先輩が、背後から同時に斬り掛かってきた。
「……くっ」
俺は仕方なく攻撃を中断し、剣を水平に構えて防御する。
剣と剣がぶつかり、赤い火花が散った。
鍔迫り合いの状態が生まれ――会長とリリム先輩は叫び、その剣にありったけの力を込めた。
「はぁああああああああっ!」
「おりゃぁああああああああっ!」
だが、それでも――。
「……ハァ゛ッ!」
単純な腕力では、俺の方が遥か上を往く。
「きゃ……っ!?」
「嘘……だろ……っ!?」
後ろへはね飛ばされた二人は、なんとか冷静に受け身を取った。
そうこうしているうちにフェリス先輩は態勢を立て直し、会長たちと合流を果たす。
最初の一幕は『引き分け』と言ったところだ。
「フェリス、大丈夫?」
「危ないところだったな」
「正直、やられたと思ったんですけど……。二人のおかげで助かった、ありがと……」
そう短く言葉を交わした彼女たちは、こちらに視線を向けたまま話を続ける。
「でもまさか、私とリリムの二人がかかりで押し負けるなんてね……」
「いよいよ人間とやってる気がしないな、これは……っ」
「力勝負……いや、身体能力では絶対に勝てないんですけど……」
会長たちがこちらの分析を行っている時間を利用して、俺は作戦を練り上げる。
(まずは……なんとかして『一人』落とさないとな)
今の攻防で分かった通り、『一対三』の不利は尋常ではない。
(これがせめて『一対二』なら、なんとかなりそうなんだけどな……)
数の不利を抱えたまま勝負を長引かせるのは、得策ではない。
早いところ誰か一人を倒さないと、どんどん苦しくなっていく。
(とりあえず……ギアを一つ上げるか……っ!)
大きく息を吐き出した俺は、
「――闇の影ッ!」
全身から漆黒の闇を展開し、十本の巨大な闇を生み出した。
「ついに、出したわね……っ!」
「剣術部との戦いでも見ていたが、やはり凄まじい『圧』だな……っ」
「優しい顔に似合わず、とんでもなく邪悪な力なんですけど……っ!?」
ゆらゆらと揺れる漆黒の闇を見た会長たちは、ゴクリと唾を飲む。
そして――。
「三対一、数の上では圧倒的に有利だけど……相手はあのアレンくん。間違っても楽に勝てる相手じゃないわ……! 全力で行くわよ、リリム、フェリス!」
「おぅ! さすがに三人掛かりで、負けるわけにはいかねぇもんな……っ!」
「当然! 私たちにも面子というものがあるんですけど……!」
三人は同時に魂装の能力を発動させた。
「――水精の箱庭ッ!」
会長の頭上に巨大な水の塊が出現した。
彼女の能力は、この世に存在するありとあらゆる水の操作。
あの水を自由自在に使った攻撃は、まさに千変万化だ。
「――炸裂剣ッ!」
灰褐色の粘土が、リリム先輩の刀身を覆っていく。
少しの衝撃が加わっただけで、指向性のある爆発が敵を襲う。
彼女の得意技だ。
「――念動力の糸ッ!」
フェリス先輩が剣を振るうと、霊力でできた極小サイズの糸が拡散した。
大量の糸は校庭に散らばった剣術部の剣に付着し――百本を超える剣が宙を舞う。
あれが一斉に襲い掛かってくると、かなり厄介だ。
「――さぁ、アレンくん! ここからが本番よ!」
「先輩たちを甘く見てると痛い目を見るぜ?」
「今こそ、雪辱を果たすときなんですけど……!」
それぞれの魂装を手にした会長たちは、闘志に満ちた目をこちらへ向けた。
「はい、それでは――決着を付けましょうか!」
こうして俺と会長たちとの激闘は、クライマックスへ突入したのだった。