表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

132/445

転校生とクリスマス【九】


 俺は正眼の構えを取りながら、会長の魂装<水精の女王(アクア・クイーン)>を見つめた。


(剣王祭で何度か見たけど、本当に美しい剣だな……)


 一片の曇りすらない、どこまでも澄んだ刀身。

 芯の強さを感じさせる大胆かつ繊細な刃紋(はもん)


 その一振りには、時間を忘れて見ていられるほどの魅力が詰まっていた。 


「おいおい、私たちを忘れてくれるなよ! ――<炸裂粘土(バースト・クレイ)>ッ!」


「一度勝ったぐらいで、甘く見ないでほしいんですけど……! ――<鎖縛の念動力(バインド・サイキック)>ッ!」


 リリム先輩とフェリス先輩は、同時に魂装を展開した。


(……<炸裂粘土>に<鎖縛の念動力>、か)


 二人の魂装は剣王祭で何度も見ているし、何より裏千刃祭のときにたっぷりと味わった。


<炸裂粘土>は、起爆性の粘土を生み出す能力だ。

 かなり大味な力だが、その爆発の威力は圧巻の一言。

 リリム先輩の動きには、特に注意する必要があるだろう。


 <束縛の念動力>は、視認した物体を操作する厄介な能力だ。

 非常に高い状況適応能力を持つが、出力が弱いという弱点がある。


(体を操作される心配はないが……)


 ほんの僅かでもこちらの斬撃に干渉されると面倒だ。

 彼女は優先して叩くべきだろう。


(<炸裂粘土>に<束縛の念動力>、二つだけでも十分過ぎるほど厄介だが……)


 今回はさらにそこへ、会長の<水精の女王>が加わる。


(これは……かなり厳しい戦いになりそうだな……)


 千刃学院でも指折りの剣士三人を一度に相手取る。

 正直、ずいぶんと無茶苦茶な戦闘だ。


(できれば戦いたくないけど……)


 なかなかそういうわけにもいかない。

 どういうわけか彼女は、俺に対して並々ならぬ対抗心を燃やしている。


(一応闇の影(ダーク・シャドウ)を使えば、逃げることは簡単だけど……)


 その場合、あのイベント好きな会長がクリスマスパーティを棒に振ってまで準備した、『とっておきの仕込み』が水の泡となる。


 そうなれば……きっと彼女はとんでもなく()ねるだろう。


(つまり、俺が『本当の意味で勝つ』ための条件は……)


 この一対三という絶望的に不利な勝負を受け、なんらかの『仕込み』に()まってあげたうえで――それを正面から打ち砕く。


(はぁ……。なかなか骨の折れる仕事だな……)


 俺がそうして小さくため息をつくと、


「ふふ……っ! さすがのアレンくんも、今回ばかりはお手上げかしら……?」


 勝ち誇った笑みを浮かべた会長が、上機嫌にそう言った。


「いえ、大変だな……と思いまして」


「……『大変』?」


 その意味するところが、よくわからなかったのだろう。

 彼女は不思議そうに小首を傾げた。


「すみません、こちらの話です。――それより、そろそろ始めましょうか」


「えぇ、望むところよ!」


「ふっふっふっ、熱いお(きゅう)を据えてやろうじゃないか!」


「今回ばかりは勝たせてもらうんですけど……っ!」


 俺と会長たちの視線が交錯する。


(……現状、数の利は向こうにある)


 こちらの剣が『一本』に対して、向こうは『三本』。

 守勢に回れば、ジリ貧になってしまうだろう。


(先手必勝――ここは攻めに出るべきだ!)


 俺は漆黒の闇を両足に纏い、一足でフェリス先輩との間合いを詰めた。


 その瞬間、


「っ!?」


 彼女の顔面が真っ青に染まった。

 ここは既に必殺の間合い――そのうえ俺は、既に剣を高々と振り上げている。


(接近戦が得意なリリム先輩、遠距離・近距離両方の射程で戦える会長は後回しだ。まずは遠距離主体のフェリス先輩を叩き、主導権を握る!)


 両手に力を込め、大上段からの切り下ろしを放つ。


「速、過ぎ……っ!?」


 彼女は咄嗟に大きく左へ跳んで校庭を転がり、切り下ろしは空を切った。


(――そこだ!)


 フェリス先輩の動きをその目で捉えた俺は、すぐにサイドステップを踏んで彼女の背中を取った。


「反応速度が、おかしいんですけど……っ!?」


 顔を引きつらせたフェリス先輩に向けて、袈裟切りを放つ。


「ハァッ!」


「や、ば……っ!?」


 彼女が両手を交差させて、目をつぶったその瞬間。


「――こっちよ!」


「――そうはさせるか!」


 会長とリリム先輩が、背後から同時に斬り掛かってきた。


「……くっ」


 俺は仕方なく攻撃を中断し、剣を水平に構えて防御する。

 剣と剣がぶつかり、赤い火花が散った。


 鍔迫(つばぜ)り合いの状態が生まれ――会長とリリム先輩は叫び、その剣にありったけの力を込めた。


「はぁああああああああっ!」


「おりゃぁああああああああっ!」


 だが、それでも――。


「……ハァ゛ッ!」


 単純な腕力では、俺の方が遥か上を往く。


「きゃ……っ!?」


「嘘……だろ……っ!?」


 後ろへはね飛ばされた二人は、なんとか冷静に受け身を取った。


 そうこうしているうちにフェリス先輩は態勢を立て直し、会長たちと合流を果たす。

 最初の一幕は『引き分け』と言ったところだ。


「フェリス、大丈夫?」


「危ないところだったな」


「正直、やられたと思ったんですけど……。二人のおかげで助かった、ありがと……」


 そう短く言葉を交わした彼女たちは、こちらに視線を向けたまま話を続ける。


「でもまさか、私とリリムの二人がかかりで押し負けるなんてね……」


「いよいよ人間とやってる気がしないな、これは……っ」


「力勝負……いや、身体能力では絶対に勝てないんですけど……」


 会長たちがこちらの分析を行っている時間を利用して、俺は作戦を練り上げる。


(まずは……なんとかして『一人』落とさないとな)


 今の攻防で分かった通り、『一対三』の不利は尋常ではない。


(これがせめて『一対二』なら、なんとかなりそうなんだけどな……)


 数の不利を抱えたまま勝負を長引かせるのは、得策ではない。

 早いところ誰か一人を倒さないと、どんどん苦しくなっていく。


(とりあえず……ギアを一つ上げるか……っ!)


 大きく息を吐き出した俺は、


「――闇の影(ダーク・シャドウ)ッ!」


 全身から漆黒の闇を展開し、十本の巨大な闇を生み出した。


「ついに、出したわね……っ!」


「剣術部との戦いでも見ていたが、やはり凄まじい『圧』だな……っ」


「優しい顔に似合わず、とんでもなく邪悪な力なんですけど……っ!?」


 ゆらゆらと揺れる漆黒の闇を見た会長たちは、ゴクリと唾を飲む。


 そして――。


「三対一、数の上では圧倒的に有利だけど……相手はあの(・・)アレンくん。間違っても楽に勝てる相手じゃないわ……! 全力で行くわよ、リリム、フェリス!」


「おぅ! さすがに三人掛かりで、負けるわけにはいかねぇもんな……っ!」


「当然! 私たちにも面子というものがあるんですけど……!」


 三人は同時に魂装の能力を発動させた。


「――水精の箱庭(アクア・ガーデン)ッ!」


 会長の頭上に巨大な水の塊が出現した。


 彼女の能力は、この世に存在するありとあらゆる水の操作。

 あの水を自由自在に使った攻撃は、まさに千変万化だ。


「――炸裂剣(バースト・ソード)ッ!」


 灰褐色(はいかっしょく)の粘土が、リリム先輩の刀身を覆っていく。

 少しの衝撃が加わっただけで、指向性のある爆発が敵を襲う。

 彼女の得意技だ。


「――念動力の糸(サイキック・スレッド)ッ!」


 フェリス先輩が剣を振るうと、霊力でできた極小サイズの糸が拡散した。

 大量の糸は校庭に散らばった剣術部の剣に付着し――百本を超える剣が宙を舞う。

 あれが一斉に襲い掛かってくると、かなり厄介だ。


「――さぁ、アレンくん! ここからが本番よ!」


「先輩たちを甘く見てると痛い目を見るぜ?」


「今こそ、雪辱を果たすときなんですけど……!」


 それぞれの魂装を手にした会長たちは、闘志に満ちた目をこちらへ向けた。


「はい、それでは――決着を付けましょうか!」


 こうして俺と会長たちとの激闘は、クライマックスへ突入したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ