転校生とクリスマス【八】
不敵な笑みをたたえた会長は『ドキドキ!? カップリング大合戦!』のルール説明を始めた。
「ルールは簡単――男子は女子のサンタ帽子を、女子は男子のトナカイの角を狙ってください! そして互いのかぶりものを交換した男女は、強制的に『恋人同士』になります!」
「なっ!?」
彼女はさらりととんでもないことを言った。
「制限時間は一時間、舞台はこの千刃学院全域! 魂装の使用、多人数での協力、情報の共有、なんでもありありの大合戦! もちろんこれは学院の伝統行事ですから、参加の辞退は認められません!」
お、おいおい本気か……っ!?
相変わらず、千刃学院の行事はどれもぶっ飛んでいる。
(とにかく、リアのサンタ帽子だけは死守しないと……っ)
俺が彼女を隠すようにして一歩前に出ると、
「――それと最後に一つ、大事なお知らせがあります! 一年A組アレン=ロードルのかぶりものを持って来た『部』には、生徒会執行部の全活動予算を差し上げます!」
「……かい、ちょうっ!?」
彼女が信じられないことを口にした次の瞬間、数多の視線がこちらに向いた。
その多くは、剣術部の人たちだ。
彼らは五月にあった部費戦争で早々に敗退した。
そのため、非常に苦しい予算をなんとかやり繰りしていると聞いている。
「ちょ、ちょっと待ってください! さすがにそれは俺が不利過ぎ――」
「――それでは『ドキドキ!? カップリング大合戦!』スタート!」
俺の発言を遮って、会長の楽しそうな声が大講堂に響き渡った。
その直後、
「あの悪魔の提案に乗るのは癪だが、これは千載一遇の好機……っ! 剣術部存続のため、ここで斬らせてもらうぞ!」
「ふっふっふっ! リベンジマッチと行こうか、アレンくん!」
剣道部部長のジャン=バエル、同じく副部長のシルティ=ローゼット――二人を先頭にした剣術部の集団が素早く俺を取り囲んだ。
(お、多いな……っ)
その数は軽く百を超え、今なお増え続けている。
俺はすぐさま剣を引き抜いて周囲を警戒しつつ、リアたちの方へ目を向けた。
すると、
「り、リアさん! あなたのサンタ帽子は、俺がいただきます!」
「い、いやよ! 絶対に渡さないわ!」
リアの元には多くの男子生徒が、
「ローズさん、ぜひ俺と一戦お願いします!」
「ふむ、面白い……っ。取れるものなら、取ってみろ!」
ローズの元にも同じく多数の男子生徒、
「く、クロードさん! ぜひ、私とお付き合いしてください!」
「ちょ、ちょっと待て! 私は女だぞ!?」
そしてクロードさんのところには、何故か大勢の女生徒が詰めかけていた。
リア、ローズ、クロードさん、それぞれの元へおよそ三十人。
俺のところへは約百五十人。
さらに他所では、既にいくつもの剣戟が始まっている。
(さっきまでの穏やかなクリスマスパーティはどこへやら、だな……)
気が付けば、あっという間にいつもの騒がしい千刃学院となっていた。
(とりあえず、ここでの戦闘は不利だ……)
遮蔽物の多い大講堂では視線が通らず、死角から奇襲を受ける危険性が高い。
(それに何より、今回は勝利条件が特殊だからな……)
たとえどれほど戦いを有利に進めても、このトナカイの角を取られれば敗北する。
混戦に持ち込まれないために、視界の開けた外で戦うべきだ。
「――リア、ローズ、クロードさん! 俺は外へ行きます!」
「えぇ、わかったわ!」
「承知した」
「ふんっ、閉所の不利は知っているようだな」
三者三様の返事が返ってきたところで、
「――それとリア、絶対にサンタ帽子は取られないでくれよ!」
俺は一言だけ、大きな声でそう言った。
正直少し恥ずかしかったけど、どうしても言わずにはいられなかったのだ。
「……っ! うん、任せて……!」
そうしてリアからの心強い返事を受けた俺は、大講堂を飛び出した。
「くっ、追うぞ!」
「「「はいっ!」」」
背後から、百人規模の殺気だった剣術部が追ってきた。
そうして戦いの場を大講堂から校庭へ移した俺は、静かに正眼の構えを取る。
(よし……ここならば三百六十度、全方位の視覚が確保されているぞ)
多人数を相手するには、これ以上の場所はないだろう。
(しかし、凄い光景だな……)
周囲を取り囲むは、百人を超える剣術部の剣士。
彼らの手には魂装が握られており、油断なくこちらを見据えていた。
そんな中、部長のジャンさんが大声をあげる。
「いいか、敵はあのアレン=ロードル――我らが束になろうが、勝てる相手ではない! 間違っても倒そうと思うな! 狙いはただ一つ、奴の頭にあるトナカイの角だけだ!」
「「「承知っ!」」」
端から真っ向勝負を捨て、俺のかぶりものにターゲットを絞った作戦。
……少し厄介だ。
「俺とシルティが奴の『闇』を抑える! その間になんとしても角を取れ!」
「「「はっ!」」」
そうして素早く作戦の伝達を終えたジャンさんは、
「ふふっ、卑怯とは言ってくれるなよ?」
不敵な笑みをたたえて、勝ち誇ったようにそう言った。
「えぇ、もちろんです」
ルール上なんの問題も無い行為を咎めることはできない。
「――アレン=ロードルは、強力無比な闇を同時に『四本』も操るという話だ。シルティ、二本は任せたぞ?」
「りょうかいっ!」
小声で何事かを話し合ったジャンさんとシルティさんは、
「行くぞ、アレン! 連牙流――十連刃ッ!」
「今回ばかりは、負けないよ! 円心流――火の円ッ!」
二人同時に駆け出し、鋭い斬撃を放った。
目にも止まらぬ十連撃と烈火の如く鋭い突き。
その両者を静かに見据えた俺は、
「――闇の影」
漆黒の闇でそれらを完璧に防御した。
一つの巨大な闇が枝分かれして『十本』になり、それらはまるで生きているかのように波打った。
「出た……な……っ!?」
「ちょ、ちょっと……多くないかぃ……っ!?」
ジャンさんとシルティさんをはじめとした剣術部の方は、この異様な闇を見て一歩たじろいだ。
「つい最近、一度に操れる本数が四本から十本へ増えたんですよ。……卑怯とは言わないでくださいね?」
「ぐ……っ。あ、相手はまだ一年生だ! 上級生としての意地とプライドを持ち――総員、突撃せよ!」
「「「うぉおおおおおおおおっ!」」」
ジャンさんの号令と同時に、百人を超える剣術部が一丸となって総攻撃を仕掛けてきた。
こうして俺と剣術部の激闘が幕を開けたのだった。
■
その数分後、
「か、かすり傷一つ、つけられんとは……っ」
「ば、化物、め……っ」
月明かりが照らす校庭には、息も絶え絶えとなった剣術部のみなさんが倒れていた。
「ふぅ……。やっぱり多数を相手するときは、闇の影が一番だな」
十本の闇を自由自在に操作し、たったの一度も剣を振るうことなく無事に勝利を収めることができた。
そうして剣術部という『第一陣』を突破した直後――『第二陣』とばかりに、五十を超える多数の女生徒が押し寄せて来た。
「さ、三年D組リーナ=ハッシュヴァルトです! あ、アレンくん! ずっと前から好きでした! 付き合ってください!」
「二年B組ファーラ=サリティアです! その圧倒的な強さとかっこいい闇の力が大好きです! ぜひ恋人にどうでしょうか!?」
「二年A組シャディ=スート。ただひたむきに素振りをしている姿に惚れた。誠実なお付き合いを申し込む……!」
顔を赤く染めた三人の女生徒は、大きな声でとんでもないことを口にした。
その表情は真剣そのもの――冗談で口にしているものは一人としていない。
だけど、
「……ご、ごめんなさい」
いきなり告白されても……正直、ごめんなさいとしか言えない。
俺は申し訳ない思いを抱えながら、小さく頭を下げた。
「ど、どうしてですか……っ!?」
「せめて、せめて理由を教えてください……!」
「ぜひ、聞かせて欲しい……っ!」
なおも食い下がる三人。
(……彼女たちは、包み隠すことなく真剣な想いを伝えてくれた)
それならば俺も、一人の男として正直に話すのが筋だ。
「な、なんというか、その……っ。す、好きな人がいるので……っ」
顔が赤くなるのを感じながら、はっきりと理由を口にした。
「そ、そんな……っ」
「だ、大丈夫よ……。まだ焦るような時間帯じゃないわ……っ!」
「ならば……っ。力づくで奪うまで……っ!」
その直後、
「大人しく、角をよこしてください!」
「こればっかりは、諦めませんよ……っ」
「覚悟……っ!」
三人は鬼気迫る勢いで駆け出した。
「結局、こうなるのか……っ!」
俺は仕方なく剣を抜き放ち、三人の斬撃を打ち払ったその瞬間――背後から恐るべき殺気を感じた。
「っ!?」
咄嗟の判断で首を左へ大きく逸らせば、情け容赦のない鋭い突きが空を切った。
「うーん、惜しいなぁ……」
ゆっくり背後を振り向くとそこには、
「……やっぱり、会長ですか」
シィ=アークストリア――何かにつけて勝負を挑む、ちょっと困った生徒会長がいた。
(しかし、寒そうだな……)
十二月の寒空にサンタコスチューム一着では、体が冷えるだろう。
そんな風に彼女の心配をしていると、
「ふっふっふっ! 私たちを忘れてもらっては困るなぁ、アレンくん!」
「裏千刃祭の借りは、ここで返させてもらうんですけど……っ!」
クリスマスパーティでは姿を見せなかった、リリム先輩とフェリス先輩が会長の横に並び立った。
「一対三ですか……。今回はずいぶんと容赦がないですね……」
裏千刃祭のとき――リリム先輩とフェリス先輩を相手にするのは、本当に骨が折れた。
そこに会長が加われば……少し、いやかなりきつい勝負になるだろう。
「ふふっ、当然よ。部費戦争・ポーカー勝負・イカサマポーカー勝負――私はこれまで、アレンくんにたったの一度も勝てていないの。これ以上の敗北は、誇り高きアークストリア家の一員として、決して許されるものではないわ」
彼女はいつになく真剣な表情でそう言うと――何も無い空間に手を伸ばした。
「写せ――<水精の女王>ッ!」
その瞬間、空間を引き裂くようにして美しい剣が姿を現した。
会長はまるで空のように青く、海のように透明なその魂装を握る。
「ふふっ、アレンくんの無敗伝説もここで終わりよ」
「ここらで先輩の偉大さを教えてやらないとな!」
「今回ばかりは、是が非でも負けられないんですけど……っ!」
三人はそう言って、闘志に燃えた鋭い視線をこちらへ向けた。
「ふぅー……っ。一対三と言えど、負けるつもりはありませんよ……っ!」
俺は今日初めて『疑似的な黒剣』を生み出し、正眼の構えを取る。
こうして俺と会長・リリム先輩・フェリス先輩による一対三の真剣勝負が始まったのだった。