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転校生とクリスマス【七】


 会長がクリスマスパーティの開始を告げると同時に、たくさんの料理が一斉に運び込まれた。

 肉料理に野菜の盛り合わせ、魚介類にスープに果物、その他にも名前すらわからない高級感溢れる料理が目白押しだ。


(……いいにおいだ)


 食欲をそそるにおいが、あちらこちらから押し寄せる。


(でも、こんなおいしそうな料理を一気に運び込んだら、人が殺到するんじゃないか……?)


 一歩引いて周囲を見回すと――生徒はみんな落ち着き払った様子だった。


 友達と談笑するもの。

 飲み物を頼むもの。

 控え目に料理を皿に盛り付けるもの。


 とても穏やかで温かい時間が流れており、俺が予想した騒動はどこにもなかった。


(……考えて見れば、当然のことか)


 ここにいるみんなは、貴族や良家の生まれ。

 こういった立食形式のパーティには、慣れているんだろう。

 なんというか『経験値の違い』のようなものを感じた。


 そんな中、


「――き、来たわよ、アレン! なくならないうちに、早く食べましょう!」


 この場で最も格の高い『王女様』は、目の前の料理に興奮を隠せない様子だった。


「ふふっ。あぁ、行こうか」


 早足で進む彼女の後ろに続き、机に積まれた取り皿を一枚手に取った。


(ず、ずいぶんと高そうな皿だな……っ)


 鏡のようにピカピカのそれは、縁のあたりに金色の唐草(からくさ)模様(もよう)が描かれている。

 こういったものの価値は正直全くわからないが、きっと高いものに違いない。


(間違っても落とさないようにしないとな……っ)


 それから俺は少し緊張しながら、お肉に野菜とバランスよく取り皿へ載せていく。


 リアはラムザックにお肉に、となかなか重ためのものを。

 ローズは野菜と甘いデザート類を中心に、自分の好きなものを。

 クロードさんは慣れた手つきで、ひたすらお肉ばかりを取っていた。


 皿一枚とって見ても、それぞれの個性が出るものだ。

 料理を取り終えた俺たちは人の少ない場所に集まって、思い思いの品を口へ含んだ。


「これは……かなり鮮度のいい野菜だな! 凄い旨味だ!」


「んー……っ! やっぱりラムザックは最高ね!」


「このアイス、ほどよい甘さがたまらんぞ!」


「ほぅ、悪くない肉だな」


 そうしてみんなで料理に舌鼓を打っていると、上品なオーケストラが聞こえてきた。

 見れば、舞台の上で大勢の音楽家たちが多種多様な楽器を奏でていた。


「これは……リーヴェスハイヴ交響曲の第四楽章ね」


 ほんの少し前奏を耳にしただけで、リアはポツリとそう呟いた。


「へぇ、詳しいのか?」


 俺がそう問い掛けると、


「ふっ、当然だ! リア様は古今東西ありとあらゆる教養を身に付けた才女なんだからな!」


 横から割り込んできたクロードさんが、鼻高々に胸を張った。


 自らの主君を褒められたからか、とても嬉しそうだ。


 その後、オーレストでも有名なバンドの生演奏を聴きながらの雑談、超巨大なクリスマスケーキの登場、リアが食べ過ぎたことによる料理の緊急発注などなど、様々なことがあって本当に楽しい時間が流れた。


 そうしてパーティ開始から一時間が過ぎた頃。


「――さてそれでは、お待ちかねの『大交換会』を始めましょうか!」


 大講堂最奥の舞台へ上がった会長は、高らかにそう宣言した。

 同時に舞台の暗幕がゆっくり上がっていき、たくさんのプレゼントが姿を見せた。


 あれらは全て俺たちが持参したものだろう。


「しかし、凄い量だな……」


 一学年は百八十人、つまり全校生徒五百四十人分のプレゼント。


(大交換会とはいうが、いったいどうやって割り振るつもりだろうか……?)


 あれを一つ一つ配るとなると、相当の時間が掛かってしまう。


「――まずは一年A組のみなさん、舞台前へ集合してください」


 会長のよく通る綺麗な声が会場に響いた。


「俺たちのクラスが一番か」


「ふふっ、どんなプレゼントが当たるか楽しみね!」


「あぁ、そうだな」


 俺はリアとそんな話をしながら、舞台の方へと歩いていく。


 舞台前には『抽選箱』と書かれた、十個の箱が置かれてあった。


「各抽選箱には、数字の書かれた『くじ』が入っています。その数字と同じ番号のプレゼントが、みなさんのものになります」


 よく見れば、舞台に並んだプレゼントには番号の書かれた紙が貼られている。


「なるほど、完全にランダムってわけね」


「あぁ、そうみたいだな」


 それから俺たちは、抽選箱からくじを引いた。

 俺の引いた番号は四十一番だ。


「――A組のみなさん、くじを引き終わりましたね? それではそのくじを頭上に掲げてください」


 会長の指示通りにクラスのみんなが、引いたくじを頭上に掲げた。


 すると次の瞬間、


「「「おぉーっ!?」」」


 三十個のプレゼントが宙を舞った。


(これは……操作系の魂装だな)


 周囲を見回せば、舞台袖で細剣を握っている女生徒がいた。

 どうやらこれは、彼女の能力のようだ。


 すると――こちらの方へふわふわと一つの包み箱が飛んできた。


「……っと、これが俺のか」


『四十一』と張られたプレゼントを手にした俺は、ちょっとした違和感を覚えた。


(あれ、この包み箱は……?)


 それは少し見覚えのあるものだった。


(……とりあえず開けてみるか)


 丁寧に包装を取り外し、ゆっくり箱を開けると――手乗りサイズのぬいぐるみがあった。


(なんというか……絶妙に不細工な感じだな)


 おそらくはトラのぬいぐるみ……いや、キツネか?


(これが(ちまた)で言う『ブサカワイイ』という奴なんだろうか……?)


 俺がそんな複雑な思いを抱きながら、ぬいぐるみを見ていると、


「ねぇ、もしかしてこれ……アレンのプレゼント?」


 木刀を手にしたリアが、小首を傾げながらそう言った。


「それは……間違いないな。俺が買った木刀だ」


 はっきりとそう断言できた理由は、彼女の足元に置かれた包み箱だ。

 あれは世界で一つしかない――俺が作った包み箱なのだ。


 木刀を購入したお店で「プレゼント梱包できますか?」と聞いたが、「さ、さすがにそれは……」と断られてしまったので、仕方なく工作したのだ。


「ふふっ、やっぱり! プレゼントに木刀を選ぶ人なんて、アレンぐらいしかいないもん!」


「そ、そうか……?」


 これは……褒められているのだろうか?


「ありがとう、大事にするね!」


 彼女はそう言って、嬉しそうに木刀を眺めた。

 どうやら気に入ってくれたみたいだ。


「あぁ、そうしてくれると嬉しいな。……それともしかしてなんだが、これはリアのか?」


 俺は先ほど手に入れた奇妙なぬいぐるみを見せた。


 一般とはひどく乖離(かいり)した独特なセンス。

 行きしなにリアが持っていたのと同じ包み箱。


 十中八九、彼女のプレゼントと見て間違いないだろう。


「あっ、私のクマだ!」


「……クマ?」


「うん。プレゼント探しをしているときに、見つけたクマのぬいぐるみ。可愛いでしょ?」


「あ、あぁ……」


 この黄色い不細工なのは……クマなのか……。

 俺がまじまじと手元のぬいぐるみを見つめていると、


「でもよくわかったわね? これが私の選んだプレゼントだって」


 リアはそう言って小首を傾げた。


「あぁ、こんな不細……ゴホン。特徴的なぬいぐるみを選ぶのは、リアぐらいしか心当たりがないからな」


「ふふっ、いいプレゼントでしょ?」


「あぁ、ありがとな。大事にするよ」


 部屋の景観を明らかに損ねる一品だが……リアからのプレゼントとなれば話は別だ。

 俺の部屋の一番目立つところに飾らせてもらおう。


「しかし、凄い確率だな」


 どうやら俺たちは全校生徒五百四十人の中で、互いにプレゼントを交換したようだ。


「ふふっ、ほんとだね……!」


 リアはそう言って、とても嬉しそうにはにかんだ。


 そうして交換を終えた俺たちは、互いのプレゼントを見せ合ったりしてさらに盛り上がったのだった。


 その後、時計の針が二十時を示したところで、先ほどから忙しそうにあちらこちらへ動いていた会長が再び壇上へ登った。


「ゴホン――さて、みなさん! 大交換会も終わって、そろそろいい時間帯となって来ましたので――これより本日のメインイベント! 毎年恒例『ドキドキ!? カップリング大合戦!』を開催したいと思いまーす!」


 彼女がそう言った次の瞬間。


「いよっしゃぁああああ! ついにこのときが来たぜ!」


「あ、アレンくんはやっぱり人気、だよね……っ」


「なにを弱気なこと言ってんのよ! 女は度胸! 当たって砕けちまいな!」


「うぅ、砕けたくないよぉ……っ」


「へっ! 俺はリア様に行くぜ! この想いはもう止まらねぇ……っ!」


「うわぁ、それ多分一番難易度と死亡率が高ぇ奴だぞ……。精々アレンにぶっ殺されねぇようにな……」


 二年生三年生は突如として色めきだった。


「ど、ドキドキ……? カップリング……?」


「な、なんだそれ……?」


 状況が掴めていないのは、どうやら俺たち一年生だけのようだ。


(この感じ……。『裏千刃祭』のときによく似ているな……)


 会長はさっき『毎年恒例』と言っていた。

 だから二年生と三年生は概要を把握しており、俺たち一年生のみが混乱しているこの状況が生まれたというわけだ。


(それにしても……いったいどんなイベントなんだろうか……?)


 俺がそんなことを考えていると、たまたま会長と目が合った。

 こちらに気付いた彼女はとてもいい笑顔で、小さく左右に手を振る。


(あぁ、なるほど……これ(・・)か)


 どうやら『ドキドキ!? カップリング大合戦!』とやらが、彼女の『本命』のようだ。


(今思えば……会長はこのパーティ中、ずっと忙しそうに動いていたな……)


 それに他の生徒会メンバー、リリム先輩とフェリス先輩の姿も見ていない。

 おそらくだが……みんながクリスマスパーティに興じている裏で、このイベントに関する何らかの『仕掛け』をしていたのだろう。


(これは……心して掛かる必要があるな……っ)


 時刻は既に夜の二十時。

 時間的にもこれがクリスマスパーティ最後の一大イベントだ。


(ふぅ……。仕方ない、やるか……)


 これは学校行事だし、何より会長たちが入念に準備してきたものだ。

 参加を拒否すれば、それこそとてもとても面倒なことになるだろう。


 そうして覚悟を決めた俺は『ドキドキ!? カップリング大合戦!』に臨んだのだった。

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