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転校生とクリスマス【六】


 ニコニコと微笑みを浮かべる会長へ、俺は質問を投げ掛けた。


「クリスマスパーティ、いったいどんなことをするんですか?」


「えーっとね……千刃学院の大講堂に集まって、みんなでお食事会をするの。当日はみんなで持ち寄ったプレゼントの『大交換会』を開いて、有名な音楽家の生演奏を聴いて――とにかくとっても盛り上がるのよ!」


「なるほど……それは楽しみですね」


 話を聞く限り、ちょっと規模の大きいクリスマスパーティのようだ。


「当日はお腹をペッコペコにしてくるといい! 何と言ったって、超有名なレストランが出張で調理してくれるんだからさ!」


「立食形式で食べ放題なんですけど……」


 リリム先輩とフェリス先輩がそう説明を加えると、『食べ放題』という言葉にリアが目を輝かせた。


「ずいぶん豪華なんですね」


 さすがは五学院の一つだ。

 クリスマスパーティ一つを取っても、動くお金が尋常じゃない。


「ふふっ、そうね。それと……最後にちょっとした(・・・・・・)イベント(・・・・)もあるから、楽しみにしててね?」


 会長はこれまでで一番の笑みをたたえながら、器用に左目でウインクをした。


(あぁ、これ(・・)か……)


 どうやら会長の本命は、こちらのようだ。


「あの……ちょっとしたイベントって、なんでしょうか?」


「ふふっ、それは当日になってからのお楽しみよ」


「……そうですか」


 この一年、会長とは少なからず同じ時間を過ごしてきた。

 そのおかげで彼女の笑顔を見れば、だいたいわかるようになった。


 悪巧みをしているときの笑顔。

 悪戯をしているときの笑顔。

 意地悪を言っているときの笑顔。


(……思い返せば、会長の笑顔にあまりいい思い出がない)


 まぁとにかく――会長が笑っているときは、何か俺を困らせようとしている可能性が非常に高い。

 パーティには、気を引き締めて参加する必要があるだろう。


「――さて、そんなわけだからみんな楽しみにしててね?」


「そのうち担任の先生から、連絡があると思うが……。ちゃんとプレゼントは忘れずにな!」


「基本的な進行は私たちがするから、安心してほしいんですけど……」


 会長たちはそう言って、話をまとめたのだった。



 その後の数週間は、とても充実した毎日を過ごすことができた。


 日中は千刃学院でひたすら剣術を磨き、放課後は素振り部の活動で汗を流す。

 素振り部も最近は規模が大きくなり、部員数はついに百人を超えた。

 なんでもこれは、剣術部に次ぐ人数らしい。


 これだけみんな素振りが好きなのだから、来年の千刃祭ではきっと『青空素振り教室』を開催できることだろう。


 たまの休日には聖騎士協会オーレスト支部に顔を出して、訓練に参加させてもらった。

 クラウンさんは「全然、無理に参加しなくてもいいっすよ? 教えられることなんてないんすから」と言っていたが……。


 一応俺は上級聖騎士の特別訓練生だ。

 可能な限り、訓練には参加した方がいいだろう。


 そんな忙しいけど、充実した毎日を送っていると、時間はあっという間に過ぎていった。


 そしていよいよ――クリスマス当日の十二月二十五日を迎えた。


(ふぅー……ついに来たか)


 授業を終えた俺とリアは、一度寮に帰って荷物を置いた。


 時刻は十七時。

 クリスマスパーティの開始まで、後一時間だ。


「――ふんふふんふふーん!」


 奥の部屋からは、上機嫌なリアの鼻歌が聞こえてくる。

 この日を心の底から楽しみにしていた彼女は、なんと今朝から何も食べていない。

 おそらく、パーティ会場のありとあらゆる食物を食べ尽くすつもりなのだろう。


(さてと、俺もそろそろ準備をするか……)


 会長がいったい何を企んでいるか不明なため、少し怖さはあるものの……さすがに欠席するわけにもいかない。


 俺は事前にオーレストの街で購入したプレゼントを鞄に詰め、身支度を整えていく。


 すると、


「――じゃん! どうかな?」


 奥の部屋から、サンタ帽子をかぶったリアが顔を覗かせた。


 赤と白のふわふわの生地、先端にもこもこの毛玉がついたサンタ帽子をかぶった彼女は――控え目に言って、とても可愛い。


「うん、よく似合っているよ」


「そ、そう? ……えへへ、ありがと」


 彼女は嬉しそうにそうはにかんだ。


「ねぇねぇ、アレンのも見せてよ!」


「あ、あぁ……」


 リアにそう(はや)し立てられた俺は、仕方なしにあるものをかぶった。


「ど、どうだ……?」


 それは――二本の角がついたトナカイのかぶりものだった。


「ふふっ、可愛いよ……っ」


「そ、そうか……?」


 俺は姿見で自分の立ち姿を見た。


(いやぁ、これは……)


 千刃学院のかっこいい制服とこの可愛らしいトナカイの角……。

 正直、言ってミスマッチと言わざるを得ない。


(うーん、男子も女子と一緒のサンタ帽子でいいのになぁ……。どうして、わざわざ男女で分けるのか……)


 トナカイのかぶりものとサンタ帽子、これらは千刃学院から生徒全員へ配られたものだ。

 クリスマスパーティに参加するものは、着用必須――いわゆるドレスコードのようなものだ。


(ちょっと……いや、かなり恥ずかしいけど……)


 リアと一緒にクリスマスパーティに参加するためだ……我慢するしかない。


 その後、二人で忘れ物チェックを済ませた俺たちは、


「――それじゃ、行こうか?」


「うん!」


 パーティ会場である千刃学院の大講堂へ一緒に向かったのだった。



 大講堂の入場口は、角を生やした男子生徒とサンタ帽子をかぶった女子生徒であふれ返っていた。


「受付は……こっちだ、リア」


「あ……っ。うん……っ!」


 人波に飲まれないよう彼女の手を引いて、受付の簡易テントへ向かった。

 四つある列の一つに並び、五分ほど待ったところで俺たちの順番が回ってきた。


「――学生証とプレゼントのご提示をお願いします」


 受付の女性がそう言い、俺とリアは学生証と持参したプレゼントを机の上に載せる。


「ありがとうございます。アレン=ロードルさんにリア=ヴェステリアさんですね。それでは、こちらの名札をつけさせていただきます」


 彼女は、俺の頭にあるトナカイのかぶりものとリアのサンタ帽子に小さな名札を付けた。

 蝶々の模様のあしらわれたお洒落なものだ。


「こちらは会場での本人証明に使用しますので、無くさないようご注意ください。またプレゼントにつきましては、こちらで回収させていただきます。パーティの中ほどで『大交換会』がございますので、お楽しみください。――それでは、メリークリスマス!」


 そうしてテキパキと手続きを済ませた彼女は、カランカランと手持ちのベルを鳴らした。


「め、メリークリスマス……っ」


「メリークリスマス!」


 その後、受付を済ませた俺たちは大講堂の中へ入った。


 するとそこには――煌びやかなパーティ会場が広がっていた。


 軽く千人以上は入りそうな大きな部屋には、クリスマスツリーに花飾り、雪を表現した真綿に金色のクリスマスベルと様々な装飾品で彩られている。

 そしてそれら全てを、天井から吊るされた荘厳なシャンデリアが温かく照らしていた。


 賑やかなことが大好きな千刃学院の気風をよく表現した会場だ。


「これは凄いな……!」


「うわぁ、綺麗……!」


 そうして俺たちがパーティ会場を見回していると、


「――アレンくん、リアさん、いらっしゃい」


 可愛らしいサンタコスチュームに身を包んだ会長が、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「うわぁ……いい衣装ですね!」


「とてもお似合いだと思います」


 リアの意見に同調して、俺は率直な気持ちを述べた。


 彼女の赤と白の可愛らしい装いは、お世辞を抜きにして本当によく似合っている。


「ありがと。――アレンくんもよく似合っているわよ?」


 彼女は視線を上にあげ、少し冗談めかしてそう言った。


「あ、あはは、複雑な気持ちですね……」


 トナカイの角が似合っていると言われて、心の底から喜ぶことのできる人は少ないだろう。


「ふふっ、もちろん冗談よ。――それじゃ私はまだ準備があるから、後でお話しましょうね」


「はい、ぜひ」


「楽しみにしているわ」


 会長はそう言って、大講堂の奥へ消えていった。


(……意外と普通だったな)


 彼女はごく自然体だった。

 今の瞬間だけを切り取ってみれば、何かを仕掛けてくるようには到底見えない。


(……いや、油断は禁物だな)


 相手はあの小悪魔、シィ=アークストリアだ。

 わずかな油断が大きな面倒ごとに繋がってしまう。


 そうして俺が気を引き締め直していると、


「――アレン、リア。メリークリスマス、だな」


 サンタ帽子をかぶったローズが、俺の背をポンと叩いた。


「ローズ、早かったんだな」


「メリークリスマス、ローズ!」


 そうして俺たちが軽い挨拶を交わしていると、


「……っと」


 俺の背中に誰かがぶつかってきた。


 見ればそれは――サンタ帽子をかぶったクロードさんだ。


「ふん、なよなよしい鹿がいるかと思えば……。なんだ、ドブ虫ではないか」


 わざとらしくぶつかった彼女は、早速悪態をついてきた。

 まぁ似合っていないのは事実だから、そう言われても仕方ない。


「あ、あはは……。でもクロードさんのサンタ帽子は、可愛らしくてよく似合っていますね」


「……っ!? ど、ドブ虫風情が『可愛らしい』などと、ふ、ふざけたことを言うな……っ! その鹿の角、叩き斬るぞ!」


 彼女はわずかに頬を赤くして、鋭い目付きでこちらを睨み付けた。


 すると、


「――いい加減にしなさい、クロード! これは鹿の角じゃなくて、トナカイの角よ!」


 リアは我慢ならないと言った様子で注意を飛ばした。


(……気持ちは嬉しいが、そこじゃない)


 主に『ドブ虫』あたりを注意してくれると助かる。


「も、申し訳ございませんリア様……っ」


 俺たちがそんないつも通りの会話をしていると――会場内の電気が落ちた。


 その直後、大講堂の最奥にある舞台へ明るい照明が集中する。

 そこに立っていたのは――サンタ服姿の会長だった。


「――みなさん、今日は楽しいクリスマス! 何もかも忘れて、目一杯楽しみましょう――メリークリスマスッ!」


「「「メリークリスマスッ!」」」


 こうして千刃学院のクリスマスパーティが始まったのだった。

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