転校生とクリスマス【五】
クロードさんとの決闘に勝利した俺が剣を納刀すると、
「おつかれさま、アレン。それにしても凄い『闇』だったね……?」
「実にいい決闘だったが……また少し速くなったか?」
リアとローズはそう言って、こちらへ駆け寄ってきた。
どうやら二人とも俺の力について、少し気になっているようだ。
「多分だけど、魂装を発現したから……かな?」
<暴食の覇鬼>を発現してからというもの……これまで以上にアイツの存在を身近に感じるのだ。
かつて意識を集中させなければ操れなかった闇も――今ではまるで手足の如く自由自在だ。
(しかし、こうなってくると難しいな……。果たしてこの力は、『何系統』に属するんだ……?)
一応、基本となる能力はシンプルな強化系だが……。
そのほかに闇を自在に操る操作系の力もあれば、希少な回復系の力もある。
あまりに高い汎用性があるため、『こういう能力だ』と言い切ることは難しい。
俺がそんなことを考えていると、
「ドブ虫……それほどの力、いったいどうやって身に付けた!?」
「『どうやって』と言われましても……。みんなと同じですよ?」
特別なことは、何もしていない。
俺が毎日こなしている修業は、千刃学院のみんなと全く同じものだ。
「う、嘘をつくな! その圧倒的な身体能力に研ぎ澄まされた剣術……きっと何か『秘密』があるはずだ!」
「……そうですね」
もしも秘密があるとすれば……。
「誰よりも長く、素振りをしていることでしょうか……?」
「素振り、だと……? なるほど、修業方法については意地でも口を割らないつもりだな……っ」
クロードさんはそう言って、こちらを睨み付けた。
(意地でも口を割らないどころか、包み隠さず話したところなんだが……)
どうやら今の回答では、納得してもらえなかったようだ。
「そんなことよりもクロード、決闘で交わした『あの約束』どうするつもりなの……?」
リアは小首を傾げながらそう言った。
あの約束――敗者はなんでも一つ言うことを聞かなければならないという、決闘前に取り交わした約束だ。
その言葉を耳にしたクロードさんは、
「も、申し訳ございません、リア様……っ」
どういうわけか、リアに向かって頭を下げた。
「な、なんで私に謝るのよ……?」
「私の力が足りぬばかりに……。あなた様を縛る『悪しき契約』を破棄させることができませんでした……っ」
クロードさんはそう言って、深く頭を下げた。
(悪しき契約……? あぁ、アレのことか……)
どうやら彼女は、俺とリアの『主従契約』を解消させようとしていたらしい。
(そういえば、そんなものもあったなぁ……)
すっかり忘れていたが……決闘によって結ばれた契約は絶対だ。
今でも一応、俺はリアの主でありリアは俺の奴隷という関係にある。
「も、もぅ……。そんなこと別に気にしなくていいわよ……っ」
リアはわずかに頬を赤く染めて、ぷいと明後日の方角へ顔を向けた。
「な、ぁ……っ!? あの関係を……もう受け入れてしまったのですかっ!?」
盛大な勘違いを起こしたクロードさんは、顔を真っ青にして膝を突く。
「ち、違うわよ! だから、そうじゃなくて……っ。と、とにかくあの件はもういいの! そんなことより、あなたは自分の心配をしなさい!」
リアはそう言って、俺をクロードさんの前へ突き出した。
「え、えーっと……どうしましょうか?」
俺が頬を掻きながら、クロードさんへ視線を向けると、
「くっ、ケダモノめ……っ」
彼女は何故か両手で胸のあたりを隠し、一歩後ろへたじろいだ。
「なんでも一つ……ですよね?」
「あ、あぁ、そうだ! 常識の範囲内ならば、どんな命令でも聞いてやろう……っ。そう――常識の範囲内ならばな!」
クロードさんは顔を赤くして、『常識の範囲内ならば』というフレーズを前面に押し出した。
(彼女の目には、俺がそんな鬼畜な命令を下す男に映っているのだろうか……)
心に小さな傷を負った俺は、とりあえず今の素直な気持ちを口にした。
「お願いしたいことは……特にないですね」
「な、にぃ……!? こ、この私にどんな命令でも下せるのだぞ! 貴様のような欲望の塊のような男が……いったい何を企んでいる!?」
「欲の塊でもないですし、何も企んでいませんよ……」
決闘の目的は、既に果たしている。
俺は半年前よりも強くなれた。
毎日毎日必死に素振りをしていることは、無駄じゃなかった。
それが知れただけで、もう十分すぎるほどの成果なのだ。
今、彼女にお願いしたいことは本当に何もない。
(はぁ……困ったな……)
この約束を無かったことにするため、取るに足らないお願いを口にした場合……「貴様の慈悲などいらん!」と怒鳴られるのが関の山だろう。
それならばいっそのこと、率直な気持ちを伝えた方がいい。
「――とにかく、今のところクロードさんにお願いしたいことはありません」
「ぐ……っ。そ、そうか……。ならば――その矮小な身に余る大きな権利を、後生大事に取っておくがいい……っ!」
彼女はそう言って、『権利の保存』を命じたのだった。
「あ、ありがとう、ございます……?」
多分、一生使う機会はないと思うけれど……。
もらえるものなら、もらっておこう。
(世の中いったい何が起こるかわからないからな……)
食べられるものは食べる。
もらえるものはもらう。
それがゴザ村で学んだ、たくましい雑草の生き方だ。
そうして俺とクロードさんの決闘がひと段落ついたところで、
「――会長たちも待っていますし、そろそろ行こうか?」
「えぇ、そうね」
「あぁ、そうしよう」
「……会長?」
俺たちはお弁当を取りに一年A組の教室へ戻ったのだった。
■
その後、それぞれのお弁当を手にした俺たちは、生徒会室へ向かった。
もちろん、クロードさんも一緒に連れて。
さすがに転校初日の彼女を一人教室に置いていくわけにもいかない。
(まぁ定例会議と言ってもアレは、ただの『お昼ご飯の会』だしな……)
生徒会以外のメンバーがいても大きな問題はないだろう。
その後、俺はいつものように生徒会室の扉をノックし、会長の許可をもらってから入室した。
すると、
「――おっそーいっ! いったい、何をしていたの!?」
俺の姿を確認した会長は、勢いよく椅子から立ち上がり、こちらへ詰め寄ってきた。
「か、会長……っ。近い、近いですよ……っ!」
ほんのりとシャンプーのいいにおいが鼻腔をくすぐり、少し鼓動が速くなった。
「ほら、正直にお姉さんに話しなさい! いったい何をしていたの?」
彼女はそう言って、少し頬を膨らませた。
その顔には『お姉さんらしさ』など一ミリもなく、どこからどう見ても拗ねた子どものそれだった。
「ちょっと予定外のことがあったんですよ」
「具体的には……?」
会長はジト目で問い詰めた。
「えっと、そうですね……。あちらのクロードさんと剣を交えていました」
俺が正直にそう話すと、
「……あら? あなたは確か……クロード=ストロガノフさんね?」
会長はぱちくりと目を開き、クロードさんのフルネームを口にした。
「はい、その通りです。あなたは……シィ=アークストリア殿ですね? そしてそちらはリリム=ツオリーネ殿にフェリス=マグダロート殿。――三人とも、とても優秀な剣士だとレイアから聞き及んでいます」
意外にも物腰柔らかく、敬語で臨んだ彼女は礼儀正しくお辞儀をしたのだった。
「クロードさん、ようこそ生徒会へ! 優秀な剣士の加入は、いつでも大歓迎よ! 役職は確か……『庶務』でよかったわよね?」
「はい、レイアからはそのように聞いております」
そうしてクロードさんは、驚くほどスムーズに生徒会入りを果たした。
どうやらレイア先生を経由して、話を通していたようだ。
「さてと……それじゃ一応、みんなでちょっとした自己紹介をしましょうか!」
その後――簡単な自己紹介を済ませた俺たちは、みんなでお昼ご飯を食べ始めたのだった。
クロードさんは人当たりがとても柔らかく、初対面のローズや会長、リリム先輩やフェリス先輩と仲睦まじく話していた。
この分だと、あっという間にクラスにも溶け込むことだろう。
俺がそんなことを考えていると、
「――さっき『剣を交えた』って聞いたけど、どっちが勝ったのかしら?」
可愛らしいタコさんウィンナーを口にした会長は、小首を傾げてそう問い掛けた。
「……悔しいが、全く歯が立ちませんでした」
クロードさんは歯を食いしばり、絞り出すような声でそう言った。
それを受けた会長は、わざとらしくため息をこぼす。
「はぁ……。アレンくんは、また女の子をいじめて遊んでいたの……?」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ!?」
「ふふっ、ごめんなさい」
彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべて、すぐにクロードさんのフォローへ回る。
「大丈夫よ、落ち込むことは無いわ。だいたいアレンくんは人間やめちゃってるし、普通の剣術は通用しないんですもの」
「くっ、確かに……その通りだった……」
先の決闘を思い出したのか、クロードさんは悔しそうにお箸を握り締めた。
「あ、あはは……っ」
どういう風に声を掛けたらいいものかと困った俺は、とりあえず苦笑いでその場をやり過ごした。
そうしてみんなで楽しくご飯を食べながら、雑談に花を咲かせていると、
「そっか、もう一年が終わっちゃうんだね……」
リアはどこか遠い目をして、ポツリとそう呟いた。
「り、リア様……っ」
その言葉を聞いたクロードさんは、何故か下唇を噛み締めて視線を落とす。
(……なんだ?)
二人の様子が気になったので、一声掛けようとしたそのとき。
「ねぇ、アレンは今年一年どうだった?」
リアはいつも通りの明るい表情で、そう問い掛けてきた。
一瞬、物憂げな表情を浮かべていたようにも見えたが……。
どうやら、あれは俺の気のせいだったようだ。
「そうだな……。いろいろと大変なこともあったけど、いい一年だったよ」
思い返せばこの一年、本当にいろいろなことがあった。
(始まりはもちろん……『一億年ボタン』だ)
あの不思議な経験を契機にして、俺の人生は大きく変わった。
特に千刃学院へ入学してからの毎日は、本当に忙しくて――とても充実した毎日だった。
大五聖祭に魔剣士活動、氷王学院との夏合宿に一年戦闘なんてものもあった。
それから剣王祭に千刃祭、上級聖騎士の特別訓練生として国外遠征もこなした。
そして何より――リア、ローズ、クロードさん、シドーさんにイドラ、本当にたくさんの出会いがあった。
(長かったような、短かったような……)
とにかくとてもとても濃密な一年であったことは間違いない。
そうして今年にあった様々な出来事を思い出していると、
「そう言えば……アレンくんたちは、もう『プレゼント』の準備はした?」
会長は楽しそうにそう問い掛けてきた。
「プレゼント、ですか……?」
「あれ……まだ聞いてないの?」
そうしてお互いに首を傾げていると、
「シィ、一般告知は一週間後だよ」
「一年生はまだ知らないんですけど……」
リリム先輩とフェリス先輩は、横合いからちょっとした説明を加えた。
「あっ、そうだったわね!」
会長はパンと手を打ち、とても楽し気な『いい笑顔』を浮かべた。
「ふふっ、千刃学院では毎年十二月二十五日に全員参加の『クリスマスパーティ』が開かれるのよ!」
……あぁ、これは『ナニカ』あるやつだ。
あの会長が『普通のクリスマスパーティ』をこんなに楽しみにするわけがない。
(十中八九、大変な何かがあるイベントと見て間違いないだろうな……)
彼女の素晴らしい笑顔を見た俺は、そう確信したのだった。
※とても大事なおはなし!
毎日更新、連続『127日目』……っ!
連載開始から約『4か月』、一日も欠かさずに毎日更新をすることができました!
今後も頑張っていきますので、どうか応援のほどお願いします……っ!
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