転校生とクリスマス【四】
俺とクロードさんは抜身の剣を構えたまま、静かに視線をぶつけ合った。
(……前回とは、少し違うな)
ヴェステリア王国の闘技場で剣を交えた時、彼女は決闘が開始すると同時に斬り掛かってきた。
(クロードさんの攻撃的な性格から考えて、すぐに仕掛けてくると思ったんだけど……)
なにか作戦があるのか、それとも戦闘スタイルを変えたのか……。
とにかく俺の予想は外れたようだ。
そんなことを考えていると――額に汗を浮かばせたクロードさんは、俺の周囲をゆっくりと回り始めた。
「き、貴様……。相当に腕を上げたようだな……っ」
「そうですか……? ありがとうございます」
まさか彼女から褒められるなんて……珍しいこともあるものだ。
「……想定をはるかに上回る、か。……接近戦では分が悪いな」
何事かを呟いたクロードさんは、刃渡りの長い刀を素早く三度振るって校庭の土を斬り付けた。
するとそこから、青白い光を放つ紋章が浮かび上がる。
その後、校庭の土はみるみるうちに形を変え、
「チーチチチチチッ!」
「グワァーッ!」
「フロロロロロロロ……ッ!」
握りこぶし大の燕と烏、そして酒樽ほどの大きな梟へと変貌を遂げた。
燕と烏はクロードさんの肩へ止まり、一際大きな梟は頭上へ飛び上がった。
(……出たな)
斬り付けた無機物を爆弾へ変化させたうえで、それを自由自在に操作する。
クロードさんの魂装、<無機の軍勢>が誇る恐ろしい能力だ。
半年前は、あれにずいぶんと苦しめられたものだ。
「ふっ、あのときと同じだと思っていると……痛い目を見ることになるぞ?」
彼女が自信に満ちた表情で長刀を振るうと、
「――チーチチチチチチチチチッ!」
甲高い鳴き声を上げた燕が、全く見当違いの方向へ飛んだ。
燕はゆっくりと高度を落とし、その体が校庭へ接触した瞬間――凄まじい爆発音が響き、巨大なクレーターが生まれた。
「っ!?」
その一部始終を見ていたクラスのみんなは、にわかにざわつき始めた。
「お、おいおいマジか……!?」
「あんな小さい燕がなんて威力をしているの……!?」
「さ、さすがは王立ヴェステリア学院出身だな……」
クロードさんはそんなクラスメイトの反応に一切興味を示さず、不敵な笑みを浮かべたまま、真っ直ぐ俺の目を見つめた。
「――どうだ驚いたか?」
「えぇ、以前とは比べ物にならない威力ですね……」
「ふっ、当然だ。あの日、貴様に負けてからというもの……私は毎日毎日地獄のような修業をこなして来たのだからな!」
彼女はそう言って、好戦的な笑みを浮かべた。
(……今の爆発はどう見ても、かつての『梟』クラスの威力はある)
そうなると、アレには注意が必要だな。
クロードさんを視界の端に捉えつつ、彼女の上空で睨みを利かせる大きな梟に視線を向ける。
(握りこぶしほどの小さな燕ですら、あれほどの大爆発だったんだ……)
酒樽サイズの梟がひとたび弾ければ、それはとてつもない大爆発となるだろう。
俺がそんな風にクロードさんの力を分析していると、
「――さぁドブ虫、貴様の力を見せてみろ!」
彼女はそう言って、素早く校庭の土を斬り付けた。
「「「チーチチチチッ!」」」
「「「グワァー、グワァーッ!」」」
燕と烏が十羽ずつ――合計二十の爆弾を生み出した。
(……数も増えているな)
この前は確か、合計で十羽かそこらだったはずだ。
(それが一度に二十羽、か……)
本当に恐ろしいほどの成長具合だ。
「ふふっ、驚きのあまり声も出ないのか? ならば、そのまま黙って吹き飛ぶがいい! ――さぁ、踊れ!」
クロードさんの命令と同時に、二十の爆弾が俺の元へ殺到する。
(……速いな)
気付けば、さえずる鳥たちは目と鼻の先にまで迫っていた。
「――爆ぜろッ!」
彼女がそう叫んだ次の瞬間、まばゆい光が視界を埋め尽くし――かつてない規模の大爆発が起こった。
砂埃が巻き上がり、一瞬の静寂が場を支配する。
「ふっ、手応えありだ……っ!」
勝利を確信したクロードさんの声と、
「さ、さすがにこれは、やべぇんじゃねぇか……!?」
「あんなの食らったら、跡形も残らねぇぞ……っ」
「お、おいアレン……。生きてるよ、な……?」
クラスのみんなの不安げな声が聞こえてきた。
「――あぁ、もちろんだよ」
俺は短くそう答え、その証拠とばかりに闇で砂埃を蹴散らした。
「さすがはクロードさんですね……。威力・数・速度、全てが段違いだ。――ですが、俺だって少しは成長しているんですよ?」
どうやら闇の衣の出力は、彼女の燕と烏を大きく上回っているようだった。
「ば、馬鹿な、あり得ない……! 今の大爆発を受けて無傷だと……!? いや、その前に……なんだその禍々しい力は!」
彼女はそう言って、俺の全身を覆う闇の衣を指差した。
「あぁ、そう言えば……。クロードさんに見せるのは、初めてでしたね」
こちらが一方的に相手の能力を知っているのは、公平な決闘の場においてふさわしくないだろう。
「見ての通り、俺の力は『闇』です。みんなを守れたり、治せたり……見た目と違って、けっこう優しい力なんですよ?」
「まさか貴様……魂装を!?」
「えぇ。……と言ってもつい先日発現したばかりで、まだ使い方を覚えている途中ですけどね」
俺はそうして会話を打ち切り、闇の出力を上げていった。
全身から立ち昇る闇は光を遮り、校庭に大きな影を落とす。
「なんて出力をしているんだ……っ。化物か、こいつ……っ!?」
クロードさんは顔を青くして、何事かをポツリと呟いた。
「次はこちらから行きますよ。――闇の影」
俺が右手を前にかざすと、
「……っ!?」
深淵のような闇が校庭を這いずり回り、クロードさんの元へと殺到する。
それはまるで意思を持っているかのような、複雑で俊敏な動きを見せた。
(……おかしい)
魂装を発現してからというもの、俺の闇は少し性質が変わっている。
なんというか……さっきクロードさんが言ったように禍々しい感じがするのだ。
(やっぱり、どんどんアイツに近付いてないか……?)
最初はそう……恐ろしく丈夫なこの体。
その後は突然、白黒入り交じった髪。
そして今――この禍々しく、邪悪な闇。
(これはもう間違いないな……)
少しずつだが、俺は確実にアイツへ近付いている。
これがいいことなのか、悪いことなのかは正直見当もつかない。
(……今度それとなく、レイア先生に聞いてみるか)
俺がぼんやりそんなことを考えていると、
「くっ、舐めるなぁ……!」
クロードさんは大きく飛び上がり、入れ替わるようにして頭上の梟を落下させた。
「フロロロロロロロ……ッ!」
梟は下方へ向けて大爆発を起こし、見事闇の影を払いのけることに成功した。
(なるほど、爆発の方向まで調節できるようになったのか。それにしてもさすがの火力だな……)
闇の衣を纏っているとはいえ……あの大爆発を食らえば無傷とはいかないだろう。
そうして闇の影を凌ぎ切ったクロードさんは、
「……貴様、得意の剣術はどうした! いい加減、本気で掛かって来い……っ!」
不機嫌さを隠そうともせずに怒鳴り散らした。
どうやら俺が接近戦を仕掛けず、傍観していたことに苛立っているようだ。
「わかりました。――それでは、いきますよ?」
俺は剣を鞘に収め、重心を落とす。
(……燕と烏は闇の衣で無力化できる。厄介なのは、彼女を守る梟だけだな)
アレの攻略には、前回もかなり手を焼かされた。
(少し、懐かしいな……)
あの時は確か、決死の覚悟で大爆発の中に飛び込んだんだったな……。
(まぁ常識的に考えて……同じ手は二度と通用しないだろうな……)
相手は一流の剣士であるクロードさんだ。
(俺が丈夫な体を活かして、爆発の中へ飛び込んだとしても……前回のように彼女の意表は突けないだろう)
おそらく冷静に対処されて終わりだ。
それならば……反応できないほどの超スピードで距離を詰めればいい。
(やれるかどうかはわからないが……。試す価値は十分にある)
そうして俺が校庭を踏みしめた次の瞬間には――既に必殺の間合いへ踏み込んでいた。
「な、あ……っ!?」
驚愕に目を見開いたクロードさんは、
「は、覇王流――剛撃ッ!」
咄嗟の判断で袈裟切りを放った。
俺はその一撃を足捌きだけで回避し、クロードさんの背後を取る。
「ぐっ、まだだ……っ!」
それでも彼女は必死に食らいついた。
体をねじり、俺の姿を視界に入れ続けた。
(不屈の闘志……俺も見習わなくてはならないな……)
そうして俺は――クロードさんに失礼がないよう、最速の一撃を放つ。
「七の太刀――瞬閃ッ!」
音を遥か後方へ置き去りにした神速の居合斬りは、
(速っ!? 防御……無理だ。回避、間に合わな……死……っ!?)
クロードさんの首元でピタリと止まった。
「――勝負あり。で、いいですよね?」
「…………あぁ、私の負けだ」
彼女の手から<無機の軍勢>が滑り落ち――勝敗が決した。
こうしてクロードさんとの決闘を制した俺は、ひとまずホッと胸を撫で下ろしたのだった。