転校生とクリスマス【三】
突如千刃学院へ転校してきたクロードさんは、約半年ぶりに俺のことを『ドブ虫』と呼んだ。
どうやら時間の流れが、俺への悪感情を膨らませてしまったようだ……。
そうして俺が苦笑いを浮かべていると、
「『美少女剣士』……? でもあれ、男の制服……だよな?」
「か、かっこいい……っ!」
男子は首を傾げ、女子は黄色い声援を上げた。
どうやらクロードさんは、同性にモテるタイプのようだ。
その後、レイア先生は一つ咳払いをして、みんなの注目を集めた。
「――先の自己紹介にもあった通り、クロードはかの有名な王立ヴェステリア学院出身のエリート剣士だ。彼女の研ぎ澄まされた剣術は、きっと君たちにいい刺激を与えることだろう。互いに切磋琢磨し、学生生活をより有意義なものにしてくれ!」
そうして先生は話をまとめると、
「さてクロードの座席なんだが……。とりあえず、アレンの一つ後ろに用意しておいた。今日のところは、あそこへ座ってくれ」
非常によろしくない座席を指定した。
「ほぅ、悪くない位置だな……っ」
クロードさんはニヤリと笑みを浮かべ、俺の一つ後ろの席へ腰を下ろした。
(きょ、強烈な視線を感じる……っ)
彼女がジィッと俺の背中を見つめていることが、振り返らずともわかった。
すると、
「ちょ、ちょっとクロード! どうしてあなたが、千刃学院にいるのよ!?」
リアがいい質問をぶつけた。
どうしてクロードさんが、わざわざ千刃学院へ転校してきたのか。
それについては、俺も少し気になっていたところだ。
(もしかして……今頃『あの件』を知ったのか?)
数か月前、リアは黒の組織の構成員――ザク=ボンバールとトール=サモンズの手によって誘拐された。
リゼさんから得た情報もあって、なんとかリアの救出には成功したが……。
一国の王女が攫われるという大事件――当然ヴェステリア王国からは、大きな抗議があるだろうと予想された。
だが、そのときは何故か不気味なほどに静かだった。
(……思い当たるのは、やっぱりこれしかないよな)
あの一件を耳にしたグリス=ヴェステリア陛下が強引にリアを連れ戻そうとしている。
(そう考えるのが一番自然なんだけど……)
しかし、そうすると……わざわざクロードさんを千刃学院へ転校させた意味がわからない。
それに第一、ヴェステリア王国は『五大国』の一つに名を連ねるほどの強国だ。
まさか数か月前の事件を、ほんのつい最近耳にしたとは考えづらい。
(考えれば考えるほどわからないな……。彼女はいったい何をしに来たんだ……?)
そうして俺が頭を悩ませていると――クロードさんは、少し躊躇いがちに口を開いた。
「……それはもちろん、リア様の状態を確認するためです」
「……っ!? そ、そう……ならいいわ」
今の答えで納得がいったのか、リアはすぐにその話を打ち切った。
(……リアの状態?)
いったいなんのことだろうか……。
そうして俺が小首を傾げていると、
「――よし、それでは早速一限の授業を始めるぞ! 今日は基礎的な筋力トレーニングだ! 今日は下半身と体力面を重点的にしごいていくから、覚悟するように!」
レイア先生が通りのいい大きな声でそう言った。
それから俺たちA組の生徒は、一限の授業を受けるために校庭へ移動したのだった。
■
それから約三時間後、一限二限とぶっ通しで行われた筋力トレーニングの授業が終わった。
「ふぅ……やっぱり冬の修業はいいな」
火照った体にひんやりとした風が当たって、最高に気持ちがいい。
そうして俺が修業後の心地よいひと時を過ごしていると、
「ふふっ、アレンったら……冬だけじゃないんでしょ?」
リアはそう言って、楽しそうに微笑んだ。
「あはは、そうだな」
確かちょっと前にそんな話をしていたっけか……。
そんな少し昔の話を思い出しながら、教室へ向かおうとしたそのとき。
「――ドブ虫よ、ようやく昼休みになったな」
邪悪な笑みを浮かべたクロードさんが、俺の肩をがっしりと掴んだ。
「え、えぇ……っ。それが、どうかしましたか……?」
なんとなくだけど……嫌な予感がした。
「いやなに、一つ揉んでやろうと思ってな」
「……と言いますと?」
「ふっ、みなまで言わせるな。前回の雪辱――ここで果たさせてもらうぞ!」
クロードさんはそう言って剣を引き抜き、切っ先をこちらへ突き付けた。
「……ずいぶんいきなりですね」
なんとなく予想していた展開ではあるが……。
(まさか放課後を待たず、昼休みに仕掛けてくるとは……)
そうして俺がこっそり小さなため息をついていると、
「――お、おいおい、あの転校生マジか!? いきなりアレンに喧嘩を売ったぞ!?」
「あいつ……死ぬ気か……? さすがに無謀が過ぎるだろ……っ!?」
「でもクロードさんは、ヴェステリアで一番の剣術学院に通っていたのよ? もしかすると、もしかするかもしれないわ……」
クラスのみんなは興味津々といった様子で、思い思いの感想を口にした。
(……困ったな)
はっきり言って、全く乗り気じゃない。
クロードさんと剣を交えることについては、かなり前向きなんだが……。
いかんせん時間帯が悪い。
お昼休みと言えば、生徒会の定例会議があるのだ。
(万が一、すっぽかしでもしてみろ……)
会長がまた子どものように拗ねて、それはもう面倒なことになることは容易に想像がつく。
「あの、クロードさん……? もしよろしければ、放課後に――」
「――駄目だ」
「そうですか……」
全てを言い切る前に却下されてしまった。
どうやら意地でも逃さないつもりらしい。
「……わかりました。やりましょう」
そうして俺がクロードさんからの挑戦を受諾すると、
「――アレン、やり過ぎちゃ駄目よ? 大怪我をさせないように手加減はしてね?」
リアはそう言って、少し心配そうにクロードさんの身を案じた。
「そ、そう言われてもな……」
クロードさんは恐ろしく強い。
手を抜いて勝てるほど、生半可な相手ではない。
「り、リア様!? この私がこんなドブ虫を相手に、二度も後れを取ると!?」
「え、えーっと……。あはは、やっぱりアレンは強いから、さ……?」
リアは困ったように苦笑いを浮かべながら、「ごめんね」と可愛らしく謝った。
「く……っ。き、貴様……またずいぶんとリア様を垂らし込んだようだな……!」
「い、いやいや、垂らし込んでなんかいませんよ……っ」
俺はただでさえ、根も葉もない噂に悩まされているのに……。
ヴェステリア王国の王女を垂らし込んだ――そんな人聞きの悪いことは、冗談でも口にしないでほしい。
「ふ、ふふっ、ふ……っ! いいだろう……ならば、ドブ虫よ――貴様に決闘を申し込む!」
「……っ!?」
模擬戦や試合ではなく、『決闘』。
それはつまり――互いに条件を突き付け合って戦う、剣士の誇りを賭けた真剣勝負を意味する。
「もしも私が負けた場合は、なんでも一つお前の言うことを聞いてやろう。ただし――お前が負けた場合は、なんでも一つ私の命令を聞いてもらうぞ!」
クロードさんは、真剣な表情でそう言った。
(……一応、条件としては五分五分だ)
しかし、一つだけしっかりと確認しておかなければならない。
「先に言っておくが……。『誰かを殺せ』とか『リアに関わるな』とか、そういう無茶な命令はさすがに聞けないぞ?」
「ふっ、案ずるな。私の命令は、常識的に問題のない範疇のものだ」
どうやら彼女は、既に『命令』の内容を決めているようだ。
「……わかった、いいだろう」
そうして俺が彼女の決闘を受諾した次の瞬間、
「これで決闘成立だな……っ! 息吹け――無機の軍勢ッ!」
彼女はいきなり魂装を展開した。
その目に燃える凄まじい戦意は、遠目に見てもはっきりとわかった。
「ふぅー……っ」
俺はゆっくりと剣を引き抜き、正眼の構えを取る。
(ヴェステリア王国でクロードさんと剣を交えてから、だいたい半年ぐらいか……)
考えようによっては……これはいい機会かもしれないな。
この半年で俺がどれだけ強くなったのか、試させてもらおう。
「さぁ、行くぞ――アレン=ロードル!」
「あぁ、来い!」
こうして俺とクロードさんの――互いの誇りを賭けた『決闘』が始まったのだった。