転校生とクリスマス【二】
アレン、リア、ローズの三人が支部長室から退出した直後、
「ふぅー……。なんとかやり過ごせたっすねぇ……」
無事に話をまとめることができたクラウンは、ホッと胸を撫で下ろした。
「アレンくんはほんに優しい子やからなぁ……。よほどのことやないとそう怒らんよ」
「ふむふむ、なるほどっすねぇ……」
アレンの有用性に大きな価値を見出した彼は、一人悪巧みを考え始めた。
すると、
「一応忠告しとくけど……。あの子の優しさに付け込んで、ふざけたことしたら……わかってるやろなぁ?」
それを見透かしたリゼは、柔らかい笑みを浮かべたままそう言った。
その瞬間――部屋の空気が一気に濁り、息苦しいほどの殺気が渦巻く。
(ちゅ、『忠告』というか……。これはもう完全に『脅し』っすね……っ)
自分の想像よりも遥かに深く、リゼは『アレン=ロードル』へ入れ込んでいる。
それを瞬時に理解したクラウンは、アレンを利用した悪巧みを諦め――大袈裟に首を横へ振った。
「も、もちろんっすよ! リゼさんのお気に入りには、絶対にもう手を出さないっす!」
「そう、ならええんよ」
重苦しい殺気が鳴りを潜め、張り詰めた空気が弛緩したところで――彼は小さくため息をついた。
(はぁ……。少し……いや、かなりもったいないっすけど……。アレンさんからは、手を引いた方が良さそうっすねぇ……)
リゼと付き合いの長いクラウンは知っている。
彼女の容赦の無さを、独占欲の強さを、そして何より――恐ろしいほどのしつこさを。
(しかし、この入れ込みようは……少し異常っす……)
いい意味でも悪い意味でも、リゼは飽き性だ。
これまで大事にしていたものが、次の日にはガラクタへ変わる。
唯一大事にしているのは、妹のフェリス=ドーラハインのみ。
そんなリゼがこうして数か月もの間、特定の個人へ執着するのは異常なことだった。
(これは……まだ何か『隠してる』っすねぇ……)
アレン=ロードルには『裏』がある。
その確信を得たクラウンは、ひそかにアレンの身辺を洗うことを決めた。
「それにしてもアレンくん、えらい頼もしなったなぁ……。初めて会った大同商祭の時とは全くの別人や……。はぁ、うちももう一回り若ければなぁ……」
「そうっすねぇ……。さすがに三十を超えると……」
クラウンがそんな相槌を打った次の瞬間――彼の帽子は、まるで草花が枯れるようにして塵となって消えた。
「――私はまだ二十九だ。二度目はないぞ?」
北訛りの抜けた、完璧な標準語。
リゼが本気で怒ったときにのみ見られる、非常に珍しいものだ。
「す、すみませんでした……っ」
生命の危機を感じたクラウンは真摯に謝罪し、すぐさま別の話題を振った。
「そ、そう言えば……ついにアレンさんが魂装を発現しましたね! そろそろ本格的に黒の組織が狙い出すんじゃないっすか?」
「そうやなぁ……。アレンくんは、ここ数か月でフー・ルドラスとレイン=グラッド――神託の十三騎士を二人も仕留めとるから……。いつ刺客が送られて来ても不思議やないねぇ……」
リゼは何度か頷きながら、まるで他人事のようにそう呟いた。
「……干渉しなくていいんすか? もしかすると上位の神託の十三騎士が来るかもしれませんよ?」
「ふふ……っ、あの子は死なんよ。なんせアレンくんの霊核は――あのゼオンやからなぁ!」
彼女はそう言って、まるで少女のように目を輝かせた。
「考えられるか、クラウン? まだ十五やそこらの学生が、あのゼオンから力を奪ったんやで?」
「いやぁ、とんでもない才能っすねぇ……」
そう言って目を細めたクラウンは、
「――でも、しんどいっすねぇ」
複雑そうな表情を浮かべた。
「ん、どういうことや?」
「いやぁ、凄い重荷だなって思いまして……。正直ボクが彼の立場なら、全部投げ捨てて逃げちゃうっす!」
「ふふっ、あの子の精神力は、もはや人間のそれやないからなぁ……。多分、途方もない時間を『時の牢獄』で過ごしたんやろ。……もしかしたら『一億年』、ずっとあの中やったんかも知らんで?」
リゼが冗談めかしてそう言うと、
「あはは、さすがにそれはあり得ないっすよ。現在確認されている最長記録が『千年』っすから」
クラウンは肩を揺らして笑った。
「ふふっ、せやな。今のは、ちょっとした冗談や」
二人はそうして笑っていたが……。
実際にアレンが、時の牢獄で過ごした時間は『十数億年』。
地獄の一億年を十数回とループし続けていたのだった。
そうして一通り話を終えたリゼは、優雅な所作で立ち上がる。
「――ほな、そろそろ次の商談があるから、うちはドレスティアへ帰らせてもらうわ」
「了解っす! それじゃ先のお話通り、ボクはベンたちの口止めをしておきますね」
「早めにやってや? あんまり遅いと……ベンたち全員バラしてしまうよ?」
「りょ、了解っす……っ!」
リゼは今回、ダグリオでの一件から『アレン=ロードル』に関する一切の痕跡を消すために動いていた。
そうして彼が『世界』から、目を付けられないようにしているのだ。
(ふふっ、まだや……。あの子はまだまだもっと強くなる……っ!)
彼女は待っていた。
アレン=ロードルという至高の果実の熟れるのを。
そうして彼が、世界に『大変革』を巻き起こすことを。
(ふふっ、ほんまに楽しみやなぁ……っ)
そうして一人邪悪な笑みを浮かべたリゼは、
「ほな、また。――今後とも狐金融をごひいきに」
支部長室を後にした。
こうしてリゼ=ドーラハインとクラウン=ジェスター――裏社会に根を下ろす二人の密談は静かに幕を閉じたのだった。
■
ダグリオへの海外遠征を終えた俺は、残り僅かとなった長期休暇を全て素振りに費やした。
そうして迎えた十二月一日。
俺はリアと一緒に千刃学院へ向かった。
教室へ到着した俺たちは、少したくましくなったクラスのみんなと挨拶を交わす。
こうしてクラスのみんなと顔を合わせるのも一週間ぶりだ。
自然と雑談にも花が咲き――気付けば、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。
それと同時に勢いよく教室の扉が開かれ、元気はつらつとしたレイア先生が教壇に立つ。
「――おはよう、諸君! 一週間の長期休暇、さぞ有意義な時間が過ごせたことだろう! さて、それでは早速一限の授業へ――と行きたいところだが……。喜べ! 今日はなんと学生生活におけるビッグイベント――『転校生』がやって来たぞ!」
彼女が高らかにそう言い放つと、
「うわぁ、転校生だって……どんな子だろ!?」
「男の子かな? 女の子かな?」
「しかし、五学院の一つである千刃学院への転校か……。よほど腕が立つんだろうな」
教室がにわかにざわつき始めた。
「ふっふっふっ、喜べ野郎ども! 転校生はなんと、超が付くほどの『美少女剣士』だ! ――さぁ、入ってくれ!」
先生が大きな声でそう言うと、教室の扉がゆっくりと開かれた。
そこから入ってきた転校生は――俺のよく知っている『あの人』だった。
(お、おいおい……冗談だろ?)
切れ長の鋭い目付き。
女子にしては、やや短めの艶のある黒髪。
千刃学院の男子用の制服を身に纏った、美しい女生徒。
あれは間違いない――ヴェステリア王国親衛隊隊長のクロードさんだ。
彼女は綺麗な姿勢で教壇に立ち、一つ咳払いをしてから自己紹介を始めた。
「――王立ヴェステリア学院から転校してきた、クロード=ストロガノフだ。よろしく頼む」
そうして短い自己紹介を終わったところで、
「く、クロード……っ!?」
リアは「信じられない」といった表情で席から立ち上がった。
「――お久しぶりでございます、リア様!」
クロードさんは、大輪の花が咲いたような可愛らしい笑みをリアへ向けた後、
「それと……どうやらまだ生きていたようだな、ドブ虫」
あからさまなジト目で、こちらを睨み付けた。
「あ、あはは……。お久しぶりです、クロードさん……」
呼び名が『ドブ虫』へ戻っていることにガックリしつつ、とりあえず返事を返した。
(はぁ……。これはまた一波乱がありそうだな……)
そうして俺はこの先予想される面倒ごとに胃を痛めつつ、大きなため息をついたのだった。