転校生とクリスマス【一】
晴れの国ダグリオを後にした俺、リア、ローズの三人は――二時間ほど小型飛行機に揺られて、聖騎士協会オーレスト支部に到着した。
「……なんだか、久しぶりな感じがするな」
「ふふっ、そうね」
「うむ、いろいろと大変だったからな……」
実際ダグリオにいた期間は、ほんのわずかだったが……。
とても濃密な時間を過ごしたので、オーレストが少し懐かしく感じた。
「さて、それじゃとりあえず……クラウンさんのところへ行くか」
「えぇ、詳しくお話を聞かなきゃだもんね」
「あぁ、その通りだ」
そう。
今回の海外遠征について、クラウンさんとは少しお話をしなければならない。
彼はダグリオを比較的落ち着いた場所であり、最初の遠征先として悪くないと言っていた。
(だけど、それは真っ赤な嘘だった……)
ダグリオは黒の組織が実効支配している、バチバチの紛争地帯。
それも俺たちが送り込まれたのは、神託の十三騎士レイン=グラッドに決戦を挑むまさにその日だった。
この事実をオーレスト支部の支部長であるクラウンさんが、まさか知らないはずもないだろう。
(多分、何かしら考えはあったんだろうけど……)
とにかく一度、詳しく話を聞いてみる必要がある。
そうして小型飛行機から降りた俺たちは、聖騎士協会オーレスト支部の発着場を真っ直ぐ進み――支部長室へ向かった。
■
受付で話を通した俺たちは、支部長室の前へ到着した。
俺が一つ咳払いをしてから扉をノックすると、
「どうぞー」
とクラウンさんの軽い返事が返ってきた。
「――失礼します」
そう言ってゆっくり扉を開くとそこには――。
「みなさん、お疲れ様っす!」
ニヘラと柔和な笑みを浮かべたクラウンさんと、
「あら、アレンくん。えらい久しぶりやなぁ」
『狐金融』の元締め――リゼ=ドーラハインの姿があった。
「り、リゼさん!?」
「リゼ=ドーラハイン……っ!?」
「ち、『血狐』だと……っ!?」
予想外の人物に、俺たちは大きく目を見開いた。
「ふふっ、なんや凄い活躍やったて聞いてるよ? さすがうちの一押しの子やなぁ」
リゼさんはそう言って、とても優しい表情でコロコロと笑った。
どうやらダグリオの一件については、もう耳にしているらしい。
「あ、ありがとうございます……。ですが、どうしてリゼさんがここに?」
ここは聖騎士協会。
『五豪商』の一人である彼女とは、あまり縁がない場所のはずだ。
「あぁ、クラウンとは昔馴染みでなぁ。たまにこうして遊びに来てるんよ」
「あはは。リゼさんには、お世話になりっぱなしなんすよ!」
「なるほど、そうだったんですか」
世間は狭い。
思いもよらぬところで、横の繋がりがあるものだ。
そうして簡単な挨拶を済ませたところで、
「――ところでクラウンさん。少しお話があるんですが、よろしいでしょうか?」
俺は早速本題へ入ることにした。
「あ、あー……。やっぱりそうっすよねぇ……っ」
彼は頬をポリポリと掻きながら、苦笑いを浮かべた。
やはりダグリオの現状について知ったうえで、俺たちを送り込んだようだ。
すると、
「――その件については、本当に申し訳ございませんでした」
クラウンさんは、帽子を取って深く頭を下げた。
いつものふざけた態度は、一ミリも見られない。
しっかりと誠意の籠った謝罪だった。
「あ、頭を上げてくださいよ、クラウンさん!」
「きゅ、急に真面目になったわね……っ」
「……やむにやまれぬ事情でもあったのか?」
そのあまりのギャップの大きさに、俺たちは少し驚いた。
「ローズさんの仰る通り、こちらにも難しい事情があったんです。言い訳がましく聞こえるかもしれませんが……少しだけボクの話を聞いていただけませんか?」
「はい、もちろんです」
それから俺たちは、クラウンさんの話を聞いた。
「――まず、結論から言いましょう。今回ボクがアレンさんたちを決戦当日のダグリオへ送り込んだ目的は、ベンたち上級聖騎士を助けるためです」
「ベンさんたちを助けるため……ですか?」
「はい。聖騎士協会本部は、神託の十三騎士レイン=グラッドを過小評価していました。奴は恐ろしく強い……。ベンたち一介の上級聖騎士では、相手にもなりません。もしも本気でレインを討つつもりならば、七聖剣を動かすべきなんです」
七聖剣……聖騎士が誇る『人類最強の七剣士』の総称だ。
「一応、ボクとベンは同期でしてね……。さすがに彼を見殺しにすることはできない。『決戦』の日取りが決まってから、ボクは何度も上に意見書を提出しました――『戦力不足だ』、とね。しかし、上の頭は本当に固い……。残念ながら、全て突っぱねられました」
クラウンさんは、そう言って肩を竦めた。
「そんな風に上へ楯突いていると……つい先日、左遷されましてね。本部勤めからここの支部長へ飛ばされました。そうして地位も権力も力も無いボクが途方に暮れていると――アレンさんが来てくれました」
彼は机に置いてあったグラスに口を付け、話を続けた。
「実はあなたのことは、かなり前から知っていました。なにせあのリゼさんが、『これは凄いもん見つけたわ!』と興奮気味に話していましたから……。強く記憶に残っていたんですよ」
リゼさんの方をチラリと見ると――彼女は優しげな笑顔を浮かべて、小さく手を振った。
「それからボクは、この奇跡のようなチャンスをものにするため――アレンさんに事情を伝えず、ダグリオへ送り出しました。剣王祭で『神童』を破り、あのリゼさんの心を掴んだあなたならば、きっとレイン=グラッドを討てる。そう信じての行動でした」
話を聞く限り、クラウンさんにもいろいろな葛藤があったようだ。
「結果として――アレンさんのおかげで、ベンたち上級聖騎士は一人の死者を出すこともなく、生きて帰ることができました。ラオ村での戦闘および治療、レインの単独撃破、赤の雫の迎撃――凄まじい大活躍だったと報告を受けております。本当にありがとうございました」
そうして話を締めくくったクラウンさんは、
「あなたたちを騙した点については、何の申し開きもできません。――すみませんでした」
最後にもう一度、誠意の籠った真摯な謝罪を重ねた。
「……事情はわかりました」
ベンさんたちを助けるために、俺たちを信用して送り出した。
そう言われれば、納得するしかない。
リアとローズの方を横目で見ると、二人はコクリと頷いた。
どうやら俺と同じ考えのようだ。
「――クラウンさん。今回の件については、全て水に流します。ですが、今度からは事前に相談してくださいね?」
「……ありがとうございます」
彼はそう言って深く頭を下げた。
そして、
「それと……大変申し訳ないのですが、一つお願いを聞いていただけないでしょうか?」
クラウンさんは恐る恐ると言った様子で話を切り出した。
「お願い……ですか?」
「はい……。今回実施したダグリオへの国外遠征については、他言無用でお願いできませんか? もちろん理事長のレイアさんにも」
「それは……何故でしょうか?」
「何と言いますかその……。『今回のような件』が表沙汰になるのは、『制度上』非常によろしくないんですよ……」
「制度上……? あぁ、そういうことですか……」
ここで彼が切り出す制度と言えば、アレしかない――『特別訓練生制度』だ。
俺たちが利用したこの制度は、今年新設されたものであり、その目的は優秀な学生の囲い込みだ。
しかし、今回みたく『特別訓練生は危険な紛争地へ飛ばされる』といった噂が広まれば、志願する生徒が大きく減少するだろう。
そうなればこの制度自体が破綻するかもしれないし、最悪の場合『学生の聖騎士離れ』が起きてしまうことも考えられる。
クラウンさんは、それを恐れているようだ。
「あんなことをした手前、とても頼みにくいことなんですが……。どうかダグリオの一件については、他言無用でお願いできないでしょうか……?」
クラウンさんはそう言って、もう一度頭を下げた。
……ここまで頼み込まれては仕方がない。
それに第一、俺たちがダグリオの一件を秘密にしたとして、大きな問題は何もないだろう。
あの一件は異例中の異例。
こういった事態は、今後起こり得ない。
「はぁ……わかりました」
そうして俺が承諾すると、
「――さっすがアレンさん、話がわかる男っすねぇ! ほんっとに助かります!」
クラウンさんは、いつものふざけた調子に戻った。
……やっぱりこの人は、どこか胡散臭い。
「ほらほらリアさんもローズさんも! アレンさんがこう言ってんすから、ここは一つ他言無用でお願いできないっすか!」
そう言って彼は、両手を合わせて頼み込んだ。
「もぅ……。アレンはほんとに甘いんだから……」
「うむ……。その点については、同感だと言わざるを得ないな……」
リアとローズは揃ってため息をつき、ダグリオの一件については口外しないと約束した。
こうしてクラウンさんとの話し合いを終えた俺たちは、支部長室を後にして千刃学院の寮へ向かったのだった。