上級聖騎士と晴れの国【十三】
いったいどういうわけか、突然リアとローズは魂装を展開した。
「――大丈夫よ、アレン。あなたには、私たちがついているから!」
「微力ながら、援護させてもらおう!」
そう言って二人は一歩前へ踏み出した。
(……そう、か)
どうやら、俺は少し勘違いをしていたようだ。
『俺が』どうにかしないと。
『俺が』なんとかしないと。
『俺が』一人で頑張らないと。
小さい頃からずっと一人で友達のいなかった俺は、ついついなんでも『俺が』と考えがちだった。
だけど、孤独な時代はもう過ぎ去った。
リア=ヴェステリアにローズ=バレンシア――今の俺には、こんなにも頼もしい仲間がいる!
一人ではなく、仲間たちと。
『俺』がではなく、『俺たち』が。
これからはそうやって、みんなで戦っていくんだ!
「……ありがとう、二人とも」
そうして俺が黒剣をしっかり握り締めると、
「――おいおい、俺たちを忘れてもらっちゃ困るぜ、アレン?」
片足を引きずったベンさんがポンと背中を叩いた。
「べ、ベンさん……!? 大丈夫なんですか!?」
「へへっ、まぁなんとかな。それによ、新入りがこんだけ根性を見せてんのに……古株の俺らが寝てるわけにはいかねぇよ。――なぁ、お前らっ!」
彼が大声でそう呼びかけると、
「おぅ、あったりめぇよ……っ!」
「上級聖騎士の意地、見せてやらぁ……っ!」
「ま、まだまだ元気いっぱいだぜ!」
上級聖騎士のみなさんはそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
その姿を見たベンさんが満足気に頷く。
「ちっとばかし、頼んねぇかもしれんが……。俺たちにも格好つけさせてくれや!」
「ありがとうございます……っ。とても心強いです……!」
みんなから勇気と力を分けてもらった俺は――再び顔を上げ、破壊の化身である赤い雫と向き合った。
すると、
「――お兄ちゃーんっ! 頑張ってーっ!」
背後から聞き覚えのある子どもの声が響いた。
「み、ミレイ!?」
振り返るとそこには、小さなスコップを持ったミレイと――鍬や鋤といった武器になりそうな農具を手にしたラオ村のみなさんがいた。
「た、頼む、アレン殿! ラオ村を――この国を救ってくだされ!」
村長がそう言って頭を下げると、他の村人もそれに続いた。
「――はいっ、任せてください!」
そうして俺たちの士気が最高潮に達したところで、
「よぅし、それではこれより――最終作戦を伝達する! お前ら、耳をかっぽじってよぉく聞け!」
ベンさんが大声を張り上げた。
「目標は上空より落下するあのクソでけぇ赤い雫だ! 作戦内容は至って簡単! ありったけの遠距離攻撃を叩き込んでぶっ壊す――以上だ!」
「「「おぅっ!」」」
そうして部隊の指揮を執った彼は、最後にポンと俺の肩を叩いた。
「俺らはギリギリまで粘って、少しでもあの雫を削る。だからよ、最後の一撃は任せていいか?」
「……はいっ!」
俺が力強く頷くと、
「うっし! ――それじゃ、景気よくいくぜ!」
「「「おぉうっ!」」」
ベンさんたちは、一斉に魂装を解放した。
「――爆破の種ッ!」
「――龍王の覇撃ッ!」
「――桜吹雪ッ!」
ベンさんの種、リアの炎、ローズの桜。
数多の遠距離攻撃が空を埋め尽くす。
そうして総攻撃開始から二分が経過した頃――一人また一人と膝を折った。
「はぁはぁ……っ。す、すまねぇ……アレン。もう……霊力が尽きた、ぜ……っ」
「アレン……っ。後は全て……あなたに任せてもいいかしら……っ」
「す、すまない……っ。本当はもっと削っておきたかったが……。もう、限界のようだ……っ」
ベンさんとリアとローズの三人は、息も絶え絶えになりながらそう言った。
「――あぁ、ありがとう」
もう十分だ。
みんなからは、十分過ぎるほどの力をもらった。
「ふぅー……っ」
俺は大きく息を吐き出し、一歩前に進んだ。
空を見上げればそこには、視界一面を埋め尽くす赤い雫があった。
(……デカい)
みんなの総攻撃によって、実際は小さくなっているのだろうが……。
距離が近付いたからか、赤い雫はむしろ大きくなっているように見えた。
「……責任重大だな」
あんなものが落ちれば、間違いなくこの国は滅びる。
当然、俺たちも無事では済まない――おそらくほぼ全員が即死するだろう。
黒剣を握った俺は静かに目を閉じ、精神を集中させた。
(……俺はまだ<暴食の覇鬼>の力を完全に掌握し切れていない)
だけど俺は――これ以上ないほど最高の『お手本』と何度も何度も剣を重ねてきた。
(……思い出せ)
アイツの闇を。
あの全身が竦み上がるほど濃密で別格の闇を。
(……イメージしろ)
自分があの力を振るう姿を。
あの絶対的な力を支配したその姿を。
(そして――覚悟を決めろ)
俺の背には今、みんなの命が預けられている。
リア、ローズ、ベンさんにミレイ――そしてダグリオに住む人々の命が。
(俺はこの力を――みんなを守るために得たんだ……!)
そうして俺は目を見開き、全霊力を<暴食の覇鬼>へ注ぎ込んだ。
すると次の瞬間――まさに別次元の闇がダグリオ全域を埋め尽くす。
濁流のような闇は『赤い』魔法陣を『黒一色』に染め上げ、まるで意思を持っているかのように大地を這いずり回った。
「「「……っ」」」
その異様な光景に誰もが息を呑み、静寂がこの世界を支配した。
そうして俺は――最強の遠距離攻撃を放った。
「六の太刀――冥轟ッ!」
極大の黒い斬撃が天を駆け――赤の雫と激しく衝突した。
一拍遅れて凄まじい衝撃波がダグリオ全域を叩き付け、各所で悲鳴が上がる。
そんな中、俺はひたすら冥轟へ闇を送り続けていた。
(お、重い……っ)
これまで経験したことのない強烈な衝撃が両手を伝う。
(く、そ……っ。このままじゃ、押し負ける……っ)
神託の十三騎士が数年かけて築き上げた究極の一撃。
膨大な霊力に落下エネルギーが加わったそれは、あり得ないほどの破壊力を内包していた。
「――ふはは、無駄だっ! 赤の雫は、全てを破壊する最強の一撃! この国は永遠に雨の中! そうでなくては困るんだ!」
そんな勝利を確信したレインの叫びを、
「「「――いっけぇええええええええ、アレンッ!」」」
ベンさんたちの野太い声がかき消した。
「お兄ちゃん、頑張ってーっ!」
そこにミレイの張り裂けんばかりの大声が加わり、
「アレン、お前ならば絶対にやれる! 私はそう信じている!」
ローズが強い言葉で、はっきりと断言してくれた。
そして最後に――。
「アレン……お願いっ! 負けないで……っ!」
リアの心の籠った一押しが加わった。
(これは……死んでも負けられないな……っ)
そうしてみんなの声援を一手に受けた俺は――思い出した。
あのときのことを。
あのときの感覚を。
(そうだ――剣とは元来ものを斬るものなんだ……っ!)
だから、この赤の雫も絶対に斬れる!
いや、斬れなければおかしい。
そう――あの『時の牢獄』のように!
「――はぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
極限状態にまで追い込まれた俺の体から、さらなる闇が解き放たれた。
それはこれまでの冷たく邪悪な闇とは違い、温かくて優しい――どこか懐かしい闇だった。
(……いける!)
二種類の闇が交ざり合った冥轟は、赤い雫を押し返し始めた。
最初で最後の勝機を見出した俺は――叫んだ。
「――晴れろぉおおおおお゛お゛お゛お゛ッ!」
その瞬間、極大の『黒』が『赤』を飲み込み――破壊の化身である赤の雫を消し飛ばした。
空を覆っていた黒く分厚い雲が晴れ、明るく優しい太陽の光が降り注ぐ。
「や、やった……っ」
俺がポツリとそう呟いた次の瞬間。
「「「――ぃよっしゃぁああああああああっ!」」」
ダグリオ中から、歓喜の声が沸き上がった。
「凄い……っ! もう凄過ぎだよ、アレン!」
「ふっ、本当にお前は大した奴だ……!」
リアが俺の胸に飛び込み、ローズはポンと俺の肩を叩いた。
「あはは、ありがとう。みんなの応援のおかげだよ」
するとその直後、
「――てめぇ、アレン! マジで同じ人間なのか!?」
「し、信じられねぇ出力だったぜ! この俺が、一瞬ブルっちまったほどだ!」
「とにかく大手柄なんだ! もっと喜んで、はしゃぎ回れよ! なんてったって、お前がこの国を救ったんだからよぉっ!」
俺は上級聖騎士のみなさんに、揉みくちゃにされた。
とにもかくにも――こうして俺は晴れの国ダグリオの滅亡を防ぎ、無事にみんなを救うことができたのだった。