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上級聖騎士と晴れの国【十一】


 ついに魂装を発現させた俺は――真の黒剣である<暴食の覇鬼(ゼオン)>を握り締め、レインと対峙した。


(さて……どうするべきかな)


 俺はまだ、この力を完全に制御できてない。

 いや、そもそも『力の把握』さえできていない。


(本来ならば、しっかりと魂装の力を熟知してから戦いに臨むのがベストなんだが……)


 今回ばかりは、そうも言っていられない。

 ぶっつけ本番だが、一つ一つ確認していこう。


(まずは……威力が低く、扱いやすいこの技からいくか……っ!)


 そうして俺は、様子見の一撃として黒剣を軽く振った。


「一の太刀――飛影ッ!」


 すると――視界を埋め尽くすほどの巨大な斬撃が、床をめくりあげながらレインへ殺到した。


「「なっ!?」」


 俺とレインは、驚愕に目を見開いた。


(で、デカい……っ!? これじゃまるで冥轟(めいごう)……いや、それ以上だぞ!?)


 想像を遥かに超える大出力に、俺は思わず言葉を失った。


「いきなり全力で来たか……っ! ――堕落の雫(フォールン・ドロップ)ッ!」


 レインは素早く太刀を振るい、透明な水の矢を放つ。

 軽く千を超える矢を受けた飛影は――その全てを食らい尽くし、なおもレインの元へ迫った。


「くっ……ぬぅおおおおらぁっ!」


 奴は横薙ぎの一閃を放ち、なんとか飛影を切り払うことに成功した。

 

 俺はその信じられない光景をただただ呆然として見ていた。


(す、凄い……っ! ただの小技だった飛影が、一撃必殺の大技レベルに進化している……っ!)


 すると、


「ずいぶん『いい性格』をしているな、アレン……っ。まさか、これほどの力を隠していたとは……っ!」


 レインは額に汗を浮かべながら、忌々(いまいま)しげにそう呟いた。


「いや、別に隠していたわけじゃない。この力は、たった今発現したばかりなんだよ」


「まさかお前……。意識を封印する『八咫の扉』の中で、魂装を発現したとでも言うつもりか……?」


「あぁ、その通りだ」


「ふっ……。もはやその精神力、人の領分を越えているな……」


 苦笑を浮かべたレインは、超高圧水流を纏った太刀を上段に掲げて前傾姿勢を取った。


「アレンよ……確かにお前は強い。組織が『特級戦力』に認定したというのも納得のいく話だ……」


「それはどうも」


「だがな……。いくらお前が強かろうと、この俺には絶対に勝てん……っ! 潜り抜けて来た死線と覚悟、何より――剣術に費やしてきた時間が違うのだ……っ!」


 レインはそう言って、一足で互いの間合いを詰め、


守護(しゅご)一心(いっしん)流――水の太刀ッ!」


 透明な水の斬撃を放った。

 四つに枝分かれしたその斬撃は、俺の首・胴体・両足へ迫る。


「――時間なら、俺だってたくさん費やしてきたさ」


 それはもうたっぷりと十数億年ほどな。


「八の太刀――八咫烏ッ!」


『八つの闇』は『水の四連撃』を黒く染め、


「が、は……っ」


 レインの体に深い太刀傷を刻み付けた。


「く、そ……っ」


 少なくないダメージを負った奴は、大きく後ろへ跳び下がり、一度態勢を立て直した。


「はぁはぁ……っ。基礎的な剣術も……かなりのものだな……っ」


「まぁ……俺にはそれしかなかったからな」


 落第剣士と蔑まれて育った俺には、市販の教本だけが頼りだった。

 そこに載っていた剣術の基礎的な修業方法。


 正眼の構え、素振り、防御術――それらを文字通り、十数億年と繰り返した果てに身に付いたのが、この我流の剣術だ。


 そんな話を交わしつつ、俺はレインの体を注視した。


(しかし……『凄い体』だな……)


 今の攻防で奴の衣服が破れ、そこから鋼のような筋肉が顔を覗かせている。

 どうやら俺の斬撃は、あの分厚い筋肉に阻まれたらしく、見た目ほど傷は深くないようだ。


 その間に呼吸を落ち着かせたレインが、腰を据えた正眼の構えを取ると――奴の懐から青い丸薬がこぼれ落ちた。


(あの特徴的な青色は……『霊晶丸』か……っ!)


 確かドドリエルが言っていた。

 あの丸薬を飲めば、寿命と引き換えに一瞬で負傷を全快できる、と。


(……厄介だな)


 正直、長期戦は望ましくない。

 魂装には『持続時間』というものが存在する。

 俺の<暴食の覇鬼>がどれぐらいもつのか、全く見当がつかない。


(……レインが霊晶丸を拾おうとした瞬間に仕掛けるか)


 そうして俺が静かにそのときを待っていると、


「……くだらん」


 奴は床に転がり落ちた霊晶丸を踏みつぶした。


「な……っ!?」


 予想外の行動に俺が目を丸くしていると、


「……何を驚いている? あんな黒の組織(ごみ)どもが作った薬に、この俺が頼るとでも思ったのか?」


 レインは不快気に顔を歪めながら、自らの所属する組織をはっきり『ごみ』と言い捨てた。


「……それなら、どうしてそっち側にいるんだ?」


 黒の組織を毛嫌いしておきながら、黒の組織に所属する。

 俺にはその意味がわからなかった。


「……こちらにはこちらの事情がある。立場を変えねば、手に入らないものも……あるんだ……っ!」


 レインは様々な感情がないまぜになった表情で叫んだ。


「……そうか」


 確かザクも同じようなことを言っていたな……。


 ザク=ボンバール。


 かつてリアを誘拐した、黒の組織の一味だ。

 あいつも何らかの事情を抱えて、聖騎士協会から黒の組織へと鞍替(くらが)えしたんだ。


 そうして俺が少し昔のことを思い出していると、


「――アレンよ、お前は眩しいな」


「……え?」


「お前の剣は、真っ直ぐでひたむきで――美しい。きっと(・・・)お前が(・・・)正しくて(・・・・)俺が(・・)間違って(・・・・)いるんだろう(・・・・・・)()……」


 レインは混乱しているのか、突然意味のわからないことを口走った。


「だがしかし――お前にお前の正義があるように、俺には俺の正義がある! 悪いが、ここだけは退けん。たとえお前がどれほど強かろうが、ここダグリオを雨の国へ変えようが――俺はもう止まらん……っ!」


 奴は凄まじい雄叫びを挙げ、血走った目で斬り掛かってきた。


「――ぬぅん!」


「ハァッ!」


 互いの剣が激しくぶつかり合い、激しい剣戟が始まった。


 その後――一合二合(いちごうにごう)と剣を重ねるごとに、レインの体へ一つまた一つと太刀傷が増えていった。


「ぐ……っ。まだだ、まだ終わらんぞぉおおおおっ!」


 気迫の籠った袈裟切り――俺はそこへ同じ袈裟切りを重ねた。

 まばゆい火花が上がり、鍔迫(つばぜ)り合いが発生する。


「――ぬぉおおおおおおおお!」


「はぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛!」


 互いの叫びが交錯し、


「ぬぉ……っ!?」


 力負けしたレインが大きく後ろへ吹き飛ばされた。


 そしてそこには――仕込み(・・・)がある。


「二の太刀――朧月(おぼろづき)


「ぐ……っ!?」


 まるで捕食者の如き闇が、奴の脇腹を食い破る。


 死角からの一撃をその身に食らったレインは、グラリと姿勢を崩した。


 そこへ――。


「――闇の影(ダーク・シャドウ)ッ!」


 間髪を容れず、畳み掛けるように攻撃を加えた。

 研ぎ澄まされた『十』の闇が、まるで大口を開けた化物のようにレインを飲み込まんとする。


「くっ、――守護の雫ガーディアン・ドロップッ!」


 奴は咄嗟に全身を透明な水の球体で包み込む防御術を展開した。


 だが、


「ば、馬鹿な……っ!?」


 水の球体へ牙を突き立てた俺の闇は、ゆっくりとその防御術を侵食していった。


(あ、あり得ない……っ。ただの闇が、なんてふざけた出力をしているんだ……っ!?)


 レインは慌てて守護の雫を解除し、大きく後ろへ飛び退いた。


 間一髪のところで、俺の闇から逃れた奴は、


「はぁはぁ……接近戦では分が悪い、か……っ」


 肩で息をしながら、冷静に現在の戦況を読んだ。


 それからレインは大きく息を吐き出し――突然、天高く太刀を掲げた。


(……アレ(・・)はデカいな)


 見れば、奴の太刀に凄まじい霊力が集結している。

 どうやら、かなりの大技を放とうとしているようだ。


「先に忠告しておこう――お前が避ければ、(ろく)な結果にならんぞ?」


 準備の整ったレインは、俺の背後で倒れる上級聖騎士に視線をやった。


「確かに、そうみたいだな」


 奴の放つ大技を避ければ――背後にいる上級聖騎士は、ただでは済まないだろう。


 次の一撃に限り、俺は回避という選択をとることができない。

 絶対にこの場で迎え撃たなければならないのだ。


「まさか子どもを相手に……こんな卑怯な真似をせねばならんとはな……っ」


 奴は小さく何事かを呟くと――天高く掲げた太刀を鞘に収めた。


「……行くぞ」


「あぁ、来い……っ!」


 緊迫した空気が玉座の間を支配した。


 そして――レインは一思いに剣を抜き放った。


「食らえ――龍の雫(ドラゴン・ドロップ)ッ!」


 龍の姿を為した膨大な水が凄まじい勢いで殺到する。


「「――アレンっ!?」」


 これまでとは規模の違う攻撃に、リアとローズの悲鳴が響く。


(……凄まじい質量だな)


 こんなものをまともに食らえば、即死は免れないだろう。


 俺は迫りくる水龍をギリギリまで引き付け――近接攻撃最強の一撃を放った。


「五の太刀――断界(だんかい)ッ!」


 その瞬間――世界に亀裂が走り、水龍は真っ二つに両断された。

 凄まじい衝撃波が拡散し、王城の天井と外壁が吹き飛ぶ。


 シンシンと降り注ぐ雨に打たれながら、俺とレインの視線が交錯した。


「ふっ、龍の雫をも断ち切る、か……。本当になんでも切ってしまうんだな……」


 どこか晴れ晴れとした表情でそう呟いた奴は、


「見事だ、アレン……。普通の(・・・)剣術勝負(・・・・)では(・・)、俺に勝ちの目はない。認めよう――お前の勝利だ」


 素直に敗北を認めた。


 その言葉を聞いた俺は――警戒心を最高レベルにまで引き上げた。


 レインの瞳には、かつてないほどに強く固い『覚悟』が宿っていた。


「アレン、お前は本当にすごい奴だよ……。まさかこんなところで――『最後の手段』を使うことになるとはな……っ!」


 奴はそう言って親指を軽く噛み――そこから零れた血液で自らの胸に『十字』を描いた。


 すると次の瞬間、


「――禁術、最後の雫(ラスト・ドロップ)


 レインの全身を真紅の水が包み込んだ。


「……いったい、何をしたんだ?」


 一目見ただけではっきりとわかる。

 これまでとは、全く毛色の違う新たな力。


 そして何より――恐ろしいほどのエネルギーを秘めている。


「ふっ、大したことじゃないさ。自らの寿命を削り、絶大な力を得る禁術――それが最後の雫だ」


 どうやらレインは、正真正銘『命懸け』でこの勝負に臨んでいるようだ。

 命を懸けるほどの『何か』を――背負っているらしい。


「さぁ、決着を付けようか……アレンッ!」


「あぁ、望むところだ……っ!」


 こうして俺とレインの最後の戦いが始まったのだった。


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