上級聖騎士と晴れの国【十】
レインの発動した八咫の扉によって――アレンは扉の奥底へ引きずり込まれた。
「……アレ、ン?」
「嘘、だろう……?」
静寂に包まれた玉座の間に、リアとローズのつぶやきが響く。
「……残念だが、これが現実だ。意識を封印されたアレンは、永遠に暗い闇の中だ。お前たちも同じ道をたどっていく」
淡々と事実を言い連ねるレイン。
あまりに冷たく、感情の無いその言葉を聞いた二人は、
「アレン……ごめん、なさぃ……っ」
「すまない……。本当に、すまない……っ」
ただ謝罪の言葉を繰り返した。
守られてばかりだった。
役に立てなかった。
それどころか、足を引っ張ってしまった。
後悔・罪悪感・無念・空虚・苦悩――そんな負の感情がリアとローズの心を支配した。
二人の苦しむ姿と謝罪の言葉を耳にしたレインは、罪の意識にその身を焼かれた。
(……仕方ない。これは、仕方のないことなんだ……っ)
歯を食いしばりながら、そうやって何度も自分へ言い聞かせた。
無理やりにでも、自分の行いを正当化しようとした。
実のところ、レインはその手で人を殺めたことが無い。
彼がこれまで働いた悪事はただ一つ、魂装の力でダグリオに雨を降らせただけだ。
村へ課した無茶苦茶な重税・村人への不当な暴力・ダグリオ国王の殺害――これらは全て、派遣された下っ端が勝手にやったことだ。
レインはそんな虫唾が走るような下種共の悪行を――見逃した。
否、見逃すしか道は無かった。
表立って黒の組織に逆らえば、彼の望みは叶わない。
それでは組織に所属した意味がなくなってしまう。
「ふぅー……っ」
罪の意識に潰されそうになったレインは、大きく息を吐き出し――頭を横へ振った。
(……もう、何も考えるな。『ノルマ』は果たした。これでダグリオは、全て俺のものだ……っ!)
そうして気持ちに踏ん切りをつけた彼は、拘束したリアとローズへ目を向ける。
「必要なのは原初の龍王のみ――宿主の生死は問わない、という話だったな……」
レインはノルマの話を諳んじた後、
「次はお前たちだ。――八咫の扉」
床に突き刺した太刀へ霊力を込め、二つの巨大な扉を出現させた。
両開きの扉はゆっくりと開き、透明な水の手がリアとローズの体を掴む。
「……悪いな。せめて苦しむことなく、安らかに逝ってくれ」
これは、彼なりの『優しさ』だった。
神託の十三騎士として、黒の組織の最高幹部を務めるレインは知っていた。
組織の中枢には、人を人とも思わない――狂気の科学者たちがいることを。
リア=ヴェステリアは、貴重な『幻霊の宿主』だ。
そんな極上の研究対象を好奇心旺盛な奴等が見逃すはずがない。
きっと体中のあちこちをいじくり回された挙句、凄惨な最期を遂げる。
そんな扱いを受けるぐらいならば、いっそここで意識を封じてしまった方が幸せだろう――彼はそう判断したのだ。
透明な水の手は、リアとローズを扉の中へ引きずり込んでいく。
「「……」」
二人は特に抵抗しなかった。
そもそも両手両足が拘束されているし、今更抵抗する気力など体中のどこを探しても見つからなかった。
「……ごめんね、アレン」
リアが最後にそう呟いたそのとき――この世のものとは思えない、おぞましいほどの『闇』が玉座の間を埋め尽くした。
「なん、だ……!?」
レインは大きく目を見開き、ゾッとする『何か』を感じ取った。
(こ、この力は……っ!? いや、あり得ない……っ! 奴の意識は、完全に封印したはずだ! 第一、八咫の扉はこれまで一度として破られたことはない……っ!)
冷たい汗が背筋を伝い、唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
そうして彼がゆっくり振り返るとそこには――暴風の如き闇を纏った、無傷のアレンが立っていた。
「「――あ、アレン!?」」
リアとローズの目に希望の光が宿る。
「――二人とも、心配をかけたな」
アレンがいつものように優しく微笑んだ次の瞬間――捕食者の如く凶暴な闇が八咫の扉を呑み込み、その存在を消し去った。
「ば、馬鹿な……っ!?」
かつて破られたことのない封印術が、目の前であっさりと丸呑みにされる。
そんな異常事態を前にしたレインは、思わず言葉を失った。
その間にアレンは身軽な動きでリアとローズを回収し、その手足を縛る水銀を鋭利な闇で斬り裂いた。
「あ、アレン、よかった……っ。本当に……よかった……っ!」
リアは嬉し涙を流しながら彼の胸に飛び込み、
「リアこそ、無事でいてくれて本当によかった……っ!」
そんな彼女をアレンは優しく抱き締めた。
「お、おい、アレン……! 本当に大丈夫なんだな……っ!?」
ローズはペタペタと彼の体を触りながら、真剣な表情でそう問い掛けた。
「あぁ、いろいろあったけど……。今はもう大丈夫だ」
彼はそう言って、ゆっくりと立ち上がる。
「――悪いけど、二人は少し下がっていてくれないか? 多分まだ完璧には、制御仕切れないからさ」
「……!? アレン、もしかしてあなた……っ!?」
「しょ、承知した……っ!」
素早く事情を理解した二人は、すぐさま後ろへ跳んだ。
それを確認したアレンは――丸腰のままレインの前に立つ。
「悪い、待たせたな」
「……アレン。お前はいったい、なんなんだ……?」
レインは重心を後ろに下げた防御姿勢を取りながら、そんな質問を投げ掛けた。
「『なんなんだ』と言われてもな……。どこにでもいるただの『落第剣士』だよ」
「そうか……では、質問を変えよう。――扉の中でいったい何をした? この短い時間で何がそこまでお前を変えたんだ……っ!?」
超一流の剣士であるレインは、この場にいる誰よりもアレンの変化を感じ取っていた。
「そうだな……。お前の言う通り、一つだけ大きく変わったよ」
アレンはそう言って、何もない空間に向かって右手をスッと伸ばした。
その直後――凄まじいまでの『圧』が、玉座の間を強烈に圧迫した。
「……っ」
レインはしっかりと目を見開き、強く太刀を握り締める。
張り詰めた空気がこの場を支配する中、アレンはついに『その力』を解放した。
「滅ぼせ――<暴食の覇鬼>ッ!」
次の瞬間――何も無い空間を引き裂くようにして『真の黒剣』が姿を現した。
刀身も柄も鍔も、全てが漆黒に彩られた闇の剣。
その力の名は――『魂装』。
アレンが死に物狂いで勝ち取った、至高の一振りだ。
(……これが魂装、か)
そうして彼がゆっくりと真の黒剣を握ったそのとき――まるで嵐のような闇が吹き荒れた。
「むぅ……っ!?」
「きゃぁっ!?」
「こ、これは……っ!?」
レインもリアもローズも、まるで衝撃波の如き闇の拡散に大きく目を見開いた。
(これが黒の組織が定めた『特級戦力』アレン=ロードル、か……っ)
その優しい顔つきに似つかわしくない、どこまでも黒くおぞましい闇。
あまりに邪悪で、あまりに異質で、あまりに巨大な力の塊。
(この男、底が見えん……っ!?)
レインはかつてないほどに警戒を高め、しっかりと太刀を握り締めた。
アレンは正眼の構えを取り、静かに呼吸を整えた。
そして、
「さぁ、第三ラウンドと行こうか――レイン!」
「あぁ……来い、アレンッ!」
魂装を発現したアレン=ロードルと神託の十三騎士レイン=グラッド、両者の死闘がついに幕を開けたのだった。