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上級聖騎士と晴れの国【八】


 奇襲作戦が失敗した直後――俺たちはすぐさま次の作戦へ移行した。

 リア、ローズ、ベンさんたちがレインを包囲し、その中心で俺がレインと向かい合う。


「……行くぞ、レイン!」


「あぁ、来い」


 濃密な闇の衣を纏った俺は――剣を納刀した状態で駆け出した。


 相手は神託の十三騎士、様子見をしている余裕はない。


(ペース配分なんて考えるな! 最初っから全力でいく……っ!)


 そうして必殺の間合いに踏み込んだ俺は、


「七の太刀――瞬閃(しゅんせん)ッ!」


 鞘の中で十分な加速を付けた、最速の一撃を放った。


(……よし、入った!)


 あまりの速度に反応できなかったのか、レインは脇腹へ迫る瞬閃をぼんやりと見つめていた。


 そして、


「――ほぅ、速いな」


 奴はポツリと呟き、スッと腰を引いた。

 横一線に放たれた居合斬りは、虚しくも空を切る。


(嘘、だろ……!? このタイミング、この距離で躱すのか……っ!?)


 その巨躯(きょく)に見合わぬ俊敏な動きに、俺は言葉を失った。


「今度はこちらの番だ……なぁっ!」


 レインは刃渡りの長い太刀を大上段に構え、力いっぱい振り下ろす。


(来た……っ!)


 俺は重心を落とし、剣を水平に構え――真っ正面から受け止めた。


「ぐ、ぉおおおお……っ!」


 腕から肩へ、肩から足へ――凄まじい衝撃が全身を駆け抜けた。


 だけど、受け止め(・・・・)切った(・・・)……!


 体格の差は歴然だが、完全に力負けしているわけではない。


「ふっ、なかなかどうして力持ちじゃないか。それとも……その奇妙な闇の力か?」


 まさか受け止められると思っていなかっただろう。

 レインは目を丸くしてそう言った。


「さぁ、どっちだろう……なっ!」


 俺は左半身になって奴の剣を側面へ流し――続けざまに渾身の一撃を放つ。


「八の太刀――八咫烏(やたがらす)ッ!」


 八つに枝分かれした漆黒の斬撃がレインの全身を狙い撃つ。


「ほぅ、いい技だ……っ!」


 奴はニィっと凶悪な笑みを浮かべ――恐ろしいほど基本に忠実な防御を見せた。


(こいつ……っ。魂装や身体能力だけじゃないぞ……!?)


 思わず見惚(みと)れてしまうほど美しい、演舞のような防御術。

 あれは、一朝一夕で身に付くものではない。

 地味で退屈な基礎練習――それを毎日毎日延々と繰り返した先にようやく習得できるものだ。


「――さて、続きといこうか」


 そうしてレインが前傾姿勢を取り、大きく一歩踏み出したそのとき――。


「覇王流――剛撃ッ!」


「桜華一刀流――夜桜ッ!」


「百花繚乱流――乱れ花ッ!」


 横合いからリアとローズ、他三人の剣士が息を揃えて斬り掛かった。


「ち……っ」


 レインは迫りくる斬撃を時には躱し、時にはいなし、時には受け止め――全てやり過ごしたように見えた。


 だが、


「むっ……かすったか」


 レインの頬から一筋の鮮血が流れ落ちた。

 横合いからの不意打ち――それも凄腕の剣士五人からの攻撃ともなれば、さすがのレインも無傷で凌げなかったようだ。


「……なるほどな。アレンが一対一を仕掛け、俺に隙が生まれたところを周囲の『羽虫』が突く、か……」


 そうして俺たちの作戦を理解した奴は、短く「悪くない」と評価を下した。


「しかし……驚いたぞ、アレン? まさかこの俺と正面から斬り合えるとはな……」


 そんなレインに対し、俺は質問を投げ掛けた。


「……ずいぶんと余裕そうだな。この状況、わかっているのか?」


 戦いにおいて『数的有利』は、とてつもない戦力差を生む。

 現状、戦況はこちらへ傾いていると言っていいだろう。


「あぁ、もちろんだ。確かに、今のままでは少し分が悪いな……」


 奴は肩を竦めながらそう言うと、


「仕方ない、少し()を増やそうか。――擬態の雫(ミミック・ドロップ)


 太刀の切っ先から、白銀の雫を二滴ほど床へ垂らした。

 水銀のような光沢を放つそれが、ゆっくり床へ落ちた次の瞬間――水滴は大きく形を変え、等身大のレインへ変化した。


「「「なっ!?」」」


 予想だにしない事態を前に、俺たちは大きく目を見開いた。


(まさか自分の分身を作り出すなんて……!?)


 こんなこと完全に想定外だ。

 銀色の不気味な体を持った二体のレインは、本体の横へ並び立つ。


「これで三対百――困ったことに『数の利』は、まだそちらにあるな」


 顔に余裕の色を貼り付けた奴は、わざとらしくそう言った。

 どうやらあの二体は、かなりの力を持った分身のようだ。


「……ずいぶん変わった能力を使うんだな」


「ふっ、それはお互い様だろう? お前の闇とて、二つとして見られるものではない」


 そうして短い会話が打ち切られたところで、


「――やれ」


 レインはパチンと指を鳴らした。

 それを皮切りにして、二体の分身がリアたちの元へ殺到する。


(……っ)


 俺は(はや)る気持ちを抑えて、目の前のレインに集中した。


(ここで俺がカバーに回るのは……悪手だ)


 そうなった場合、自由になった奴が好き放題に暴れ回り、より甚大な被害が出るだろう。

 だから、俺が為すべきことはたった一つ――レイン本体を一人で押さえ込むことだ。


(……大丈夫、リアとローズは強い。それにベンさんたちは、国外遠征を任された腕利きの上級聖騎士。きっとすぐに分身を蹴散らしてくれるだろう)


 そうして俺が正眼の構えを堅持していると、


「なぁ、アレンよ……そろそろ普通の剣戟にも飽きてきたんじゃないか?」


 レインは突然妙な話を振ってきた。


「……なんだと?」


「いやなに、一つギアを上げようと思ってな。――水の羽衣」


 すると次の瞬間、透明な水が奴の刀身を薄く覆った。

『ギアを上げる』――そう言った割には、小さな変化だった。


(だけど、相手は神託の十三騎士……油断は禁物だな)


 そうして俺が気を引き締め直していると、


「一つ忠告しておこう。間違っても、受ける(・・・)()じゃ(・・)ないぞ(・・・)?」


 レインはよく意味のわからない忠告を発した。


「……?」


「まぁ、見ればわかる」


 奴はそう言って、水を纏った太刀をゆっくり床へ走らせた。


 すると――まるで豆腐でも斬るかのように鋭利な太刀傷が生じた。


「……なっ!?」


「――わかったか? ここに流れるは、霊力によって圧縮された超高圧水流。お前の安っぽいその剣では、受けることすらかなわん」


「……そりゃご丁寧にどうも」


 そうして実演を終えたレインは、首をゴキッと鳴らした。


「――さぁ、第二ラウンドと行こうか」


「……来い!」


 その後――俺は防戦一方の戦いを強いられた。


 周囲からの援護が無くなった上に、防御不可の強烈な太刀。

 まともな勝負をすることさえできなかった。


「はぁはぁ……っ」


 迫りくる斬撃をなんとか体捌きで躱し続けた俺は、大きく後ろに跳んで距離を稼ぐ。


(……強い)


 さすがは神託の十三騎士――以前戦ったフー・ルドラスに勝るとも劣らない実力の持ち主だ。


 そうして戦いと呼べない戦いを続けているうちに――少し気になることができた。


「なぁ……レイン。なんでそんなに苦しそうなんだ……?」


「……なんだと?」


 その瞬間、奴の動きがピタリと止まった。


「いや、少し気になってな。こんなに辛そうに剣を振る奴は、初めて見たからさ」


 そう。

 戦いが始まってからずっと、レインは苦しそうだった。

 戦況が不利な時も有利な時も――どんな時も苦悶の表情を浮かべながら戦っていた。


(間違いない、こいつは『何か』に苦しんでいる)


 悲痛な表情もそうだが……何より、その剣には大きな『迷い』が見られた。


「なぁ、いったい何をそんなに――」


「――人の事情に……気安く立ち入るものではないぞ?」


「っ!?」


 レインが凄まじい殺気を放った次の瞬間――強烈な中段蹴りが俺の腹部にめり込んだ。


「か、は……っ!?」


 肺の空気を全て吐き出した俺は、床と水平に飛び――王城の壁にぶつかった。


(速い……っ。いや、速過ぎる……っ!?)


 動きの始点から終点まで、その一切がまるで見えなかった。

 気付いたときには、むせ返るような痛みが腹部からせり上がっていた。

『蹴られた』――その事実を理解したのは、体が宙に浮いてからだ。


(こ、こいつ……っ。今まで手を抜いていたのか……っ!?)


 今の一連の動きは、あのフー・ルドラスよりも確実に速い。


「ま、まだだ……っ!」


 俺はゆっくりと立ち上がり、正眼の構えを取った。


 しかし――先のダメージはあまりに大きく、視界はぼんやりと霞みがかっている。


(くそっ、しっかりしろ……っ!)


 下唇をわずかに噛み切り、その痛みで意識を覚醒させた。


 そうして五感がはっきりしたところで――気付いた。


 先ほどから鳴り響いていた剣戟(けんげき)の音が、今やほとんど聞こえなくなっていることに。

 レインを視界の端に捉えたまま、恐る恐る周囲を見回すとそこは――地獄だった。


(じょ、冗談、だろ……?)


 ベンさんをはじめとした大勢の上級聖騎士は、ほとんど全滅していた。

 残っている剣士はリアとローズ、それからわずか数名の上級聖騎士のみ。


(くそ、なんてことだ……っ)


 どうやらあの二体の分身は、俺たちの予想を遥かに超えた力を持っていたようだ。


(……どうする、逃げるか!?)


 このまま戦闘を続けたとして、もはや勝ちの目はない。


 相手は黒の組織の最高幹部、神託の十三騎士レイン=グラッド。

 世界(・・)でも指折りの――国家戦力級の剣士だ。


(……無理だ。俺のような一人の学生が、単騎で討ち取れる相手じゃない……っ!)


 そんなこと、小さな子どもにだってわかる。


(だけど、どうやって逃げる……っ!?)


 この場にはベンさんをはじめとした大勢の上級聖騎士が倒れている。

 もしもここで俺一人が逃げれば、きっと皆殺しにされてしまうだろう。


 そもそも俺一人でさえ逃げることは難しい。

 こいつの身体能力は俺の遥か上を行く。


(くそ、いったいどうすればいいんだ……!?)


 そうしてどうにもならない最悪の現状を嘆いていると、


「――きゃぁっ!?」


 玉座の間にリアの悲鳴が響き渡った。

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