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上級聖騎士と晴れの国【五】


 ラオ村。

 晴れの国ダグリオの中央部に位置するここは、牧歌的な空気の流れる平和で穏やかな村だ。


 しかし――それも今となっては昔の話。


 現在は黒の組織の圧政と重税に苦しみ、村民たちは貧困と飢餓に喘ぎ、ただ搾取され続ける地獄のような日々を送っていた。


 そして今日は、月に一度の徴税日。


 御年八十を迎える村長は、ラオ村の中央に張られた屋根だけの簡易式テントの下で――額を泥土に擦り付けて必死に懇願していた。


「どうか……っ。どうかこれ(・・)で許していただけないでしょうか……っ」


 そう言って彼が差し出すのは、村中から掻き集めた食料だ。

 イモ類に米、そしてわずかながらの肉。


 真実、これがこの村の納められる限界量だった。


 すると、


「はぁ……」


 ラオ村の徴税を任された黒の組織の男――ザム=ハッシュフェルトは、大きくため息をついた。


「なぁ、村長さん。あんた……ちょいとうちらのこと舐めてねぇかい? こんなもん目分量でもわかるぞ……『足りてねぇ』ってさ」


「……っ」


 痛いところを突かれた村長は、押し黙ることしかできなかった。


 黒の組織がひと月に求める税は『食料三百キロ』。

 作物・肉・牛乳――種類は問わず、ただ三百キロを毎月徴収する。


 最初の頃は、それでも問題が無かった。

 たかが食料三百キロ――農作物で有名なダグリオにおいて、それぐらいの量はなんでもない。


 だが、状況は大きく変わった。


 黒の組織がダグリオを支配するようになってからというもの――雨が一向に止まないのだ。

 それも三日や十日程度の長雨ではない。

 もうかれこれ数年、ずっと雨が降り続いているのだ。


 村長の背後に控える二人の若者も、歯を食いしばりながら頭を下げていた。


(畜生……っ。黒の組織め……っ)


(こいつらが……なんらかの方法で雨を降らし続けているんだ……っ。俺たちを苦しめるために……っ)


 延々と降り注ぐ雨により、肥沃な土壌は海へ流れた。

 空を覆う分厚い雲によって、太陽の光は遮られた。

 そんな劣悪な状況で、今まで通りに作物が作れるわけもない。


 なんとか室内照明を利用した屋内栽培によって、税を納め続けてきたのだが……。

 それも今月――ついに限界を迎えてしまったのだ。


 村長は額を泥土にこすりつけたまま、必死に頼み込んだ。


「食料三百キロ――足りていないのは、重々承知しております……っ。ですが……っ!」


 彼は痩せこけた顔を上げ、村の窮状を訴えた。


「こんな劣悪な環境では、作物が十分に育たないのです……っ! 食料はもう底をついており、村では流行り病が起きています……っ! 今月納められるのは、この百キロの食料が限界です……っ。どうかこれで満足していただけないでしょうか……っ!?」


 そう言って村長は、深々と頭を下げた。

 それを見たザムは――優しい笑顔を浮かべて、村長の肩に手を乗せた。


「なぁ、知ってるか? 俺たちが必要としているのは、この島で採掘される霊晶石(・・・)だけ(・・)なんだ。この意味、わかるかなぁ?」


「ど、どういうこと……でしょうか?」


「ふふっ、簡単な話だ。別にお前たちが死のうが生きようが、税を納めようが納めなかろうが――どっちだって構わないんだ……よ!」


 そう言ってザムは、腰に差した剣を勢いよく引き抜き――一刀のもとに村長を切り捨てた。


「が、は……っ」


「そ、村長!?」


「お、お前……っ! なんてことを……っ!?」


 激昂(げきこう)する二人の若者。

 怒気の含んだその大声を聞いたザムは、顔をしかめた。


「ちっ、耳元で騒ぐなよ、うっとうしいな……っ。こちとら二日酔いで頭痛がひどいんだよ……っ」


 彼はつい昨日、徴収した酒を浴びるように飲んだため、頭痛に悩まされていた。


「はぁ、一々税を取り立てるのも面倒くせぇ……。それに何より、あの『雨男』が支配するこんなジメジメした国はもううんざりだ……。しゃーねぇ――皆殺しにするか」


 ザムがポツリとそう呟くと、彼の背後に控えていた五十を超える剣士が一斉に剣を抜き放った。 


「くっ、くそ……っ!」


 村長に付き従っていた若者は、懐から木製の笛を取り出し、危険を知らせる音色を奏でた。


「だーかーらー……っ。俺は頭が痛ぇって、言っただろうが……っ!」


 そう言ってザムは素早く二度剣を振るい、


「ぐぁ……っ!?」


「が、は……っ」


 大きな笛の音を奏でる二人を切り捨てた。


 こうしてラオ村の惨劇が始まったのだった。



 村中に危険を知らせる音色が鳴り響いたそのとき。


 ラオ村の南端にあるガーリッシュ家では、マリア=ガーリッシュと先日五歳の誕生日を迎えたばかりのミレイ=ガーリッシュが顔を青ざめさせていた。


「こ、この笛の音は……っ!?」


「ま、ママ……っ」


 不安げな表情でこちらの顔を見上げる愛娘をマリアはギュッと抱き締めた。


「だ、大丈夫よ、ミレイ! ママがついているから……っ! どんなことがあっても、絶対にあなただけは守って見せるから……っ!」


 たとえ何があろうとミレイを守る――それは数年前、流行り病で亡くなった夫と交わした最後の約束だった。


「う、うん……っ」


 そうして娘を落ち着かせたミレイは、小さく窓を開けて外の様子を確認した。


 そんな彼女の目に飛び込んできたのは、


「な、なん、てこと……っ」


 村の中央でグッタリと倒れ伏す村人の姿だった。


「村長、ラーマ、ドレスタ……っ」


 カッと血の昇りかけた頭を冷やし、すぐにミレイの肩を揺すった。


「――み、ミレイ、逃げるわよ!」


「え、う、うん……っ」


 マリアはミレイの手を引き、家の裏口からこっそり抜け出そうとした。


 だが、そこで――。


「おやおやぁ……? お二人さん、そんなコソコソとどこへ行かれるんですかぁ……?」


 つい先ほど村長たちを切り捨てた黒の組織の男――ザム=ハッシュフェルトと出くわした。


「……っ」


「ま、ママ……っ」


 二人の顔に緊張が走る。


「くくく、その顔……っ。いい、いいよっ! これ以上ないほどに――最っ高だよっ!」


 ザムは『狩り』が好きだった。

 勇敢に立ち向かってくる強者を殺すより、必死に逃げる弱者をいたぶることが大好きだった。


 だから彼は、村長たちを殺した後すぐに村の南端へ走った。

 ラオ村からずっと南へ進めば、聖騎士の詰め所がある。

 きっと女子供はわずかな希望を抱いて、そこへ逃げ込もうとするはず――そう考えたからだ。


 そして今、ザムはその思惑通りに二匹の獲物を発見した。


「……ミレイ、あなただけでも逃げなさい」


「で、でも……っ」


「ママは大丈夫よ。だから、とにかく南へ走ってちょうだい。何があっても絶対に振り返っちゃ駄目よ」


 そうしてマリアは、ミレイの背をトンと押した。


「い、いやだよ……っ。ママも一緒に行こうよ……っ!」


 ミレイはぐずつきながら、静かに首を横へ振った。


「大丈夫、ママもすぐに追いかけるから。それに天国のパパとも約束したでしょ? 『強い女の子になるんだ』って――違う?」


「……わ、わかったっ」


 ミレイが頷くと同時に――耳障りな笑い声が響いた。


「くくくっ、お涙ものだねぇ……っ。うっかり目頭が熱くなっちまったよ……っ! まっ、結局は殺すんだけどなぁ?」


 ザムが凶悪な笑みを浮かべて剣を引き抜くと同時に、


「――残念だけど、ここは死んでも通さないわ!」


 マリアはぎこちない動きで、腰に差した粗末な剣を引き抜いた。


「ほぉ……剣士だったのかぁ」


 一瞬だけ顔をこわばらせたザムは……すぐに元の笑みを貼り付けた。


 それは(ひとえ)にマリアの構えが、あまりにお粗末だったからだ。

 剣術の最も基本である正眼の構えすらまともに取れていない。


 明らかな格下――マリアのことをそう判断した彼は、ニィッと口角を吊り上げた。


「……ミレイ、早く行きなさい!」


「う、うん……っ!」


 母の悲鳴にも似たお願いを聞いたミレイは、すぐに走り出した。


 そのわずか数秒後、彼女は嫌な予感を覚えた。


 あまりに静かだった――否、静か過ぎたのだ。

 剣戟の音も悲鳴の音も聞こえない。

 耳に入るのは、ただしんしんと降り注ぐ雨の音のみ。


 不審に思った彼女がゆっくり振り返るとそこには――。


「ま、ま……?」


 胸に剣を生やした母の姿があった。


「くくくくくっ、はっはっはっはっ! あぁ……やっぱり殺しはたまんねぇなぁ……っ!」


 返り血で真っ赤に染まったザムは、高らかに笑った。

 彼はマリアの胸に突き刺した剣を乱暴に引き抜き――次のターゲットへ目を向けた。


「くくくっ! ほらほらぁ、逃げなくていいのかなぁ?」


「……っ」


 信じられない光景を前にしたミレイは、恐怖と絶望によって固まってしまった。


「い、いや、嫌だよ……ママぁ……っ」


 次から次に感情が溢れ出す彼女は、顔をぐしゃぐしゃにして大粒の涙を流した。


「く、くくくっ! あぁー……っ。たっまんねぇなぁ……おぃっ! そんなに泣かなくても、大丈夫だよぉ? 今すぐママのところへ送ってあげるから……さぁっ!」


 鼻息を荒くしたザムが大きく一歩踏み出したそのとき。


「待ぢな、ざい……っ」


 心臓を貫かれたはずのマリアが――彼を後ろから羽交い絞めにした。


「な、なんだこいつ……っ!? まだ死んでねぇのか……っ!?」


 鬼気迫る勢いと死を覚悟した迫力に、ザムは一瞬息を詰まらせた。


「逃げ、て……っ! ミレ゛ィ……ッ!」


「……っ」


 死にゆく母の願いを受けたミレイは――動けなかった。


 無理もない。

 この残酷で凄惨な『現実』は、五歳の女の子が受け止めるには重過ぎた。


「ちっ、うざってぇなぁおい……っ。さっさと死んどけよ……っ!」


 その後、冷静さを取り戻したザムはマリアを突き飛ばし――『三度』彼女の身に凶刃を突き立てた。


「か、ふ……っ」


 愛する娘を守るため。

 亡くなった夫との最後の約束を果たすため。


 その一心で動いていたマリアは、ゆっくりと前に倒れ伏した。


「ったく……。たかが数秒稼ぐために地獄の苦しみを味わうったぁ……親ってのはよくわかんねぇ生き物だよなぁ……」


 ザムは肩を竦め、剣に付着した血を雨で洗い流した。


「さぁ、お嬢ちゃん? 君も一緒に逝こう。ママを一人にしちゃかわいそうだろぉ?」


「い、いや……来ないで……っ」


 一歩一歩迫りくるザムを前に、ミレイは尻餅をついたままズルズルと後ずさることしかできなかった。


「くっくっく、さぁて『狩り』も終わりにしようかなぁ?」


 満面の笑みを浮かべたザムは、高らかに剣を掲げた。


「――ひゃっひゃっひゃっ! いい悲鳴(こえ)を挙げろよぉ!?」


 幾人もの命を奪った凶刃が無慈悲にも振り下ろされる。


(ママ……ごめんなさい……っ)


 死を覚悟したミレイがギュッと両目をつぶったそのとき。


 マリアが地獄の苦しみと引き換えに稼いだ数秒、そのたった数秒が――奇跡を起こした。


「ちっ……なんだぁ、これ(・・)は?」


 ザムの振り下ろした剣は――黒い『ナニカ』に防がれた。


 すると次の瞬間、一人の少年が凄まじい勢いで両者の間に割って入った。


「――怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」


 白黒交ざりあった独特な髪をした彼は、優しい声色でそう言うと、


「すぐに――終わらせるから」


 その全身から身の毛もよだつようなおぞましい闇を放ち――ラオ村全域を深淵の如き『黒』で染め上げた。



 闇の衣を纏った俺は、黒い外套に身を包んだ男に問い掛けた。


「……どうしてあなたたちは、こんなひどいことをするんですか?」


 俺は目の前の男に質問を投げながら――時間を稼ぐ。


(まだ……っ。まだ間に合う(・・・・)……っ)


 この『闇』は、致命傷に対しても有効だ。

 その人が生きている限り、どんな傷でもたちまちのうちに治す。


 俺は大量の霊力を注ぎ込み、村全体に闇を張り巡らせた。

 そうして目に付いた村人たちに闇の衣を着せていく。


(……よし!)


 数秒後、目視できる範囲の村人は全て保護することができた。

 後は彼らが生きてさえいれば……闇が全てを治してくれるはずだ。


 そうして俺が一息ついたところで、対面の男から返答が返ってきた。


「何故こんなことをするかってぇ……? そんなの決まってんだろ? 俺が楽しいからだよ。ていうか……それ以外に理由なんてあるか?」


「そう、ですか……。思っていたよりもずっと、くだらない内容ですね」


 時間稼ぎは成功し、目的は達成した。

 こんな外道とは――もう言葉も交わしたくない。


 俺は疑似的な黒剣を一振りし、彼の持つ剣を叩き斬った。


「な、にっ!?」


 予想外の事態を前にした男は、大きく後ろへ跳び下がった。


「くそ……っ! ――おぃ、てめぇらちょっと手を貸せ! 手強い奴が現れたぞ……っ!」


 彼がそう叫び散らすと、


「へへっ、どうしたどうした……?」


「なんだよ、まだガキじゃねぇか……。だらしねぇ奴だな」


「ぐふふっ、なになに? ちょっと可愛い顔してるじゃない……っ!」


 真紅の返り血を浴びた三人の男が集まってきた。


「油断するんじゃねぇぞ……っ。このガキ、信じられねぇ馬鹿力だ……っ! 魂装を展開し、四方から一気に叩く……!」


 かなりの実戦を積んできたのだろう――彼らは阿吽の呼吸で作戦をまとめた。


 そして、


「溺れろ――<歪んだ愛情(ツイスト・ラブ)>ッ!」


「圧迫せよ――<千の万力(サウザンド・ヴァイス)>ッ!」


「我が道を行け――<無謀の軍団(リクレス・アーミー)>ッ!」


()まれ――<間隙の大地(ガップ・グランド)>ッ!」


 魂装を展開した四人が、一斉に襲い掛かってきたその瞬間。


「――闇の影(ダーク・シャドウ)


 研ぎ澄まされた剣のように鋭い闇が、嵐のように吹き荒れた。

 俺の意思に従って自在に動く闇は、いとも容易く四人の魂装を切り裂き、彼らに深手を負わせた。


「ぐ、は……っ!?」


「たった一人、で……っ」


「嘘、だろ……っ!?」


「なんだ、この化物は……っ!?」


 地に倒れ伏した四人は、怒りと恐怖の入り混じった目でこちらを睨み付けた。


「――終わりです」


 全員の後頭部を強打し、意識を刈り取った俺は――ラオ村を蹂躙する残党を速やかに気絶させて回った。


「……よし、これで全員仕留めたな」


 そうしてラオ村を襲う黒の組織を殲滅した俺は、剣を鞘に収めたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定がいろいろ考えられていて、面白いです [気になる点] なぜ真剣勝負という割に命を奪わないのですか? しかも敵対組織に対して、意識を奪うだけで済まし命を取らないのはおかしくないですか? …
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