上級聖騎士と晴れの国【四】
支部長室を後にした俺たちは受付へ向かい、そこで三十分程度の簡単な講義を受けた。
内容は大きく分けて二つ――『聖騎士就業規則』と『聖騎士の職務』についてだ。
聖騎士就業規則は、全世界で統一された聖騎士の職務規定だ。
受付の女性には、聖騎士が保持すべき職務倫理や服務中の禁止事項などなどを大まかに説明してもらった。
そして次に聖騎士の職務についてだ。
聖騎士協会は国際的な刑事警察組織であり、その目的は恒久平和の成就。
聖騎士はこの崇高な目的を達成するため、日々治安維持と犯罪防止に努め、多岐にわたる職務を強い責任感をもって為さなければならない――という話だった。
「――はい、これで基本的な講義は終了となります。ご清聴いただきありがとうございました。より詳しいことについては、全てこちらの『聖騎士読本』に記されておりますので、またご自宅に帰ってからお読みください」
そう言って彼女は、鈍器のような読本を俺たちに配った。
「あ、ありがとうございます……っ」
こうして簡単な講義を受講した俺たちはその後――上級聖騎士と一緒に簡単な修業をしたり、オーレストの見回りに行ったりして、特別訓練生の初日を終えた。
時刻は夜の七時。
俺たち三人は千刃学院の寮へ向かっていた。
「んー……なんだか少し拍子抜けだったわね……」
「あぁ、修業の強度も軽かった……。正直、まだまだ動き足らんぞ」
リアとローズはそう言って不満を漏らす。
(確かに……予想していたよりもずっと楽だったな……)
素振りもたったの三時間だったし、その後の修業もローズの言う通り、少し物足りなかった。
「……国外遠征を選んで正解だったかもな」
「そうね。クラウンさんの話では、国外の上級聖騎士はみんな優秀だって話だし……。きっといい経験になるわ」
「あぁ、私も楽しみにしている」
二人がコクリと頷いたところで、俺は新たな話題を振った。
「遠征先は確か……『晴れの国ダグリオ』だったよな? どんなところなんだろう?」
クラウンさんの話では飛行機で二時間ほどの距離にあるらしいが……。
正直、そんな名前の国は聞いたことがない。
「すまないな、私もダグリオという国名に聞き覚えはない……」
ローズが静かに首を横へ振ったところで、リアが顎に手を添えながら口を開いた。
「えーっと、私の記憶が正しければ……。晴れの国ダグリオは、ここから南西方向にあるとても小さな国よ。確か永代中立国を謳っていたかしら……?」
「さすがはリア、相変わらず物知りだな」
「ふふっ、ありがと。それと後は……そうね。特に農業が盛んな国として有名だったはずよ。厳しい日照りで育ったここの作物は、『晴れの恵み』と呼ばれ、とってもおいしいと評判なんだって」
「……へぇ、それは楽しみだな」
俺はゴザ村という農業が盛んな……というか、それ以外には何もない辺境の地で育った。
一応一人の農民として、自分たちの育てた作物には『誇り』がある。
ゴザ村で取れた野菜は栄養満点で最高だし、牛乳はどこの牧場のものよりもコクと旨味がある。
広大な敷地で自由奔放に育てられた家畜の肉は、健康的でどこまでも自然な味わいがある。
(ゴザ村で取れた作物と『晴れの恵み』――果たしてどちらがよりおいしいのか……。これは少し確かめる必要があるな……っ)
そうして俺が密かに対抗心を燃やしていると、
「……あれ? でも、そう言えばちょっと不思議ね……」
リアは少し気になることを口にした。
「どうかしたのか?」
「うん、ちょっとおかしいのよ。今思えばここ数年……何故か全く『ダグリオ』関連のニュースを聞かないの。私が今話した内容だって、小さい頃に読んだ本に書かれてたことよ」
「うーん……。それはダグリオが小国だからじゃないのか? もしくは……最近は大きなニュースばかりで、それに隠れてしまっているとか?」
レイア先生も言っていたように、最近の国際情勢はかつてないほど不安定だ。
不穏な動きを見せる黒の組織。
それを裏で操る神聖ローネリア帝国。
ヴェステリア王国を中心にして、関係を強化する主要五大国。
そんな中で平和な小国の話題は、中々紙面に上がってこないだろう。
「なるほど、そうかもしれないわね……」
リアの不安が解消されたところで、
「――っと、もう着いたか。私はここで失礼するぞ」
自分の寮に到着したローズと別れることになった。
それから俺とリアは、いつものように二人の寮へ戻り――同じベッドでぐっすり眠ったのだった。
■
その数日後、ようやく迎えた秋休み初日。
俺たち三人はオーレスト支部が所有する飛行機に乗って、国外遠征へ向かった。
二時間ほど揺られた先には――延々と雨の降り注ぐ、晴れの国ダグリオがあった。
「……雨、だな」
俺がポツリと呟き、
「あぁ、重たい雲が空を完全に覆っているぞ……」
ローズがコクリと頷いた。
足元の土を見れば、粘土状にまで緩んでいた。
おそらくこの雨は今日だけのものじゃない。
少なくとも一週間以上ずっと降っていると見て間違いないだろう。
これでは晴れの国ではなく、『雨の国』と呼んだ方が適切だ。
「あ、あれ……おかしいなぁ……?」
リアはポリポリと頬を掻きながら、困り顔でそう言った。
自分が記憶していたダグリオと現在のダグリオ――その違いの大きさに困惑しているのだろう。
その後、飛行機の操縦士に案内されて、俺たちは上級聖騎士が駐在している建物へ向かった。
海辺にそびえ立つ大きな木造の平屋――どうやらここを拠点として、上級聖騎士は活動しているようだ。
正面に取り付けられた大きな扉を開けると、
「……んん? ありゃ、千刃学院の制服か……。ってことは――おぉっ! お前らが噂の超強い『援軍』か!」
「クラウン支部長から話は聞いてんぜ! なんでもあの黒拳の秘蔵っ子たちだってな!」
「明日はいよいよ『殲滅作戦』の実施日だ……っ! 頼りにしてんぜ、お前たち!」
真っ白な制服に身を包んだ上級聖騎士たちは、期待の籠った目でこちらを熱く見つめた。
「え、援軍……? 殲滅作戦……?」
不穏な言葉の連続に俺が困惑していると――部屋の最奥に立っていた大きな男性が、ゆっくりこちらへ近寄ってきた。
「――ようこそ、聖騎士協会ダグリオ臨時支部へ! 俺はここの臨時支部長――ベン=トリオックだ! よろしく頼むぜ!」
ベン=トリオック。
年齢は三十代後半。
身長は百八十センチ半ばほど。
清潔感のあるスキンヘッドに小麦色に焼けた肌。
彫りの深い顔には、一本の太刀傷が走っていた。
鍛え抜かれたその体は、制服の上からでも隆起した筋肉がわかるほどだ。
彼は渋い声で自分の名を名乗ると、味のある笑顔を浮かべた。
「じ、自分はアレン=ロードルです。こちらこそよろしくお願い致します」
「リア=ヴェステリアです。よろしくお願いします」
「ローズ=バレンシアだ。よろしく頼む」
手短に自己紹介を済ませたところで――俺は先ほど聞いたあまりにも物騒な言葉について質問を投げた。
「すみません。殲滅作戦って、なんですか?」
「え? 聞いてないのか?」
「は、はい……。クラウンさんからは、ダグリオは比較的落ち着いた場所だって聞いていたんですが……?」
『初っ端の遠征先としては、悪くないと思うっすよ』――確か彼は、そう言っていたはずだ。
すると、
「全く……。相変わらず、クラウンの奴は仕方ねぇな……」
ベンさんは髪の無い頭をガシガシと掻き、「まぁいい」と言って話を始めた。
「残念ながら、ここ『晴れの国ダグリオ』はバッチバチの紛争地帯。穏やかなんて言葉とは、対極に位置する場所だ」
「「「……え?」」」
信じられない発言に俺たち三人は、思わず固まってしまった。
「この国は数年前から黒の組織に実効支配されちまってな……。それ以来、毎日毎日ドンパチやり合ってんのさ」
「そ、そうなんですか!? ……でも、そんなニュース聞いたことがありませんよ!?」
たとえ小国とはいえ、一つの国が黒の組織に落とされた。
それは間違いなく、号外が配られてもおかしくないほどの大事件のはずだ。
「まっ、情報統制されてるからな……。初耳だってのも仕方ない話だ」
ベンさんは肩を竦めながら、話を続けた。
「じょ、情報統制……」
「あぁ、当然の措置だ。国一つが落とされたとあっちゃ、聖騎士協会の面目が立たねえからな……。表沙汰にはできねぇよ……。これは一部の上級聖騎士と国家の上役だけの秘密なんだ」
「な、なるほど……」
「さて、そんじゃもう少しいろいろと話しておこうか。この晴れの国ダグリオの――悲惨な現状をな」
そうして俺たちは、ベンさんからたくさんの話を聞いた。
現在、ダグリオは黒の組織によって実効支配されている。
ダグリオの南二割は、聖騎士協会がなんとか奪還した領地。
それより北の八割は、いまだ黒の組織に支配されたまま。
そしてダグリオ最北端に位置する王城には、恐るべき力を持った神託の十三騎士が居を構えている。
救出されたダグリオ国民の話によれば――黒の組織に支配されたその日から、毎日ずっと雨が降り続くようになったらしい。
「そ、そんなことが……っ」
そうして俺たちが言葉を失っていると、ベンさんは今後の明るい展望を口にした。
「まっ。ダグリオ国民のつらく苦しい数年間は、明日の殲滅作戦で全て片が付くさ。聞いたところによるとお前たちは、相当に腕が立つんだろう? あの『変態クラウン』が太鼓判を押した、黒拳の秘蔵っ子……。ふふっ、期待しているぜ!」
「え、えーっと……。そこまで期待されても困ってしまうんですが……」
学生の中ではそこそこ戦える方だとは思うが……。
比較対象がベンさんのように世界を舞台に活躍するような剣士だと……とてもじゃないが、『腕が立つ』と自信を持って言えない。
「はっはっはっ、無茶を言うな! そりゃ期待もするさ! なんてったって、あのクラウンと黒拳が認めてるんだからな!」
そうしてベンさんが豪快な笑い声を挙げた次の瞬間――けたたましい警報が鳴り響いた。
「ぬっ!? ちょっとすまん!」
彼はそう短く断りを入れて、部屋の奥へ歩き出した。
「――どうした、何か動きがあったのか!?」
ベンさんの大声が響いた直後、すぐに緊迫した返事が返った。
「ダグリオ中部に位置する『ラオ村』にて信号弾を確認! 色は『赤』――緊急事態です!」
「ちっ……敵は何人だ!? それと神託の十三騎士は、出張ってきているのか!?」
「現在確認されている信号弾は『黒』五本のみ! 敵は黒の組織約五十名! 神託の十三騎士は、未確認のようです!」
「よぅし、わかった! 野郎ども! 総員、戦闘準備に入れ!」
「「「おおぅっ!」」」
そうしてあれよあれよと言う間に――上級聖騎士たちは準備を整え、隊列を形成した。
「――おぅ、アレン! 早速デカい仕事だ! 明日の殲滅戦の前に――その実力のほどを見せてくれや!」
ベンさんは「期待してるぜ!」と言って、俺の背中をバシンと叩いた。
「は、はいっ!」
こうして苛烈な紛争地帯に送り込まれた俺は、早速大きな戦闘へ出向くことになったのだった。