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上級聖騎士と晴れの国【三】


 俺がボロボロになった稽古場を見つめ、なんと説明をすべきか考えていると――いくつもの足音が近づいてくるのがわかった。


 おそらく窓ガラスの割れる音を聞いた聖騎士協会の職員が、慌ててこちらへ向かっているのだろう。


(とりあえず……そのまま説明するしかないよな……)


 信じてもらえるかどうかはわからないけど……ありのまま今起きたことを話そう。


 そうして俺が考えを固めると、一人の男が稽古場に入ってきた。


「――ちょっとなんなんすか? 今の音……は?」


 奇抜な衣装に身を包んだ彼は――惨憺(さんたん)たる有様の稽古場を見て、ポカンと口を開けた。


 なんとも言えない重苦しい空気が流れる中、


「し、支部長……っ」


 下級聖騎士の一人がポツリとそう呟いた。


(『支部長』ということは……彼が『クラウン=ジェスター』さんか……)


 一週間ほど前に聖騎士協会オーレスト支部の支部長に着任したばかり――とレイア先生が言っていた。


 クラウン=ジェスター。


 外見年齢は三十代前半。

 身長は百八十センチぐらいで、線の細い体付きをしている。

 えんじ色の髪に柔和な顔つき。

 右頬に赤いスペード、左頬に黒いハートが描かれていた。

 全身モノクロのピエロ衣装で、その上からバーテンダーの黒いベスト。

 頭にはこれまたモノクロの中折れ帽子を目深(まぶか)にかぶっている。


 見かけで判断するのはよくないが……どことなく胡散臭い感じの空気を纏った人だった。


「え、えーっと……。すみません、誰か事情を説明してもらってもいいっすかね……?」


 苦笑いを浮かべたクラウンさんが周囲を見回すと、


「――そ、そこのクソガキがいきなり暴れ出したんだ!」


 ドン=ゴルーグ教官が、邪悪な笑みを浮かべてそう叫んだ。


「……彼ですか?」


 クラウンさんの視線がこちらに向けられる。


「あぁそうだ! 気を付けろよ、支部長! あんな小せぇ体の癖して、鬼のように強ぇんだ……!」


 そうして口から出まかせを並べ立てた教官に、リアとローズが抗議した。


「ちょ、ちょっと、ふざけたこと言わないでよ! 勝手に暴れ出して、稽古場をボロボロにしたのはあんたでしょうが!」


「先に暴力を振るったのだって、そっちだろう!」


「ぐ、ぐぬぬ……っ」


 一対二――数の上で不利になった彼は、


「――な、なぁ! お前たち(・・・・)も見ていただろう! そのクソガキが、急に暴れ出したのを! ……なぁおぃ(・・・・)見てたよな(・・・・・)っ!?」


 まるで恐喝するかの如く、下級聖騎士たちを睨み付けた。


「「「……っ」」」


 誰の目にも明らかな脅しを受けた彼らは、委縮して口をつぐんでしまった。


(……まぁ、無理もない)


 彼らにとっては、この教官が直属の上司だ。

 それに逆らってまで俺たちを庇うメリットはない。


(しかし、そうなると……こちらが不利だな……)


 ドン=ゴルーグは一応ここの教官だ。


 お互いの発言しか証拠の無いこの状況……。

 オーレスト支部の支部長として、当然部下の言うことを信じるだろう。


 すると、


「――ち、違います! この部屋を壊したのは……ドン教官です!」


 一人の下級聖騎士が大きな声でそう叫んだ。


 そしてそれを皮切りにして、


「あ、あぁ! 俺もしっかりとこの目で見た! 教官が大暴れして、この稽古場をぶっ壊したんだ!」


「支部長! 悪いのは全部教官なんだよ!」


 周りのみんなも一斉に真実の声を挙げた。


「き、貴様等ぁ……っ!」


 鬼の形相で下級聖騎士たちを睨み付ける教官へ、


「……ドンさん、あなたが大暴れしたというのは本当っすか?」


 クラウンさんは感情の読み取れない表情で、淡々と質問を口にした。


「…………た、確かに事実だ。だがな! それは仕方のないことだったんだ! あのクソガキどもが、この儂に向かって生意気な口を利いたんだからな!」


「……なるほど。ちなみに……そこに置かれた酒瓶。アレ、あなたのっすか?」


「……あぁ、それがどうした?」


「『聖騎士就業規則』では、職務遂行中の飲酒は禁止されています……それぐらいご存知っすよね?」


 聖騎士就業規則――全世界で統一された聖騎士の職務規定だ。


「ふんっ、そんなくだらん規則知ったことか! 儂がここで何十年教官を務めていると思っている……!? ここでは『儂が規則』なんだ! 前の支部長のときも、その前の支部長のときも――ずっとそうだった!」


 鼻息を荒くしてそう叫んだ教官に対し、クラウンさんは肩を竦めた。


「ふぅ……了解しました。それでは――ドン=ゴルーグ教官、あなたを今日付けで解雇します」


「なん、だと……?」


「解雇通知書はご自宅に送付させていただきます。本日まで、ありがとうございました」


 クラウンさんは帽子を取って一礼すると『もう話すことはない』と言わんばかりに教官の横を素通りした。


 すると次の瞬間。


「……先週赴任してきたばかりの若造が……わかったような口を利くんじゃねぇ! ――砂剣の突風(サンド・ブラスト)ッ!」


 激昂した教官は折れた魂装を振り回し、二十を超える砂の剣をクラウンさんへ放った。


「――し、支部長、危ない!?」


 悲鳴のような警告が飛んだそのとき、


「はぁ……。――『力の差』もわかんないんすか?」


 砂の剣は、まるで見えない壁にぶつかったように砕けた。

 そして、事はそれだけでは済まなかった。


「な、んだ、これ……っ!?」


 教官はまるで上から押さえ込まれるように、ゆっくりその場へ倒れ込んだ。


「ぐ、ぬ、ぉお……!」


 なんとか起き上がろうとして、必死にもがいているようだったが……。

 よほど凄まじい力で押さえ込まれているのか、ピクリとも動けない。


(これは……『重力』か……? ……いや、違うな)


 見れば、謎の力の影響を受けているのは――教官の(・・・)体のみ(・・・)()

 もしも重力で押さえ付けているならば、その周囲にあるバキバキになった床がもっと軋みを上げるはずだ。


 この人……ふざけた格好をしているけど、かなり強いぞ……っ。


 そうして互いの力関係をはっきりさせたクラウンさんは、最初の軽い調子に戻った。


「――さっ、お掃除の邪魔っす。さっさと『さいなら』してください」


 その直後、謎の力から解放された教官は、


「ち、畜生……っ。覚えていろよ、アレン(・・・)ロードル(・・・・)……っ」


 最後にそう吐き捨てて、稽古場を飛び出して行った。


「え、えぇ……」


 何故か俺だけ(・・・)恨みを買ってしまったようだ。


 どこからどう見ても完全に八つ当たりだが、まぁ文句を言ったところでどうしようもない。


(……面倒なことをしてこないといいけどな)


 俺がそんなことを思っていると、


「あなたがアレン=ロードルさんっすね? いやぁ、お噂はかねがね聞いております。ようこそ、聖騎士協会オーレスト支部へ」


 クラウンさんは柔らかい笑みを浮かべて、俺たちを歓迎してくれた。


「まぁいろいろとお話したいことがあるんすけど……」


 彼はそう言うと――ポリポリと頬を掻きながら、荒れた稽古場を見回した。


「とりあえず……お掃除、手伝ってもらってもいいっすかね?」


 そうして俺たちは、クラウンさんと一緒に(ほうき)塵取(ちりと)りをもって稽古場を綺麗にしたのだった。



 その後、みんなで手分けして稽古場の大掃除を終えた俺とリア、ローズの三人は――支部長室に集まっていた。


「――ささっ、どうぞみなさん。遠慮なく座っちゃってください」


 クラウンさんは、部屋の中央に置かれたソファを指してそう言った。


「はい、失礼します」


 そうして俺たちがゆっくりソファに腰掛けると、


「――どうぞ。ノエルの実を使用した果実水です」


 もとから支部長室で待機していた女性が、目の前のテーブルに四人分のグラスを並べた。

 おそらくクラウンさんの秘書的な人だろう。


「あっ、ありがとうございます」


 三時間ほどの素振りをこなし、いい具合に喉が渇いていた俺たちは、ありがたくいただくことにした。


「……これはうまいな!」


「……っ! さっぱりした後味がちょうどいいわね!」


「うむ……修業後にはいい飲み物だ」


 そうして俺たちが果実水を堪能していると、


「よっこらせっと……っ」


 対面のソファにクラウンさんが腰を下ろした。


「いやぁ、すみませんねぇ……。初日から大きな迷惑を掛けてしまったようで……。聖騎士協会は古い体質の組織なんで、ああいうのがたまにいるんすよ……」


 彼はそうして先ほどの一件を謝罪した。

 ピエロのような奇抜な格好をした人だけど……どうやら悪い人ではないらしい。


「さて――ちょっと順番が前後してしまいましたが、自己紹介といきましょうか」


 クラウンさんはそう言うと、中折れ帽子を取って軽くお辞儀をした。


「ボクは聖騎士協会オーレスト支部の支部長――クラウン=ジェスターです。――つい一週間ほど前にここへ赴任したばかりなんで、右も左もわかんない状況っすね!」


 彼は最後に冗談を挟み、楽しそうにケラケラと笑った。

 ……なかなか掴めない人だ。


「――千刃学院から参りました、アレン=ロードルです。よろしくお願いします」


「リア=ヴェステリアです。よろしくお願い致します」


「ローズ=バレンシアだ。よろしく頼む」


 そうしてお互いに自己紹介を済ませたところで、クラウンさんは大きく息を吐き出した。


「いやぁ、それにしても驚きましたよ。まさか本当にこんな『大物』を寄こしてくるとは……。太っ腹っすねぇ、千刃学院さんは!」


 ……大物?

 言葉の意味がわからず、俺が首を傾げていると、


「いやだなぁ……アレンさん、君のことっすよ? 剣王祭であの『神童』イドラ=ルクスマリアを破った」


 いったい何がそんなに嬉しいのか、彼は口角を吊り上げた。


「それにリアさんとローズさんについても、お噂はかねがね耳にしております。『黒白の王女』に『賞金狩り』に――『アレン=ロードル』。いやぁ、三人揃うとさすがに壮観っすねぇ……」


 クラウンさんは「眼福眼福」と言って、手をすり合わせた。

 ……よく喋る人だ。


「さて! 実はみなさんにちょっとしたご提案があるんですが……お話しちゃっていいっすかね?


「は、はい……なんでしょうか?」


「ズバリ――『遠征任務』とかって興味ないっすか?」


「遠征任務……ですか?」


 突然の話に、俺は思わず聞き返した。


「簡単に言うと国外に出て、上級聖騎士の仕事をするだけっす」


「こ、国外……っ!?」


「あはは、何もそんな遠い国へって話じゃないですよ? 飛行機でだいたい一時間から二時間ぐらいの場所を考えています」


「い、いやでも……学校の授業がありますので……っ」


 国外遠征に全く興味がないと言えば……嘘になる。

 でも……千刃学院の授業を(ないがし)ろにするわけにはいかない。


「あぁ、それなら問題ありません。確か千刃学院の生徒は数日後に、一週間ほどの『秋休み』があったはずです。これはその期間を利用した『プチ遠征』っす!」


「な、なるほど……」 


 クラウンさんの言う通り、それなら確かに問題はない。

 だが一つだけ――どうしても引っ掛かることがあった。


「……すみません、一つ質問してもいいでしょうか?」


「えぇ、もちろんっすよ」


「ありがとうございます。では――どうしてそんなに遠征を推すんでしょうか?」


 その質問を投げた瞬間、彼の眉尻がピクリと上がった。


「……いい質問っすねぇ。まぁはっきり言うと……。君たちが修業を積む場として、ここは役不足なんですよ」


「……どういう意味でしょうか?」


「ここだけの話なんっすけど……『支部』に所属している上級聖騎士は、ぶっちゃけ大したことありません」


「そ、そうなんですか?」


「はい。優秀な上級聖騎士は、みんな国外で任務に当たっているっす。そしてもう一つ上の最優秀クラスは、政府の護衛任務に就いているんすよ」


 クラウンさんは果実水に口を付け、話を続けた。


「これはここだけの話……というか業界内では『公然の秘密』みたいなもんっすよ。まぁとにかくそういうわけで、君たちには遠征任務に就いてもらえればなと思っています」


「な、なるほど……」


「一応遠征先としては『晴れの国』と呼ばれる『ダグリオ』を予定しています。あそこは比較的落ち着いていますし……初っ端の遠征先としては、悪くないと思うっすよ?」


「……そう、ですか」


 クラウンさんから国外遠征について聞いた俺は――リアとローズの方をチラリと見た。

 すると二人は、力強くコクリと頷いた。

 どうやら考えは同じようだ。


「――わかりました。せっかくの機会ですので、ぜひ遠征に行かせてもらえればと思います!」


「おぉ、受けてもらえるんすね! それじゃ秋休みまでの間は、上級聖騎士の職務についてお勉強しましょう! まずは……そうですね、受付に行ってちょっとした講義を受けてもらっていいっすか? 聖騎士就業規則や主な職務などを解説した三十分ぐらいの短いやつっす」


「はい、わかりました。――それでは失礼します」


 こうして俺たちは次の秋休み、一週間ほどのプチ遠征に出向くことになったのだった。



 アレンたちが支部長室を退出した後――クラウンの秘書を務める女性は、恐る恐るといった様子で問い掛けた。


「あの……クラウン支部長、本当によかったんですか?」


「んー、何のことっすか?」


「『晴れの国』って、数日後に極秘の(・・・)殲滅作戦(・・・・)を実施予定の紛争地帯ですよね? あんな危険なところへ学生を送り込むなんて……危険過ぎると思うのですが……」


「あはは、あの三人なら大丈夫ですよ。なにせ――一億年ボタン(・・・・・・)()呪いを(・・・)打ち破った(・・・・・)超越者(・・・)()がいるん(・・・・)っす(・・)から(・・)!」

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