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異常と白百合女学院【十】


 俺とシドーさんは、イドラの後について体育館の横にある第一演習館へ移動した。

 体育館より一回りだけ小さいこの建物には、大きな正方形の石舞台があった。


 そこではつい先ほどまで剣術部が練習していたのだが……。

 イドラが事情を説明したところ、二つ返事で場所を譲ってくれた。


 そうして大勢の剣術部員たちが見守る中、


「さぁアレン――ここなら思う存分、好きなだけやれるよ!」


 興奮した様子のイドラは、俺の手を取って舞台へ上がろうとした。


 するとそこへ――シドーさんが『待った』を掛けた。


「……お゛ぃ、ちょっと待てイドラ。なんでてめぇが先なんだ?」


「この場所を押さえたのは、私。当然の権利だよ」


「んなもん関係あるか! 第一てめぇは、つい最近剣王祭でボロッカスに負けたとこだろうが! どうせ勝てねぇんだから、引っ込んでやがれ!」


「……ムカ。大五聖祭でボロ雑巾にされたのは、どこの誰だっけ……?」


 一つ、この二週間でわかったことがある。

 喧嘩っ早いシドーさんと好戦的なイドラ――二人の相性は最悪だ。


 そうして俺が大きくため息をついていると、


「……ぶっ殺す」


「……やってみろ」


 シドーさんの足元が凍り出し、イドラの体に電気が流れ始めた。


(お、おいおい勘弁してくれよ……!?)


 こんなところで二人が争えば、間違いなくこの第一演習館は吹き飛ぶ。

 それではせっかく気を利かして、魂装なしの剣術勝負を持ち掛けた意味が無くなってしまう。


「ま、まぁまぁ落ち着いてください。えーっと……そうだ! 戦う順番は、公平に『じゃんけん』で決めませんか?」


 俺はすぐさま二人の間に割って入り、なんとかこの場を丸く収めようとした。


「むぅ……アレンがそう言うなら」


「……ったく、しょうがねぇな」


 イドラが承諾し、それに続いてシドーさんも渋々納得してくれた。


「それでは、いきますよ? 最初はグー……じゃんけん――」


 俺が音頭を取り、二人の手が振り下ろされる。

 落下中の二人の手を見れば……シドーさんの手はパー、対するイドラの手はグーの形を取っていた。


(……初戦の相手はシドーさんか)


 シドーさんが笑い、イドラの顔が曇った次の瞬間――彼女の全身を凄まじい電気が走った。


(ひ、飛雷身(ひらいしん)!? それもかなりの出力だぞ……!?)


 しかし、いったい何を……?

 俺がイドラの手を注視していると――信じられないことが起こった。


(こ、これは……っ!?)


 彼女の『手』がゆっくりと形を変えた。

 人間の反応速度を超越した『後出し』。

 振り下ろされる寸前での『チェンジ』。


 その結果――。


「「――ポンッ!」」


 シドーさんの手は変わらず『パー』。

 対するイドラの手は『チョキ』。


 先に俺と剣を交えるのは――イドラとなった。


「ふっ、私の勝利……!」


 彼女は短くそう言うと、俺の手を取って舞台へ上がった。


(少しズルいような気もするが……)


 このじゃんけんには、魂装禁止というルールは無い。

 それにイドラが手を変えたのは、二人の手が振り下ろされる最中――倫理上はともかく、ルール上は彼女の勝利だ。


「て、てめぇイドラ……! それはズリィだろうがっ!?」


「ふっ、結果が全て」


「ぐ……っ」


 不平をこぼしたシドーさんだったが、一応納得してくれたようだ。


「え、えーっと……。それでは剣術勝負を始める前に、ルールを決めましょう!」


 ギスギスした空気を変えるため、俺はなるだけ明るくそう言った。


「まず魂装の使用は禁止。それから相手に重傷を負わせる攻撃も禁止。勝利条件は……相手をこの石舞台から落とす、でどうでしょうか?」


 剣武祭・大五聖祭・剣王祭などのルールを参考にした簡単なルールを提案すると、


「異存はない。……さぁ、早くやろう!」


 彼女は待ちきれないとばかりに二本の剣を抜き放ち――独特な構えを取った。


 右足は半歩前、左足は半歩後ろ。

 右手はやや高い位置取りを保ち、左手はグッと後ろへ引き絞った二刀流。


(右手で『斬撃』、左手で『突き』……。相変わらず、超攻撃的な構えだな……っ)


 俺は警戒心を高めながら、剣を引き抜き正眼の構えを取る。


「いくよ……アレン……っ!」


「あぁ……来いっ!」


 お互いの視線が交錯したその瞬間、イドラが駆け出した。


「雷鳴流――万雷(ばんらい)ッ!」


 二本の剣が雷の如き速度で空を切り、十の斬撃が放たれる。

 俺はそれを――とても(・・・)冷静に(・・・)見ること(・・・・)()できた(・・・)


(……やっぱり思った(・・・)通り(・・)だ)


 闇の有無にかかわらず、俺の身体能力は大きく向上している。

 もしかすると、毎日の地味な修業が少し実を結んだのかもしれない。


 俺は迫りくる十の斬撃を――剣を使わず、足捌(あしさば)きのみで避けた。


 それも後ろへ引くことなく、前へ前へ――彼女との距離を詰めるように。


「そん、な……っ!?」


 全ての斬撃を剣さえ使わず避けたことに、イドラは大きく目を見開いた。


 俺はその隙を逃さず、しっかり体重を乗せた袈裟切りを放つ。


「ハァ゛ッ!」


「く……っ!」


 彼女は二本の剣を交差して完璧な防御を見せた。

 剣と剣がぶつかり合い、硬質な音と共に火花が上がった次の瞬間。


「……きゃぁっ!?」


 あまりの衝撃に耐えられず、イドラは大きく後ろへ吹き飛び――そのまま舞台の外へ転がり落ちた。


 場外――俺の勝ちだ。


(……不思議な感じだな。『力』が体に馴染む)


 これ(・・)は決してアイツ(・・・)の――『闇』の力ではない。

 もっと別の……俺という個人の根源的な『何か』だ。


(もう少し、いろいろと試してみる必要があるな……)


 俺がそんなことを考えていると――イドラはゆっくり立ち上がり、信じられないと言った表情でこちらを見た。


「アレン、なんなの……その力……? 人間じゃ、あり得ないよ……っ」


「あ、あはは……。そう言われましても……っ」


 なんと返事を返せばいいのか困っていると、


「情けねぇなぁ、イドラ。大人しくそこで、指を(くわ)えて見てろ」


 凶悪な笑みを浮かべたシドーさんが、舞台へ上がってきた。


「……油断しない方がいいよ。……力勝負じゃ、まず勝てない」


「……ふん、そんなもん見りゃわかる」


 イドラと短く言葉を交わした彼は、ゆっくり剣を引き抜いた。


(シドーさんとこうしてやり合うのは、大五聖祭ぶりだな……)


 俺はちょっとした懐かしさを覚えながら、彼の独特な構えに目をやった。


 引き抜いた剣を右手にダラリとぶら下げた棒立ち。

 剣先は完全に下を向いており、一見すればただやる気が無いように見える。


 しかし、この脱力、自然さ、気負いの無さ――これこそが天才剣士シドー=ユークリウスの構えだ。


「……行くぜぇ!」


「あぁ、来い!」


 互いの叫びが響き渡り――俺たちは同時に走り出した。


「――シャアッ!」


「セイッ!」


 互いの剣が激しくぶつかり、両の手に確かな衝撃が走る。

 そうして鍔迫(つばぜ)り合いになりかけたそのとき。


「……なっ!?」


 シドーさんは絶妙な力加減で剣を滑らせ、俺の右側面へ回り込んだ。


(う、(うま)い……っ!?)


 力の入れ方と抜き方、重心の移動、無駄のない足捌き――全て完璧と言っていいほどの移動術だ。

 そうしてがら空きの右半身を晒してしまった俺は、咄嗟に左へ跳んだ。


「――はっ、逃がすかよ!」


 しかし、シドーさんはその回避にすら反応した。

 こちらの移動に合わせて放たれた斬撃が俺の右肩を捉える。


「ぐ……っ」


 鋭い痛みを噛み殺し、しっかりと受け身を取った


(傷は……そう深くない)


 この程度ならば、戦闘続行になんら支障は無い。


「……さすがはシドーさんですね」


「はぁ……寝ぼけてんのか? 当たり前のことをいちいち口にすんじゃねぇよ」


「あはは、すみません」


 俺はそんな軽口を交わしながら――シドーさんの戦闘センスに舌を巻いた。


(……まるで全身バネのような身のこなしと超人的な反応速度)


 それに何より――恐ろしいまでの『状況対応力』。


 つい今しがた俺とイドラの戦いを見た彼は、露骨に戦い方を変えた。


 大五聖祭のときは『力』。

 でも今は、『スピード』と『柔軟性』を前面に押し出した戦法を取っている。


(……彼のペースに乗せられては駄目だ)


 剣術の基本は、自分の得意とする領域で戦うこと。

 間合い・緩急・攻めと受け――これらを相手に握らせてはいけない。


(次の一手で……崩す!)


 俺は石舞台を強く蹴り、一足で互いの間合いをゼロにした。


「八の太刀――八咫烏ッ!」


 鋭い八つの斬撃がシドーさんへ殺到する。


「は……っ! 甘ぇよ!」


 時には流し、時には受け、時には回避し――彼は全ての斬撃を見事捌き切った。


 しかし、さすがのシドーさんでも高速で迫る八つの斬撃を一切の隙無く捌くことは不可能だった。

 彼が僅かにバランスを崩した一瞬を見逃さず、畳みかけるように連撃を放つ。


「桜華一刀流奥義――鏡桜斬(きょうおうざん)ッ!」


 鏡合わせのように左右から四つずつ――合計八つの斬撃がシドーさんを襲う。


「ちっ、舐めるなぁああああああああッ!」


 だが、彼は恐ろしいほどの反応と剣速で全ての斬撃を迎撃した。


(……さすがだな。でも――終わりだ)


 全ての連撃を捌いたシドーさんは、がら空きの胴体を晒した。

 俺はそこへ全体重を乗せた中段蹴りを放つ。


「ハァ゛っ!」


 体重と十分な遠心力の加わったその一撃は、


「か、は……っ!?」


 彼の脇腹へ深々と突き刺さった。

 シドーさんは体を大きく曲げたまま水平に飛び――建物の壁で全身を強打した。


 場外――俺の勝ちだ。


 こうしてイドラとシドーさんとの剣術勝負は、ものの五分と経たないうちに終わってしまった。


「ふぅ……っ。これで終わりですね」


 俺は闇を使って肩の傷を治しつつ、静かに剣を鞘へ納めた。


 すると、


「げほ、がは……っ。ま、待て……っ! 逃げるんじゃ、ねぇよ……っ! 俺が勝つまで、続けるぞ……っ!」


「私も……まだ、やりたい!」


 腹部を押さえてなんとか立ち上がったシドーさん、今の戦いを食い入るように見ていたイドラ――二人は再戦を強く望んだ。


 なんとなく……わかった。

 多分これは、二人が満足するまで付き合わされる奴だ。


「い、いや、そう言われましても……っ」


 俺がどうしたものかと頭を悩ませていると――突然、第一演習館の扉が勢いよく開かれた。


「ちょっと待った!」


「勝手にアレンを独占してもらっては困るぞ!」


「神よ! 私とも剣を交えてはくださらないでしょうか!?」


 そこにはリア・ローズ・カインさん――そしてその後ろには、白百合女学院一年A組のみんながいた。


「アレン様……っ! ぜひ私たちとも、剣を交えていただけないでしょうか!?」


「今日が一緒に過ごせる最後の一日……っ! どうか、お願い致します……っ!」


 シャーリーさんにミーシャさん、リースさんにその他大勢のクラスメイトにそう言われては……断ることはできない。


「……わかりました。今日はとことん付き合いましょう!」


 腹を(くく)った俺は、ここにいる全員と戦うことを決めたのだった。


 そして――あれから一時間ほどが経過した。


「一の太刀――飛影ッ!」


 空を駆ける斬撃を放つと、対戦相手のリースさんは剣を水平に構えて防御態勢を取った。


 しかし、


「――きゃぁっ!?」


 彼女の細腕では衝撃を受け止めきれず、その手から剣がこぼれ落ちた。

 勝負ありだ。


「大丈夫ですか、リースさん?」


 石舞台に転がった剣を拾い、彼女に手渡してあげた。


「は、はい……っ。あ、ありがとうございます……っ」


 彼女は顔を赤くして、小走りで舞台を降りた。


(さてと……彼女でちょうど五十人目だな……)


 俺は額に薄っすらと浮かんだ汗を拭って『待機列』を見た。


(……後、七十人ちょっとか?)


 どうやらまだまだ先は長そうだ。

 そうして俺が呼吸を整えていると――次の挑戦者が舞台に立った。


「私は三年生だが……参加してもよいだろうか?」


 ポーラさんを一回り小さくしたような――熊の如き巨体。

 短く刈り上げられた金髪。

 彫りの深い精悍(せいかん)な顔つき。


 この人は確か……剣王祭で大将を務めていたリリィ=ゴンザレスさんだ。


「え、えぇ……ぜひお手柔らかに……っ」


 予想外の上級生の参加に少し……いや、かなり驚いたが……。

 考えようによって、これはとてもいい機会だ。


「では、アレン=ロードルよ……参るぞ?」


「はいっ!」


 こうして白百合女学院での最後の一日は、百人を超える剣士と斬り合うお祭り騒ぎとなったのだった。



 百戦を超える剣術勝負をこなした俺は、白百合女学院のみんなとシドーさん、カインさんの二人と別れた。


 時刻は既に夜の九時。

 九月の下旬ということもあり、日はもうすっかりと落ちている。


 現在俺は、リアとローズと一緒に千刃学院の寮へ向かっていた。


「ふぅー……。さすがに疲れたな……っ」


 両手を突き上げて大きく伸びをすると、


「ふふっ、でも本当に凄いなぁ……。まさか『百人斬り』を達成しちゃうなんて……」


「正確には百二十三勝ゼロ敗――凄まじい戦績だな」


 リアとローズは、しみじみとそう呟いた。


「あはは。おかげで体がボロボロだよ……」


 正直、百二十三連戦はさすがにちょっときつかった。

 でもまぁアレは、『お別れ会』を含んだところもあったから仕方がない。


「さて……明日からは千刃学院で修業だな!」


「ふふっ、アレンったら……なんで修業の話になると元気になるの?」


「あはは、なんでだろうな?」


 そう――明日からは、また千刃学院で修業の毎日だ。

 氷王学院で修業を積んだA組のみんなは、きっと見違えるように強くなっているだろう。


(俺も……もっともっと頑張らないとな!)


 こうして白百合女学院での『転入生生活』を満喫した俺たちは、千刃学院へ帰って行ったのだった。

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