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異常と白百合女学院【七】


 測定器を一刀両断してしまった俺は――ホッと胸を撫で下ろした。


(よ、よかった(・・・・)……っ)


 ちゃんと事前に『弁償しなくてもいい』――そう言質(げんち)を取っておいて、本当によかった。


(ああいう『機械』は、本当にビックリするぐらい高いからな……。とにかく、よかった……)


 そうして弁償という大きな危機を紙一重で回避した俺が一息つくと、


「な、ななな、なんということでしょうか!? これまでたったの一度として、破壊されたことのなかった対衝撃機構三号が――一刀両断の悲劇に遭いました! さらにその結果は、驚異の百点満点! さすがはアレン=ロードル! 姉様を破った実力は本物だぁーっ!」


 放送機器から、興奮した女生徒の声が響き渡り――周囲の一年生からジト目で睨まれることになった。


(……あ、あはは。そりゃ、喜ばれるわけないよな……っ)


 彼女たちは強くイドラさんを慕っており、彼女の記録を超えた俺を好むわけがない。


 すると、


「てめぇ、アレン……っ」


「さすがに……やるね……!」


 対抗心に火が付いたシドーさんとイドラさんが、ギラついた目でジッとこちらを見つめた。


「た、たまたまですよ……っ。たまたま……!」


 好戦的な二人のことだ。

 これ以上()き付ければ、『この場で戦え!』と言い出しかねない。


 そうして俺が無難にその場をやり過ごしていると、


「そ、そん、な……っ。私の……私の対衝撃機構三号が……!?」


 ちょうど隣にいたケミーさんが、ガックリと肩を落としていた。


「……ん? 『私の』……?」


 彼女の言葉に引っ掛かりを覚えたそのとき。


「――さっきの測定器は、理事長のお手製。彼女はこう見えて、天才科学者」


 横合いから、イドラさんが説明してくれた。


「て、天才科学者……!? それは凄いですね……っ」


 まさかこんなギャンブル大好き人間が天才科学者とは……。

 人は見かけによらないものだ。


 その後――倉庫の奥に眠っていた対衝撃機構二号を利用し、近距離攻撃の測定が続けられた。

『二号』と『三号』は中のプログラムが同じらしく、計測結果に違いはないとのことだ。


 それから一年生全員の測定を終えたところで、再び放送が鳴り響いた。


「――さぁ、それでは続いて第二種目『遠距離攻撃』へ参りましょう! みなさまにはこれより、三十メートル離れた測定器へ向けて、遠距離攻撃を放っていただきます! その威力が高ければ高いほど、測定器上部の液晶に高い点数が表示されるので、全力の一撃でお願いします!」


 そうして放送が終わると、体育委員が距離を計測し――測定器から三十メートル離れた場所に白線を引いた。


「……遠距離攻撃か。ちっとばかし苦手だが、まぁいい……」


 シドーさんは頭をガシガシと掻きながら、白線の上に立った。


「食らえ――氷結槍(ひょうけつそう)ッ!」


 彼が<孤高の氷狼(ヴァナルガンド)>を振り下ろすと――空中に発生した巨大な氷の槍が、測定器の中心に命中した。


「さて、気になる結果は――八十三点! 遠距離攻撃は近距離攻撃より、点数が出にくいことを考えると――これはかなりの高得点と言えるでしょう!」


 先ほどの九十点台から見れば、少し控え目な点数に見えるが……これは遠距離攻撃だ。

 放送部が言う通り、八十三点という数字は決して悪くないだろう。


 だが、


「ちっ、微妙だな……っ」


 シドーさんはその点数に満足していないようで、大きく舌打ちをした。


「――次は私」


 先ほど僅差で敗れたイドラさんは、静かな闘志を燃やしながら白線の上に立った。

 飛雷身(ひらいしん)により、高圧の電流をその身に纏った彼女は――おもむろに一本の槍を頭上に掲げる。


 すると次の瞬間――雲一つない青空から、巨大な雷が槍の穂先へ降り注いだ。


(こ、これは……っ!?)


 剣王祭で見せた、彼女が放つ最強の一撃だ。


「一億ボルト――<雷帝の蒼閃インペラータ・グローム>ッ!」


 螺旋状(らせんじょう)の蒼い雷撃は、正確に測定器を打ち抜いた。

 砂埃が巻き上がり、焦げた臭いが周囲に広がる。


「け、結果は――きゅ、九十五点!? こ、これは凄まじい大記録ですっ! さすがは姉様! やはり白百合女学院のエースは伊達ではありません!」


 放送と同時に、周囲の一年生から喜びの声が湧き上がった。


(す、凄い……! あのシドーさんに十二点差をつけるなんて……っ!?)


 俺がその圧倒的な記録に舌を巻いていると、


「――ふふっ、私の勝ち」


 イドラさんは勝ち誇った顔で、シドーさんへ勝利宣言を行った。

 ……どうやら彼女もまた相当な負けず嫌いのようだ。


「あぁ゛!? てめぇ、近距離じゃ俺の勝ちだっただろうが!? ぶっ殺すぞ!」


「足し算すると私が188点。君は177点。……完全勝利」


「おい待て、まだ二種目しか終わってねぇだろうが!?」


「ふふっ、なら暫定的勝利……!」


「て、てんめぇ……っ」


 もしかすると、この二人は案外気が合っているのかもしれないな……。


 俺がそんなことを思っていると――周囲の視線がこちらへ集中していることに気付いた。

 どうやらシドーさん・イドラさん・俺という順番が暗黙のうちに出来上がっているようだ。


「……よし、やるか」


 測定器から三十メートル離れた白線に立った俺は――一気に闇を解放した。

 その瞬間――濃密な闇が白百合女学院全域を覆った。


「な、なんですの……これはっ!?」


「剣王祭で見せたアレン=ロードルの『闇』よ……っ。でもあのとき、ここまでの出力は無かったはずですわ……っ!?」


「な、なんておぞましい力ですの……っ!?」


 大地を走る漆黒の闇を見た女生徒たちは、目を丸くして驚いていた。


 そんな中、俺はある確信を得ていた。


(……やっぱりだ。出力がかなり上がっている……)


 確かドドリエルの奴が言っていたっけか……。


 ――『生と死の境』を歩くほど、魂装は強くなっていく。


 数日前――俺は心臓を貫かれるというとんでもない重傷から、なんとか生還した。

 それによって、肉体と魂がより密接に結びつき――アイツ(・・・)の闇が俺に流れ込んできたのだろう。


(……いい具合だ)


 闇が体に馴染む。

 まるでずっと昔からこの力と共に生きて来たような――そんな、しっくりとした手応えがあった。


(これなら、いい点数が出せそうだ……!)


 闇の衣を身に纏った俺が、疑似的な黒剣を高々と振り上げたそのとき。


「――す、ストーップ!」


 ケミーさんが大きな声で『待った』を掛けた。


「え、えーっと……。なんでしょうか?」


「や、やめてください! そんな大出力の一撃を受けたら、私の大事な『対衝撃機構二号』が吹き飛んじゃいます……っ。もうアレンくんは百点でいいですから、そのおぞましい剣を早く降ろしてください!」


 彼女はそう言って、素早く首を横へ振った。


「そ、そう言われましても……」


 困った俺が周囲に目を向けると、


「理事長! そんな横暴は、許されませんわ!」


「姉様の出した九十五点が負けると仰りたいのですか!? この裏切り者!」


「……はっ!? そうですわ……! そうやってアレン=ロードルを勝たせて、大金をせしめるおつもりなんでしょう!? 確か百万ゴルドほど、お賭けになられていましたわよね!」


 周囲の女生徒から、矢のようなブーイングがケミーさんに降り注いだ。


 ……どうやら彼女は、本格的に生徒から信用されていないようだ。


「え、えーっと……。それじゃ、やりますよ……?」


「……はい」


 大勢の生徒から袋叩きにされたケミーさんは、しょんぼりとしたままコクリと頷いた。


(さ、さすがにちょっと可哀想だが……)


 教師と生徒の信頼関係については……彼女が努力するしかない。


(……っと、いけないいけない。今はとにかく、目の前のことに集中しよう)


 脱線しかけた思考を元へ戻した俺は、大きく息を吐き出し――一気に剣を振り抜いた。


「六の太刀――冥轟(めいごう)ッ!」


 漆黒の巨大な斬撃を放った瞬間、かつてない反動が両手を襲った。


(こ、これは……デカいっ!?)


 いつもの二倍以上にもなる超巨大な黒い斬撃。

 大地をめくりあげながら進むその一撃は――対衝撃機構二号を容易く粉砕した。


「あ、あぁ……っ」


 ケミーさんの悲痛な声と共に――カランカラン、と金属片になった測定器が転がる。

 ひび割れた液晶には――『百点』と浮かび上がっていた。


「な、ななな、なんという威力でしょうか!? まさに圧倒的! 遠距離攻撃で『百点満点』は、これまで見たことがありません!」


 放送の声が嫌に大きく響いた。

 周りを見れば、女生徒の多くはポカンと口を開けたまま、固まってしまっている。


 すると、


「てめぇ……っ。剣王祭の時より、遥かに強くなってんじゃねぇか……っ」


「アレン……っ。君はいったい、どんな修業を……っ!?」


 シドーさんとイドラさんは歯を食いしばり、ジィッとこちらを見つめていた。


 俺がなんと返事をしたものか困っていると、


「さすがは、アレン! 見事な一撃ね!」


「また一段と強くなったな……。本当にとんでもない奴だ……」


 リアとローズが、ちょうどいいタイミングで間に入ってくれた。


 その後は、倉庫の奥深くに眠っていた対衝撃機構一号を持ち出し、遠距離攻撃の測定が行われた。


 そうして剣速・脚力・反応速度など様々な種目をこなし――いよいよ結果発表となった。


 時計塔を見れば、時刻は既に十七時――ゆっくりと日が傾き始める時間だ。


「さてそれではこれより――『ベット対象』であるイドラ=ルクスマリア、シドー=ユークリウス、アレン=ロードルの総合得点を発表していきます!」


 放送が大きな声でそう告げると、張り詰めた空気が漂い始めた。


 さすがに全力で十種目をやり遂げた今、自分の合計点数は覚えていない。

 俺にとっても緊張の一瞬だ。


「ではまず、白百合女学院代表! 我らが姉様イドラ=ルクスマリアの結果は――950点! 九百点台! さらにそこへ五十点を積み重ねた、素晴らしい好記録です!」


 その瞬間、周囲の女生徒たちが一斉に沸き立った。


「さすがは姉様! 夢の九百点台ですわ!」


「これなら、あのにっくきアレン=ロードルにも勝てますわ!」


 千点満点中ということを考えると……イドラさんの獲得した点数は、確かに凄まじい高得点だ。


「続いて氷王学院代表、シドー=ユークリウスの結果は――947点! ぃやりました! 姉様の勝利です!」


「ち……っ」


 惜しくもイドラさんに敗れた彼は、大きな舌打ちをした。


(三点差か……。惜しいな……)


『遠距離攻撃』の後、彼は多くの種目でイドラさんを上回った。

『勝った種目の数』では、シドーさんが上を行くが……。

 やはり遠距離攻撃で生まれた『十二点差』が足を引っ張ったのだろう。

 総合得点では、僅差で敗れてしまった。


「そして千刃学院代表アレン=ロードルの結果は――きゅ、975点!? こ、これはとてつもない記録が出てしまいました! おそらく白百合女学院の歴史上最高得点でしょう!」

 

「くそが……っ」

「また、負けた……」


 シドーさんは足元に転がっていた対衝撃機構三号を蹴り付け、イドラさんはガックリ肩を落とした。


 その直後、


「賭け金百万ゴルドで……っ。アレンくんのオッズが五十倍……っ。し、締めて……五千万ゴルド……っ! ふ、ふっふっふっ……っ。ふーはっはっはっはっ!」


 思わぬ大金を手にすることになったケミーさんは、邪悪な笑みを浮かべ――。


「お酒、おつまみ、ギャンブル……っ! 週末は豪遊だーっ! ぃやっふーっ!」


 異様に高いテンションのまま、子どものように元気に走り回っていた。


 何故だかわからないが……週末には一文無しになっていそうな気がした。


「えー、一年生で最も優秀な成績を修めたアレン=ロードルには、後日盾と賞状が授与されます! ――それではこれにて、今年度『第六回目』の能力測定を終了いたします! お疲れさまでした!」


 そうして能力測定を終えた俺たちは、食堂で簡単な晩御飯を食べた。


 その後は、広い校庭を利用して各々剣術の修業に励む。


 リアとローズは、俺の横で覇王流と桜華一刀流の型の確認。

 シドーさんは、ひたすら遠距離攻撃の修業。

 カインさんは、俺の隣で幸せそうに素振り。

 イドラさんは、雷の緻密な操作をしていた。


(……やっぱり、楽しいな)


 こうしてみんなと一緒に剣術を磨く。

 この時間が、俺はたまらなく大好きだった。

 このまま時が止まればいいのに――そう思ってしまうほどに。


 それから数時間が経過し、日がすっかりと落ちたところで、俺たちは解散することになった。


「リア、ローズ、イドラさん、また明日」


「うん。おやすみなさい、アレン」


「また、明日会おう」


「じゃあね」


 男子寮と女子寮は真反対に位置するため、リアたちとは校庭で別れた。


 その後、


「――シドーさん、カインさん。それでは、俺はここで失礼します」


「おぅ」


「神よ、またお会いましょう!」


 教員用の男子寮で二人と別れた俺は、自分に割り当てられた部屋へ入った。


「――ただいま」


 帰りの挨拶をするが、当然返事は無い。


(……やっぱりリアがいないと、ちょっと寂しいな)


 ここは千刃学院ではないので、さすがに彼女と一緒の部屋というわけにはいかない。


「それにしても、疲れたなぁ……っ」


 俺は大きく伸びをしながら、一人そう呟いた。


 能力測定で全力を出し切ってからの素振り――さすがにもう体がヘトヘトだ。


(今日はお風呂に入って、ちょっと早めに寝ようかな……)


 俺がそんなことを考えながら、少し時間を掛けて柔軟していると――コンコンコン、と部屋の扉がノックされた。


(……誰だろう?)


 時計を見れば、もう夜中の十時を回っている。


(もしかして……リア、かな?)


 なんとなくの当たりを付けながら、玄関の扉を開いた。


 するとそこにいたのは、


「――こんばんは、アレン」


 小さなリュックを抱えたイドラさんだった。


「い、イドラさん……? どうしたんですか、こんな時間に……?」


「うん、ちょっとね。……中、いい?」


「え、えぇ、どうぞ……っ」


「ありがと。――お邪魔します」


 こうして俺は、少し嫌な予感を抱きつつ――予想外の客人イドラさんを自分の部屋に招き入れたのだった。


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