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異常と白百合女学院【六】


 その翌日。

 白百合女学院の全一年生は、広大な校庭に集合していた。

 その目的はもちろん、能力測定を行うためだ。


「な、なんか思っていたよりも遥かに真剣な感じなのね……っ」


 周囲の異様な空気に圧倒されたリアは、そんな感想をこぼした。


「……だな」


 チラリと周りを見ればそこには――上下真っ白の体操着に着替えた白百合女学院の生徒たち。

 彼女たちはみんな魂装を展開し、静かに精神を集中させていた。


 どうやらこの能力測定は、白百合女学院の生徒にとって大きな意味があるらしい。


 緊迫した空気に少し圧倒されながら待つこと数分。

 一限開始のチャイムが鳴ると同時に、一人の女生徒が朝礼台の上に立った。


「――それではこれより、今年度『第六回目』の能力測定を開始致します」


 彼女の右腕には『体育委員』と書かれた腕章があった。

 どうやらこの能力測定は、体育委員が取り仕切るようだ。


「今回は初めて能力測定を受ける生徒もいるため、まずは基本事項の説明から始めたいと思います。生徒のみなさんは、ご清聴願います」


 そうして能力測定の簡単な説明が始まった。


 能力測定は一種目百点満点の競技を十種こなし、その合計点を競う。

 魂装の使用は、全種目可。

 各学年で最も優れた成績を収めた者には、盾と賞状が授与される。


 昨日、イドラさんから聞いていたものと概ね同じ内容だった。


 体育委員の説明が終わったところで、放送が鳴り始めた。


「――さぁて、ここからの進行は、毎度おなじみ私共放送部が務めさせていただきます!」


 少し北訛(きたなま)り――フェリスさんとリゼさんのようなイントネーションの声が、校庭に響き渡る。

 なんというか、喋ることが好きそうな印象を受ける声質だ。


「さてさてさぁて! なんといっても本日の能力測定には、超有名なスペシャルゲストが来ております!」


 放送部がそう言うと、全生徒の視線が一気にこちらへ集まった。


「まずはこの人――氷王学院の問題児! シドー=ユークリウスゥウウウウッ! なんと彼は入学後のわずか半年間で、『二度』も停学になった超問題児! しかし、その実力は一年生の中でも指折りだと言われております!」


 そうして簡単な紹介がなされると、


「まぁ、なんて目付きの悪い方でしょう……っ!?」


「なるほど、アレが(ちまた)で噂の『ヤンキー』という生き物ですね……っ」


「こ、怖いですわ……っ」


 女生徒はシドーさんから一歩遠ざかった。


(……まぁ彼は、男の俺から見ても少し近寄り難いしな)


 この反応も仕方がないだろう。


「そしてお次は、みなさまご存知! 千刃学院の超問題児――アレン=ロードルゥウウウウッ! 当学院の『神童』こと姉様、イドラ=ルクスマリアを破った怨敵(おんてき)でございます!」


 そうしてやや悪意の籠った紹介がなされると、


「……おや? さっきの殿方と違って、少し優しそうではありませんか……?」


「でも、あの頭……白と黒ですわよ? きっとまともな方では、ありませんわ……」


「それに彼は、姉様を倒した私たちの宿敵……! 決して気を許すわけにはいきません……!」


 敵意の籠った鋭い視線が向けられた。


 どうやらあまり歓迎されていないようだ。


「さぁ、それでは続いて――恒例の『ベットタイム』と行きましょう! 先週配布された『賭け札』にお名前と学年・組・番号、最後に賭け金をご記入の上、朝礼台の前に設置された箱へお入れください!」


 朝礼台の方を見れば――確かに三つの大きな箱が置かれていた。


 黄色い箱には、イドラ=ルクスマリア。

 青い箱には、シドー=ユークリウス。

 黒い箱には、アレン=ロードル。


 三つの箱には、三人の名前が書かれてあった。


 すると、


「もちろん、姉様が勝つに決まっていますわ!」


「私も当然姉様に入れます!」


 白百合女学院の生徒たちは、ポケットから取り出した白い紙切れをイドラさんの箱へ入れていった。


 彼女の箱は凄まじい勢いでパンパンになっていく一方で、俺とシドーさんの箱はすっからかんだ。


「……『賭け札』?」


 知らない言葉の登場に、俺がポツリとそう呟くと、


「そう、賭け札。能力測定で『学年一位』になると思う人へ、お金を賭けるの。ちょっとした賭け事だよ。そう言えば……アレンたちには、まだ配られてなかったね。体育委員に言えば、きっともらえるよ」


 隣に立っていたイドラさんが、簡単に説明してくれた。


「な、なるほど……」


 つまり――白百合女学院の生徒はみんな、イドラさんの勝利を確信しているようだ。

 逆に言えば、俺とシドーさんの勝利は全く望まれていないらしい。


 すると、


「むぅ……っ。私、ちょっと入れてくる!」


「ふっ。客観的に見れば、アレン一択であろう」


 リアとローズはそう言って、体育委員から賭け札を二枚もらった。

 そして賭け金の欄に『十万ゴルド』と記し――『アレン=ロードル』と書かれた黒い箱へ投じた。 


「じゅ、十万ゴルド!?」


 二人の投じたとんでもない額のお金に、俺は大きく目を見開いた。


「ちょ、ちょっと大丈夫なのか!?」


「「……え、何が?」」


 リアとローズはコトの大きさを理解していないのか、不思議そうに小首を傾げた。


「い、いやいや……っ。二人ともなんでそんなに冷静なんだ!? 十万ゴルドだぞ!?」


 十万ゴルドは大金だ。

 軽くひと月分の生活費にもなる。

 ゴザ村基準で言うならば、数か月は余裕で持つ。


「もう……アレンは大袈裟ね。十万ゴルドぐらい大丈夫よ」


「あぁ、目を剥くほどの額ではない」


「……そ、そうか」


 そう言えば……。

 いつも一緒にいるから、つい忘れてしまいがちだが……二人は超が付くほどのお金持ちだった。


 リアはヴェステリアの王女様だし、ローズは賞金狩り時代に凄まじい資産を築いたと聞いている。

 貧困層の俺とは、金銭感覚が大きく違うのだ。


「それに第一――アレンが負けるなんて、絶対にあり得ないわ!」


「あぁ、その通りだ」


 二人はそう言って自信ありげに頷いた。


「……あぁ、頑張るよ」


 リアとローズのその信頼は、とても嬉しかった。


 それからしばらくすると、今回の賭けのオッズが発表された。


 俺が50倍。

 シドーさんが55倍。

 そしてイドラさんが1.05倍だ。


(……しかし凄い光景だな)


 確かにこの国では、こういった賭け事は禁止されてはいないが……。

 まさかこんな真っ昼間の校庭で、一学年全員が参加するほど大規模な賭けが行われるとは……。


(法律的には問題ないが、白百合女学院の校則的に大丈夫なのか……?)


 俺が困惑げにそんな光景をみていると、


「こ、こらーっ! 何をやっているんですか!?」


 理事長のケミーさんが、大慌てで校庭に駆け付けた。


「な、何ですかこの異常な盛り上がりは? 詳しく説明してください!」


 彼女は体育委員の一人を捕まえ、いろいろと話を聞き出した。


「……なるほど、事情はわかりました。では――」


 そうしてケミーさんは、体育委員から受け取った賭け札に百万ゴルドと記入すると――『アレン=ロードル』と書かれた箱へ突っ込んだ。


 ……どうやら彼女も、この賭けに参加するようだった。

 しかも、白百合女学院の関係者で唯一俺に全ツッパ。

 なんというか……二つの意味で、ここの理事長がそれでいいのだろうか。


 すると次の瞬間。


「り、理事長!? 何故姉様ではなく、アレン=ロードルに!?」


「さ、最低ですわ! この裏切り者!」


 凄まじいブーイングが、ケミーさんに降り注いだ。


 しかし、


「ふぅ……わかっていないですね、みなさん。一つ、いいことを教えてあげましょう。――『一番勝率の高いところへ賭ける!』、ギャンブルの基本ですよ?」


 彼女は一切悪びれることはなく、堂々とそう言い放った。

 それはつまり――自らの教え子より、『俺』を取ったということだ。


「そ、それは姉様がアレン=ロードルより劣っていると言いたいのですか!?」


「う、裏切りですわ! これは姉様への――いいえ、白百合女学院全体に対する裏切りですわ!」


 先ほどより遥かに苛烈なブーイングが巻き起こる。


「ふ、ふんっ! みんなになんと言われようと、先生はアレンくん一択です! 剣王祭、見ましたよね!? イドラさんが勝てるわけないでしょ!?」


 ……この人は、あまり喋らない方がいいタイプだ。

 燃え盛る火になみなみと油を注いだケミーさんは、その後も強烈なブーイングを受けた。


 そんな中――放送部が少し強引に能力測定を進めた。


「……さ、さぁ! いろいろと盛り上がってきたところで、そろそろ能力測定を開始致しましょう! 最初の種目は――こちらです!」


 アナウンスと同時に、二メートル四方の大きな機械が運ばれてきた。

 正面部分にある円形の(くぼ)みには、いくつもの小さな傷跡がある。


「第一種目は、近距離攻撃! こちらの測定器へ、全力の近距離攻撃を放っていただき、その威力の高さを測定致します! その威力が高ければ高いほど、測定器上部の液晶に高い点数が表示されます! ――それでは、準備のできた方からどうぞ!」


 そうして放送が簡単な説明を終えると、


「はっ、こんな安っぽい機械で俺の何が測れんだぁ? あぁ゛?」


 自信満々のシドーさんが、測定器の前に立った。


「こんなもん、俺が一撃でぶち壊してやるよ。食い散らせ――<孤高の氷狼(ヴァナルガンド)>ッ!」


 その瞬間、校庭に極寒の冷気が流れ出した。


「――<氷狼の一裂ヴァナル・スラスト>ッ!」


 冷気を一気に噴出し、爆発的な加速を生む突きが放たれた。


 だが、


「なん……だと……っ!?」


 シドーさんの凄まじい突きを受けても、測定器はビクともしなかった。

 

「こ、これは……っ!? 出ました九十四点! いきなりの九十点台! さすがはシドー=ユークリウス、氷王学院を代表する剣士です!」


 放送部が液晶上部に表示された数字を読み上げると――白百合女学院の生徒は、一斉に息を呑んだ。

 どうやら九十四点という点数は、とんでもない高得点のようだ。


「――次は私の番」


 明らかにやる気に燃えたイドラさんが、続いて測定器の正面に立った。


 既に魂装<蒼穹の閃雷(ネバ・グローム)>を展開した彼女は、


飛雷身(ひらいしん)――極限(プレディール)一億ボルト!」


 その身に蒼い雷を纏い、静かに腰を落とした。


「雷鳴流――紫雷(しでん)ッ!」


 まるで雷のような、目にも止まらぬ袈裟切りが放たれる。


 その結果は、


「で、出ました――九十三点! しかし、これは残念! シドー=ユークリウスの出した九十四点には一点届かず!」


 惜しくもシドーさんの記録には、届かなかった。


「そ、そんな……っ」


「はっ、てめぇ如きじゃ相手にならねぇんだよ!」


 イドラさんは目に見えて肩を落とし、シドーさんが凶悪な笑みを浮かべた。


 シドーさん、イドラさんと来れば――次は俺の番だ。


 この場にいる全員の視線が、こちらへ集まるのがわかった。


(……よし、やるか)


 測定器の前に立ち、剣を抜き放ったところで――嫌な可能性が脳裏をよぎった。


(……一応、確認しておこう)


 俺は剣を一度鞘に仕舞い、ケミーさんの元へ向かった。


「すみません、もしあの測定器を壊してしまった場合……弁償とかは……?」


 そう。

 これは絶対に確認しておかなければならない。

 ここにいるみんなは超が付くほどのお金持ちだが……俺は違うのだ。


 お金回りのことには、人一倍警戒しておかなければならない。


「あははっ! アレンくんは心配性な子ですね? でも、安心してください。あの測定器――『対衝撃機構三号』が壊れることは、絶対にありません。これまで数多くの剣士が試してきましたが、たったの一度として壊れたことはありませんので」


 ケミーさんは、はっきりとそう断言した。


「えーっと……。それではつまり、弁償はしなくてもいいんですよね?」


「えぇ、もちろんですよ。――ささっ、アレンくん。早いところ、剣王祭で見せたあの闇で、シドーさんの九十四点を超えちゃってください! ……先生の生活が懸かってますので、割と真剣にお願いします」


 そう言って彼女は、測定器の前へ俺を押しやった。


(これで『弁償』という大きなリスクについては、考えなくていいな……)


 それから俺は、剣を抜き放ち――そこへ闇を纏わせることによって『疑似的な黒剣』を作り上げた。


(それにしても、闇の操作も少しは上達してきたな……)


 これまでは全身に闇の衣を纏うのが精一杯だったが……。

 今は剣や足先など――自分の意図した一か所へ闇を集中できるようになった。


 これで無駄な闇の消耗を抑え、より長い時間戦うことができる。


 俺がそんなことを考えていると、


「アレーン! 頑張ってねぇーっ!」


「千刃学院の力を見せつけてやれ!」


 リアとローズが心強い声援を送ってくれた。

 俺はそれに片手を上げて応え、測定器へ向き合った。


(……とりあえず、ケミーさんから言質(げんち)は取った)


 考えすぎかもしれないが、もし万が一壊しても俺が弁償する必要はない。


(……シドーさんが九十四点、イドラさんが九十三点、か)


 二人の記録を超えるには、九十五点以上を取らなければならない。


(リアとローズが応援してくれているし……。やっぱり、やるからには勝ちたい……っ!)


 剣士の勝負は真剣勝負。

 たとえどんな小さな勝負でも、引き受けたからには全力を尽くし、勝ちに行かなければならない。


 疑似的な黒剣を握り締めた俺は、正眼の構えを取った。


 そして、


「五の太刀――断界ッ!」


 空間を引き裂く最強の一撃は――測定器を一刀両断した。

 真っ二つに裂けた上部の測定器には、『百点』と表示されていた。


「あー……。やっぱり……」


 耐久力が自慢の機械も――空間そのものを断ち切る断界には、耐え切れなかったようだ。

 なんとなく予想していた結末に、俺は苦笑いを浮かべたのだった。

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