表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/445

異常と白百合女学院【四】


 シドーさんとイドラさんの注意を引いた俺が、もう一度話し合いを提案したそのとき。


「――ちょ、ちょっと……っ! 今の邪悪な闇は、なんなんですか!?」


 正門の外から、小さな女の子が大慌てでこちらへ駆け寄ってきた。


 見れば、脇差(わきざし)のような小さな剣を腰に差している――おそらく中等部の剣士だろう。


「えーっと……。君、学院を間違えてないかな? ここは高等部だよ?」


 俺が優しくそう言うと、


「こ、子ども扱いしないでください! 私はケミー=ファスタ、ここ白百合女学院の理事長先生ですよ!」


 彼女はムッとした表情で『白百合女学院理事長ケミー=ファスタ』と記された教職員免許証を見せつけた。


 そこには確かに彼女の名前と顔写真が載っている。


「え、えぇ……っ!?」


 俺は大きく目を見開き、ケミーさんをジッと見つめた。


 ケミー=ファスタ。


 身長はおおよそ百四十センチあるかないか。

 絶対にお酒は買えないような童顔。

 子どものように瑞々(みずみず)しい肌。

 背まで伸びるパサついた黒い髪。

 サイズの合っていない白衣。


 正直、どこからどう見ても子供にしか見えない。


 だが、


「す、すみません、失礼しました……っ」


 さすがに今回の件は俺が悪い。


 大人の女性を子ども扱いするのは失礼に当たる――とポーラさんから聞いている。


「ふん! わかったのなら、いいんですよ!」


 彼女はそう言って、腕組みをしてみせた。

 その格好がいちいち子どもっぽくて、何故か温かい目で見てしまう。


「――おぃチビスケ、てめぇがここの理事長か?」


「あ、あなたは超問題児のシドーくんですね……っ。う、うちに何の用があって、来てくださいましたのでしょうか……?」


 シドーさんの眼光に気圧(けお)された彼女は、さりげなくイドラさんの陰に隠れ、おかしな敬語を口にした。

 どうやらちょっとガラの悪いタイプは、苦手なようだ。


「単刀直入に言う。アレンを渡せ」


 言葉を飾らない彼は、シンプルに要求を突き付けた。


「え、えっとですね……っ。それは実際のところ中々難しいことでして……っ。千刃学院との約束事でもありますし……っ」


 ケミーさんはおどおどとした様子で、なるべく丁寧にやんわりと断った。


「ちっ……それじゃ俺をここへ転入させろ」


「そ、それもかなり難しくてですね……っ。うちはその、女子校でして……っ。なんと言うか、シドーさんのような危な……ワイルドな人はちょっと……っ」


 そうして二つの要求を断られた彼は、


「ちっ、やっぱりお嬢の言う通りか……」


 大きな舌打ちをした後、懐から綺麗な便箋(びんせん)を取り出した。


「こいつを受け取れ。お嬢――うちの理事長から預かった手紙だ」


「……? フェリスさんからですか……?」


 ケミーさんは和柄の便箋を受け取り、中の手紙をジッと読み込んだ。


「……なるほど、わかりました。シドー=ユークリウスくん、カイン=マテリアルくん――二週間という期限付きで、あなたたちの転入を許可しましょう」


 いったいどんな心境の変化があったのか……彼女は二人の転入をすんなり認めてしまった。


「しっ!」


「おぉ! やりましたね、シドー!」


 シドーさんとカインさんが歓喜に包まれる中、


「……ケミー理事長?」


 イドラさんの冷たい視線がケミーさんに突き刺さった。


「な、なんですか、イドラさん?」


「さっきの手紙、何が書かれてあったんですか?」


「そ、それは……っ。す、素晴らしい内容でした! 思わず心を打たれて、二人の転入を許可してしまうほどに!」


 彼女は明後日の方向を向いたまま、上擦(うわず)った声でそう言った。


 なんというか……とても怪しい。


「……本当ですか?」


 イドラさんは一歩距離を詰め、ケミーさんの目をジッと見つめた。


「なっ……!? り、理事長先生を疑うんですか!?」


「はい」


「っ!?」


 あまりの即答っぷりに、彼女は言葉を失った。


「私の目をちゃんと見てください。『やましいことはない』と断言できますか?」


「え、えーっと……そ、それはその……っ」


 さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、ケミーさんは途端に歯切れが悪くなった。


「やっぱり、何か隠していますね?」


「え、えーっと……っ。いや、その! べ、別に隠しているとかそういうのではなくてですね……っ!」


 そうしてケミーさんがしどろもどろになっていると――彼女のポケットから、問題の手紙がこぼれ落ちた。


 イドラさんはそれを見逃さず、素早い動きで拾い上げた。


「あっ!? ちょ、ちょっとイドラさん!? 先生にもプライバシーというものが……っ!」


 ケミーさんの抵抗も虚しく、手紙の内容は淡々と読み上げられた。



 ケミーへ


 うちのシドーがアレンくんとこ行きたい言うてるから、ええようにしたってな。

 もちろん、無料(ただ)でとは言わんよ。

 先月あんた、ギャンブルで大負けして『狐金融』から凄い額借りたやろ?

 あれ、うちが肩代わりしたるわ。


 どや、そっちにとっても悪い話やないやろ?


 そういうわけやさかい、うちのシドーよろしくしたってな。

 ほな、また。


 フェリス=ドーラハイン



「「「……」」」


 なんとも言えない重苦しい空気が降りた。

 どうやらケミーさんは、少し駄目な大人のようだ。


「ご、ごごご……ごめんなさぁい……っ!」


 周囲の視線に耐え切れず、彼女は情けない声を挙げて頭を下げた。


「でも、でも……っ! 狐金融からの借金は凄くて……っ! あんな大金、絶対に用意できないんですぅ……!」


「そんな状態でギャンブルに行かないでください」


「はぅ!?」


 イドラさんの放った正論の刃が、ケミーさんの胸を深く(えぐ)った。


「と、とにかくこれは、私にとって凄いチャンスなんです……っ! 二人の転入を許可するだけで、借金が無くなるんですよ!? お願いします……っ。今回だけは見逃してくださぁい……っ!」


 そう言って彼女は――土下座した。


「ちょ、べ、別にそこまでしなくとも……っ!」


 そうして俺がやめさせようとすると、イドラさんがそれを遮った。


「理事長。それ、何回目の土下座ですか?」


「う゛……っ!?」


「今年の芸術祭で、生徒の作った作品が数点紛失する事件がありました。それらは後に、闇市(やみいち)で売られていたそうです。……これ、理事長が流したんですよね?」


「はう゛……っ!?」


「以前『入学金の一部が盗まれた』と騒いでいましたが……。まさか横領なんてしていませんよね?」


「……っ」


 そうして再三の追及を受けたケミーさんは、完全に固まった。


 なんというか……叩けば(ほこり)しか出ない人だった。


「す、全て私の不徳の致すところで……返す言葉もございません……っ」


 地面に額を擦り付けるその姿に、理事長としての威厳はない。


 他の生徒たちもケミーさんの土下座を見飽きているのだろう。

 小さくなった彼女の横を、みんな何食わぬ顔してサッと通り過ぎて行った。


「はぁ……。それでも、うちの理事長は先生です。最終的にどうするかは、お任せします」


 イドラさんがそう言った次の瞬間。


「やった! それではようこそ白百合女学院へ! シドーさん、カインさん、歓迎いたします!」


 ケミーさんはすぐに立ち上がり、二人の転入を許可した。


(す、凄いな……っ。まるで反省の色が無いぞ……っ!?)


 イドラさんを始め、他の白百合女学院の生徒が呆れるのもよくわかる。


「あっ、もうすぐチャイムが鳴ってしまいますよ。早く行きましょう! 転入生(あなたたち)の教室は一年A組――私が担任の先生なので、なんでも聞いてくださいね!」


 そう言って借金返済の目途が立ったケミーさんは、上機嫌に本校舎へと向かったのだった。



 その後――俺たちはホームルームの時間をいただき、簡単な自己紹介を行った。


 リアとローズは同性ということもあって、すんなりとクラスに馴染めそうだった。

 加えて、比較的落ち着いた風貌のカインさんも温かく迎えられた。


(だけど――俺とシドーさんのペアは、少し怖がられてしまった)


 多分俺はこの白黒入り交じったメッシュの髪型、シドーさんは言葉遣いと態度の悪さが原因だろう。


(これは……打ち解けるまでに少し時間がかかりそうだな……)


 俺がそんなことを考えていると、


「――それではみなさん、一限の授業を始めます。タオルや水筒を持って、魂装場へ移動してください」


 ケミーさんがそう言って、俺たちは地下の魂装場へ移動した。


 魂装の授業に関しては、千刃学院と大きく変わらないようだ。

 霊晶剣を持って霊核と向き合う――きっとどこの五学院も同じ手法を取っているのだろう。


「それではみなさん、始めちゃってください!」


 ケミーさんが手を打つと、A組のみんなは静かに目を閉じ――魂の世界へ入り込んでいった。


 俺もそれに(なら)って、霊晶剣を胸の前に構える。


(……そう言えば、アイツと直接会うのは久しぶりだな)


 そんなことを考えながら、意識を胸の内へ内へ――魂の奥底へと沈めていった。


 そうして気が付くと――目の前に荒涼(こうりょう)とした世界が広がっていた。


 正面にある表面がバキバキの岩を見上げるとそこには、いつものようにアイツが座っている。


「はっ、()りねぇなぁ゛……。格の違いってのがわかんねぇのか……? えぇ゛?」


「あぁ、そうかもしれないな」


 いつもの憎まれ口を軽く受け流した俺は、


「――ありがとな、助かったよ」


 素直に感謝の言葉を述べた。


「……あぁ゛?」


 多分何に対して礼を言われたのか、わかっていないのだろう。

 奴は困惑気味に眉をひそめた。


「この前のことだよ。あのときお前が暴れてくれなかったら、リアは黒の組織に誘拐されていた。それにローズや会長たちも殺されていたかもしれない。――だから、ありがとな」


 こいつは血と暴力に快楽を覚えるような、とんでもない奴だ。


(でも――それはそれ、これはこれだ)


 助けてもらったことについては、しっかり礼を言うべきだ。


「ちっ、気持ち悪ぃこと言ってねぇでよぉ゛……。てめぇは大人しく、無駄な素振りでもしてやがれぇ゛……っ!」


 大きく機嫌を損ねたアイツは、一足で俺との間合いを詰め、


「らぁ゛っ!」


 凄まじく強烈な右ストレートを放った。

 俺はそれを――半身になって躱した(・・・)


「な゛っ!?」


 まさか全力の一撃が避けられるなんて、夢にも思っていなかったのだろう。

 奴は驚愕のあまり、大きく目を見開いた。


「――俺だって、少しは強くなっているさ」


 短くそう呟いた俺は、かつてない『密度』と『出力』を誇る『疑似的な黒剣』を作り出した。


 そして――。


「七の太刀――瞬閃(しゅんせん)ッ!」


 音を置き去りにした神速の居合斬りで、奴の胸部を斬り裂いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ