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異常と白百合女学院【二】


 ほぼ全壊した千刃学院を目にした俺が言葉を失っていると、


「――あ、アレン!? アレンじゃないかっ!」


 黒ずんだ校舎の中から、レイア先生が飛び出して来た。

 彼女はいつもの黒いスーツに、安全第一と書かれた黄色のヘルメットをかぶっている。


「レイア先生!」


「いやぁ、本当に無事でよかった! もしやと思って、ここで張っていたのは正解だったな!」


 彼女はそう言って、背中をドンと叩いた。


「え、えっと……これはいったいどういう状況なんですか?」


 聞きたいことは山ほどあるが、パッと口に出たのがこれだった。


 俺の記憶では、千刃学院はここまでボロボロじゃなかったはずだ。


「ふむ、まぁ、いろいろとあってだな……。よし、詳しい話は中でしよう」


 彼女はそう言って、ボロボロになった本校舎へ視線を向けた。


「な、『中』って……。大丈夫なんですか……?」


 どう見ても、今にも崩れ落ちそうなんだけど……。


「案ずるな。本校舎は基礎がしっかりしている。見た目こそ酷い有様だが、倒壊の危険はない。それにここでは、どこに耳があるかわからんからな」


「わ、わかりました」


 少しの不安はあるけど、いざとなれば闇の衣を纏えば大丈夫だろう。

 そう判断した俺は、コクリと頷いた。


「よし、それでは行こうか」


「はい」


 そうして俺は先生に付いて、理事長室へ向かったのだった。



 本校舎の中は瓦礫(がれき)が散乱しており、かなり歩きづらかった。

 だけど、さっき先生が言っていた通り、基礎がしっかりしているためか、床や柱に大きな損傷は無かった。


 理事長室への道すがら、俺は一つ質問を投げ掛けた。


「あの、リアとローズは……?」


 二人はドドリエルの『影』に締め落とされ、意識を失った。


(心臓の鼓動と呼吸、両方しっかりしていたから大丈夫だとは思うけど……)


 やっぱり少し……いや、かなり気掛かりだった。


「ん? あぁ、二人なら近くの病院で入院しているよ」


「入院……っ!? だ、大丈夫なんですか!?」


「心配するな。大事を取っての検査入院という奴だ。今朝方見舞いに行ってきたが、二人ともピンピンしていたよ。……君を探すと言って、暴れ出すほどにね」


「そうですか、それは本当によかったです」


 俺がホッと胸を撫で下ろしたところで、理事長室に到着した。


「さっ、入ってくれ」


「はい、失礼します」


 その後――先生は最奥にある理事長専用の椅子に腰掛け、机一つ挟んで俺と向き合った。


「さてそれでは、昨日の一件について話したいのだが……。その前にどこまで(・・・・)覚えて(・・・)いる(・・)?」


「……っ!」


 先生は、俺の記憶が一部欠けていることを知っているようだった。

 話が早くて助かる。


「ドドリエルという剣士に心臓を貫かれ、その後の記憶が全くありません。気付いたら、ここからかなり離れた森にいました」


「なるほどな……。アレンの置かれた状況は、だいたいわかった。では、君が意識を失った後の話をしようか」


「はい、お願いします」


 そこで俺は、衝撃の事実を耳にした。


 俺が胸を貫かれた後、霊核が暴走したこと。

 圧倒的な力でドドリエルと神託の十三騎士フーを破り、その後百を超える黒の組織をたった一人で殲滅したこと。

 その戦いの余波で、千刃学院は壊滅的な被害を負ったこと。


「ほ、本当にそんなことが……っ!?」


「あぁ、全て事実だ」


 先生はコクリと頷き、理事長室に沈黙が降りた。


「す、すみません……。いろいろと迷惑を掛けてしまったみたいで……」


 そうして俺が頭を下げようとすると、


「――おっと勘違いは、してくれるなよ? 今回アレンは本当によくやってくれた。もし君がいなければ、もっと酷いケースなどいくらでも考えられたからな」


 先生は素早く『待った』を掛けた。


「もっと酷いケース、ですか……?」


「あぁ。うちの生徒が皆殺しにされ、リアは連れ去られた挙句、黒の組織が逃走……とかな」


 彼女は苦い顔でそう呟き、話を続けた。


「もしもそうなっていれば、私の首が飛ぶどころではすまん。千刃学院が廃校となり、この国は大きな混乱に陥っていただろう。今みんなが無事でいられるのは、ひとえに君のおかげだよ。――本当にありがとう」


 レイア先生は立ち上がり、深く頭を下げた。


「そ、そんなやめてくださいよ……っ! 別に俺は、そんな大層なことをしていません。なんとか結界を破壊したぐらいで、後は全部アイツ(・・・)が――俺の霊核がやったことです!」


「謙遜はよせ。副理事長から聞いているぞ? 『凄まじく高度な結界をアレンくんが破壊してくれた』とな。それに霊核の強さというのは、それすなわち剣士の強さだ。胸を張っていい。この学院を救ったのは、他の誰でもない君だ」


「は、はぁ……」


 そんなことを言われても……正直、全然実感が無い。


 そうして俺が困惑していると――先生はこちらをジッと見たまま、黙りこくった。


(『超速再生』にアイツの白い毛髪が混じった頭……。マズいな、予想よりも格段に『道』の広がりが早い……。このままだともうじきにでも――)


 どんどん難しい顔になっていく先生に、俺はたまらず声を掛けた。


「せ、先生……? どうかしましたか?」


「……いや、すまない。ちょっと考え事をしていただけだ。気にしないでくれ」


「あぁ、なるほど……。本当にお疲れ様です」


 多分、とても疲れているんだろう。

 政府から緊急招集を受けた直後に、黒の組織が襲って来たんだ――無理もない。


「ふふっ。十八号をフル活用しているから、そこまでの疲労は無いさ。――さて、それでは最後に逮捕者の話をしておこうか」


 先生は一度咳払いしてから、淡々と事実を語った。


「確保できたのは、黒の組織の構成員およそ三百五十名。残念ながらフー=ルドラスとドドリエル=バートンは、取り逃してしまったようだ。……おそらくドドリエルが影を(・・)伝って(・・・)、逃げ延びたのだろう。本当に厄介な能力だよ」


 彼女は忌々しげにそう呟いた。


「……あれ、先生はドドリエルのことを知っているんですか?」


「あぁ、もちろんだ。近頃各地で暴れ回っている黒の組織の一番槍さ。恐ろしくタフで、何度致命傷を浴びせても立ち上がってくるそうだ。それに特筆すべきは、影を支配する奇妙な魂装……。アレのおかげで、国境警備がまるで意味を為さん。今回襲撃してきた奴等も、ドドリエルが影伝いに送り込んだのだろう」


「そうだったんですか……」


 どうやらドドリエルは、かなりのお尋ね者になっているようだ。


「――よし、これで私の話は終わりだ。何か気になっていることはないか?」


 先生はそう言って、会話のボールをこちらへ投げた。


(……聞かなくちゃ駄目、だよな)


 これはとても重たい(・・・)質問だ。


(……でも、人として逃げるわけにはいかない)


 意識が無かったとはいえ、俺がやったことには変わりない。


 奪った『命』から――目を背けるわけにはいかない。


「先生、その……。アイツが倒した黒の組織の構成員は、何人亡くなったのでしょうか……?」


 意を決してそう問い掛けると、


「――ゼロだ。一人として死んだ者はいない。全員(・・)生きて(・・・)いるよ(・・・)


 信じられない回答が返ってきた。


「ほ、本当ですか!?」


「あぁ、発見されたときは瀕死の重傷だったそうだが……。死亡した者は一人として確認されていない」


「で、でもどうして……? 誰かがアイツを止めたんですか……?」


 俺の霊核は、はっきり言って滅茶苦茶だ。


 前回体を乗っ取られた時は、シドーさんを躊躇なく殺そうとしたらしい。

 誰かが止めなければ、アイツはきっと破壊と殺戮(さつりく)の限りを尽くすはずだ。


「ははっ、君の霊核を止められる奴などそうはいないさ。おそらくは……わざと(・・・)だろうな」


「……わざと? どういう意味ですか?」


「君はアイツと違って、『殺し』に強烈な忌避感があるだろう?」


「え、えぇ、当たり前じゃないですか!」


 当然だ。

 俺はアイツとは違う。

 あんな血と暴力に快楽を見出すような戦闘狂ではない。


「これは私の推測だが……。君の薄まった意識を刺激しないようにしていたのだろうな」


「俺の意識を刺激しないように……?」


「あぁ。アイツは霊核である以上、アレンの制限(・・・・・・)を強く受ける。殺人みたく刺激的なことをすると、深い眠りについた君の意識が覚醒しかねないんだよ。もしそうなれば、奴は表の世界に長く居続けられなくなる」


「なるほど……」


 そう言えば前に一度、魂の世界でアイツが似たようなことを言っていたっけか……。

 確か俺の意識がはっきりとしている間は、この体を容易に乗っ取ることはできないとかなんとか……。


「まぁ一つ確かなことは――。アイツは君の体を奪った間に『何か』を達成したはずだ。そうでなくては、せっかく奪ったその体をすんなり返すわけがない」


「……いったい、何をしたんでしょうか?」


「残念ながら、それは私にもわからないな……。まず間違いなく、(ろく)でもないことをやったのだろうがね……」


「……でしょうね」


 そうして話がひと段落したところで、先生はパンと手を打った。


「――さて、これで『これまでの話』は終わりだ。ここからは『これからの話』をしようか」


 彼女はそう言って、全く別の話題を振った。


「見ての通り、千刃学院は剣術学院としての機能を完全に失っていてね。こんな状態で授業などできるわけもない」


「……ですね」


 いくら倒壊の恐れはないと言っても、こんな有様じゃ授業なんて到底無理だ。


「一応今日の午後から、本校舎の再建工事に入る予定だ。強化系・操作系の魂装使いを動員した大規模工事――おそらく二週間もあれば、元通りになるだろう」


「た、たったの二週間ですか!?」


「ふっふっふっ、凄いだろう? ……とんでもない額の金が飛ぶがな」


 先生はそう言って、一瞬だけ青い顔を見せた。


「まぁそういうわけで明日以降、千刃学院は二週間ほど休校となるわけだが……。さすがにその間、全校生徒を休ませるわけにはいかん。剣士たるもの日々修業に励まなくては、ならないからな!」


 彼女は何度も頷きながら、話を続けた。


「そこでだ! 千刃学院の工事が終了するまでの間――諸君らには、氷王学院で特別授業を受けてもらうことになった!」


「氷王学院、シドーさんのところですね!」


 それはいい。

 同じ五学院の一つ氷王学院。

 シドーさんたちと毎日一緒に修業ができるなんて、願ってもない話だ。


「あぁ、きっとお互いにいい刺激になるだろう! ……だがな、アレン。君だけは(・・・・)少し(・・)違うんだ(・・・・)


「……え? 俺だけ、違う?」


 何故だか、嫌な予感がした。


「あぁ、君だけは特別に――白百合女学院へ行ってもらうことになった。覚えているだろう? 剣王祭で破ったあの『神童』イドラ=ルクスマリアが所属する五学院の一つだ」


「え、えぇ!?」


 そうして先生は突然、本当にとんでもないことを言い放ったのだった。


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