黒白の王女と魂装【四】
レイア先生が大五聖祭の出場選手を高らかに発表した次の瞬間。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
一人の男子生徒が声をあげた。
「ん、どうした?」
先生は短くそう問いかけると、静かに男子生徒の返答を待った。
「何というか、その……。リアさんとローズさんが選ばれるのは……仕方がありません。リアさんが五歳のときから魂装を使えるのは有名な話ですし、ローズさんはあの桜華一刀流の正統継承者……悔しいけど、僕らよりも確かに格上でしょう。だから、この二人については納得ができます」
「ふむ、それで?」
「ですが……このアレン=ロードルとかいうよくわからない剣士が、栄誉ある大五聖祭の出場選手に選ばれる理由がわかりませんっ!」
彼はキッと鋭い視線で俺を睨み付けた。
(いや、そんな怖い顔をされても……)
出場選手を選んだのはレイア先生であり、俺を睨むのは完全にお門違いという奴だ。
なんとなく居心地の悪い俺がポリポリと頬を掻くと、さらに続けてもう二人の男子生徒が援護に回った。
「そうですよ! 何故俺たちが外されて、こんな得体の知れない男が選ばれるんですか!?」
「納得できる理由を教えてくださいっ!」
よくよく見てみれば、この三人はつい先ほど俺の挨拶を無視した奴等だった。
そんな彼らの問いかけに対してレイア先生は、
「理由? そんなもの、実力以外にないだろう」
淡々とそう答えた。
しかし、当然ながら三人の男たちは、そんな簡素な説明で納得するわけがない。
「……実力? どの流派にも所属できない我流の剣士が! 実力で僕たちを上回っていると!? ばかばかしい!」
「理事長……お気は確かですか?」
「彼の出身校――グラン剣術学院を知っていますか? 片田舎にある小さな剣術学院で、例年五学院への進学者はゼロ。今年度は一人ドドリエルとかいう少しはマシな奴もいたようですが、現在は消息不明。世間的にも全く無名のボンクラ校なんですよ?」
彼らの必死の抗弁の中で、一つおもしろい情報があった。
(……ドドリエルの奴、消息不明になってたんだ)
そう言えば……あの決闘が終わってから、たったの一度も彼の姿を見たことが無かったな。
(まぁ、正直どうでもいいけど……)
そうして彼ら三人の熱心な主張を聞いたレイア先生は、
「それで、結局お前たちはどうしたいんだ?」
意外にも度量が深く、彼らの話を一旦は飲み込んでいた。
「それは……もう一度、しっかりと出場選手の選考をしてほしいです」
「そ、そもそも大五聖祭の選手選考は、実技試験の結果を加味して行うのが通例のはずですよ」
「そ、そうですよ! 今回のこれは、あまりに異例です! 選考のやり直しを要求します!」
レイア先生が一歩退いたことで、彼らの声量は徐々に大きくなっていった。
しかし、そんな勢いは先生のたった一言で一気に失速する。
「ふむ、つまりお前たちは理事長である私の決定に対し――不服があると言っているんだな?」
「「「……っ」」」
この発言には三人だけでなく、教室全体がシンと静まり返った。
誰も彼もが黙り込み、緊張感が張り詰める。
当然だ。
たとえこんなのでも――そうこんなのでも一応レイア先生は五学院が一つ、千刃学院の理事長なのだ。
下手なことを言えば、即退学を言い渡されてもおかしくない。
しかし、彼らもここまで言い切った手前、引っ込みがつかなかったのだろう。
「……あ、あります。やはり納得できませんっ!」
なおもレイア先生に噛みついた。
一人の発言を皮切りに、他の二人も口を切った。
「こんな無名も無名な三流学院出身の――それも我流の剣士にうちの代表は務まりません!」
「俺たちは三人とも、名門と言われる剣術学院出身者です! それもほとんど首席に近い成績で卒業しているんですよ!? あんなどこの馬の骨かもわからない奴に、実力で劣っているわけがありませんっ!」
もう本当に……散々な言われようだった。
(……俺はいったい何を見せられているんだろうか)
なぜこんな自分の悪口をクラス中に喚き散らされているのだろうか。
(なんかちょっと、瞳がうるんできたんだけど……)
そうして俺が『アレンの悪口大会』を悲しく観戦していると、
「ふー……。なぁ、アレンよ」
レイア先生がため息まじりに、俺の名前を呟いた。
どうせ碌な用事ではないだろうが、無視するわけにはいかない。
「……なんですか?」
一応、返事だけしておいた。
すると、
「お前……人望ないなぁ!」
レイア先生はケラケラと楽しそうに笑った。
(誰のせいだと思っているんだ、誰の……っ!)
女性を殴りたいと思ったのは、多分これが初めてだ。
(しかし、ここで腹を立ててはレイア先生の思う壺だ……っ)
そうなってはリアと同じである。
だから俺は、
「はい。残念ながら、そうみたいですね」
決して熱くならず、努めて冷静に返事を返した。
すると、
「うーん……反応が悪い。リアと違ってつまらんやつだな……」
レイア先生は退屈そうにむくれた口を作った。
「すみません」
心の中でニヤリと笑いながら、軽く謝っておいた。
――今回の勝負は俺の勝ちだ。
「ふむ……しかし、困ったな。まさかここまで抵抗されるとは思ってもみなかったぞ」
レイア先生は困り顔で顎に手を添えて、何やら考え始めた。
彼女が黙りこくってしまったため、再び重苦しい空気が流れ始める。
そんな中、ことの発端というか問題源というか……とにかくこの話題の中心に座らされた俺は人一倍居辛い思いを感じていた。
(いや……もう、いいや……)
もうなんかいろいろと疲れた俺は、レイア先生の立つ教壇へと向かった。
そして周りの生徒に聞こえないよう小さな声で耳打ちをする。
「先生。俺は別に出場選手から外れても構いませんよ? 正直、大五聖祭にそこまで強い思い入れがあるわけではありませんので……」
そう、俺は別に大五聖祭にそれほど興味が無いのだ。
というのも大五聖祭は、中等部での学習成果を披露する戦いだからだ。
それは日程を見れば一目瞭然――カレンダー上では、高等部の剣術学院に入学した週の最初の週末が大五聖祭となっている。
つまり、中等部で――グラン剣術学院で流派にも入れず、大して何も学習していない俺にとって大五聖祭は何ら重要な意味を持たない。
(どちらかと言えば、この大会よりもむしろ千刃学院での授業の方が楽しみなぐらいだ)
特に魂装の習得という素晴らしい授業を今か今かと心待ちにしている。
(それにもし今ここで下手に大五聖祭に出場して大怪我でもしてみろ……今後の授業に差しさわりが出るぞ)
それにこういった大会は、この先まだまだたくさんある。
二年生・三年生にも大五聖祭のような大会があることは、ちゃんと学院案内のパンフレットを見て把握しているのだ。
俺はこの千刃学院でしっかりと修業を積み、その力を二年生・三年生の大会でぶつけたい。
そんな俺の話を聞いたレイア先生は、静かにコクリと頷いた。
「ふむ……なるほど、お前の話はよくわかった。わざわざ伝えに来てくれてありがとう。席に戻ってくれ」
「はい」
俺はみんなの視線から逃れるように下を見ながら、元の席に着いた。
(でも……レイア先生には少し悪いことをしてしまったな……)
先生はきっとたくさんの反対に遭うことを承知で、無名な俺を出場選手に入れてくれたに違いない。
それが今の俺の実力を評価してなのか、それとも今後の成長を見越しての――ちょっとした親心のようなものかはわからないが……。
とにかく俺を評価して、陽の目を見るように考えてくれたことは間違いない。
(さっきの話も真剣に聞いてくれたし、俺の出場を強固に反対する男子生徒の意見にも耳を傾けていた……。もしかするとレイア先生は少し変わっているだけで、本当はいい先生なのかもしれないな)
そんなことを思いながら、俺が自分の席に座ると、レイア先生がパンと手を打った。
「みんな聞いてくれ。今からアレンの意思を君たちに伝える」
そう言うと彼女は一度咳払いをしてから口を開いた。
「アレンはこう言った。『――お前らのような無能と比較されるなんて心外だ。こっちは一人で構わないから、そこの能無し三人組は今すぐ俺と模擬戦をしろ。格の違いという奴をわからせてやる』、とな」
「……は?」
俺の頭は一瞬にして真っ白になった。
「いやぁ、さすがはアレン――自信たっぷりだな! 私が目を掛けた剣士というだけはある!」
レイア先生は感服したとばかりに「うんうん」と頷いた。
「い、いやちょっと待ってくれ! 俺はそんなこと一言も――」
俺が弁解の言葉を言い切る前に、
「てめぇ、アレンッ! 黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって……っ!」
「誰が能無し三人組だぁ……っ!?」
「一対三で模擬戦をしろだと? そこまで袋にされたいなら、ご希望通りにしてやるよっ!」
三人組の男たちに囲まれてしまった。
「お、落ち着いてくれ。今のはレイア先生が勝手に――」
俺が誤解を解こうとすると、それを邪魔するかのようにパンパンと手が打ち鳴らされた。
「よし、そうと決まれば早速演習場へ行こうか!」
レイア先生は俺に発言の機会を与えなかった。
(こ、こいつ……)
俺がギロリとレイア先生を睨み付けると、彼女はこれまでで一番いい笑顔を浮かべ、グッと親指を立てた。
なんだあれ、へし折ってもいいのか?
■
その後、俺たち一年A組の生徒は地下大演習場へ移動した。
もちろん、俺と三人組の模擬戦を観戦するためにである。
(まさか二日連続でここに来るとはなぁ……)
そんなことを思いながら、ため息をついていると――三人組の一人が声を掛けてきた。
「おい、アレン。どこぞの三流学院卒業の――我流のお前なんて俺一人で十分なんだよ」
そう言って彼は剣を引き抜くと、顎をクイとこちらに向けた。
どうやら「そっちも早く抜け」と言っているようだ。
(まぁ……いいか)
早く終わってくれるなら、それに越したことはない。
それにここで一人やっておけば、一対三という圧倒的に不利な試合を回避できる。
そう判断した俺は剣を引き抜き、正眼の構えをとった。
「――いくぞ?」
「どうぞ」
俺がコクリと頷いた次の瞬間。
「ぜりゃぁあああああああああっ!」
雄々しい雄叫びをあげながら、彼は真っすぐ突っ込んできた。
(握り、姿勢、踏み込み――そのどれもが高水準にまとまっている)
さすがは五学院の一つ千刃学院の生徒だ――と言いたいところだが。
――足元がいただけないな。
「斬鉄流――錆び落とし!」
俺は迫り来る振り下ろしを左半身で躱し、間延びした彼の右足を鞘ですくい上げた。
「なっ!?」
突然片足をとられた彼はバランスを崩し、尻もちをついて転んだ。
そうして隙だらけとなった彼の首元に、ツッと切っ先を突きつける。
「――終わりですよ」
「……っ」
勝負ありだ。
一対一の真剣勝負で勝ったのだから、これで俺のことを認めてはくれないだろうか?
正直、一対三の勝負はやりたくない。
というかそもそも、こんな無益な勝負は俺の望むところではないのだ。
そんなことを考えていると、ある一か所から激しいブーイングが上がった。
「おい待て、アレン! それはズルいだろう、お前! 模擬戦は一対三でやる約束だったはずだぞ!? こんなの無効だ無効っ! 理事長権限で取り消しだっ!」
そう、レイア先生だ。
(この人……いや、こいつ……いったいどっちの味方なんだ……っ!?)
眉尻がヒクヒクと吊り上がりそうになるのを、大きく深呼吸して押さえつけた。
そう、ここでカッとなってしまっては彼女の思う壺だ。
この手の輩は、構ってやったり反応してやったりするとかえって喜ぶ。
決して怒らず、心を乱さず――笑顔のまま適当に流すのが一番だ。
そうして水面下で俺がレイア先生と戦いを続けていると、
「だ、大丈夫か!?」
「どうしたんだ、あんな簡単にスッ転んで!?」
三人組の二人が、俺に敗北して呆然自失となった一人の下へ駆け寄った。
「あいつ、口だけじゃねぇ……っ。舐めてかかると痛い目を見るぞ……っ」
どうやら彼の戦意はまだまだ折れていないようで、すぐさま立ち上がるとこちらに剣を向けた。
それに応じて残りの二人も剣を抜き、俺を中点においた正三角形の陣を取った。
前方に一人。
左右の斜め後ろに一人ずつだ。
さっきの一戦で警戒心が高まっているのか、彼らから斬り掛かって来る気配はない。
(これは……俺が一人を攻めたところを、背後の二人が襲ってくる作戦かな)
彼らの作戦を推測しながら、俺は「どうしてこんなことになっているのか」について考えていた。
俺はそう。ただこの千刃学院でみんなと楽しく、仲良く剣を振っていたかっただけだ。
みんなで楽しく修業して、三年後には卒業し、聖騎士となって安定的な給金をもらう。
そのお金で今まで苦労をかけてきた母さんを楽にさせてあげて、もしかすると誰かと結婚したりするかもしれない。
(そんな穏やかで幸せな毎日を送るはずだったのに……いったいどこで間違えてしまったんだろうな……)
クラスメイトからは敵意を向けられ、好感度は見事全員ゼロ――もしくはマイナススタート。
そして現在はクラスメイト三人に囲まれて、絶体絶命の状況。
「はぁ……」
人生というのは本当に思うようにいかない。
せっかく都の名門五学院の一つ、千刃学院に入れたというのに、次から次へと試練の連続で休む間もない。
(とにかく、この試合はもう早く終わらせよう)
とりあえず、この膠着状態を崩すか。
そのためにはまず三角形の頂点の一つを――潰さないとな。
俺はたまたま目の前にいた一人を標的に定め、一足で彼との距離をゼロにした。
「八の太刀――八咫烏ッ!」
「ッ!? 雲影流――うろこ雲っ!」
さすがは名門千刃学院の生徒だ。
高速接近からの八咫烏に見事反応し、すぐさま返しの技を撃ってきた。
しかし、
「ぬ、ぐ、ぉ……ぐはぁっ!?」
雲影流のうろこ雲――見事な四連撃だったが、後四発分足りなかったな。
頭・胴・右肩・鎖骨に四発の斬撃を浴びた彼は、地面に擦られながら後方に吹き飛んだ。
(後二人……)
そうして俺が背後を振り返ると、先ほどの男がちょうど剣を振り上げていた。
「くらいやがれぇえええっ! 斬鉄流――鉄崩しッ!」
「――遅い」
すれ違いざまに、その首元へ一撃を見舞った。
「く、そ……っ」
彼の上体はグラリと揺れ、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
相手の間合いに踏み入る際は、いつでも斬り掛かれる姿勢でなくてはならない。
一々振り上げてから振り下ろしていては、あまりに無駄が多過ぎる。
無傷で二人を仕留めた次の瞬間。
「――二人とも、すまない。だが……後は任せろ」
真後ろから男の声が聞こえた。
最後の一人だ。
(この距離、この間合い――さすがに避けられないな)
ここまで絶好の位置を取られては、どう足掻いても回避不可能だ。
「新月流奥義――月光斬ッ!」
耳元で剣が風を切る音が聞こえた。
「危ない、アレンッ!」
「避けてっ!」
リアとローズさんが悲痛な叫びをあげる。
しかし、問題ない。
彼の立つそこは、俺の斬撃圏内だ。
「二の太刀――朧月」
「なっ、かはぁ……っ!?」
腹部への強烈な斬撃を受けた彼は、驚愕に目を見開いたまま崩れ落ちた。
「はぁ……やっと終わった」
この戦いの最終盤面を――あの場所で背後を取られることを予測していた俺は、事前に斬撃を仕込んでおいたのだ。
それにしても……どうして俺は最近ずっと戦ってばかりなんだろう。
(……早く落ち着いて、静かに素振りがしたいなぁ)
俺はそんなことを思いながら、手に持つ剣を鞘に収めたのだった。