体幹
「しょうがないですね、Cさん、やりましょうか」「はい」
というわけで、山内ホールの長机の脚を折りたたんで、運ぶ……。のだが、この長机が
重い!!
のである。とにかく
重い!!
大の男一人で持ち上がる重さではない。一つ一つを確実に二人で運んでいかないといけない。「うわ、何じゃこりゃ、重てえ」。Cさんも「これは重いですね」と苦悶の表情を浮かべながら汗をかきかき運んでいく。運び終わった後、机を積んでいくのだが、積めば積むほど高い所まで机を持ち上げなければならない。Cさんと息を合わせて、重い長机を肩ほどの高さまで持ち上げるのである。普段からデスクワークしかして居ないせいも有るが、これはさすがに辛い、疲れる、息が上がる。そうしているうちに数十脚は運んだであろうか?
「Cさん、申し訳ないねえ、日本の大学って、こういうこと有るんだよ。研究職に下働きさせちゃうっていうか……」。
現に申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。Cさんが以前から日本にいたことは知っていたが、それでも世界の「トップクラス大学」「グローバル大学」の研究員ってこういう仕事をするものなのだろうか?日本人教員の中にどうしようも無い者がいることが十分に分かっている私としては「まあ、こういうこともあるか」と諦念とともに受け入れるより他ないのだが、わざわざに、海を越えて日本にまで留学にきて、恐ろしい膂力を要する力仕事をさせられたとあっては気分も良くあるまい。
それでもCさんは、「では、研究室に戻りますか」と言って、そう気分を害した風でもない。一応、雇用契約書には「研究に関するその他業務」という項目もあるにはあるのだが、純然たる肉体労働は想定していなかった。私もそうだったしCさんもそうだったろう。Cさんのグローバルレベルの寛容さに京大のほうが甘えていたといった所だろう。
だが、話はそれで終わりではない。研究室に戻ると猛烈な疲れとだるさ、さらに汗が冷えてきて、寒気が襲ってくる。またしばらく経つと、気分が悪くなってきて吐き気がしてくる。急激に力を使ったので、体がついて行っていないのである。
これでは研究にならないのですぐに家に戻り、横になる。体が、きついしがらみから解き放たれたように楽に感じられる。「うーん、あんな雑用で半日使ってしまったかあ……」と思うと情けなくなってくる。運送屋さんとか引っ越し屋さんとか、プロならこんなことはないんだろうけどな、と思われ、「L(教授)のヤロー、科学研究費取り損なってんだなー」、などと恨めしくなってくる。研究費が取れる実力のある教員なら、外部に委託もできように、と思うのだ。
さて、ここへきても話は終わらない。その日の夜に最悪なことが起こった。
シャワーを浴びていると、突然、胴体の内部に激痛が走る。「うッ、イタッ……」と思った瞬間、体が動かない。10秒ぐらいそのままの姿勢でいたのだが、その間に「こりゃ、胴体内部の筋肉、体の中央あたりの背筋か何かが攣ったな」と分かった。今思えば、これがスポーツ選手などが鍛える体幹というものなのだろう。特に地べたに置いた、たたんだ長机を持ち上げたり、長机を積んでいって上に上げたときに背筋を酷使しているのだ。そしてそのあと、体を徐々にクールダウンさせるでもなく、ストレッチをしておくでもなく、そのままにしておいたのがいけなかった。
普通、体が攣った時には、その部分を伸ばして元に戻すが、なにぶん体幹が攣った経験などないので、どうしたらいいのかわからない。とにかく、右腕を目いっぱい上に伸ばしていないと痛くて仕方がないので、左手で簡単に体をふき、ユニットバスから出て、そのままの格好で床に寝転んだ。多少濡れた体がフローリングにべたべたと触れて気持ち悪いが、こうしていないと激痛が走る。マヌケなことに、全裸で地べたにしばらく横になったまま、数十分静止していた。寒いわ、痛いわで思いもよらないタイミングでひどい目にあってしまったものだと思い、昼の重労働を思い出して「つまらない作業のわりには、リスクがでかい」と痛感したのだった。
そこで教訓。
「日本発グローバル人材は体幹を鍛えよう!」。