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寂しげな風景、猟奇的な殺人現場

 グレイはその後、ツキミに連れられて現場へと向かう。

 正直に行ってグレイは行きたくはなかった。現場は街の北側、ツキミからしたら帰り道なのかもしれないが、グレイからしたら遠すぎる場所であった。

 

 それでも行ったのは、今日が殺人現場をそのまま見れる最後の日であったからだ。

 どうやらツキミは俺に見せたかったのか、その場を保存するようにお願いして死体もそのままにして保存しているらしい。

 「行きましょ!」と眩い笑顔を向けながらグレイの手を引いた。

 

 外は相変わらず寒い。

 エルファーゼ王国には四季がある。しかしそれは限りなく微小な季節の変化であり、冬は長く厳しく辛く、夏は涼しいぐらいだ。春と秋は夏と冬の季節の移り目のような存在であるため、あるのかないのかわからない。

 グレイはパジャマから着替えて白いシャツと黒いスキニーパンツを履いていたが、それだけでは寒く上に薄手の黒いコートを着た。

 手を引きながら眼の前を歩いているツキミは、膝上まである長いソックスにローファー、アウターは鮮やかな朱色をしており、少し寂しげな町並みで鮮烈に色を放っていた。

 

 町並みは南区の方では北区に比べて貧しく、古い。

 みすぼらしく感じるかもしれないがグレイは好きだった。歩いていくと歴史を感じるような壁に走る大きな亀裂、煤で汚れた道路や壁。必然とこの周辺に住む人間はガラが悪かったり、貧しい人間が増えてくるのだが、その複雑さが好きだった。もちろんここらへんの兵隊さんは手を焼いているため、3度も職質されたのだが。っていうか3回もしたら顔ぐらい覚えるのではないか。


 だがそんな寂びた風景も学園を堺に変わっていく。

 新しい建物であったり、色彩溢れるカラフルな町並みが見えてくる。

 花屋であり、カフェであり、レストランであり......これでもかと店が並ぶ。

 街を歩く人間も若いカップルや、瞳の透き通った人間。まるで未来への希望や、生きていることに満足している姿を見ると無性にグレイを苛つかせた。劣等感だとすぐに分かるが、それをどうにかするのは難しかった。


 ただひたすらツキミの後ろを歩く。

 周りの人からはこちらを奇異とした目を向けるが、これで俺が引っ張っていた場合兵隊さんを呼ばれそうだ。

 「ツキミ、手を話してくれないか?」

 グレイはヒソヒソとツキミに聞こえるように言った。

 「なんで?」

 「周りからの視線が痛い。それにもし生徒や教師に見られたらいろいろ面倒になる」

 まあ休日に早速教え子に手を出していると思われるかもしれないが、それは仕方がないだろう。何かあったら師匠であるアラグゥのせいにすれば誰にも文句は言われないだろう。

 

 「そんなの気にしたらいけないわ。だって何も疚しいことはしていないでしょ?」

 「いや、そうかもしれないが......」

 「なら私と手をつなぐのは嫌?」

 とその涙で潤んだ碧眼を向けられるとどうしてもこちらが悪いことをしているのではないかという気持ちに苛まれて「別にそうではないが」と言葉に詰まりながら言ってしまう。


 「なら問題ないわ!」ツキミは先程より強く手を握り、体を寄せる。

 これで逃げたらまた何か言われるのだろうなと思い、ただひたすら心の中で誰も見ていないようにと神様へ祈るだけであった。


 

 *************



 被疑者ファミューダ・ニバルベルトス。48歳独身。

 アテーナ学園で教授をしており、魔獣などを研究していた。周りからは恨まれていることはないと親族は泣きながら言っていたが、研究所からはセクハラなどがひどく、実際に恋人がいたというのに無理やり犯されたという女性も見つかった。女遊びが特に好きでお金を積んでよく夜を明かす。恨みを持つものは多数。

 代々魔術師の家系であり、才能を受け継がれていた。お金持ちに生まれ何不自由なく今までを過ごす。 

 魔術としては魔獣を操るものに特化しており、自身の力ではなく魔術を操り戦闘を行うスタイルであった。

 死因は最後に心臓をえぐられたこと。その他の傷は致命傷とはならず、被疑者を痛めつけるだけであった。

 切断された四肢は骨で見つかっており、肉は食べられたと考えられる。腹部には人の歯型がくっきりと残っており、噛みちぎろうとしたと想定される。

 周りには人間の魔力の痕跡は残っておらず、魔獣だけの魔力が残っている。そして被疑者が持ち歩いていた魔獣の姿がないため、その魔獣に殺されたのではないかと考えている。


 このような内容をスラスラと話した兵隊さんのドルトルにグレイは好感が持てた。

 見た目としてはグレイより年下の25歳ぐらいであろうと想像する。なかなか精悍な人間だ。

 短く髪を切りそらえ、油で固めているのかその表面には確かな艶が見て取れる。髪だけでない。ひげも短く整えられているため、むさ苦しさはなく爽やかなイメージをもたせた。話す声は大きく、ハキハキとした口調であったため長い話であったが眠たくなることはなく、グレイは事件の内容を難なく頭の中へ入れることができた。どうしても魔術師は部屋にこもりがちで人と話したがりたがらない。そのため会話をしたとしてもぼそぼそと掠れてしまいそうな小さな声で聞き取りづらく、話しづらい。このぐらい大きな声だとやはり話しやすいものだ。


 はじめは現場に入ったときに変な奴らが入ってきたとドルトルは嫌そうな顔をしたが、ツキミが指輪を見せると顔にあからさまに現れていた不満が嘘のように消えていった。ツキミが言っていた権力というのは本物のようだ。

 

 現場は道の中心で行われており、周りにはどれほどの惨劇が行われてきたかを叫ぶように大量の血が散っている。

 死体から溢れる血溜まり、四肢を切断したときに溢れ出した血飛沫。血は今では紅は黒ずんだ色をしており、強烈な異臭を放つ。

 その臭いに吐きそうになってしまうのだが、それを必死に堪える。

 死体にはあまり見せないように布がかぶさっていたが、その布にも血が滲んでいた。


 「実際に見てみますか?」ドルトルは尋ねる。

 「い、いえ。大丈夫です」

 「グレイ、歯型だけでも見ていきなよ」

 「......わかった」

 

 ドルトルはこちらが死体を見慣れていないことを察したのか、なるべく傷が酷いところは隠しながら歯型を見せる。

 そこには本当に人間の歯型と見られる物があった。だいたい予想するのに大人の男性ぐらいであろう。

 位置としては腹の左側。布の隙間から見える切断された左腕には真っ黒に焦げ付いた血。


 「もう大丈夫です」グレイはドルトルに言った。

 「そうですか。何かわかりましたか?」

 「いえ、今のところは全く。ところで魔力の痕跡には本当に魔獣のものしかなかったのですか?」

 「はい、そうですね。被疑者の魔力すら見つかりませんでした」

 魔力痕跡を発見するリトマス紙のようなものに魔力が反応する。

 ということはファミューダ教授は抵抗しなかったのか?忘れないようにメモに取る。

 魔獣を使役するのに使用するものは体内魔力であり、使った痕跡はちゃんと残っているはず。これじゃあ確かに魔獣を疑うのが正しい。

 

 だが、ドルトルが話していたようにファミューダを恨む人間は多い。

 グレイはあまり関わったことはなく、論文をある程度読んだだけであったため、ファミューダという人間のことはあまりしならかったが、こんな酷い人間だとは思わなかった。まあロクな人間が魔術師として大成することが少ないため、驚くということはなかったが被害に遭った人たちには同情の念を抱いてしまう。


 そんな彼女らが、また被害に遭った女性の恋人が彼を許すとは到底思えない。

 だとしたら容疑者は学園の中に?

 

 「なにかわかった?」

 先程まで一人であちらこちらを確認していたツキミが戻ってきてグレイへ問いかけた。

 彼女はそこに死体が転がっているのにもかかわらず、異臭を物ともせずに笑顔を向ける。慣れているのか、それともそういう小説ばっかりよんでハイになっているのかはわからない。

 「いや、全くだ。なんで魔獣の魔力しか発見されないのかが疑問でしかない」

 「歯型の方は?」

 「見たよ。間違いなく大人の歯型だ」といいながら正直言ってグレイに歯型の違いなんてわからない。適当だ。ドルトルが言っているのだから間違いない。


 「ツキミはどうだ?なにか調べてきたのだろう?」

 「ん、まあね。だけどそれらしい成果はなし」

 「そうか。残念だな」

 

 現場の中での成果はグレイもツキミもあまりなかった。わざわざ遠くまで来た意味はなかったようだ。

 ドルトルに感謝の言葉を伝え現場を離れた。




 **********

  

 

 帰路は一人で歩いた。

 アッヘンバッハ家は北区に豪邸を構えているため、殺人現場でツキミと別れた。

 陽は落ち始めており、空は茜に染まりかけている。家につく頃には夜になっているであろう。

 

 グレイは煙草を吹かしながら歩いた。

 昨日、ツキミがアテーナに入学して2日。たった2日である。それなのにグレイの生活にはイレギュラーが起こり続けている。第一に殺人事件に巻き込まれたことである。人の死は、グレイの幼少時代に起きた両親の死以来であった。それまで死とは遠い生活をしていた。いや、実は死とはいつも隣り合わせなのかもしれない。それを緩やかな生活の中忘れてしまっていたのだろうか。魔術師にとって人を殺すのはたやすいことだと思う。殺傷能力の高い魔術を使う魔術師なんてゴロゴロいる。職場の教師も、生徒でも。もし争いが起こったら間違いなく死人が出るだろう。そういうのを避けようとグレイはそれなりに気をつけてきた。だが、ツキミが入学してきた途端これだ。きっとツキミには目には見えない磁石のような何かを持っているのであろう。それは厄介であり、謎であり。グレイがあまり嬉しいとは思わないものを引きつけるものを。

 

 身の回りで起こる困難を相手にグレイは生活をしていかなければならないと、覚悟を決めなければならない立場にいる。だが逃げ出すことはきっとできない。ツキミがそれを許さないだろう。つまりグレイに選択肢はない。

 まるで世界が変わったかのようだった。

 2日でこれほど見る世界が変わることはない。だが経験したことはあった。それは両親が死んだとき、そしてアラグゥの弟子になったときだ。そのようなターニングポイントを迎えた。

 

 ならこれまでより一層慎重に行動しなければならない。

 行動一つでグレイに大きく環境は変わり、危険が舞い込んでくるかもしれない。

 考えすぎだろうか?いやそのぐらいでなければきっといけない。


 

 陽は完全に沈み、周りは闇に包まれていく。

 街灯には明かりが灯り始め、夜の街を楽しむ大人たちが多くなってきていた。

 そんななかで暗い、思いつめた顔をしているのはグレイだけであった。

 だが南区に近づくにつれ、明かりは薄れていく。気味が悪いと思う人は多いが、グレイにとっては心地よいものであった。暗闇に恐ろしいと思ってしまうのは、見えないという視覚的恐怖からだ。それでもグレイが心地よいと感じるのは、この風景がグレイにとって日常を象徴するものであったからだと推察する。陽に照らされるように表立つ人物ではグレイはない。こうやってまるで顔のない人間のようにいてもいなくても変わらない風景のように生きてきた。この暗闇はそのように視覚的にしてくれるから心地よいのだろう。


 煙草はずいぶん短くなった。

 時間を意識するのは時計を見たときと、煙草を吸っているときだけだ。

 口から溢れ落とすかのように煙草を地面に落とすと、ちょっとした魔術ですべてを灰にする。燃え尽きた灰は風に運ばれて消えていった。いつかは自分もそのようになるのかもしれない、そんな予感を感じながら家へ向かった。



 ***********




 グレイと別れたあとツキミは一人で歩いていた。

 彼の反応を見ている限り、何かしら発見があったように思える。それを口に出さなかったのは単純にその考えが正しいと信じ込めなかったからだろう。私がなにもなかったといったのもそれに近かった。

 

 ツキミの眼の前を導く微かな光。

 精霊魔術。それかツキミが使う魔術だった。自然魔力にツキミの魔力で精霊に昇華させる。自然魔力は漂う空気みたいなもの。それをうまく活用する。自分の魔力は精霊を使役したりにしようされるが、昇華させることや使役することは難しいとされるが、ツキミは難なくこなすことができた。だが通常の魔術は苦手である。

 今彼女が精霊に命令しているのは、あの魔獣の魔力の残り香をたどることだ。この先に犯人が待っている。まるで犯人を追い詰める探偵みたいな気分でドキドキしていた。戦闘になるかもしれないという恐怖心は不思議となかった。それはハイになっているのだと自分で納得していたが、危険に踏み込む緊張感だけは感じていた。


 精霊を体の周りに配置し、どこから襲われても対応できるようにしておく。

 今では北区の街を離れ、そこには山につながる森林が広がっている。森には獰猛な獣たちがいるためあまり近寄らないように国民には注意されている。もっと北に行くと国の境目である高い山々が連なる。

 これ以上行かないほうがいいのでは?と森の入口の前で立ち止まる。ここまで来たのだからせっかくだしいこう!と踏み出す。だがその踏み出された足は少し行った先で止まることとなる。


 「え?」

 ツキミは困惑した表情を浮かべる。

 精霊は役目を終えたため、魔力となって消滅した。

 そこはただの獣道。何かが潜む洞窟でもなく、行き止まりでもない。ただの道の途中。

 まるでそこで魔獣自体の存在が消えたかのように痕跡も消えていた。

 魔獣の場合常時魔力を少しづつ排出しながら生きる。その理由は定かではないが、自分の縄張りを主張するためであったり、自分のたどってきた道を戻るため、魔力をためすぎないようになど諸説ある。だがそれは微小であり魔力痕跡を調べていくのは困難である。だからあそこにいた兵隊は気づかなかったのだろう。精霊魔術の場合は魔力を操作する、そのため微かに残る魔獣の魔力を調べることができる。


 だが、そんな魔力がこのように痕跡も残さずに消えるはずがない。

 何が起こったのか、それをツキミは理解することができなかった。

 

 森の中はそんなツキミをあざ笑う。

 夜となって湿った動物の糞などと混ざりあった香りがする。肌を撫でる風は凍えるように冷たい。いや、冷たいのではなく、信じられない現実を目の当たりにして慄いているのかもしれない。狐に化かされたということわざがピッタりだ。


 未だに現状を理解できていないツキミは呆然とした意識の中、興奮していた気持ちは静まり返り、空っぽになった頭。ぽつりと「信じられない」と呟いたあと少しの間時間を忘れ、精霊が消えた位置を、虚空を見つめていた。もう一度そこに戻ってきて、私を魔獣導いてくれないかという淡い期待を持ちながら。

 

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