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思考の海へ

 ツキミは少しばかし肩を落としながら帰路を歩いていた。

 帰路といっても今日から帰る場所は、長年過ごしてきた屋敷ではなく、学園の寮であるため、落ち込んでいたが浮つく心もそこにはあった。

 これまでは屋敷の召使いなどに世話をしてもらっていたため、本当に自分ひとりで生活していけるのだろうかと不安に思う気持ちもあるが、やはり新しく始まる生活を楽しみにしているの一番だ。


 太陽は高い位置にあり、少しばかしこの厚着である制服では汗をかく。何より黒色であるため光を吸収しやすいため、ローブの中の気温は高くなっていた。

 なんとかしてグレイを家に呼び、殺人事件を調べるのを手伝ってもらおうと画策していたのだが、まさか仕事だからという面白みのない返事が来るとは想像していなかった。こうなるのであればお祖父様の名前を出せばよかったと公開する。今朝方第一の発見者として死体を見たのは驚いたが、こんな面白いことになるとは想像していなかった。まあ殺人事件を面白いことと言ってしまえば不謹慎極まりないが、実際のところはこの状況をツキミは楽しんでいた。

 

 入学式の当日に殺人事件が起こり、そしてその第一発見者が私。

 騎士様にいろいろ事情聴取を受けてうんざりもしたが、話を聞けば聞くほど不思議な点が多くあり、まるで推理小説の中に登場する殺人事件のようだ。


 それをツキミはグレイに解いてもらおうとしていたのであった。

 なぜ自分がこの謎を解こうとしていないのは、思考してもツキミには全くわからないし、何より探偵役は私ではない。もっと適任がいる。

 きっとこういうことを素直にグレイに言うと、面倒なことを押し付けやがってとグレイは嫌がるであろうが、彼はなんだかんだ無茶ぶりをされると燃えるタイプだとツキミは長い付き合いから知っていた。


 こうなれば帰り際を狙うか。

 それとも学園の中で接触するか。

 

 どうでようかしら、ツキミは微笑みながら考えた。

 


 ********** 



 昼休みも終わり、満腹感からくる睡魔と戦いながらグレイは本を読んでいた。

 ときにうつらうつらと船を漕ぎながら、それでも寝てしまわぬにように文字列に集中する。

 今読んでいる本は魔術とかではなく、生徒の指導の仕方みたいなマニュアルであり、担任をするからにはこれを読めと、全くグレイとは関係ない先生に押し付けられたのであった。(てかあいつ一体誰だよ)


 古いのか本からはカビの臭いがし、何より無駄に分厚い。何人に渡ってここに辿り着いたかは知らないが、紙の端には皮脂の油と垢で茶色く変色していた。長時間持っていたからか手首には鈍い痛みがあった。正直に行ってこの本なんて読まなくてもやっていけるだろうが、この本を読まないということは押し付けてきた奴に負けてしまったかのように思えてくる。


 負けるのは嫌いだ。何においても、誰かより劣っている自分が嫌いだ。

 そんなくだらないプライドのようなものが無ければ楽に生きれるだろうが、そんな楽な生活より苦しんでいるほうが楽しいのも確かだ。グレイは逆境を楽しむことができた。それはいつも負けていたからだろう。負けていたから負けることに慣れ(でも悔しいと思う)、その中で自分の弱さと対峙しそれを乗り越えて打ち勝つのが面白いと思った。

 

 汚れた頁をめくる。なんて退屈な本なんだ。

 文字を読むスピードは次第に遅くなっていき、ついには文字すら彼の目に入ってこなかった。

 まあこんな本を読んだところで何も変わりやしない。なにも利益になりやしないことに時間を掛けるのも無駄である。これは負けではない。と言い訳をし本を閉じた。

 今のグレイの頭の中には、昼食時にツキミが言ってきた猟奇的な殺人事件のことを考えていた。

 

 死体の四肢は切られ、だが止血されている。

 四肢の一部分は死体の胃袋の中、穴の空いた胴体に、人の歯型。

 そして何より魔術師としてなかなか腕の立つファミューダ教授だ。彼の魔獣には3匹ほど戦闘に特化されているものがいて、必ずその中のうち一匹、最小の魔獣をカバンに隠していると聞いた。そんな彼があっさり、しかも拷問まがいのことをされているのだから不思議なものだ。


 ファミューダ教授に何が起こったのだろうか。 

 ツキミの話を聞いていたときにはただ残念だと思っていたが、今となって気になってきた。暇だからであろうか。


 本を机を置き、煙草に火をつけた。

 肺に煙が届き、煙は血液中に溶けていく。

 本を読んでいたときに感じていたカビの不快な臭いは煙草が忘れさせる。 

 退屈でグレイを眠りへと誘おうとしていた睡魔は、煙草の臭いで退散していく。

 すっきりとした思考の中でグレイは思考の海へと潜り込んでいった。

 

 真夜中に殺人。気づかれにくいだろうが、あれ程の殺し方をしておいて気づかれないということはあるまい。四肢を切り落としたときには、たとえ遠くにいても叫び声が闇に木霊するだろう。そんな事ができるのは計画的に人が来ないように仕組んでいたか、それとも魔術による人払いか。まあ殺人を行うために仕組むなんて馬鹿なことはしないであろうから、後者だろう。

 その魔術師はファミューダ教授を出し抜けるほどの実力者なのだろうか、そんな実力者はグレイの頭の中では今の学園、いやこの国最強の魔術師であるアンキルド教授ぐらいしか思い浮かばない。


 どうやってを考えるのはやめよう。魔術師であればたとえ不可能な方法での殺人も可能にしてしまう。

 

 歯型、それが引っかかる。

 人肉を食べる人間なんてほぼ存在しないであろう。中には盗賊で襲った人間を食べるという民族がいるという噂は聞いたことはあるが。

 本当に食べるようなら死体を放置していくだろうか。

 もしいたとしてそいつは人間を殺さないと生きていけないはず、なら定期的に殺人を繰り返す。それでもいままで生き抜いてきたのであればこんなヘマはしないだろう。

 なら今回が初めてか?いや気分的にしてしまうってこともあり得る。

 死体を食べる......人肉を食べる......。

 その心理は一体どうだったのか。

 

 眼の前にはファミューダ教授の死体。 

 ツキミからどこに歯型がついていたかは聞いていないが、それを噛みちぎろうと肉に刃を突き立てた。そこには人に無くてはならない体温は失われていき、皮膚も固まってきているためうまく噛みちぎれない。 

 歯が肉を貫いた。

 口の中には液体とは言い難いドロリとした血液が口の中を満たしていく。皮膚からは垢であったり汗であったりと嫌悪感を抱いてしまう味は次第に鉄の味が上書きしていく。

 

 ゔ、グレイの息が詰まる。

 胃の中のものがこみ上げてくる感じがした。想像しすぎた、いつの間にか口の中には強く唇を噛みすぎたせいで出血しており、口の中には想像と同じように血の味が広がっている。

 息は吸うことができず、心拍数が跳ね上がる。体中の皮膚からは汗が吹き出し、確実に自分がまともな状態ではないということがわかる。まともな状態ではない、か。脂汗が額を流れる。

 思考を止めようとすると、どこからか「考え続けろ!!」と怒声を上げる誰かがいた。耳元で叫ばれたため鼓膜はキーンと痛む。一体誰だ、怒鳴っているのは。

 苦しみの中、まるで水中で息を止めている下の状態でまた勝手に思考が回転し始める。 


 まともな人間ではない。まともな状態の人間ではない。 

 だがまともではない人間に、ファミューダ教授をあれほどまでにぼろぼろにできるか。できるはずない。

 そいつはまともでいながら狂っていたんだ。

  

 視界は光を失っていく。

 苦しい、もがきながら水面を目指し藻掻くが、浮き上がろうとするグレイの足を誰かが掴み、深くへグレイを引き込ませる。

  

 ファミューダ教授の死体が確認された。だが、彼が連れていた魔獣はどこだ?

 魔獣の死体がなければおかしくないか?

 「考えろ!!!」

 またも怒鳴る。本当に一体誰なんだ。

 だが怒鳴られるほど思考は不思議と加速していく。

 怨恨程度でこれほどの殺しをするか。

 これほどの恨み、俺はどうされたら持つ?

 家族を殺されたとき?大切な人が犯され殺されたとき?

 殺そうとは思うかもしれないが、これほどの残虐な行為は思いつかないだろう。

 ちりちりと頭の中で火花が散っている感覚を持つ。 

 

 一体誰なんだ、お前は。

 暗闇の中でこちらを睨むお前は一体誰なんだ。

 まともでいながら狂っている、一体どうしてそうなった。

 一瞬かすかだが、感じた違和感にグレイは終点を当てる。まるで思考するべき道を見つけたときのような感覚であった。それは数学で問題を解くときに、難解だと思っていた数式に、正しい答えへと導く公式を当てはめたときのような感覚だ。


 この違和感を糸をたどるように思考してけば、答えにたどり着ける......?

 そしてグレイがその血液のような赤をした糸を掴もうとした。

 


 *******



 

 「...... レイ、グレイ!!!!」

 気がつけば目の前にはエイブが、まるで死にそうになった人間を助けたくて必死になっているような表情をこちらに向け、グレイの肩を揺さぶっていた。


 いつもの男前ともいえる爽やかな笑顔は、いまは見る影もない。いつも整えられている髪の毛には汗水が滴っており、相当慌てていたのか、それとも長時間動いていたのか、どちらかなのだろう。グレイが小さく「あ」とつぶやくと安心したかのようにため息をついて、「よかった〜」と言った。

 

 エイブ・シュピーゲル。スラッとした長身に、少し茶色に近いブロンドの髪。華やかな印象をもたせる明るい笑顔。そのため今も白衣を身にまとっていた。

 グレイの学園生からの友人であり、今ではアテーナで魔術研究員をしていた。

 いわゆるイケメンであり、顔において、性格において、そして魔術の才能において勝てる気がしない。なんでこんな人生薔薇色のような人間が俺に近づいてきたのだろうかと不思議に思うが、俺に気を使っているのだろう。


 どうしても今の状況が飲み込めない。グレイは見渡した。

 先程まで吸っていたはずの煙草は指に挟まっておらず、煙草を持っていた指には火傷をしたように赤く水ぶくれとなっている。そして煙草は灰となりズボンの上に落ちていた。体は長時間座っていたためか筋肉が固まっていた。

 「どうした、エイブ?」

 「どうしたじゃねぇよ!お前こそどうしたんだ」

 「は?煙草を吸っていただけだが」

 「タバコを吸っていたら煙草を灰にしてズボンにこぼさねぇし、お前何時だと思ってる?」

 「2時くらい?」


 考え始めてそれほど時間が立っていないだろう。

 だがエイブはそんな俺の返事を聞いてわざとらしく大きく肩をすくめた。

 「6時、もう退社時間すら過ぎている」

 「はっ!?」

 慌てて窓を見る。そこには先程まで間抜けそうに地を照らしていた太陽はいなかった。

 次に左手につけている腕時計を見るがそこにはエイブが言っているように6時を指していた。

 

 「まじか......」

 「まじかじゃねぇよ。一体何してたんだお前」

 「考えてた」

 「考えていたって......今度は何を考えていたんだ?」

 「今度?前にもあったか?」

 「俺が知っている限りでは4回はある。でどうなんだ?」


 4回も......。密かにグレイは落ち込んだ。

 そしてエイブにファミューダ教授のことを考えていたなんて言っていいのだろうか。ツキミが言わなければ俺は知っていないはず。情報も規制されているのかもしれない。下手に口を開いて疑いを向けられたらたまらない。だが、エイブがそんなことをするだろうか?


 悩んだ末に、グレイは「担任になって本当にやっていけるか考えてた」と言った。

 「ああ、担任になったってな。おめでとう」

 「何もめでたくないよ。押し付けられただけだ」

 「そうか。まあそんな気はしてた」 

 「一年生ほど扱いづらい生徒はいないからな、ちゃんと教育できるか心配だよ」

 「グレイならきっとできるよ。なんだって高校で一番の秀才なんだしな」

 「思ってもないことを。筆記テストなんて魔術師の評価に値されないぜ」

 「だけど教師には必要だと思うよ」

 「だったらいいんだけれどな」

 


 「で一体エイブは何しに来たんだ?」グレイは思い出したかのように言った。

 エイブがこんなところに来るなんて滅多にない。大抵は廊下などですれ違ったときに飲む約束などをするが、こうしてどちらかが何かしらの目的を持って会うことはない。

 「お前が変だって言われて確かめに来た。それだけだ。とりあえず帰ろうぜ、心配したんだから今日はお前がおごれよ」

 「すまないな、今日はもうすでに財布は空なんだ。諦めてくれ」

 「なんだと!?なら借金な。後でちゃんと取り立てに来るから覚悟しとけよ〜」

 「結局飲むのだな。なら俺のクラス担任を祝ってお前の奢りでよろしくな」

 「しゃーねーな」

 二人は職員室をあとにし、暗くなった道を歩いた。

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