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事件は知らないところで起こる

  ホームルームも終わり、今日のやることが終わった生徒たちは下校した。

 入学してからの一週間はこの学園に慣れてもらうために授業などは行わず、学園を案内したりこれからどのようなことを行っていくのかなどの説明が入っていた。これまで生徒たちが送ってきた学園生活とは全くと言っていいほど異なるこの学園では、戸惑ってしまうことが多いだろうという学園側の配慮であった。


 これからはまだ大人になりかけの生徒たちを引き連れて学園を案内するという明日行うことは、グレイを憂鬱な気持ちにした。常識人たちが集まった学園であれば、あれが新入生か〜ぐらいの温かい目で見てくれるのであろうが、ここには子供のような大人が多いため、苛ついた瞬間魔術を飛ばしかねない。案内するだけで命の危険があるのは、どこを探してもこの学園ぐらいだ。


 魔術理論科の職員室にはグレイ以外誰もいなかった。

 他の教師たちは今は授業の最中だろう。本来グレイも今の時間帯であったら授業に駆り出されていたのであろうが、これがクラス担任の恩恵なのだろうか。

 入れたばかりの珈琲に口をつけ、一息入れる。安っぽい椅子に体を預け、瞳を閉じた。

 クラス担任という慣れない仕事をしたせいか、大したことはしていないのにドッと疲労感を感じた。それは自分の体が重くなったのか、それとも重力が強くなったのか、わからない。だが、確実にグレイは疲労していた。


 時計を見るとお昼前。空腹感はあった。

 今の時間帯であったらレストラン街は空いているだろう。普段であれば生徒や教師たちでひしめき合っているのだが、まだ授業の途中であるこの時間帯ならすんなりと食事ができるであろう。

 よし、飯にしよう。

 グレイは立ち上がり、まだ熱さが残る珈琲を飲み干し、重たい体を引きずりながらレストラン街に向かった。



 職員室などが並ぶ南棟校舎を出て、広場を抜けて学園の北側に存在する学園街へと向かう。

 学園は街の中心にあるため、学園街には誰でも入ることができ(校舎の方には入れない)、そして学園生に少しでも良い環境で魔術を学んでもらえるようにと破格でいろいろなものが手に入るようになっていた。

 

 南棟校舎を出て学園街に向かう途中にある広場でグレイは立ち止まった。

 それは今朝も見た光景にとても近かった。

 真ん中に置かれている噴水、それを囲むように置かれている3基のベンチ。

 その一番右端のベンチに座り、手に持つ本に視線を落とすツキミの姿があった。

 なんでこんなところにこいつがいるんだ。グレイア理由を考えようとした思考を一瞬にして止めた。どうせ考えたところで俺にはわからない。

 幸いにもツキミはこちらに気がついていない。熱心に分厚い羊皮紙のカバーの本を捲っている。


 とりあえずこの場を切り抜けることが最優先としよう。

 なぜそう思ったのかはわからないが、きっと一人の静かな食事を邪魔されたくなかったのだろう。

 選択肢はここを通らずに、遠回りだが東門の近くを通って向かうのがいいだろうか?いや、そうだとレストラン街が混み始める。なら取るべきはばれない程度に距離をとって最短距離で逃げ切る!

 

 歩幅を少し広げ、噴水でツキミの視界に入らない左端のベンチを通って広場を抜ける。

 心臓は高鳴り、まるで悪いことをしているような罪悪感も覚えるのだが、危険と隣り合わせになっている校長感もあった。

 広場を抜けると次第に心臓の高鳴りも落ち着いていき、よかったーと安堵の気持ちがこみ上げてきた。


 さてと、レストランへと向かうか。



 ***********



 学園街の中心部にレストラン街はある。

 料理の種類は多く、決めるのにも時間がかかりそうだったが、今日はなんとなく自分にご褒美を上げてもいいだろうという気分になったため、少しお高めのレストランに入ることにした。

 北門から学園の広場に通じる大通り、ここはきれいに整理されており、一般市民の方々も多く通っている。

 そこには母会みたいなことを行っているのだろうか、主婦らしき女性たちがカフェで話していたり、お昼休みに入ったのだろうか、学園の職員の人がレストランを探しさまよっている姿も見えた。ちなみに学園の職員だとわかったのは、スーツの襟に小さい限りなく黒に近い灰色のピンをしていたからだ。どうやら魔術師というものは黒が好きらしい。そのせいで何でもかんでも黒になる。俺の予想だが、いろいろな実験で服を汚してしまうため、汚れが目立たない黒にしたか、人にあまり見られないようにするため目立たない黒にしたのか。正直に行ってグレイにはどうでもいいものであった。


 広場を出て、北門に向かい5分ほど歩いた。

 そこにグレイの目的のレストランがあった。外観的にはおしゃれだと思われる。ペンキでモスグリーンで壁が塗られており、窓ガラスからは中が覗けるようになっている。扉は深い色の木の扉であり、それを押して入るとキレイな音色の鈴がなった。

 

 店員に導かれながら案内された席へと座った。

 中にはちょうどお昼になったばかりであったため人は少なく、あっさり席につくことができた。

 一人なのになぜか四人席に案内されていたためここにはカウンター席はないのだろうかと不思議に思ったが、入ったときにはちゃんとカウンター席はあったため、どうして自分がここに座らせられたのかはわからなかったが、座った途端に理解した。


 「なんでお前がいる......」

 げんなりとした表情でグレイは言った。

 眼の前にはにこにこと微笑んでいるツキミ。たしかにこいつは公園で本を読んでいたはず。

 見間違えだろうか、なんて一瞬だがグレイは自分を疑ったが、彼女の特徴的である右手の中指にはめている指輪は確か見たときにあった。ならこちらをついてきたのだろうか。


 「黙って行っちゃったからついてこいって意味かなって」

 「ついてきて欲しかったらちゃんと口で言うよ......」

 「まあいいじゃない、お昼にしましょ!」

 「奢らないぞ」

 こんな少し高いレストランで奢ることはグレイの財布事情に深刻なダメージになりかねない。そんなグレイのことなんて気にしないかのようにツキミは不思議そうに頭を傾けながら「なんで奢るのが前提なの?」と言う。

 「......まあいいか」

 グレイは諦めるようにそうつぶやいた。



 二人は同じものを注文した。それはここのおすすめとなっている鶏肉を香辛料で漬けたものを丹念に焼いた料理であり、スパイシーな味わいに、一緒にお皿に盛られているマッシュポテトやみずみずしい野菜の葉と一緒に食べることでいろいろな食べ方の変化を楽しめるというものであった。ツキミはどうか走らないが、グレイはここに始めてきたため、そこそこ楽しみにしていた。 

 

 グレイは煙草に火を点けようとし煙草を咥え、軽い火を出す魔術を使おうとしフィンガースナップをしようとしたが手を止めた。せっかくだし煙草は食後にしておこうと思ったからだった。煙草を吸ったから料理がまずくなるということはないだろうが、楽しみにしていたレストランでもあったため、グレイの手は自然と止まっていた。


 「別に私に気を使わなくてもいいのよ」

 ツキミは先程公園で見たように本に視線を落としていたが、こちらの動きに気づいたのだろう、言った。

 「いや、少しでも料理が美味しく味わいたいと思っただけだ」

 「そうなの。そんなにも個々の料理は美味しいの?」

 「いや、俺も初めてなんだ。だけど生徒たちの評判はいいぞ」

 「へ〜。おしゃれな雰囲気だし、デートをしているみたいね」

 ツキミは周りを見渡しながら言う。確かにクリーム色の壁、丁寧に揃えられた装飾品たち、窓から入ってくる日差しを最大限使って部屋の中を明るくしている。雰囲気は同意だ。だが

 「デートならもっと心が弾むのだがな」

 「私は弾んでるわ」

 「おい!こちらに指を向けて魔術を発動しようとするな!それは弾むのじゃなく恐怖で心拍数が上がるの間違いだ!」

 「そうなの。知らなかったわ」

 すっとぼけたかのようにツキミは言う。指先を下げられたことにグレイは胸をなでおろした。

 「絶対しっていたろ......」

 


 なんてやり取りをしていると料理は運ばれてきた。

 

 大きなお皿に載せられている料理の数々。

 食欲をそそるスパイシーな香りに、脂身の多いもも肉を使用されている。これでは胸焼けがしそうだと思ってしまうが、添えられた肉を包む野菜の葉、そしてマッシュポテトと味のバリエーションが楽しめそうだ。

 口に入れる。うん美味しい。

 一日気が落ち込んでいたが、これを食べることによって少しは機嫌が良くなった気がする。やはりおいしい食事は精神的な健康にもつながるな。


 ツキミも美味しそうに食べている。

 食事の間は静かになった。肉を突っつくフォークとナイフの金属音がやけに大きく聞こえる。だがそんな静寂は二人には別に居心地の悪さを感じさせず、むしろ落ち着いた空間に感じた。

 グレイは少しツキミに視線を向けた。育ちのいいお嬢様は食事のマナーはしっかり身につけているようだ。美しい所作を真似しようとグレイは考えてみるが、見てもわからないので諦める。別に所作なんてどうでもいい、今は美味しく味わおう。


 皿の上にあった料理は平らげられ、二人の机には二杯の珈琲が置かれていた。

 レストランの中もだいぶ人が混み始めており、店の中では料理の香ばしい匂いが充満していた。

 ツキミは砂糖とミルクを一緒に頼んでおり、コップの中には白乳色のミルクが渦巻いていた。

 「ところでグレイ、昨日あったこと知っている?」

 「昨日?いや知らない。何かあったのか」

 「ここの学園の先生が殺されたんだって。しかも猟奇的な殺され方で」

 「殺人に猟奇的なんてないだろう、殺人ってことだけで猟奇的なのに」

 「いやそれが、発見された死体が変でね、四肢は切られているのだけれど、傷口は焼かれて止血されているし、致命傷だったのが内蔵をえぐられたときの出血が原因らしいの」

 なんでこんなにこいつは詳しく知っているのだろうか?そちらのほうがグレイは気になった。

 「そして何より猟奇的って死体には人が齧りついたような歯形が残っていて、他に死体の口の中にも人肉が入っていたの。犯人が食べさしたのかしら?」

 「この話は食後する話か?しかも肉を食べたあとで」

 「別にいいじゃない。話せるのはここぐらいだけなのだし。それに気にしないでしょ?」

 「まあそうだが......」

 グレイは口籠りながら答えた。

 「被害者はなんて名前だったかしら......魔獣を作ったりするのが専門だった人なんだけれど」

 「ファミューダ教授のことか?」

 「そうそう!その教授が殺されたの」

 知らなかった。学園内の人であれば多少情報が入ってきそうなのだが、入ってこなかったのはなぜだろうか。まあ担任で職員室とクラスを行ったり来たりしていたからだろうか。

 ファミューダ教授、魔獣の分野を主に専門としていた。

 魔獣とは、人間と同じように体内に魔力を蓄積することができ、魔術も発動して攻撃するため他の動物に比べて恐ろしい存在となっていた。まあ、魔術を蓄えることができるものは希少であるため、どうしてそのように成長したのかはまだ解明されていない。だが必ず特徴的な成長をされており、それは異常なまでに体が大きく成長していたり、しっぽが二本となっているなど様々だ。

 ファミューダ教授は魔獣を専門としていると言ったが、彼がそのような特異な専門をしているのは、彼が初めて魔獣を作り出したからであった。希少な魔獣を作り出し、それを自分の魔術で操ることができるため、魔術師としての実力も評価されており、この学園の誇る天才の一人であった。

 

 「どうしたの、グレイ。そんな暗い顔しちゃって」

 「なんでもない。それでなんでお前はそんなに詳しくしっているんだ?」

 「それはひ・み・つ!」

 「あそう。まあいいが、あまり余計なことに首を突っ込むのはやめろよ」

 「わかってる。でももし何かあったときは助けてきてね!」

 「お前がなにかあるぐらいの敵なら俺なら瞬殺だ、瞬殺。もしそんなことがあったら諦めて神の元へ召されてくれ」

 とツキミは受け流したかのように言った。

 

 料金を支払い、外へ出た。

 今回の支払いはグレイにとっては財布にはダメージが大きかった......。

 ツキミにはまだ余裕がありそうであった。なんでお前は給料をもらっている俺より財布に金が入っているんだ......。

 外へ出ると、このレストランに入る頃とは違い、大通りでは昼休みで羽根を伸ばしている生徒たちの姿があった。少年少女たちの顔には青春を謳歌しているということを言わんばかりの笑顔を振りまいているやつらに、長い間難しい話を聞いてげんなりしている生徒たちがいた。


 あ〜目が死んでいるなぁ〜。

 ツキミも半年したらこのように目が死んでいるのだろうか?

 なんてくだらない事を考えてしまう。別に何か嫌がらせをしようというわけではない。一年生には、まず魔術が使われる理由や意義、そして原理や理論を徹底的に叩き込む。それまでは魔術すら発動させず、永遠に理論を叩き込む。

 魔術は簡単に人を殺してしまう事もできるため、扱いに気をつけるように叩き込まれるのだ。


 「ねえグレイ、このあと暇?」

 身長差があるため、上目遣いの視線が向けられる。こちらの瞳の奥を観察するかのように深海から眺める海の水面のような美しい青をしていた。

 「もしよければ、私の家でお茶してかない?」

 それはまるでデートにでも誘われているようなニュアンスであった。グレイだって鈍感ではない。何度か女性と付き合ったこともある。

 グレイは一呼吸おき、今できる最大限の爽やかの笑顔を浮かべた。

 

 「ツキミ、知っているか?」

 「なに?」

 グレイは大きく息を吸い、一呼吸で言った。

 「教師は生徒が帰ったからといって仕事が終わったわけじゃないんだ」

 

 

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