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反撃開始

 鋭い爪の横薙ぎが三人を襲うが、空を切った。

 グレイ、ツキミは咄嗟に距離を取り、安全圏まで下がる。だがエイブは最小限の動きでそれを躱し、その巨体の下に潜り込んだ。そしてその腹に右手を当てた。

 

 「そいっ!」といった掛け声とともに、圧縮した魔力を、直接胴体に打ち出す。ドン、と鈍い音とともに魔獣が少しだが両足が宙に浮いた。

 エイブはその隙きを逃さない。すぐに空気中の水分を凍らせ、作った氷柱を放つ。

 魔獣の肉体を貫くと思われた氷柱たちは、その分厚い皮膚にふれる前に水へと戻っていった。

 

 「まじかよ」なんて言いながらエイブも魔獣と距離をとった。「グレイが言っていたことは本当なんだな」

 「何で嘘を吐かなければならないんだ」グレイが魔獣の目に向けて放った火弾は、あっけなく消えていった。

 「まさか俺の魔術まで打ち消されるとは」

 「なんだか俺の魔術がかなりしょぼいみたいな言い草だな」

 「そう言っているんだよっ!!」エイブが放った氷柱は、先程より大きかったが打ち消された。

 

 ツキミは精霊を使役するために精霊たちに魔力を与えている。精霊魔術を使うには必要な準備だ。

 それが終わるまで時間を作らなくてはならない。精霊魔術が魔獣に効果はあるかどうかはわからないが、精霊魔術と人間が使う魔術は根本的に作りが異なる。賭ける価値は十分にある。


 「やはりゼロ距離でぶっ放すしかないか!」と言いながらまたエイブは魔獣に向かって走りだした。

 魔獣はこれまで魔術は効果が無いため余裕綽々としていたが、接近してきたことにより身構えた。

 


 ゼロ距離なら効く。だが、グレイにはその距離に入るための運動能力も、魔術による肉体の強化も無い。無いが、今懐に入っている拳銃がある。不意打ちにはいいだろうが、真正面から撃てば避けられるだろう。そして二発目でも。タイミングが大切だ。

 

 魔獣は先程エイブに下に潜られたためか、警戒するように大ぶりの攻撃ではなく、フェイントのように打ち出される攻撃。接近戦で互角にエイブと戦っていた。巨大な身体をしながら器用なものだ。

 

 だが、ゼロ距離でぶつけようと狙いすぎたせいだろう、口から吐き出された炎のブレスに反応が遅れた。

 炎がエイブの左腕を襲う。直ぐ様エイブはその炎を消すために腕に魔術で作り出した水をかけようとする。その行為が隙きとなり、腕の横薙ぎによって身体は飛んだ。爪による真っ二つは避けられたが、魔術で身体を強化をしていなければ即死していただろう。

 

 「エイブッ!!!」

 エイブの方を目だけ動かして確認、そして魔獣に目を戻す。だが目を戻す頃には魔獣が目の前まで近づいていた。

 速いっ!!

 グレイは後ろに逃げようとするが、これ以上下がってしまうとツキミも射程範囲内に入り込んでしまう。爪だけは避けねばならないっ!!

 

 グレイは後ろに下がりそうになるが、踏ん張り前にいく。エイブのように真下に滑り込む事はできず、無様に転ぶような形で攻撃を避けた。ここで銃を抜けたなら撃てたかもしれないが、その様な余裕はグレイにはなかった。しかし、このままでは丸腰であるツキミが襲われる。グレイは慌てて立ち上がろうとしたが、ツキミを襲うと思われた魔獣はグレイを追い詰めるべく方向を変えた。

 

 「まじかよ」

 どうやらお相手は俺一人を狙っているように見える。

 かなり面倒なエイブでも、なにをしてくるかわからないツキミより、なにもできない俺を真っ先に狙うとは。後に置いておいても赤子の手をひねるぐらい簡単な相手を真っ先に狙うとは。


 鋭い爪がグレイの正面をかすめるようにして地面に突き刺さる。こうなってしまえばグレイの後ろには誰も居ない。とにかく逃げていける。そして魔獣の後ろの向こう側で変化が起きた。 

 

 なにもなかった空間から魔弾が放たれ、魔獣の体が大きく怯んだ。魔弾はその一つだけでなく、初めの一発をスタートの合図のように四方八方から魔弾が魔獣に向けられ放たれていた。

 

 「おまたせ」とでも言いたいかのように、魔獣の向こう側では、ツキミがこちらに笑顔を向けていた。

 しかし、そんなツキミの笑顔とは相対的に戦闘は芳しくなかった。魔弾は魔獣に当たるが、やはり身体に覆われている魔力の障壁のようなものに遮られてしまっている。精霊魔術ということもあってか少しばかりダメージは入っているが、それは擦りむいた傷のようなものでしかなく、致命傷には程遠いものだ。


 「ツキミ油断するな!その魔弾は魔獣に効いていない!」

 ツキミは一瞬えっ?と疑うように魔獣を見、そしてその大きな目を更に見開いた。

 精霊魔術が特別だからといってあの魔獣の障壁を破ることはできなかったか......。

 

 魔獣は精霊に気を取られていたが、所詮魔弾を放つしか能がない、いわば周りに集る蝿のような存在であることに気づきすでに相手をしなくなってきている。

 

 エイブは起き上がって入るものの、ダメージが予想よりも大きく経っているのが精一杯の様子だ。

 参った。そんな言葉が相手に通じれば俺は苦労しない。ちなみに参ったなんて言ったら直ぐ様俺の首が吹き飛ぶだろう。

 くそ、カッコつけて、魔獣を姿を表せることには成功できてもこれかよ。

 胸にずっしりと存在感を出している銃を抜く絶好のチャンスすらやってこない。(ちなみに先程魔獣が怯んだ瞬間グレイも同じように驚いていたためチャンスを逃していた。)

 


 他になにかこの戦況を変えられるような、そんな秘策はないか。

 襲い来る魔獣の攻撃を無様に避けながらグレイは考える。

 この戦況で一番厄介であり、そしてそれを失えばまっさきにこの一方的な戦況を逆転せ焦られるものなんて有りはしない。こつこつやっていくか?いや、それほど俺の体力は持たない。

 エイブに頑張ってもらうか?いやこれ以上巻き込んでおいて無理はさせられない。あいつにはまだ輝かしい未来や成績を残せる人材だ。こんなところで死なせてはならない。


 逃げるか?逃げ切れるわけ無いだろう。

 勝つか?勝てる訳がない。このままじゃ。

 それじゃあどうする。それじゃあどうするグレイ・エレボス。


 お前は魔術の才能は無かったが、努力で多少魔術も使えれるようにもなったし、魔術の知識であれば同学年で敵うやつはいないし、もしかしたら研究者より持っているかも知れない。まあ今回の魔獣の件では全く役には立たなかったが。

 でも、でもだ。こんなところで何もせず、あっさりと死ぬことを受け入れる男ではないだろう。前はそうだったかもしれないが、今の俺にはそんなことはしない。ギリギリまで生き残る策を考えつくはずだ。

 

 

 魔獣の炎のブレスによって衣服が焦げたような匂いを発する。ついでに皮膚も焼けたのだろう、無数の針を刺されたかのような激痛が走るが、グレイには痛みは思考の壁によって感じることはなかった。

 向こうでツキミがなにもできない自分の無力さを噛み締めながら何かしらの魔術を放つが、それですら魔獣の魔力の鎧には敵わない。

 

 今一瞬なにかグレイの脳裏に光が差したかのような気がした。

 なんだ、なにか今引っかかった。何だ!?

 痛み、焼ける、激痛、ツキミ、魔術、魔力の鎧......。

 

 ......っ!!

 「ツキミ、精霊魔術だ!」グレイは叫ぶ。

 「でも精霊魔術だと......」

 「お前の魔力ではなく、魔獣の魔力を使わせろ!!」 

  ツキミはグレイが言ったことをすぐ理解したようで、すぐに行動を移した。

  

 魔獣はこの声についてなにか思ったのか、何か警戒するかのようにグレイへの攻撃を緩めていった。

 その行動にグレイは確かな確信を得た。

 この魔力の鎧、人間では真似できないぐらいの高濃度の魔力を鎧を作って、魔力を無効化している。相当な、それは街一つ消してしまうほどの魔術でないと防げないぐらいの高濃度の魔力で。エイブの初撃を食らったのは、魔力は人間は触れることができない。魔術によって物質化させることが出来るのだが、それはいづれ。

 エイブは高濃度の魔力をすり抜け、腹に直接自分の体内魔力を使用して衝撃を与えた。それによってその攻撃は相手にダメージを食らわすことができたのだ。

 

 だが、そんなことわかったところで、魔獣に触れないとダメージを与えられないという絶望的な状況しかしることができなかった。それに、そんなことを何かしらの方法でこれを破るには非常に難しい。ツキミの精霊魔術が使えないとなるとその方法は今のグレイには思いつくことができない。

 

 だが、ツキミの精霊魔術は違う。

 精霊の魔力は使用者の魔力。なら、その使用者の魔力を使用し、魔獣の魔力を使い、その魔力で攻撃できたらどうなる? 


 相当魔獣の魔力が濃かったためか、先程の半分以上の速さで精霊たちの準備が終わった。

 そして魔弾が放たれる。これまでは青白い光のようであったり、属性持ちの精霊であればその属性の特徴の魔弾が飛んでいたが、今回魔獣の魔力を使っていたためか、森のなかのような、木々草花土水など複雑に混ざりあった色をしていた。


 そしてその魔弾は魔獣は躱せることなく、その右足に直撃した。

 パンッ、と割れるように消える魔弾。まだ、これも失敗なのか......?

 だが、その途端、魔獣が苦悶の表情を浮かべた。魔弾が消滅した右足部分には何もおきていない。だが、確かにダメージは入っているようだ。


 「よしっ!」ツキミは小さくガッツポーズをする。グレイも同様に心の中でガッツポーズをした。

 これで魔獣に通用する手段を得た。これから、反撃だ。

 そして精霊たちの放った無数の色彩を持つ魔弾が魔獣に向かっていった。

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