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そしてグレイは動き出す

 「それで職員室では出来ない話ってなんですか?グレイ先生?」

 「これで俺の平穏が一つ守られたって話だ」満足気に言った。

 「なんですか、それ」

 

 ツキミの精霊を俺の机の近くに配置しており、グラニドロが使い魔など不審な動きをしたときに行動を起こすようにしていた。なぜこんな手を使ったのかといえば、グレイにそんな魔術が使えないということもあったが、精霊魔術なら誰にもバレることなく出来るからであった。精霊を使役する精霊魔術というのは使える魔術師が希少であり、なにより精霊というのは気まぐれだ。きっと職員室にいた人達は精霊の痕跡を見つけても、精霊のいたずら、日頃の行いが悪かっただけで済ましてくれるはずだ。そのぐらい希少であり、見たことがない人が大半だ。まさか爆発させるとは、精霊魔術をしようしたツキミですら予測していなかった。

 

  これでグラ二ドロも変なことを起こさないようになるだろう。

 

 「驚いた顔が見たかったですね」

 ツキミも少し満足しているようにも思えた。多分授業のことでいろいろ不満や鬱憤が溜まっていたのだろう。なんて話ながら廊下を歩いていく。

 「それで何処まで行くのですか?」用事が終わったのに、まだ歩くことをやめないグレイに疑問を持ったツキミは質問した。「もう用事は終わったじゃない」


 「いや、これの他に用事はあったんだ」 

 「そうだったの」

 まあこっちの用事のほうが本命ではあったのだが。

 

 廊下の窓から朱く染まった陽光が二人を照らした。

 外では授業が終わって、夜までの短いお楽しみの放課後を謳歌しようぞと街に出る生徒や、深夜の研究に向けて今のうちに食事を摂っている人もいた。この学園には様々な人がいるのだ。


 「それで何処に向かっているの?」

 「研究室だ」

 「ファミューダ教授の?」

 「正解」

 ふ〜ん、と俺の表情を探るようにこちらを見た。


 「あれほどもう関わろうとしていなかったのに、どういう風の吹き回し?」

 「これ以上俺の平穏を荒らしてほしくないだけだ」

 「また平穏」クスッとツキミは笑った。面白しろかったのか?

 「もういつ襲われるのか心配しながら生活したくない」

 それに、今懐に忍ばしている拳銃ももうおさらばしたい、というのは言えるはずもなかった。懐の銃が更に重くなった気がした。

 

 「何かわかったの?」

 「ん〜。なにかわかったわけじゃないが、最近魔獣に振り回されて、魔獣の謎について考えてしまうから一番初めに戻ろうかとな」

 「でも初めのファミューダ教授でも、魔獣によるものじゃない」

 「ああ。だが、その魔獣は何処から来たんだ?」 

 「森じゃない?」

 「魔獣がたまたま森を抜け出してきて、たまたまファミューダ教授を惨殺して、森へ帰るってありえるか?」

 「仲間達を実験台にして酷いことをしていたとしたらありえるんじゃない?」

 「それを知っていたらだがな。でも知るすべがない」



 「ならグレイはどう考えているの?」 考えがあるというのに、意地悪するかのように、遠回りをするかのように話すのが腹がたったのか、ツキミの口調が強くなった。 

 「ファミューダ教授の使い魔が、魔獣だと思っている」

 「それはそうでしょう。ファミューダ教授は魔獣を使い魔にしているのですし」ツキミは小首を傾ける。どうやら伝わらなかったようだ。

 「いや、そうじゃない。ファミューダ教授を殺したのが、今回の犯人(犯獣?)が使い魔の魔獣だってことだ」

 「でも使い魔って主人に逆らえないように術をかけるのでしょう?」

 「ああ。だが、例外っていうものがあるかもしれないじゃないか。俺が見た魔獣は使い魔にしては大きすぎる」魔獣の姿を思い出して身震いをしてしまう。「それに凶暴だ」

 

 「でもファミューダ教授ってなかなかの腕前の魔獣使いなのでしょ?」

 「凄いからと言って、全てを思い通りにできるわけじゃない。簡単にできることが多いかもしれないが、それでもその人が困難だと思うことがあるだろう。精霊魔術が得意なお前だって20体の精霊を同時に想いのままに使役するのは難しいだろう」


 「無理ね」

 「同じようにファミューダ教授でも限界というものが存在していたのではないか。それに一流の魔術使いと謳っているファミューダ教授だったら、身を守る術として常に使い魔を忍ばしていたのではないか」

 「後ろから刺されるかもしれないからね」

 「まあそれもあるかもな。なのにその魔獣は死体の近くにはいなかった。それに争った痕跡すら、な。不意打ちだったからか?」

 「つまりグレイは、使い魔に裏切られたからって言いたいの」

 「そんなところだ......着いたぞ」

 

 研究室が集まっている北棟4階、そこにファミューダ教授の研究室があった。

 4階全体が権力を示すかのように、フロア全体が研究室だ。魔獣の研究室だからか、所々から動物の鳴き声が聞こえる。助けを呼ぶような、泣き叫んでいるような......。そんな鳴き声だった。


 この4階まで来る間、この様な鳴き声は一切聞こえなかったが、この階に踏み入った瞬間に聞こえ始めた。

 きっとこのフロア全体に防音の結界が張られているのだろう。ツキミも同じことを思ったようで、「結界?」とこちらに尋ねてきた。それにうなずく。


 「フロアの四隅にきっとこれと同じ物が置かれているんだろ」と入ってきたばかりの廊下の四隅を指した。そこには違和感のないようにカモフラージュされていたが、しっかりと魔法陣が描かれている。「それを直線で繋いだ長方形の内側に描いた魔法陣の効果が発揮するんだろう」

 「で、魔法陣にはなんて描かれているの?」

 「檻だな。防音って感じじゃなく、魔獣が逃げ出せないように、そして外に干渉できないようにって意味の檻なんだろうな」指す位置にはは、四角形の中に縦に4本線が入っていた。

 「こんな感じで檻の意味を持つの?」

 「まあ、描いた人間のイメージも関係しているからな。本人が檻って言ったら檻なんだろう。そのように働くからな」

 「ふ〜ん」ツキミはイメージね......と呟いた。何かいいアイデアが閃いた様子だが、一体何をしようとしているのだろうか。

 「ほら行くぞ」グレイはまだ魔法陣を見ているツキミに声をかけ歩き始める。

 「あ、ちょっと待って!」後ろから小走りに聞こえてくる足音を聞きながら目的地へと向かった。

 


 4階のフロアは研究室、準備室、職員室の順番になっており、グレイたちは職員室に入っていった。

 研究者が多いためか、なかなか広い部屋であった。並んだ机、山のように積まれている書類、本。

 こういう好きなものに没頭できる空間はいいなぁ、なんてついついグレイは思ってしまう。

 

 「すみません、何の御用でしょうか?」

 こちらに気づいた男性がこちらに問いかけた。中肉中背、牛乳瓶のように分厚い眼鏡をかけている。何日か寝ていないせいか目の下には隈が張り付いていた。


 「シルミダさんに用がありまして」隣で何を言っているの?と言いたげな表情をしているツキミの姿が目に入ったが、気にしない。「2週間前にお会いして、お借りしていた書類を返しに来たのですが」


 手にはシルミダに渡された書類を見せる。行方不明となっている人達のリストだ。何でこんなものをお前が持っているのか?と言いたげに表情を歪めていた。だが我に返り、すぐに何もなかったかのように表情を整えた。


 「えっと、シルミダさんは......」もう死んでいるという事実を言うべきか、言わないべきかと迷っている最中だろう。

 「あ、研究中でしたか。いきなり来てすみませんでした」

 「いえ、その......」

 「待っていてよろしいでしょうか?研究室を案内してもらう約束なので、私が来たことを伝えてほしいのです」


 目の前の男は少し沈黙したあと、覚悟を決めた様子で口を開いた。

 「シルミダさんは、殺されました」

 「殺された?」グレイは態とらしく驚いた。大袈裟かと思われるぐらいがちょうどいい。


 「はい......2週間前の金曜日の夜に......」

 「もしかして魔獣に襲われてですか?」

 「何故それを!?」

 「私も襲われましたから」

 

 疑うようにこちらを見る。その視線は明らかに怪しかった。

 「襲われたのも魔獣だったので、そのこともシルミダさんに話を聞こうと思っていたのですが、残念です。この書類はどうしましょうか?」

 「あ、預かっておきます」

 「そうですか。ではお願いします」


 そして職員室を出た。


 

 ************




 「で、どういうこと?」なにも話を聞かされていないことに腹を立てているのか、ツキミは不機嫌そうに言った。「シルミダさんが亡くなったのは知っていたでしょ」

 「ああ。でもこっちの方が、襲われてから事件に関わっていないことがわかる」

 「分られてどうなるの」

 「今回の件で俺がまた動き出すのでは?と焦らせれる」


 自分のせいで死んだと思えば責任感によって動き始める可能性がある。まあ、もう動こうとしない可能性もあるのだが、かなり重要な情報を手に入れているのならば、早いうちに処理をしておこうと思うだろう。


 「まるであそこに魔獣がいるみたいな言い草ね」

 「そうだとも、俺はそう考えた。あ、少し寄る場所がある」

 「私も付いっていった方がいいかしら?」

 「頼む」

 「しかたがないわ」やれやれと言った素振りは見せるが、その顔は頼られていることを喜んでいるようだった。「それで何処へ寄るの?」

 「暇人のところ」

 「???」




 「んで何で俺がお前に付き合わなくてはいけないんだ?」エイブは不満げに呟いた。「それに自分のクラスの生徒を連れ回して。変な噂が広まるぞ」

 エイブを仲間に加えて、三人で学園の広場を横切っていた。もう空は群青に染まり、生徒たちの姿は見えなくなっていた。まだ春ということで少し肌寒い気温は不気味な雰囲気を忍ばせている。


 「そんなことより大切なことなんだ」

 「それに噂が広まっていたほうが、私もグレイに近づきやすいわ」

 「この娘も変わってるな......それで何処へ向かっているんだ?」 

 「殺人現場」

 「現場?この学園の研究者が死んだってやつか?」


 どうやら誰かが殺されたということは知っていたようだ。昨日朝礼で言ったように、最近殺人が起こっていることは知らされているが、それは魔獣によるものだということは伝えられなかった。今回の件にエイブを引き込むのは心が痛まないが、仕方がないだろう。

 

 「ああ」

 「そんなところに俺を連れてきてどうしてほしいんだ?」

 「もしかしたら、殺したやつが出てくるかもしれないからな。念には念を入れたかったんだ」


 エイブはグレイの同級生であり、その魔術の腕は学年トップを誇っている。卒業してからは更に魔術に励んでいるため、グレイが知っている中で一番頼りになる男だ。

 「つまりお前を守る盾になれと」

 「まあ、偉そうな言い方をしたらそうだけれど」

 「もしかしてこの娘もか?」エイブはツキミを指す。「見たところまだ入学したての一年生に見えるのだが」


 ツキミのリボンは一年生の黄色だ。そこをみてエイブは一年生だと考えたのだろう。

 

 「私はグレイの弟子なので当然です」ツキミは胸を張り言った。「グレイの弟子にして最初で最後の最高傑作よ」

 「弟子にした覚えはない」いきなり何を言い出すのやら。

 「でも、私はグレイに魔術を教わったわ」

 「へ〜」エイブは興味深げにこちらを見た。「何時からなんだ?」

 「私が10もいかない年齢の頃から」ツキミはなぜか自慢げに言う。

 「グレイ、お前に幼女趣味があると走らなかったぜ」

 「違う!」

 「そう、今の私もグレイは好きよ」

 「そうじゃない!!」寧ろ嫌いだ。しかし今それを言ってしまえば機嫌を悪くして帰ってしまうかもしれないため、その言葉は飲み込んだ。


 魔獣と戦うからか、ツキミのテンションは跳ね上がっていた。戦うことがそんなに楽しみなのだろうか。自分の今の実力がどれほどなのか試してみたいのだろうか。グレイにはその気持ちは理解できない。ただ、今回の戦闘で誰かが殺されてしまうという最悪のケースばかりが頭の中を横切る。その度に良い作戦を考えた。

 

 「だが、エイブそれなりの腕はあるから安心しろ」

 「ほう、人を褒めないグレイにしては自信ありげだな」

 「ああ。何と言ってもツキミはアラグゥ先生の孫娘だからな」

 「なるほど、だから幼い頃から知っていたということか」ようやく合点がいったようだ。

 「そういうことだ」エイブの誤解を解くことが出来たようだ。

  

 

 そしてようやくシルミダが殺された現場にやってきた。夜であったが、まだ深まっていないため人がよく通る。

 「こんな場所に来るの?」ツキミは質問した。

 「ああ、絶対に来る。実は渡した書類の中に、俺の考えを書いたメモを紛れ込ませた。それが確信に至っていれば間違いないだろうな」

 「そうだったの」

 「二人で何を話しているんだ?」エイブは蚊帳の外にされたため少しだけ不機嫌そうにしていった。

 「いや、なんでもない。それよりも二人共、相手は魔力を纏っているから、気をつけろよ」


 グレイが襲われたときには、全く魔術が効かなかった。いや、身体に纏った魔力によって打ち消されてしまったのだが。

 

 「了解」エイブが短く答えた。その声色はこれまでのものとは異なり、真剣なものであった。どうやら近づいてくる異様な魔力を感じたのだろう。ツキミの表情にも緊張が走る。

  

 ツキミは瞬時に精霊を使い人払いの結界を張った。グレイは魔獣より、今日少しだけ教えた結界をすぐに活用し成功させるツキミの方に驚く。その効果はあってあっという間に人の姿は消えていった。

 

 そして魔獣は現れる。

 こいつを見るのは一週間ぶりだろうか。前よりも体は大きくなっており、隆起した筋肉、人なんて触れただけで紙のように切れてしまいそうな鋭い爪、火の粉を含んだ吐息。

 

 「まじかよ......」エイブは相手が魔獣とは知らなかったようで驚いていた。

 グレイは胸ポケットに入っている拳銃に振れる。


 (今度は前みたいにあっさりやられないぜ)

 魔獣とグレイの目が合う。身体は以前打ちのめされた体がズキズキと痛み始める。その紅い双眸に身体は震え上がる。だが、そのグレイの心が挫けることはなかった。

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