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仲直り

 「お疲れ様でした、グレイ先生」

 今日全ての授業が終了し、職員室でコーヒーを飲んでいると声をかけられた。もしかしたら自分よりも体重が重いのでは?と思ってしまうほどの丸い肉体に、顔には分厚い化粧が施されている年上の女性だった。だが、これほど特徴的だと言うのに、グレイは誰だか解らなかった。

 

 「お疲れ様です」 

 「グレイ先生大変だったでしょう。みんな言う事聞かなくて」

 女性はため息を付いた。口から零れ出てくる言葉は愚痴ばかり。あの子達は私のことを侮辱しているだの、話を聞くふりすらしないだの。話を聞いているうちに、この人が自分の代わりに授業をしていたのだということがわかった。


 「グレイ先生も退院したばかりなので、言うことを聞かない授業は大変だったでしょう」

 「まあ初めはそんなものですよ。まだ彼らは入学したてですし」と言いつつも今日の授業は苦労はしなかった。ただ淡々に話し続け、適当に話を振る。生徒たちは退屈そうであったが、授業というものはそういうものだ。


 「私が見てきた生徒の中で一番酷いクラスですよ」

 「そうですか?」

 「そうですっ!!」

 きっとこんな人だから嫌だったんだろうな〜と思いつつ、相槌を打つ。

 

 「ところでグレイ先生、この後暇ですか?もしよろしければお食事でもどうでしょう?まだこれからどういうふうに授業をしていくのか決めていませんし。それぐらい知っていなければ副担任としてもどうしていいかわかりませんし」

 

 嫌だった。どうせ行ったところでこちらには得はないし、いい酒も飲める気はしない。

 「どうかしました?」女性はなかなか返事をしないため、心配そうにこちらを見ていた。

 「いや、まだ目を通さなくてはいけない書類もありますし」視線を机の上の書類に向ける。そこにはまだ見れていない書類やらがたんまりとある。見ているだけでうんざりするほどの量があるが、休んでいたのだから仕方がないのだろう。


 「別に明日では良くないですか?」

 「いや、いいわけじゃないでしょう」

 「それに私が教えてきた授業の進捗も教えないといけないですし」

 そんなもん飲みながらするもんでもないだろ。どうにもこの女性は良い先生には思えない。

 

 目の前の女性は譲らないとこちらを睨みつけている。どうやって断る?

 一番は相手が断念せざる負えない状況にすればよいが、授業だとかは嘘だろう。弱みを握るためか?それとも友好を深めたいか?でも魔術師がそんなくだらないことを考えるのだろうか。

 

 「どうかしましたか?」

 睨んでいた顔が一瞬緩んだ。なるほど、これはいける。


 「いえ、やはり調子がまだ良くないみたいです。今日は早めに帰ろうと思います」

 「あらそうですか......。お大事になさってください」思った以上にあっさり引き下がってくれた。

 

 慌てて机の書類やらを片付け、帰る準備を始める。

 なのに俺のそばを離れるつもりがないらしい。というか隣の席だと言うのに、なぜわざわざ無駄に近づいてくるんだ?

 

 「お先に失礼します」といって出ていった。

 背中に突き刺さる視線を感じた。嫌な予感がする。だが、一様嫌な状況を逃れることが出来た。走らないように、そしてこの場から逃げ去るかのように歩いた。

 はぁ、生徒よりあの副担のほうが嫌だ。やはり担任を受けるべきじゃなかったなぁ。

 

 

 **************



 いつもよりも早く帰っているおかげでまだ空は明るかった。

 生徒たちはこちらを見ると「さよなら」と挨拶していくので、それに返事する。

 それにしてもこんな時間帯に帰れるとなると、何処かに寄り道をしたくなったりとワクワクしてくる。本屋でも行こうか、それともお酒でも買って家で嗜むか。悩む。


 とりあえず北区に向かう。一番栄えているから、上物とかあるだろう。それに学園職員だと割引効くし、得だ。浮ついた気持ちを抑えつつ、歩いていく。北門付近で友達と話すツキミを見たが、今は話しかける状況でもないだろうし、なによりツキミとは喧嘩の最中のようなものだ。無視するわけでもなく、ツキミの友人が会釈してきたので返した。

 さて、本屋へといくか、そう決めて足を速めた。

 


 少し行くと、後ろから走ってくるような足音が聞こえてくる。

 何かあったのかな、なんて思いながら歩き続けるとグレイの付近で止まったため、振り返える。そこには息を切らしたツキミの姿があった。

 

 「どうした?友達は良かったのか?」

 「どうした、じゃ、ないよ!」息を切らしているため途切れ途切れになる言葉。

 「とりあえず落ち着けって」

 ツキミが息を整えるのを待つ。ツキミは早く何かを言いたそうにしていたが、大きく深呼吸をした。

 「なんでグレイ付けられていたの?」

 「付けられる?なんのことだ?」いきなり何を言い出すんだ?と頭に疑問符を浮かべる。周りを見ても怪しい人影もない。

 「今さっき使い魔らしき鳥がグレイの上を飛んでたから、一応撃ち落としたけれど、魔獣に関係あるの?」

 「え?」

 「気づかなかったの?」

 「ああ」

 「は〜。それでよく魔術学園で先生してられるわね」

 「うぐっ」痛いところを突かれてなにも言い返せなくなる。

 「それで魔獣関係?」

 「違うと思う。多分副担任だ」心当たりがあった。あのババァだ。

 「あのおばさんか......」ツキミが嫌な顔を浮かべた。きっとツキミも苦手なのだろう。


 「とりあえずこんな道端で立ち話というのもあれだし、歩きながら話そうか」

 ツキミは仕方がないといった顔をしながらうなずいた。



 「それで何で副担任の人だとおもったの?」

 「いや、帰り際にしつこく飲みに誘われたからな、体調が悪いって言って逃げてきたんだ」

 それにあれほどしつこかった人が、このぐらいで食い下がるとは思えなかった。何かしら仕掛けてくるのでは?なんて少し心配していたのだが、本当に仕掛けてくるとは。

 「ああ、そうなの......」なにかを察したかのようにツキミは呟いた。


 「もう鬱陶しかったぞ、これからどう教育していくかとか、俺がいなかった間に進んだ授業についてとか仕事を言い訳にしていたけれど、きっと理由は違うんだろうな。担任の座を奪いたかったとか。素直に行ってくれればすぐにでも渡すのに」

 「多分違うんじゃないの?」


 「それじゃあ俺の弱みを握ろうと?俺の弱みを握ったところでなにもないだろうに」なんて頭の悪い。そういうのはもっと一流の魔術師とか、功績を上げている研究者とかにすればいいものの。

 「グレイ、多分違うと思う」

 多分、と言いつつもツキミの言い方ははっきりとしていたものであった。


 「そうなのか?それじゃあお前はなんだと思うんだ?」

 するとツキミは言いづらそうに目を伏せた。う〜ん、とか、あ〜、と歯切れが悪い。あまり聞かないほうが良かったのだろうか?だが決心がついたようだ。

 「あの人、未婚で結婚急いでいるらしいの」

 「あ〜」言いにくい理由がわかった。確かにこれは言いづらい。

 「最近じゃあ若い人や、未婚の男性に積極的に話しかけているらしいわ」

 「あ〜」

 「グレイ、これから大変ね」憐れむな、ツキミ......。

 「他人事のように言いやがって......他人事だったな」

 「そうね。まあこのことは置いておきましょうか」

 「置いておくのか?これからの学園生活が居心地の悪いものになっていくんだけれど、置いておくのか?」

 「じゃあ、若い子にしか興味がないってアピールしていけば?高校生とかがいいとか」

 「言ったら学園から追い出されるから......」こいつ誂っているな。

 「ふふ、それとももう私という婚約者がいるって公表したら?」

 「婚約していないだろ。それにしていたとしても広まれば俺だけじゃなくお前まで被害を被ることになるとおもうぞ?」

 「冗談」といいながら、はにかむようにツキミは笑った。


 病院で喧嘩したあとだったが、すんなりと話すことが出来たことに安心している自分が居た。もしかしたら、俺が入院している間にツキミが死んでしまうってことを考えなかったわけではない。仲違いをしてしまったのも確かだが、それでもこうして話せれていることを幸せと思わなければならないのかもしれない。

 

 「じゃあな。俺はちょっと用事があるから」指で本屋を指す。

 「なら私も。欲しい本があるの」

 「そうか」

 30分ほど吟味し、気に入った本を買う。ツキミは俺に貸してくれた小説の続編を何冊かかったようだった。

 

 「今度こそじゃあな。俺はまだ用事があるから」指で酒屋を指す。

 「なら私も」

 「いや、お前酒飲めないだろ」

 特に未成年が酒を飲んではいけないといった法律は無い。ただ、一度こいつは飲んでぶっ倒れたという前科があった。というか生徒とお酒を探すのはあまり良くないだろう。

 「いつの話をしているのっ!!飲めなかったのは10も歳がいかなかった頃!もう飲めます!」ぶっ倒れたときのことを思い出しているのだろう、少しばかし恥ずかしそうにしながら頬を染める。


 「だとしても、お前と一緒に酒を買う理由はないだろ?」

 「飲めるというところを証明するわ!」

 「証明しなくても別にいいから。じゃあな、また明日」

 といってグレイは酒屋に入っていった。後ろでグレイの馬鹿!って怒鳴られたのは気のせいだ。気のせいだ。



 

 ******************



 翌日、通っているレストランで昼食を咀嚼している最中であった。

 「グレイ先生、お隣よろしいでしょうか?」ふと声をする方を見てみると、副担任がそこにはいた。今日はじめて知ったが、名前がグラニドロというらしい。

 「どうぞ」

 「失礼しますね」

 どっすりと座り、体重に堪えきれなかったのか、椅子が古かったのかはわからないが、ぎしっという椅子の悲鳴が聞こえた。グラニドロはそんなことも気にしせず、グリル定食ご飯大盛りを頼んだ。

 「グレイ先生はよくここに来られるのですか?」

 「ええ」

 「これから私も通おうかしら。とてもお店の雰囲気が気に入ったわ」

 こちらに同意を乞うように言った。とはいえ、あまりおしゃれでもないし、年季が入っているため汚れや埃が少し見えたりする狭い店のため、その大きな身体からしたら狭そうだし、無駄に高そうな服についた埃を叩いている姿を見ている限り気に入っている様子ではなかった。やはりツキミが言っていたことが正しかったのだろうな。


 「ところで昨日グレイ先生は家に帰られる途中大丈夫でしたか?」

 「大丈夫、というのはどういうことでしょう?」質問を質問で返すのはご法度だが、この際は仕方がないだろう。

 「い、いえ、体調が優れなさそうだったので、無事に家に帰れたのかと心配だったので」

 「そうですか」

 

 気まずい雰囲気が漂い始めた。グラニドロはこちらが気付いているのか?と疑い始めたに違いない。だが、俺がそんなことに気付くほどの実力者なのか疑わしいため、きっと迂闊に話しかけられないといったところだろう。探るように話しかけて墓穴を掘るよりかは、話さないほうがマシだろう。

 

 グリル定食は、なかなか来ない。来る頃にはグレイはもう食べ終わっていた。

 「それではお先に失礼します」

 「あ、はい」

 何か言いたげにしていたが、また逃げるようにして職員室に戻った。このストーカーをなんとかしなくてはならない、そうしなければ、俺の平穏がまた一つ崩れてしまう。そう覚悟を決め、グレイは歩いた。



 *******************

 

 

 「これで今日の授業は終了します。ツキミ・アッヘンバッハ、後で職員室に来なさい」

 グレイはそう言うと教室を出ていった。後ろでは、少しざわついていたが気にせず職員室に戻っていった。

 


 職員室に戻り20分程がたった。山のように積み重なっていた書類は、少しずつだが、確実に減っていっていた。

 「失礼します、グレイ先生に用事があり参りました」といいつつ職員室に入ってくるツキミの姿が目に入った。

 どうやらこちらの居場所がわからないようでキョロキョロしている。そして近くにいた先生に話を聞いてやっとわかったようだった。それほど職員室は広く、人は多い。

 「先生、なんのようでしょう?もしかして特別な授業でも施してくださるのでしょうか?」

 「少し手伝ってもらいたい事があってだな」お嬢様のような口調でこちらを誂ってくるが、無視する。

 「手伝ってもらいたいこと、ですか。なにでしょう?」

 こちらを横からチラリチラリと向けられる視線を感じる。どうやら餌にはかかっているようだ。 

 「いや、ここで話すのも周りの人の目が気になる。付いてきてくれ」

 「はい、解りました」

 ツキミはグレイの後ろについて歩く。グラ二ドロは話が聞こえたため、このあとどうなるのか気になって仕方がないように見えた。それはどうだろう、気がある人が、何か隠そうとしながら女子高生と周りには聞かれてはならない話をしに行くのだから。

 

 どうやら迷った挙げ句、昨日と同じように使い魔を使役することにしたようだ。

 (迂闊だな)

 こんな魔術師の巣窟で使い魔を選択するとは。それほど彼女は追い込まれていたということか?だが、もういい。

 「ツキミ」

 「承知しました」

 もともと仕込ませていた精霊が、使い魔を爆破させた。背を向けている状態であったため、一体どうなったのかはグレイには知りようがなかったが、まあまあすごい音がしていたのは確かだ。


 「どうされましたか!?グラニドロ先生!」何処かで悲鳴があがる。どうやら使い魔が爆破したことにより、あたり周辺に血が飛び散り、まるでいきなり足が弾け飛んだように見えたに違いない。

 そんな中、気付かないフリをしながらグレイとツキミは職員室を出ていった。


 


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