退院
放課後となり、ツキミはシルミダの事件現場である西門の方と向かった。
昨日は事件が起こったということを帰り際に知ったため、現場には向かうことはできなかったのだ。
事件現場では情報がもれないようにするためにか現場の周りは布などで隠されており、一人騎士団の兵隊さんが立っていた。町の人達はその場所で何があったのだろう?と少し興味ありげに見ている人が少し見えたが、殆どの人は見向きもせずに通り過ぎていった。
前のファミューダ教授の事件現場を見に行ったときと同じように、指輪を見せて調べているという旨を伝えるとすんなりと事件現場へと入れさせてくれた。
中はファミューダ教授の時とは大違いであり、血は最低限の量で済ましたとでも言いたいのかと思ってしまうほどに呆気ないものであった。 壁などにも血は付いておらず、地面に被害者が刺された場所に血溜まりができているだけであった。
(真反対すぎる現場ね)そう思わずにはいられなかった。
わかることなんて殆どなかったであろう、その現場に精霊たちを操り魔獣の魔力残骸を探させる。
精霊たちは指先に集まりツキミの魔力を吸収した後に、花から飛び立つ蝶のように動き始めた。
ゆらゆら揺れながら周りを散策し、ツキミが指示した魔力を探す。ツキミは魔獣はまた森へ行き、姿を晦ましたのだと想像していた。だが、その予測とは精霊は異なる動きをした。
魔力の残骸をたどっていくわけでもなく、真っ直ぐに迷いなく地面を汚している血に集まっていった。
ツキミも始めは周囲に散らばっている魔獣の魔力を探すために、濃い場所に集まっているのだと考えた。だが、精霊たちは血から離れようとしていない。少しだけでもと待ってみたが、精霊たちはそこから一向に動こうとしていない。そして、始め与えた魔力が尽きたのか、それとも目的を達したためか消えてしまった。
(どういうこと?まるでここから動いていないようじゃない。それに、魔獣ならいるだけで周囲に魔力を出しているはず。それが周囲にもないなんてどういうこと?)
頭の中がぐるぐる回り始める。しかしどれほど考えたところでその答えが見つかることはなかった。
(それにこんな人通りの多いところで誰にも気づかれずに魔獣が歩ける?)
国の中心、そして学園の回りということでこのあたりは人通りが多い。それが夜だとしてもこのあたりには酒場が多く、事件が起こった時間帯でも同じだろう。
(ならどうやって?)
ただ呆然と地面を汚している血に問いかけたが、答えは帰ってこなかった。
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グレイは手に持った銃を自分に向けてみる。
銃口の奥には何がはいっているかは見えておらず、そしてただこの後引き金を引くことによって自らの命を絶てると考えると、自分の命はどれほど軽いものなのかを思い知らされる。だが、この引き金を引く気はなく、他の人達にバレないように布団の中へと隠した。
色んな人からもらった本には手を付けることはなく、ベッドの横に積み重なっている。
普段ならば暇を持て余したときに真っ先に本を読もうと思うのだが、今日はそう思うことはなく、ただぼんやりとしていたかった。
窓の外はもう太陽が沈んでしまい、夜の世界へと変わり果てている。
もうすぐでこの入院生活が終わってしまうと思うと、そしてまた仕事が始まると思うと、陰鬱な気持ちにならずにはいられなかった。昨日のドルトルが見舞いにきてから、グレイを訪問する人は訪れていない。
寂しいとは思わなかった。これまで大人数でいたということは少なく、普段から一人で過ごしてきたためだろう。
ぱらぱらと本を読んでいくことにした。本を読んでいるときは何もかも忘れることができそうな気持ちがしたが、脳裏では事件のことを少しつつ考えるようになっていた。その度魔獣の目が睨んでいるような気がしたが、錯覚だと思い恐怖を押し込んだ。
シルミダが死んだのは口封じ。だとしたらあまりにも行き当たりばったりではないか。行き当たりばったりで殺人をし、そしてバレずにここまでやっていけるのか。魔獣なのに、町中で誰にも目撃者を出さずに行動できるのか、そして自分に不都合な人間を殺し、脅迫するほどの知性を持っているということが驚きだ。魔獣とて動物だ。ここまで高度な思考ができるとは考えられない。魔獣となる間に進化したのか?だとしてもどうやって自分の魔力を森を消した?
わからないことが多すぎる。考えろ、考えろ。だが専門ではないため、可能性を見つけることは出来たものの、確信へとは変わらなかった。
視点を変えよう。現実に起こったことは解らなくとも、理由なら見当がつくのではないか。
第一はファミューダ教授へと怨恨だろう。あんな殺し方をするのだから。でも魔獣がそんな気持ちを持つのか。
ある可能性を感じながら、思考を回転させていった。
だが無性に煙草が吸いたくなり、頭が働かなくなったので保留にしておくことにした。
(早く病院から出て行きて〜)
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あの後、グレイは魔獣に襲われることなく、無事に退院することが出来た。
家に帰っても誰も待っていることなく、ただ仕事まで残りある時間を静かに家で過ごした。
煙草と珈琲と本に塗れた生活はグレイにとっては久し振りの安らぎをもたらした。これまではツキミに振り回されてばっかだったため、本当に久し振りだ。前の金曜日も同じことを思ったが、結局は魔獣に襲われ、病院では煙草を取り上げられた。
(やっぱり自宅が一番だ。)
誰も咎めることなく、思いがままだ。読んでいる途中の本も、まだ読んでおらず積み重なっている本もたくさんある。やりたいことをやりたいながら残り少ない休みを謳歌した。
(眠てぇ)
そのため寝不足だ。出勤する足取りは重く、更に運動不足が重なり歩くスピードが遅かった。
頭と、足取りと、瞼と、気分が重い。他にも重いものがありそうだが、考えることをやめた。
学園には特に懐かしさも、こみ上げてくる高揚感も何も感じられないまま校舎を歩く。
職員室に入ると、すでに何人かが来ており談笑をしているところであった。いつもどおりに自分の席に着こうとするといつもの職員室に行くと俺の机はなかった。
「なにこれ、いじめ?」
「あ、グレイさん退院できたんですね!おめでとうございますっ!」談笑していた一人がこちらに気づいて言った。明るい茶色の髪色で、くせ毛が犬を彷彿させるシャムラン君だ。彼は俺の3歳下の後輩で、いつもテンション高い。
「ああ、ありがとうございます。で、机は?」
「結構重症だったってきいていたんで、お見舞いはどうしようか悩んでいたんですよ〜。あ、もう遅いかもしれませんが、これどうぞ」シャムランくんと話していたエンサル君が果物が積まれたバスケットを取り出す。エンサル君もシャムラン君と同期であり、短髪だが、その掛けた分厚い眼鏡が特徴の人だ。シャムラン君とは違い、のんびりとした話し方が特徴だ。
「ありがとうございます。で、ねぇ、机は?」
「机ですか。そういえば一般職員室に運ばれましたよ〜」
一般職員室というのは、クラス担任や、普通科目の教師など職員室では一番大きな部屋だ。ちなみにグレイたちがいる職員室では魔術理論の担任の職員室である。
「は、なんで?」
「なんでって、グレイさんクラスの担任持ったじゃないですか!」
「クラス担任になるって言ったって代理だし、それにまだここの職員じゃないの?」
「ん〜どうでしょう」
「でも良かったじゃないですか!グレイさんもこれでクラス担任ですよ!」
「確かに。クラス担任のほうが広くて綺麗で良かったじゃないですか〜」
自分のように喜んでくれるため嬉しかったが、俺にとっては一般職員室に行くことはあまり嬉しくなかったため「いや、あそこ出世欲の塊みたいな人ばかりで怖いじゃないか」とグレイは反対した。
担任を任されたときには、それは少しはやる気にもなっていたが、一週間が過ぎたあたりぐらいからはどう楽するかを考えるようにしていた。他の人達みたいに自分の力だけで学年トップのクラスにするだの、クラスから一人は自分の自慢の弟子を排出したいだの願望はない。あるとするなら自分の成長ぐらいだ。
「怖いってグレイさん、あそこに戦いに行くわけじゃないですか〜」
「いや、それに近いと思うぞ」
「それでも、グレイさんは出世したってことじゃないですか。今度おごってくださいね!」呑気におごってもおうとしているシャムランにデコピンをする。
「クラス担任はめっちゃくちゃ忙しいらしいぜ......。奢る前にもう一度病院送りにされそうな気がする」
「「うわぁ......」」かわいそうに俺を顔を見る後輩達。ここで俺以外にクラス担任をしようとしなかった理由がわかったようだ。むりやり笑顔を作る。
「でも奢ってやるから楽しみにしとけよ」
「グレイさん頑張ってください.....」
後輩たちに見送られながら、グレイは更に重たくなった足を引きずりながら一般職員室へ向かった。
一般職員室は南棟の4階の殆どを締めていた。それほど広く、綺麗であり、そして全学年のクラス担任、副担任が集まるため当然のように人が多い。だが魔術理論担当の教師とは違い、談笑など聞こえず、黙々と自分の仕事をこなしているように見えた。
「すみません、ここに僕の机が運ばれたって聞いてやってきたのですが、どこにあるか知りませんか?」
通りかかった女性に話しかけた。すると「ああ、グレイ先生ですか」というと指をさして、「あちらにありますよ」と教えてくれた。
礼を言って指された方向に向かってみると、机の上がいつもどおりの俺の机があった。いない間に溜まってしまった書類やらが積み重なってはいたが、間違いないだろう。
新しく入ってきたため挨拶ぐらいしたほうがいいのだろうか?と悩んだものの、結局は周りの人たちが授業の見直しやら、最近出したテストの丸付け、読書などをしており、機嫌を損ねたときのことを考えると怖かったため辞めておいた。
(はぁ、碌なことがないな)
重い溜息をつき、積み重なった書類を一枚手に取った。
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教室に入ったときには、歓声とともに迎えられた。
誰かが描いてくれたのだろう、黒板のイラストやら、教壇に置かれた花束などがあった。
「退院おめでとー!!」「待ってたぞ!!」などの声も上がる。きっと高校に入ったときに始めに来るウェイ系のテンションなのだろう。だとしても歓迎されることは悪く感じなかった。
ツキミはというと、端に座り気まずいのか顔を合わせないようにしていた。まだ怒ってるようだ。しかし見た限りでは大怪我をしているようでも、心底魔獣に怯えている様子も無いため、特に何もなかったのだろう。まあ何よりだ。
「みんなありがとう、それじゃあショートホームルーム始めるぞ」グレイはそう言うと黒板に向かい、描かれているイラストを消し始めた。どこかで「消さないでよ〜」と何処かで悲鳴にもにた声が上がったが、特に気にしない。
「最近殺人事件が起こっている。気をつけるように」
どこかでこちらを睨むような視線が向いた。




