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それでも事件は進んでいく

 「それでどうしたんだ?こんな時間に」グレイはツキミに問いかけた。

 「グレイ退屈にしているだろうな〜と思ったから来たの。嬉しいでしょ?」

 「それは飛び跳ねたいぐらいに」口から出る言葉とは裏腹に声色や表情は暗いものではなかった。


 ツキミの姿は制服の上にコートを着ている学園帰りだが、今の時間帯からだと一旦家に帰る時間があったはず。それも昼寝をすることができるぐらいに。それなのにまだ制服ということは帰っていないのだろう。きっとツキミはこの時間まで事件について調べていたのだとグレイは思った。


 ツキミは先程までエイブが座っていた椅子に腰を下ろす。そしてエイブが持ってきた本の上に、自分が持ってきた本を積み重ねた。今日一日グレイが読んでいた推理小説の続きらしい。


 「それで面白い話があってきたの」ツキミが切り出した。

 「誰か死んだのか?」

 「ご明答!」グレイが正解したことが愉快だったのだろう、ツキミは拍手を小さくする。「ファミューダ教授の研究室でいた女の人が殺されたわ」

 「その女性の名はシルミダ・インフィー。結構な美人だ」

 「まあ!そんなことまでわかったの!?って美人てどういうこと?」

 「整った顔であり、女性として魅力的だという意味だ」

 「そういうことじゃないでしょっ!!」

 (きっと俺に余計なことを言って口止めのために殺されたのだろうな)グレイはツキミに肩を叩かれながら考える。もしグレイに何も話さなかったら死なずに済んだはずだ。それに彼女はまだ若かった。まだ先に華々しい未来があるはずだったろうに。いや、そう決めつけるのも良くは無いか。もしかしたらファミューダ教授同様に魔獣に恨まれるようなことをしていたのかもしれない。だがそれを聞くことはできなくなった。


 「ツキミ、悪いことは言わない。事件のことを調べるのはやめろ」

 「唐突すぎない?」

 「たしかに唐突だな」自分で言っておきながら納得してしまう。「だがその言葉に尽きる」

 「え〜。でもせっかく面白くなってきたところじゃない」

 「面白くなってきたとしてもだ。実際に俺も首を突っ込んで死にかけているしな」

 「それはグレイが弱かっただけじゃん」からかうようにツキミは笑う。

 グレイは何も言い返すことはできなかった。死にかけているということは決して嘘ではない。だがこれは忠告だ、これ以上知ったら殺すという。


 「グレイは何かわかったことはあったの?」深刻に考えるグレイとは違い、ツキミは明る気な表情をしている。

 「何かとはなんだ?」

 「事件のことっ!病院で一日じっくりと推理小説を読みながら考えたのでしょ」

 「ああ、そんなこと少しも考えなかった。だが小説面白かったぞ。ついつい全巻すべて読んでしまったよ」

 「でしょ!って事件のことは何も考えなかったの!これほど時間があったのに」

 「その時間で本を読んでいたんだ。」グレイは思い出したかのように言った。「あ、そういえばわかったことがあったな」

 「なになにっ!」

 「この事件にはかかわらないほうが身のためだっていうことだ」

 「この役立たずっ!」ツキミは積み重なっていた本を一冊手に取るとこちらに向かって放り投げた。本は見事に放射線を描き、角がグレイの頭をえぐる。

 

 「役立たずって酷いな。こんなにお前のためになることを教えてやっているのに」頭を擦りながらグレイは言った。どうやら血は出ていないようであった。

 「財宝を探そうとして道を聞いているのにこの先は危ないから帰れ、と言われているようなものよ。それもどのように危ないのか、何があるのかも伝えられずに」

 「いいか、ツキミ。この世の中には知らないほうがいいものなんていくらでもあるんだ。今回がそれだ、これは俺らが関わるべきものではない。俺が殺されかけたのも知りすぎたからかもしれないんだ」

 「だからってこれから襲われていく人たちを指を咥えながら見てろっていうの?」

 「そうじゃない。この問題は騎士団の人たちが捜査しているんだから俺たちがでしゃばって調べるものじゃないっていっているんだ」

 「それを指を咥えながら見るっていうの!」だんだんツキミの口調は強くなっていく。

 これでは平行線だ、グレイは思い他の手段を使ってツキミから事件を引き離そうと考えたが、今熱中していることからツキミが離れるとは考えられなかった。


 ツキミも同様にグレイに事件を調査してもらおうと説得しようとしていたようであったが、そのことを諦めたかのように深くため息をついた。それはまるで落胆したかのようであった。

 「もういいわ、グレイ。貴方まで危険に巻き込んでしまってごめんなさい」立ち上がりながらツキミは言った。「あとは私一人でなんとかしてみるわ」

 「そうか。忠告だけはしておいてやったから、あとは好きにしろ」

 ツキミは部屋を出て行った。部屋を出るときには怒りをぶつけるかのように強く扉を閉め、静かな廊下に響き渡った。

 

 「くそ、この分からず屋!」グレイは吐き捨てると布団の中に潜り込んだ。

 

 その日の夜はツキミの言われたことばかりを考えてしまい寝付けなかった。

 そしてもしかしたらツキミも、自分と同じように瀕死の状態でこの病院に運ばれてくるのではないかと酷く不安な気持ちに襲われた。どうやったらツキミも傷を負わず、そして機嫌を損ねずに事件から引きはがせるだろうか。布団の中の闇の中と対面しながらグレイはじっくりと考えた。

 


 ***********




 「グレイの分からず屋!」病院の外を出るとツキミは地面を蹴り飛ばした。

 石は蹴られたことで転がり、病院の白い壁にぶつかり跳ね返る。どうやら石だと思っていたそれは砂の塊であったらしくほんの少し壁に砂の跡を残していた。


 石を蹴るだけでは苛立ちは消えることはなく、胸の内でふつふつと煮えたぎる気持ちをどうやって発散しようかと思うが、その答えは出ることなく、大股で歩きながら帰路を目指した。しかしその気持ちは晴れることなく、未だに煮えたぎっている。どうしようもなくなり、しまいにツキミは走り出した。頭の中では思い通りにならない悔しさと、怖気付いているみっともないグレイの悪口が繰り返し叫ばれていた。


 なんで、グレイはヤラレっぱなしで悔しく無いの。この事件の真相走りたく無いの。この頭でっかち、弱虫、魔術が使えない魔術教師。

 息が切れ、脇腹も少しずつ痛み始めるがツキミの足は止まらない。

 目頭が熱くなっていく。溢れ出しそうになる涙を拒もうとするが、それは無駄な努力となり頬へと流れていく。

 「全部、全部グレイが悪いんだわ」と思えば思うたび、冷静な自分が「グレイは私のことを心配しているのよ」と反論する。もう自分の中で言い争いが繰り広がれ、何が何だか分からなくなって来た頃にツキミは自宅に着いた。体からは汗は吹き出し、息は酷く荒く乱れている。それでも怒りは静まることはなかった。



 ***********




 黒板の前には甲高い声をあげながら女性が教科書を読んでいる。

 年は50歳を過ぎたくらいであり、肉体には贅肉がたんまりとついており、まるで肉団子。服はパツンパツンであり、今にもボタンが弾け飛んでしまいそう。分厚い化粧に真っ赤なルージュ。ぼんやりと目の前の教師をツキミは眺めていた。


 言っていることは先ほどからあまり変わっておらず、魔術は人を傷つけるためのものでは無い、人を幸せにするものだと似たようなことを繰り返し叫んでいる。だがその言葉はあまりに薄っぺらであり、周りを見渡せばうんざりとした様子の生徒の顔がずらっと並んでいる。もっと魔術について学べると期待していたからか、このような授業に対して失望し、隣の人と話している生徒も、寝ている生徒も見受けられた。それでも目の前の女性はバカみたに、不愉快な甲高い声で叫んでいた。


 ツキミも授業にはうんざりしてしまい、無視するかのように他ごとを考え始めた。

 それは事件のことであり、グレイのこと。

 ここ最近友人間でさりげなく事件のことを聞いてみてもそれを知っている人は一人もいない。知っている人間は騎士団の人たち、グレイ、私、そしてファミューダ教授の研究室の人たちだけ。あまり賢く無い私でも情報が規制されているということは明白であった。事件のことを調べようと図書館に行き、新聞を調べようとしてみたが、そんな記事は一つもない。

 

 学園からは手を打つことはなく、ただ事件には無関係だと主張するかのように関わろうとはしていなかった。

 

 なら情報はファミューダ教授の研究室あたりからしらべるといいかな。なんてツキミは考える。名目は研究室見学あたりで良いかもしれないが、研究室に参加することが出来るのは二年生の後半からだ。いくらなんでも早すぎる。お祖父様のなまえをだせばどうにかなるかもしれないが、それではやっかいなこととなってしまうだろう。

 

 それに研究室を見学し、何かの情報を得たとしても魔獣に対する対策をしていなければ、グレイの二の舞だ。

 グレイの事件に関わるなというありがたい忠告は無視をするが、グレイが襲われたという事実は直視し無くてはならない。

 

 学園の職員棟の屋上にある鐘がなった。授業終了の合図であった。

 教室の中では、くだらない授業から解放されると大きく欠伸をしながら背を伸ばすものや、なにか用事があるかのように急いで教室を出ていく生徒たち。眼の前の教師といえば、大声を出していたからか疲れたようにため息をつくと前の扉から出ていった。


 ツキミも出遅れてはしたが、周りと同じように席を立ち、教室を出ていく。これからは学生の一番のお楽しみの時間、お昼休みだ。

 「ツキミちゃん、早く早く!」と教室で私を呼ぶ声が聞こえた。急がせる言葉とは裏腹にその声音は穏やかなものだ。

 声の呼ぶ方を向いてみると、先程教師が出ていった前側の扉でこちらにむかって手を振る人影があった。手を振る度方までのクリーム色のショートカットは風に遊ばれるように揺れている。アリサ・ナルデキアであった。タレ目が特徴であり、髪の毛も短いがふんわりとカールしているため、どこかゆるい感じがあった。

  

 「ちょっとまってて」ツキミは席を立ち上がると、アリサのいる方へ歩いていった。

 「遅いよツキミちゃん。早くしないとレストラン混んじゃうよ」

 「ごめんごめん、ちょっとぼうってしてた」

 二人はレストランなどがある北門の方へあるき始めた。


 アリサは疲れた〜と背を伸ばしながら体いっぱいに太陽の光を浴びる。

 その姿を見ながらツキミは彼女から放たれるゆるふわなオーラを浴びて大きく欠伸をした。昨日はグレイのことで頭がいっぱいになり、考え込んでしまったためあまり寝れなかった。そのせいで今日の授業は先生の言葉が眠りの魔術の詠唱なのでは?と思ってしまうほど眠たかった。

 

 「最近ツキミちゃん疲れているみたいだね。何かあったの?」

 「少し調べ物をしていてね。面白いから苦じゃないのだけれど、ついつい夜更かししちゃって」

 「あるある!あと少し、あと少し、って思ってたら朝になっていたり」

 「私はそこまではないかな?」

 「え〜。無いの〜」

 「うん。あったとしても3時ぐらいかな」

 「健康だね〜」アリサは小さく欠伸をした。終わると「それでどんなことを調べているの?」と言った。

 「ん〜。あまり言えないことかな?」

 「あ、エッチなやつだ〜」

 「違うよ!なんていうか、変な事件のこと」

 「変な事件?」

 「そうそう、実際に大きな事件なのだけれど、新聞にも載ってなくて、関係者しか知らないそんな事件」

 「関係者しか知らない?」

 「そう、誰に聞いても知らないの」

 「それじゃあツキミちゃんは関係者なんだね」

 「うん。それで不思議に思って調べているのだけれど、そんな簡単に情報を周りにもれないように規制することは簡単なのかな?」

 アリサは少し考えるように顎に手を当てた。


 「別に難しいことじゃないと思うよ。だってその事件現場に人払いの魔術を使えば誰にも事件があったことなんて知られないし、そのことを報道しなければ広まらない。事件があったとわかる関係者には口封じをすればそこから漏れることはないし」

 「ん〜」

 「どこか変なところはあった?」

 「あるわけじゃあないけれど、あまりにもそれを実行しようとすると人もいるし、権力もいりそうだから」

 「確かに。口封じなんて権力がなければできないし」

 「だからそこに違和感を感じたの」

 「なるほどね」アリサは顎に当てていた手を離した。「まあ私には何が起こっているか知らないし、知りたくも思わないけれど、一つだけ覚えていてほしいことがあるの」

 「なに?」


 アリサはわざとらしくコホンを咳き込んだ。それは今から言うことは重要だから覚えておけと言わんばかりの教師のようであった。

 

 「滅多なことがなければ権力って使われないの。それが行使されているということは、裏では使われた権力より大きな力が動いている。だから気をつけないとただじゃ済まされないよ」

 「......」

 「どうしたの、黙っちゃって?」

 「いえ、アリサがこんな難しいことを言うとは思っていなかったから」

 「酷い!今日のお昼ご飯はツキミの奢りね!」

 「え、なんで!」

 「金言を与えてあげたからね!奢り!奢り!」

 「え〜。少しだけならいいけれど」

 「やたー!!」


 くだらない話をしながら歩いていく。

 権力が働くということは、裏ではもっと大きな権力が動く。

 それはあまり実感できるものではなかったが、少し考えてみようとツキミは思った。だが、働いている権力をまず見つけなければ、その裏の権力は姿を捉えることすらできない。もし捉えたとしても関係ないものだと見逃してしまうだろう。

 行き詰まっていた思考が働き始めた。よし、今日の放課後の予定が決まった。


 先程までツキミを襲っていた眠気はどこかへ吹き飛んでしまい、いまのツキミの頭の中ではこれまで川をせき止めていたゴミが取れたかのように働き始めていた。

 

 そのツキミの姿を見ながらアリサは微笑む。自分が言ったことがツキミのためになったのだとわかったからだ。

 「それじゃあ早く食べに行きましょ!」手をたたき、アリサは言った。

 「そうね。お店はどこにする?」

 「美味しいお魚が食べれるお店をこの前見つけたの。そこへ行かない?」

 「行きましょ」

 

 二人は人があふれる通りへと歩いた。

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