9話、偉大な魔法使い達〈後〉
前回のあらすじ
青野楓は自分の査問会議に遅刻してやってくる。
「それで、今回の問題点は……立て篭もり事件の解決程度に同志楓が本気を出したこと、だったか?」
タブレットに記載されている報告書を楓は適当に流し読みした。
「その通りだ。たかがSランク程度に制限をレベル5まで解除したと聞いた」
「あー、いや、微妙に違う。オレが制限を解除した相手はSランクではない」
「ほう?では誰だ」
楓の訂正にシャルルは当然のように質問する。
「ロイ・ナイトレイ。あのエリザベス・ナイトレイの実子で、青野渚の弟子」
「ロイ・ナイトレイ?そのような人間、聞いたことないが?」
「いや、アンタが交流してないだけだろ」
お前の情報不足だといわんばかりの辛らつさがそこにはあった。
シャルルは月に常駐しているため、同僚(?)の娘や弟子に詳しくないと楓は考えた。
そもそも楓もシャルルの眷属について疎いのだからその考えに至るのは自然である。
「こんの!クソガキ!!」
「まぁ待て、余は知っている。というか会ったことがある。あれは良い子だ」
「は?エレナ、お前、会ったことあるの?」
「あぁ、渚殿に会いに行ったときに軽くな。同志楓、アレはよほどお主に惚れてるぞ?」
「聞いたよ。本人から『ファンです』って」
若干辟易した様子を見せる楓。
彼もロイ本人の無茶苦茶さの理由を考えていた。
その上でこんな会議を開かれたのだから精神的疲労もかなり強い。
「うらやましいのぉ。余もカワイイ女子に慕われたい」
「お前はカワイイけりゃ誰だって良いのかよ」
「何を言う。美少女や美少年を愛でるのは当然のことだろう?まぁ、お主にその趣味がないのはいささか理解できぬが」
「どうしてお前はそんなに下の方の欲望に素直なのか……」
「おい、お喋りはそこまでにしろ。まがりなりにも、今は貴様の査問中だ」
エレナと楓の雑談をシャルルは注意する。
今の発言に対し、2人とも反論する事はできず素直に受け入れた。
「おっと、失礼。問題はあの小娘が想定外に強かったということだ」
「そんなにか?確かに優秀そうではあったが、同志楓が苦戦するほどのスペックとは思えないのだが」
「そうだな。レベル7でも勝てたとは思う」
楓は昼間の戦闘を思い出す。
少女の強さを。
少女の猛りや殺意を思い出した。
あれは尋常ではなかった。
あれは完全に想定外だった。
仮に暗示魔法である程度強化されていたとしても、同じように暗示魔法をかけられた立て篭もり犯たちの脅威度を考えればあの能力値の高さは説明できるものではない。
確かに一部の魔法には闘争本能を極限まで刺激して戦闘能力を極限まで引き上げる〈狂暴化〉という魔法も存在はする。
ただし、そんな付け焼刃の肉体強化では楓の敵ではない。
〈世界最強〉の呼び名は伊達ではないのであった。
「しかし、レベル7では勝てなかった可能性も存在していた」
「過小評価だ。貴様がレベル7で勝てない魔法使いなんて早々いない。いるのであれば我々も把握しておく必要がある」
〈獄帝〉シャルルは青野楓を正当に評価している。
その性格に多少の問題があるとは感じていたが、だからといって魔法使いとしての彼の評価を変更するほどシャルルは腐っていなかった。
いや、その表現は適切ではない。同じ〈偉大な魔法使い達〉ですら青野楓は警戒する必要があるほど楓は脅威的な存在であり、楓が本気で世界を回せば世界は文字通りの意味で終わってしまうかもしれない。
「ごもっとも。まぁ、いつものオレならその論を肯定していただろう」
「含みがある言い方だな。何が言いたい?」
「シャルル、アンタは勝つために必要なものとは何だと思う?」
「一言で言えば『強さ』であろう、貴様の場合『世界最強』と呼ばれるだけの実力がある。それがあれば十分のはず」
「違う、それだけでは不十分だ。オレの場合は」
「……はぁ?」
『このたわけが、遂に気でも狂ったか?』とでも言いたいような顔である。
「まぁまぁ、落ち着け、同志シャルル。反論は同志楓の話を全て聞いてからで良かろう。
さぁ、同志楓。続けてくれたまえ」
エレナの意見を聞いたシャルルはそれ以上の発言をしなかった。
楓も場の静寂を確認してから主張を続ける。
「勝つためにいるのは『執念』だ。勝たなければならないという強い『熱意』だ。常日頃から〈獄帝〉の威厳を保っている貴様ならそんなものは必要ないだろうが、この青野楓に関しては保つべき威厳なんてないからな」
「前から言ってると思うが、貴様は常に全力を出すべきだと思うぞ」
「だったら制限なんて自由に解除させろ」
楓の制限は楓の自由意志で解除することはできるが、解除に対し他の〈偉大な魔法使い達〉が異議を抱けばこのように会議が開かれる。
楓はそれがとても苦痛であった。
「……ぐぬぬ」
「今のは同志楓が正しい」
「しかしだ。制限を解除しなければ保てないわけでもなかろう?」
「いんや。制限レベル10のままでは勝てない相手もそれなりにいるぞ」
「そういえば、貴様は数年前に三流魔法使いのクーデターを鎮圧できなかったことがあったな?」
5年ほど前、国家安全保障局を設立してしばらく後に楓の存在に不満を抱いている通称〈アンチ青野楓勢力〉によって軽い騒動が起きたのだが、楓は制限による弱体化の影響で苦戦を強いられたことがあった。
その敵対勢力と今同じ状況で戦ったとして同じ結果だった可能性は十分高いため、楓は制限レベルにうんざりしていた。
「そうそう。案外、弱いのよ。制限レベル10って」
「……その状態の貴様に圧倒されたSランクたちも可哀想ではあるな」
「だが正直、実質SSランクの魔法使いは今どれくらい居るんだ?」
ここで傍聴していたエレナがでしゃばる。
「ウチの連中や〈月〉の囚人たちを除いて、という意味ならほとんどいないだろうな」
「ほとんど、とは?」
「まぁ、〈アリスカンパニー〉の連中とか渚さんのような例外とかそこら辺」
「なるほど、確かにあの連中は我々と同じだけの戦力を有していると考えて問題は無かろう」
「脱線しているから話を戻したい」
「オーケー」
「うむ、すまない」
「そのロイ・ナイトレイとはそれほどまでに強いのか?」
「強いと思うぞ。報告書に書いてあるとおり、精神をちょっとイジられていたが、それを差し引いても十分すぎるほど強力だった」
「エレナ。貴様の意見を聞こう」
「うむ?まぁ、同志楓がそう感じたのであれば余が苦言する事はないが、強いて言うのであればロイが本当に強力であることを精査した方が良いくらいか」
「精査?オレの感覚に問題でも?」
「いや、それを疑っているつもりはない。ただ、余はあれがそこまでの猛者と思わなかっただけである。他意はない」
楓はその発言に唖然となった。
エレナの実力は楓に次ぐ、言うなれば『世界準最強』である。
そのエレナが言ったのだ。
『そこまでの猛者と思わなかった』と。
「どういう意味だ、エレナ」
「言葉通りだ。ロイは確かに優秀だろうし、実際魔法学校を16歳で卒業しているのだからその点に関しては疑う必要はない。けれど、楓と対等に戦ったという点に関しては納得がいかぬ」
「お前が納得しなくてもオレが手こずったのは本当なんだから困る」
「そうではない、同志楓」
「何が違うと?」
「魔法使いにとって身体の性能は重要ではなく、重要なのは精神の方だ。魔力回路も標準程度あれば出力はどうにでもなる」
「だからどうした?」
そんな常識をわざわざ説明されるのは楓にとって挑発に等しい。
いくら友人とはいえあまり気分が良い状況ではなかった。
「だから言った、ロイ・ナイトレイは本当に青野楓と対等に戦えるだけの素質を持っているのか精査する必要があると」
「微妙に表現が違うんだが」
「そうか?まぁ、細かい事は気にするでない。大切なのはニュアンスだ」
釈然としない、と言いたそうな顔で楓は椅子に深くもたれかかった。
エレナの指摘は不愉快であった。
まるで必死に解いて満点を勝ち取ったテストにあった採点ミスを見つけられてプライドに傷を付けられたような不愉快さがあった。
「さてどうだろう同志シャルル。そろそろ其方の意見を聞きたい」
「エレナの考えを採用するのであれば、確かにロイ・ナイトレイの実力が低いか否かで楓の処遇を検討すべきではある。だが……」
シャルルは結論を渋っている。どうやらこのまま楓を放置したくないらしい。
せっかく楓に制裁を与えられる機会なのだ、逃したくないと考えている様子。
「オレがレベル5まで制限を解除したことがそんなに不愉快か?」
「愉快かどうかの問題ではなく、必要があったかと問いている。自分の立場が分かっていないわけではあるまい。日本ですら貴様を認めていない存在が多い。信者が多いことに胡坐をかいているのなら、その性根、渚に変わり叩き直すぞ?」
「こわいこわい。だがな、シャルル。言い訳が欲しいなら納得させてやろう」
「聞かせてもらおうか」
「本気を出さないと戦い方を忘れる、これで十分だろ?」
まるでそれが正しいかのような発言。
楓の論に正当性はあった。
昔取った杵柄という言葉はあるが、毎日最前線で活躍している兵士と公園で日向ぼっこが趣味の男では死線に対する危機感が違う。
つまりは意識の問題であった。
「ふざけるな!忘れるだと?貴様、自分の称号を忘れたわけではないだろうな!」
青野楓にはいくつもの呼び名がある。
〈世界最強〉という代名詞よりも青野楓の本質を表すものも多く、敬意などはそこに微塵もない。あるのは畏怖の念だけ。
「誤解するな。オレが言っているのは覚悟だ。そう、オレは〈偉大な魔法使い達〉だ。ならば、〈偉大な魔法使い達〉を演じなければならない。そうだろ?」
「…………」
沈黙。シャルルは反論できなかったのではなく、反論することをやめた。
そこには小賢しい戯言を好むクソガキの姿はなく、威厳に満ちた青年の姿であったから。
「あぁ、全くだ。平和ボケしていた。平和とは『与えられる』ものではない、『得る』ものだ。忘れていたさ。自分が何者なのかを。平和ボケしていたことを謝罪しろと言うのであれば気が済むまで頭を下げてやる」
一呼吸置く。楓はその間をしっかりと味わった。
平和と闘争という矛盾した2つを愛しているからこそ、楓はそのどちらにも向き合わなければならない。
中途半端に、自分に優しい解釈などは許されない。
「安心しろ。オレはスペシャリストだ。アンタの大好きな、な。
だが、これ以上の発言は青野楓への侮蔑と解釈できる。微温湯に浸かっているのは気持ちよかったが、残念ながらあそこはオレの居場所じゃない」
シャルルも察した。
この男が『青野楓』だと。
平和ボケした博愛主義者の皮を被った無敵に近い実力を持つ化物もどき。
平和ボケを解消するだけの『何か』があったとはシャルルには思いつかなかったが、楓が勝手にそれを得たというのであれば、楓が本気を出したことにも価値はあっただろう。
シャルルは楓が嫌いだった。楓だけでなく青野という名を持つ男たちが嫌いだった。
しかし、その男たちの性格が嫌いなだけであり、自分の立場を正しく理解し、使命を全うするのであればシャルルにとって何も問題はなかった。
〈偉大な魔法使い達〉を貫くと言っているのだから、それを喜ばぬ理由もない。
「良いではないか、同志シャルル。今のところ、同志楓を問題視する声は出ていない。本人もガス抜きではないと言っている。ならば、これ以上は不毛だ。それとも、ガス抜きが必要なのは御主の方だったか?」
エレナもこれみよがしとシャルルに対し強気の発言をしてみせるが、当のシャルルは羽織っていたジャケットから葉巻を取り出し、誰に断るでもなく吸い出した。
「ふぅ……」
「煙草を吸うな。けむい」
当然の抗議。正義はエレナにあった。
けれども、シャルルは自分の世界に浸り、エレナのクレームに耳を傾ける気はなかった。
エレナは楓にアイコンタクトで『お主も抗議しろ』と呟くが、楓は『我慢しろ』と返す。
「青野楓。今回は君に免じて君を許そう」
「それは助かる」
「では、今回の会議はこれで終了としよう。私はここで失礼する」
シャルルは席から立ち上がり、会議室を出て行った。