8話、偉大な魔法使い達〈前〉
とある国のとある都市のとある会議室に初老の男性と20代半ばの女性が2人いる。
男性は神妙な顔で椅子に深く座り、静寂を威嚇している。
対して女性は鼻提灯を膨らませるくらい気分良く居眠りしている者と、男性が醸し出す居心地の悪い空気に胃を痛めながらも耐えていた。
「ちょ、先輩、さすがに起きてくれませんか?」
男性の威圧感に耐え切れなかったのか、女性は寝ている女性を起こす。
「……ふわぁ~。なんだ?同志楓はようやく来たか?」
「いえ、楓先輩はまだ来ていませんが、だからって寝ないでくださいよ。わたし、〈獄帝〉と2人っきりなんて耐えられません」
「何を言うか。お主も〈偉大な魔法使い達〉ならそれくらい慣れるべきであるぞ」
「ムリですって!パンピーなわたしには荷が重いですって!」
「貴様ら、静かに待機しておくこともできぬのか!」
男性は女性の姦しい話し声に腹を立てた。
学校の教員に1人はいる融通も冗談も通じない堅物クソ真面目キャラであろう。
「ひぃっ!」
対照的に女性の1人は世界最高峰も魔法使いとは思えぬ凡人らしさが目立ち、涙目になりながら怯えてもう1人の女性の陰に隠れようとした。
こちらの方は怒鳴られることになれているのか平然とし、頭を撫でて落ち着かせようとした。
「止さぬか、シャルル。余と違ってステラはまだ未熟。お主のような厳つい中年に威圧されれば、この通りロップイヤーウサギのように可愛く怯えてしまうのだ」
「黙れ。珍妙な表現で誤魔化すな」
「全く、〈月ノ獄帝〉と恐れられている男は寛容さが足りていないのではないか?」
〈月ノ獄帝〉と呼ばれた男の名はシャルル・エーデルワイス。
〈月〉の長であり、単純に〈獄帝〉と呼ばれることもある。
〈月〉とは比喩表現ではなく、地球の衛星の月のことであり、そこには都市国家と魔法使い専用の監獄が存在している。
〈月〉にいる囚人たちは『世界最強』と謳われる楓すらも手こずるような危険人物たちばかり。
立て篭もり事件の犯人が解放を要求したレイン・アンダーソンもこの〈月〉の監獄に収容されていた。
びくびく怯えている方の女性はステラ・ラングストン。年齢は24歳。
ロイが更新するまで魔法学校の最短卒業記録を保持していたが、18歳という最年少で魔法学校教員になったのはまだ更新されておらずその気配もない。
魔法学校とは子供が基礎魔法を習得するための機関ではなく、現実の大学に近く、教員たちは研究者として魔法を研究している。そのため、学生たちは単位の取得に必死であり、進級も卒業も楽ではない。
入学に対して特に試験などは設けられていないが、基本的には12歳からの入学しか受け付けていない。
通常は6年間で目指すが、並みの魔法使いでは8年かかることも多く、卒業するのに10年かかったとしても十分見事で、卒業した時点でAランク相当の能力があると判断される。
魔法学校はアメリカのコロラド州とヨーロッパのドイツに1校ずつ存在し、ステラはヨーロッパ校に勤務している。
なお、楓も魔法学校に3年間ほど在籍していたが、自主退学しているため卒業していない。
そして、もう1人はエレナ・ゴールドハート。年齢は楓と同じ25歳。
『女神に愛された女』と自称するほどのナルシスト。
楓が〈偉大な魔法使い達〉になった1年後、つまり彼女が14歳の頃に〈偉大な魔法使い達〉になるほどの実力を持っている。世界最年少の記録もエレナの存在によりあまり価値があるものではなくなってしまった。
そんなエレナが〈偉大な魔法使い達〉を志した理由は『同世代の人間に負けたくはないから』という幼稚なもの。
無論、同年齢であるため1年後に〈偉大な魔法使い達〉になっても記録上どうにもならないが、それでも他の〈偉大な魔法使い達〉達からすれば異常なほど早い。
そもそも〈偉大な魔法使い達〉とは努力でどうにもなるものではない、ただし若いから未熟だという暴論も通用しない。才能に見合った功績と世論の支持、この2つが〈偉大な魔法使い達〉になる条件として大きい。
簡単に言えば『魔法使いとしてどれだけ優秀かを世界に思い知らしめる必要がある』わけである。
楓を含め、ここにいる4人は認めたくなくてもその実力を正当に評価しなければならないだけの魔法使い達なのだ。
だが、言い方を変えれば〈偉大な魔法使い達〉とは称号ではなくシステムでもある。
楓は『世界最強』と謳われているが、その本質は闘争本能に従う戦闘狂。
世界に対して牙を剥いた場合、どれだけの被害が出るかは未知数である。
そのような世界に対する反逆を抑止するためのシステム。
強者が強者として讃えられるためのシステムであり、〈偉大な魔法使い達〉にはそれ相応の権力が与えられる。
楓もこれを行使して国家安全保障局を設立した。
もっともそのような特権により設立された機関であるため、楓に対して不満を抱いている者は少なくない。
そして〈獄帝〉シャルルもその1人。
「やぁやぁ、諸君。お待たせして申し訳ない」
ここでようやく国家安全保障局での合同練習を終えた楓が重役出勤してきた。
「さて、会議を始めようか」
遅れたことに微塵も悪びれることなく椅子に座り、背もたれにもたれかかる。
椅子に関しても足は4つあるのだが、前方の2つは床に設置しておらず、後方の2つだけでグラグラと遊んでいる。
「……何か弁明するべきことはあるか?」
シャルルが問う。
この会議を開いたのもシャルルであり、裁判ではないが裁判長もシャルルで検事もシャルルである。
「さぁ?特には。つか大げさなんじゃねぇの?」
「テメェ!舐めてんのか!!このクソボケ!!」
激高、当たり前のような激高である。
25歳の若者に対して大人気なく激高する40代中年男性がそこに居た。
「語彙力をもう少し鍛えることを勧める。後は休暇だな。若いもんイジめるのが道楽ってのは流石にアウトだと思うぞ」
「黙れ。やはり青野一族は嫌いだ」
「親父殿や渚さんと何があったかは知らんけど、オレに八つ当たりするのはやめて欲しい。オレの責任じゃねぇもん」
「テメェが立て篭もり事件の解決のために小学校を吹き飛ばしたことはテメェの責任じゃねぇか」
「おいおい、〈偉大な魔法使い達〉は事件解決のために小学校を犠牲にしちゃいけねぇのかよ?いけないとしても、それを〈月〉の人間に文句言われたくねぇな。
そう思うだろ?なぁエレナ」
「まぁ、公共の建物をぶっ壊した程度でこんな会議を開かれるのはこちらも面倒だ。そういうことは楓の側近であるルナが担当すべきだ」
「こんのクソガキ共!!」
立場上はシャルルが最も強いのだが、楓とエレナとステラは年齢が近いこともあって親交もある。
圧倒的なアウェーであった。
「同志シャルルよ。多少無理をしてでもブラッドを召喚するべきではなかったのか?これでは消化試合ではないか。余もステラも楓を罰するつもりはさらさらない。お主は無駄骨を折るほど暇なのか?暇なら慰安旅行でもした方が良いと思うぞ?」
「はぁー……」
世界最高峰と謳われる魔法使い2人の言動に対してシャルルは頭を抱えたかった。
実力こそ本物であるが、中身に関しては2人とも大いに問題があった。
「あ、会議終わったのなら帰っても良いですか?ワタシ、明日実験なんですよ。良いマンドラゴラが手に入りましてね」
一方、ステラの方はドライであり、私情を優先したがる性格である。
仕方がない、このような査問会議よりも魔法学校の実験の方が遥かに大事だと考えるのはそこまでおかしくはない。
「天然か?」
食いついたのは楓である。
「天然です、ハンガリー産の」
「ハンガリー産か。少し分けてくれないか?」
「残念、もう売り切れです」
「あちゃー」
「テメェらホント真面目にやれっ!!」
やはり、シャルルは激高することを忘れない。
「余は構わんが、ステラは帰してやれ。どうせ数合わせなのだ、ここで帰したとしても誰も文句を言わぬ」
「……分かった。帰って良い」
エレナの提案にしぶしぶ同意するシャルル。実際、数合わせだったのだから許容するしかない。
なにせ〈偉大な魔法使い達〉は7名いる。つまりここにいない3名は会議に出席することすら拒否したということなのだから。
「あざまーす。お疲れさまでしたぁー」
事務的な挨拶を経て、ステラはワームホールに入り、去っていった。
これで状況は1対2、実際はシャルル優勢なのだがどうにもエレナはこの手の状況に強かった。
楓にとってもエレナが絶好調なのはあり難く、サムズアップで『グッジョブ』と無言のサインを出して喜ぶ。