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6話、取調べと尋問

 前回のあらすじ

 国家安全保障局本部の取調室に連行されたロイ・ナイトレイは青野楓のファンを自称した。

「ずっと前から憧れてました!ファンです!」

「はぁ?」


 予想の斜め上の発言に、流石の楓も素っ頓狂な声を漏らしてしまう。

 少女の満面の笑顔、その顔には尊敬の念が篭っていることは一目瞭然。

 しかし、この状況ではこの笑顔は不適切ミスマッチすぎた。


「あー……お前、状況わかってるのか?」

「いえ!正直全くです!」

 屈託のない純真無垢な満面の笑顔でロイは応えた。

 楓は戸惑い、刹那は失笑し、2名の局員は呆然としていた。


「ここが何処だか分かるか?」

「いえ!全くです!」

「即答すんな!」

 子犬のような屈託のない顔をした少女を楓はデコピンした。

「あぅ……って、そういえばここって何処なんです?」

「取調室だ」

「取調室……?楓さんがいるってことはここは国家安全保障局なんです?」

「そうだ」

「そしてボクがここにいる?」

「そうだ」

WHYなぜに?」

 不思議そうな顔をしているロイに対し、楓は事細かく説明した。


 小学校の立て篭もり事件、そしてそこになぜか乱入し、世界最強の魔法使いである楓とタイマンで戦闘して生きているということを。


「…………ほへ?」

「『ほへ』と言われてもな。事実なんだ」

「またまた~。ご冗談を」

 自分如きが『世界最強』と対等に戦ってみせた事実が受け入れられず、楓の酔狂な冗談か何かだと思っているらしい。

「村雨、映像を映せ」

『おーけい、局長マスター

 楓の命令に呼応するように2人の間にあるテーブルの上に立体映像が映された。

 映像はもちろん楓と少女の戦闘である。

 激しく猛々しく狂ったように戦い続けている2名の魔法使いが映されている。


「……これ、ボク?」

「まぁ、この後に捕獲したからお前だな。なぁ?真琴」

「…………」

「真琴?」

「ボクっかぁ。ありと言えばありだな」

 楓はテーブルの上に置いてあったガラス製の灰皿を真琴にぶん投げた。

「おがぼっ!」

 額から血を流しながら気を失った。

「寝てろ、永遠にな」

 楓は部下のアホさ加減に辟易し、取調べを再開しようとする。


「さて、ロイ・ナイトレイ。君の話を聞かせてもらおうか?」

「話……あ!志望動機ですか!」

「違う、そうじゃない」

「ほぇ?」

(なんだ、こいつ。本当にこんなヤツが魔法学校の最短卒業記録を更新したのか?)

 楓はロイのへっぽこな感じに呆れたが、先ほど自分が戦った少女が目の前の少女だということを理解したままではあった。

「えぇっと……志望動機じゃないのなら自己PRですか?」

「就職活動から離れろ」

 このままでは効率が悪い。時間は有限である、夕方には別の仕事もあるため、楓は早急に取調べを終えたかった。


「オレがやらなければならないことは、何があったからこんなことになったのかということの確認作業だ」

「はぁ」

「最後に何をしたか覚えてるか?」

「最後、ですか……銀座でカレーを食べたのは覚えてます。食べてみたかったんですよね、カレーライス」

「食べたのはネパールカレーだと聞いたが?」

 無論、彼女が言っているカレーライスというのは日本特有のドロっとしたタイプであろう。インドやネパールのものと違って日本のカレーは小麦粉やジャガイモによるデンプンなどがあの独特の粘り気を生んでいる。

「はい?ネパール……ヴぇ!?」

 楓は確信した。ロイはバカなのだということを。


「まぁお前が何カレーを食ったとかどうでも良い事だが、そこで何か変なことはあったか?」

「変なことですか……えっと、確か、誰かに話しかけられた気がします」

「その誰かってのは?」

 おそらく、この『誰か』が事件の黒幕であり、国家安全保障局が真に逮捕しなければならない敵なのだ。

「待ってください、記憶が混濁してるのか顔がはっきりとは思い出せなくて」

 よほど強力な暗示をかけられたのか、ロイの脳へのダメージは深刻なものであるらしく、ロイは頭痛と戦いながら記憶の引き出しを引こうとしていた。

 だが。

「すみません。白人の男性だったことは思い出せたのですが、身長などの特徴はあまり……」

「気にするな。白人男性だということが分かっただけでも大きい。

 それで?どんな話をしたのか覚えてるか?」

「それは覚えてます。楓さんの話です」

「は?オレ?」

「はい!」

 良い笑顔である。正直、なぜこんな笑顔をしている少女があのような戦闘行為に及んだのか甚だ疑問なくらいに。


「出会ったばかりの白人といきなりそんな話になったのか?」

「あー、いえ、そう言われると違うんですが……確か、日本に来た理由を訊かれて……確かそれから」

「オレの話になったのか?」

「えぇ、確か」



「局長、この娘さっきから『確か』って連呼してるけど大丈夫」

 ここで、気絶していたはず真琴が楓に喋りかけてくる。

「記憶の正確さが、か?」

「うんや、日本語力」

「おめぇは黙ってろ」

 裏拳を躊躇なく顔面に叩きつけた。

 これはエグい。


「それで、その男は何か自分の話はしていたか?」

「そう言われると、聞き上手だとは思いましたが、言うほど自分の話はしていなかったかもです」

「なるほど。で、お前はオレの話をしたと」

「はい!いかに楓さんが凄いかの話を。こんなこと、ご本人を前にして言うのはゴマ擦りと思われるかもですが、本当です!ボクはあなたに憧れてここまで聞ました」

「そういう話は今してないから大丈夫だ」

「そ、そうですよね……はは」

 乾いた笑いが取調室に木霊する。

 楓は尋問が得意ではない。人の脳みそに電流を流して強引に自白させることは得意であるが、基本的に脳みそがクラッシュして廃人になってしまうため好まない。

 そのため、今回も思いの外、時間がかかりそうである。


「まったく。これが君の尋問かい?局長。有意義な情報が皆無じゃないか」

 鼻血を拭いながら真琴がでしゃばった。

「ほう。このタイミングで文句を言うってことは自分の方がしっかりやれるということなんだろうな?尋問拷問のスペシャリストさん」

「もちのろんでごぜぇますよ」

 楓は椅子から立ち上がり、刹那が代わりに椅子に座った。

 黒崎真琴は現在、国家安全保障局という旧来の警察のような組織に所属しているが、元は国家犯罪者であり、西日本を支配しているヤクザ〈黒崎組〉の組長の息子であった。

 ヤクザだった頃には組員たちによって尋問や拷問のやり方を教わったりしている。

 そんな彼がどうして国家安全保障局の大将を務めているのかはまた別の話。



「さて、じゃあミズ・ナイトレイくん」

(こいつバカだな。ミズの後に敬称をつけてやがる)

「君は局長である青野楓のファンだと言ったけど、それは事実かい?」

「はい!もちろんです!」

 強めの肯定。


「それじゃ、どうしてファンになったのか聞かせてもらえる?」

「師匠に引き取られた時なので……10年前、ですかね?」

「10年前って言うと……あぁあれか、青野楓無双伝説の始まりとも言われてる闘技場のトーナメントで初戦から決勝まで瞬殺完勝だったというあれか」

「はい!それです!あれは本当に凄かったです!」

 楓はむず痒かった。世界最強たる楓にとって他の魔法使いを圧倒することは当然ではあったが、過去の功績を掘り起こされるのはあまり気持ち良いものではなかった。


「それで惚れた、と」

「魔法使いとして、ですがそうなります。こんな風になりたい、とその一心で師匠の元で魔法の修練をしてきました」

「なるほど」

 刹那は頭部に装着していたスマートグラスに情報をまとめた。

 音声入力システムと脳波コントロールシステムにより誤字のない会話の完全な文字起こしが可能であり、調書の作成に便利であった。

 その他にも村雨システムと連動しており、状況次第では世界最強の魔法使いである楓と互角以上の情報能力を持つ。


「今の話は、例の白人男性にもしたのかな?」

「そうですね。おそらくしたと思います」

 おそらく、という事はしていない可能性もあるという事だが、彼女の性格から考えて問題はなさそうである。

「他に何か話したことはある?」

「いや、基本的には楓さんの研究資料とか解決してきた事件についてとか、だと思います」

「〈魔法学校襲撃事件〉や〈上海シャンハイの悲劇〉とかかい?」

 この2つのワードを聞いた瞬間、楓はピクっと反応した。

「それは触れてないと思います。それは楓さんにとって()()()()()()でしょうし」

()()()()()()()()()()をわざわざする道理はない、ね。合理的だ」

 若干、本当に若干だが楓はつまらなそうな顔をした。


「となると、饒舌にいろいろなことを話したと思うけど、自分の話はしなかった?例えば魔法学校のこととか、青野渚氏のこととか」

「聞かれた記憶はないです」

「局長のことだけ?」

「いや……えっと、どうですかね?どんな質問をされたからこんなことを言ったのかとかは分からないです」

 流石の尋問も本人の認識を超越する事はできない。

 それは読心魔法を使っても不可能なのだ。心にないのだから。

「……なるほど、これは面倒そうだ」

 本音が漏れている。

 楓は『つっかえねぇな』と聞こえるボリュームで呟いた。

 だが、真琴もこのように自分の意識に存在しない体験について尋問する経験も乏しいのだ。

 非効率にもなる。


「じゃ、じゃあ、なんで国家安全保障局に入局しようと思ったのか聞かせてもらおうかな?有益な情報が得られるかもだし」

 情けない言い方である。

 そんなもの質問しなくても良いだろう。

 その理由は。

「もちろん!尊敬する青野楓さんの下に就きたかったからです!」

 ロイがこう答えるのはその場にいた全員が予想できていた。

 実際、職員の志望動機の約7割はこれであり、残りの3割弱が労働条件。

 職務内容や一身上の都合を理由にしている者は全体の1割にも満たない。


 『世界最強』という称号はそれほどに価値があった。

 他の追随を許さない圧倒的な実力。楓の戦闘能力は〈偉大な魔法使い達(マギカ・グランデ)〉と謳われている世界最高峰の7人の魔法使いたちの中でもトップクラスであり、理論上、対等に戦える者も数える程度しか居ない。

 だが、楓は冷静に1つの疑問があった。

 それは彼女の戦闘能力の高さである。

 彼女の師である渚もロイ・ナイトレイが〈偉大な魔法使い達〉に匹敵すると考えていた。

 にもかかわらず、当の本人は自己を過小評価しているように思える。

 史上最年少で魔法学校を卒業している時点で自尊心を形成するには十分であろう。

 楓に至っては〈偉大な魔法使い達〉としての特権をフルに活用していた。

 特権乱用と言われるほどに活用していた。

 それを考えれば彼女の謙虚さは不可解を通り越して気持ち悪いくらいである。


 魔法使いにとって、矜持とは非常に重要な位置に属している。

 当然だ、矜持を持っていない魔法使いほど非効率なものもいない。

 一般人が役者のする過度な食事制限による肉体改造を真似したならば、高確率でリバウンドなどが起こる。しかし、役者たちはこれを意地や矜持によって乗り越える。

 禁欲的ストイックだと言っても同じ人なのだ、甘えが発生すれば人は負ける。

 矜持とはそれほど重要なのである。

 苦難を乗り越えるための覚悟がなければ、人は堕落する。

 怠惰こそが人の本質であり、休息を人は無意識に求める。


 では彼女はどうだ?

 持ち合わせるべき矜持もない、抱くべき自尊心もない、あるのは不必要な謙虚さだけだ。

 だが、それは妙なことではない。

 楓は知っている。この少女と同じ人間を知っている。

 何人も見てきた。

 成長することを、向上することを諦め自分の限界点を勝手に決め付けて停滞しようと思う者たちを何人も見てきた。

 もっとも、彼らと違い、ロイの戦闘能力は非常に高い。

 楓の切り札『〈精霊の激昂(スプライト)〉』は文字通りの意味での必殺技。

 そう、『必ず殺す』という意が込められている。


 事実、楓はそうやって何人も殺してきた。

 殺したかったわけではないが殺してきた。

 それが世界最強と謳われる自分にしかできないことだと信じ、他者から殺戮者だのと蔑まれても殺してきた。

 国家の安全を保障するための組織の長としての()()があった。

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