4話、事件は解決した?
前回のあらすじ。
謎の少女との戦闘に突入、そして、青野楓は『世界最強の魔法使い』としての実力を見せ付ける。
楓は白目をむいて倒れている少女を見ながら「あー、最初からこうしておけば良かった」と結果論を述べる。
しかし、小学校の校舎が半壊以上してしまっている。修繕費は国家安全保障局が負担するがつまり税金になる。楓の支持率がまた下がることはほぼ間違いない。
修繕費の見積もりを見るのが怖いと言えば怖いのだが、楓は楽観的に構えた。金で解決できない問題の方が怖かったから。
『もしもし局長。制限の解除をレベル5まで確認できたんだけど、流石にこれはやりすぎだと思うんだよね』
システムを通して戦闘を傍観していた村雨が楓に対して文句を吐く。
最初、楓もここまでする気はサラサラなかったのだが、楓の出した答えは。
「そうか、オレは思わんから問題ないな」
『問題しかないよ!局長が責任とってくれないと村雨システムの問題扱いになるから困るんだけど!!』
「はいはい、分かりましたよ」
『…………あれ?それだけ?』
「どうした?」
『いつもならくだらないやり取りが3回くらいあるからさ』
「さすがに今回は疲れた。今から事情聴取もあるし、なにより問題はこれだ」
気絶している少女を小脇に抱えて楓は小学校を後にする。
事後処理も本来なら国家安全保障局の局長である楓の仕事なのだが、楓は部下に任せ保障局本部での取調べをすることにした。
『まぁ、確かに。彼女どうしたんだろうね?』
「さぁな。それを調べるのもオレの仕事だ」
学校を出てすぐにパトカーが停車しており、その助手席に乗っていた奇天烈なメガネをかけた男が窓から顔を覗かせる。
「局長お疲れ様。今回はずいぶん苦戦したらしいけど、大丈夫かい?」
「真琴か。お前で助かった。赤戸だったら(領収書の件で)間違いなく死んでた」
飄々とした態度で楓を労ったのは黒崎真琴。
国家安全保障局の所属で階級は大将。
大将は局長と副局長の次に偉い階級であり、保障局には真琴を含め3人の大将が在籍している。
「言いすぎっすよ。副局長だって流石にそこまで残酷なことしないって。せいぜい、指を切り落としたくらいだろうさ」
「穏やかじゃない、全然穏やかじゃない」
楓はほのかに戦慄した。赤戸ルナなら本当にやりかねない。
「で、それがロイ・ナイトレイね。うんうん、写真で見るよりもずっと可愛らしい感じじゃん」
「ロイ・ナイトレイ?なんだ、こいつを知ってるのか?」
未だ気絶したままの少女のことを指しての発言らしいが、戦闘開始からまだ10分も経っていない。情報収集が引くほどに迅速であった。
「まぁね。その説明は帰りながら話すことにしようか。さぁ、乗りたまえ」
楓は少女、改めロイを適当に後部座席に乗せて自分も隣に乗った。
▽
「では出してくれ」
「は!」
真琴は運転手に指示を出す。運転手はおそらく平の局員なのだろう。
「さてと……あー、ジュースはあるか?」
「そうだね……ジンジャエールならある。飲みかけで良いならコーラも選択肢に加えよう」
「野郎と間接キスする趣味はオレにはねぇよ。ジンジャエールをくれ」
「あいさー」
ジンジャエールのペットボトルを投げられ楓はそれを当然のように受け取り、蓋を開けて飲む。
「ふぅ……それじゃまず、今分かってることを聞かせてもらおうか」
「了解。それじゃまず被疑者3人から。身元は白人2人がそれぞれオーストラリア人とイタリア人、黒人の方はケニア人。身長が2メートル前後という点の他の共通点はフリーランスの傭兵で、それ以外は現在調査中」
ここで村雨が割り込んでくる。
『青野楓を心底憎んでいる、というのは?』
「おい」
「局長を憎んでいる人間は地球上に数億、いや十億以上はいるので共通点としては大きすぎると判断」
「おい!」
「そんなことは置いておくとして、最も奇妙なのは全員レイン・アンダーソンとの繋がりを持っていないということが挙げられる」
「……なるほど」
納得がいった、と言いたそうな顔で楓は真琴の話を聞いた。
『えっと……レインの解放を望む誰かに傀儡として操られていたということ?』
「そう考えて問題は無い。となると次に気になるのは手段か。あの様子から察するに脅迫されたわけではないな。それにしては落ち着いていたし、なにより」
『青野楓の介入が予想できるエリアでの犯行にしては戦力がお粗末過ぎる、だね』
「そういうことだ。そしてこの小娘……えっと、確か」
「ロイ・ナイトレイ」
「そうだそうだ、そのロイだ。ロイは明らかに錯乱していた。これの乱入も全て黒幕が仕組んでいたのであれば、何らかの洗脳や催眠術に長けた魔法使いが絡んでいると考えるのがベターか」
右横で気絶しているロイを見ながら先ほどの戦闘を思い返す。
本気を出す出さないに関係なく楓の勝利は戦う前から確定していた。ならばなぜロイをあの場に差し向けたのか、それは完全に理解の次元を超えていた。
無意味としか言いようがない。なぜ黒幕はこのような行為をしたのか謎の極みである。
「今のところ、保障局も局長と同じ判断だ。それで局長、何か気になる点は?」
「そうだな……レインとの繋がりがないと言ったが、ロイ含めて4人は〈クリフォト〉の人間ではないんだな?」
「男性3人の素性はフリーランスの傭兵と言ったね?金さえ貰えばどんな組織でも一流の仕事をしていたそうだよ。そのおかげで海外の方のデータベースにはしっかりと記録が残ってた。密入国じゃなければ村雨システムで3秒もかからず特定できたことだろう。取調べに対し、彼らは3人とも『依頼主と仕事内容と報酬の話をしたことまでは覚えているが、どうして自分たちがあんなことをしたのかは分からない』と言っている。〈クリフォト〉との関連性は今のところ否定は出来ないけど、彼らとの繋がりはないと考えておそらく問題はないだろう。ただし、依頼主その人が〈クリフォト〉の人間の可能性は十分高い。
ロイの方はこっちの資料を読んでもらった方が早いかな」
楓は真琴に手渡しされたタブレット画面の資料に目を通す。
氏名、ロイ・ナイトレイ。
年齢、16歳。性別、女性。
職業、国家安全保障局所属の魔法使い。
備考、かつて謳われた大天才『青野渚』に6歳の頃に引き取られ、以降10年近く彼を師として暮らしていた。
12歳の頃に魔法学校に入学し、マギカ・グランデの一人であるステラ女史が持っていた最年少卒業記録を更新したことで彼女自身の優秀さは保証される。
魔法学校を卒業した後、彼女は道を決めあぐねていたらしく、青野渚によって国家安全保障局副局長の赤戸ルナに推薦状を書き、そして赤戸ルナがそれを受理。
なお、正式な入局は3日後に予定されている。
と記載されていた。
少女の正体が国家安全保障局の人間であるなら短時間でここまでの量をまとめるのも当然うなづけるし、真琴がロイという名前を知っていたのも納得だ。
だがそれでも1つ、楓には不愉快な記述が存在していた。
「なんだこれは?この資料、間違いは無いのか?」
「あぁ、村雨システムに探知されないようにデータベースへの不法なアクセスもあったからロイはほぼ白だと判断できる。彼女が最初からスパイだと言うならこんな回りくどいやり方は非効率な上に意図も不明だ。こちらの撹乱することが目的だとしてもスマートじゃない。僕の考え方が気に食わないなら、局長自ら拷問でも尋問でも好きなだけすれば良い。君に嘘をつける人類なんてこの世にいないだろうからね」
「問題はそこじゃない」
「というと?」
「青野渚がかつて謳われた大天才だと?他の箇所も含めて主観が入りすぎている」
『そこなの!?局長!!』
「重要だ。執筆者は誰だ?説教してやる」
「その資料の執筆担当は僕だが、内容に関しては渚殿本人が書いたものを拝借し適当にアレンジしたものだよ」
「つまり、大天才という部位は自称だと?」
「イエス」
「あのアホめ。そんなだから〈偉大な魔法使い達〉の称号を剥奪されるのだろう……まぁそれは良いとして、なぜ国家安全保障局の人間がオレに牙を向いた?」
立て篭もり犯は共通点としてフリーの傭兵であるのなら、なんらかの暗示で楓を狙うことに違和感を持つことや反発することを禁じられていたと考えることはできるが、楓の部下になるような人間があれほどの殺意を抱く道理が楓には読めなかった。
「さぁ?それは今から局長である貴方が調べてくれ。彼女に関しては来日した後に宿泊予定のホテルにチェックインし、夕方に銀座でネパールカレーを食べていたことまでしか分かってない」
「チッ!使えねぇな」
たった10分でそんなことまで調べているのは十分優秀な部類なのだが、楓は有益でない情報に価値を感じなかった。
「おっと、そうだ。忘れてた」
楓の不満を戯言と見なし真琴は無視してジャケットの内ポケットから封書を取り出して楓に渡そうとする。
「なんだ?手紙か?」
楓はその封書を手に取り怪しげに観察した。
「あぁ、先ほど渚殿から送られてきた。おそらく君宛の推薦状なのだろうがなぜ電子メールではないのかは分からないし、特殊な封印術式が仕組まれていて我々では読むのが面倒な上にそこまでする必要も無いと判断した」
「ふん。あの人も何を考えているのか……」
楓はその封書を手に取り術式を解析する。
術式自体は非常に単純なものであるが、真琴が説明したように特定の人間以外が術式の解除が困難な仕掛けが施されている。
しかしこの封印術式は楓が解除できるように仕掛けられていたため、楓は問題なく術式を解除して、中の手紙を読む。
「…………そうか」
一声だけ漏らし、楓は手紙を魔法で焼却処分する。
「それで?なんて書いてあった?」
「特段気にする内容ではない。彼女がエリザベス・ナイトレイの娘だということくらいだ」
「ほう、〈偉大な魔法使い達〉のエリザベス女史の。随分と恵まれた素質と経歴だ」
「確かに。血統と師匠に恵まれていたのであれば、あの戦闘能力にも説明がつく。だが……」
楓は口を閉じ、妙な静寂が生まれる。
「だが?何か気になる点でもあったのかい?」
「いや、どうでもいいことだ。忘れてくれてかまわない」
「そう?ならそうしよう」
楓が気になったのは本当に些細なことであった。
それはエリザベスと青野渚の研究テーマである。
〈偉大な魔法使い達〉の一人、エリザベス・ナイトレイは『人間という種の超越』を主軸に研究を続けている。彼女の研究内容は青野楓も認めるだけの内容であったが、楓にはエリザベスの目指す『人間の超越』が分からなかった。彼女のゴールとはどのようなものなのか、それは予想はできたが理解できるものではない。
対して青野渚が研究をしているのは『人間の可能性』、これは彼とその兄、つまり楓の父も研究していたテーマであり、文字通り、人間を超えるつもりはなかった。
あくまで人間としてどれだけの魔法使いになることができるか、というある種の限界の模索という意味である。事実、楓は人間という規格でありながら常人の領域を超えている。
要するに、エリザベスと楓を含む青野一族の研究は平行線であり、決して交じり合うはずがない。それは〈偉大な魔法使い達〉でもある楓が一番分かっている。
そんなエリザベス・ナイトレイの娘が渚の弟子になったというのは楓にとっては不可解であった。
魔法使いにとっても血統とは重要であり、基本的に子は親から、弟子は師から研究を受け継ぐ。
おそらく、ロイがエリザベスの弟子にならなかったというよりも、エリザベスの方がロイを弟子に認めなかったのだろう。
しかし、ロイは6歳の頃から渚の弟子だと書いてある。
6歳で実の娘を見限る魔法使いは珍しいという次元ではない。
マトモな魔法使いならその年頃から魔法の修練が始まる年齢だ。
気になる部分が多く、楓は釈然としなかった。
だが、これだけしか書いていなかったのならわざわざ封印術式を仕掛けてまで封書を送る必要がない。
真に重要なのは楓が真琴に話さなかった部分であり、手紙には楓本人に向けて書かれた文章があった。
『楓よ。ボクは彼女、ロイ・ナイトレイを君と同じマギカ・グランデにしたいと考えた。今のままでは次のマギカ・グランデはおそらく君の部下である赤戸ルナになるはずだ。
しかし、そうなればマギカ・グランデというシステム上、損をするのは君だろう。
けれど、ロイがマギカ・グランデになったとしても、誰も損をしないだろうし、君にとっても良い点だらけで利害の一致、今風に言うとwinwinだっけ?まぁそうなる。
それに、ボクも自分の弟子の出世に貢献したいのさ。君を弟子にしなかったことは非情に後悔してる。本当だよ?信じてくれるとは思っていないけどね。
なに、問題はない。君はともかく、エレナ嬢だって16歳の時にはマギカ・グランデだったじゃないか。だから君にも手伝って欲しいと思った、魔法使いの先輩として色々教えてやって欲しい。
君がまだあの事件のことを後悔しているのは知っている。あれは悲惨だった。あれは君にとって乗り越えられない悪夢なのは理解しているさ。
だが、それを差し置いても、君は私の頼みを聞いたほうが良い』