思い出の場所で
『・・・・ねえ、諒ちゃん、こっち向いてよ』
『・・・・・・・』
『私、やっぱり諒ちゃんと同じ大学に・・・・』
『バカにすんなよ。お前は受かったんだから、東京行けよ』
『だって・・・・・』
『お前はエライよな。小っさい頃からの夢に向かってまっしぐらでさ』
『諒ちゃんだって、別の大学でも留学できるんでしょ?なにも東京じゃなくても・・・・・・』
『お前バカか?オレが滑り込んだ大学とお前が受かった大学じゃ、就活でどんだけ差が出てくると思ってんだよ。まさか大学名なんて関係ない、本人の実力次第だ、なんてキレイ事言うんじゃないよな?』
『バカですよ!だから私が大学受かったのなんてまぐれで奇跡だもん!でもしょうがないじゃん!受かっちゃったんだから!私だって、諒ちゃんのいない大学なんか行きたくないよ!それに、子供の頃からの夢が変わらないのって、そんなにエライわけ?諒ちゃんがいく社会学部だって、諒ちゃんが前からちょっと興味があった都市開発の勉強ができるから選んだんじゃないの?海外の街作りって面白そうって言ってたじゃない。夢って、そんな風に変わっていっていいんじゃないの?方向が変わったり、諦めたりしたっていいじやん!ダメだったらやり直すのもアリじゃん!』
『簡単に言うなよ!』
『簡単に言うわよっ!就職だって、有名な大企業に就職するのがそんなにエライの?!そんな会社じゃなくても、諒ちゃんのやりたかった仕事はできるんじゃないの?諒ちゃん、私のテストの結果が悪かった時に言ってくれたじゃない。どこが悪かったのかを反省して、次につなげればいいって。失敗は成長の種だって。失敗を引きずってたら時間の無駄だって!プランAがダメならプランBにしたらいいって!!そう言ってた諒ちゃんが、なんでそんな風になっちゃうのよっ!あれは嘘だったの?本当はそんなこと思ってないのに、私を慰めるために口からでまかせ言っただけなの?』
『うるさいな!自分のことになったら平常心でなんていられるわけないだろ!もういいからほっといてくれよ!』
『ほっとけないわよ!諒ちゃんだって逆の立場ならほっとかないくせに!』
『うるさいっ!』
『どこ行くの?逃げないでよ!ちゃんと話しようよ!』
『お前と話すことなんかない!』
『待ってよ!諒ちゃん!諒ちゃんってば!行かないでよ!諒ちゃん!そんなのかっこ悪いよ!諒ちゃんってば!・・・・・・・・・そんなの、そんなの私の好きな諒ちゃんじゃないっ!!』
叫ぶなり、弥生はオレを引きずって打ち寄せる波に力いっぱい落とした。
バシャ―ンッ!!
海水のねっとり感が身を包み、オレはそれを飲んだ息苦しさと被った水の感触で、
目が覚めた。
最初に目に入ったのは、天井の模様だった。
・・・・・そうだ、オレは弥生の家の居間で眠っていて・・・・・
寝起き頭で回想していたが、
バシャンッ、ジャ―――ッ!
目の前の窓に勢いよく水がかけられ、ビクッとして跳ね起きた。
きちんと閉じられた窓からは水が入り込むことはなかったが、まるで夢の延長がまだ続いているかのような錯覚に襲われたのだ。
けれど窓の向こうの裏庭で弥生が水まきをしているのだと分かると、そこでようやく、錯覚から抜け出せたようだった。
「あ、おはようございます。すみません、うるさかったですよね・・・・」
ホースを下に向けて、窓越しに弥生がそう言ってきた。
オレは膝歩きで縁側に移動すると、ガラリと音を立てて窓を開いた。
「おはよう。朝から水やり?」
弥生は足首までのデニムパンツに、透かし模様の入った白いノースリーブシャツを着ていて、シャツは裾に向かって広がるデザインで、弥生が動く度にひらひらと腰下で揺れる光景は、涙が出そうなほど懐かしかった。
それは、弥生が夏になるとよく着ていた、お気に入りの一枚だったのだ。
弥生は昨夜最後に見た時の様子とは打って変わり、清々しい、朝にぴったりの表情をしていた。
昨夜、オレは自宅から持ってきた四冊のアルバムを居間の座卓に置いたが、弥生はひとりで見たいと言って、その全部を持って上がっていったのだ。
弥生がアルバムを眺める隣で、この時はこうで、ここはこういう場所で、と解説する気満々だったオレは、些か拍子抜けしてしまったけれど、弥生が落ち着いて思い出と向き合えるならばと、おとなしく引き下がることにしたのだった。
「そうなんです。雨も降りそうにないし、なんだかかわいそうになっちゃって。あ、これを片付けたらすぐ朝ごはんの用意しますね」
記憶がないくせに甲斐甲斐しくそんなことを言ってくれる弥生に、オレはつい、頬が緩んでしまいそうになる。
「いいよ、今朝は簡単にトーストにしよう。それとサラダくらいならオレも出来るし」
「そうですか?それじゃ、私はオムレツでも作りますね。とりあえずホースしまってきます」
弥生はそう言うなり、長いホースを両手で巻きながら走っていった。
弥生の消えた裏庭を見ると、水のかかった緑がきらきら陽の光に反射していて、ただ純粋に、きれいだなと思った。
そこそこの大きさの木が何本か立っていて、プレハブ小屋と逆の端には弥生の親父さんが育てている植物が大きな鉢に植わっていたりしるが、オレは旅行中、特に水やりを頼まれていたわけではなかった。
もしかしたら記憶をなくす前の弥生は頼まれていたのかもしれないが、それを確かめることは今はできない。
けれど、何がそうさせたのか、今の弥生は自発的に水やりをした。
ただの偶然なのだろうけど、庭の緑がきらきらしていて、オレはそれが、ちょっと気分よかった。
目覚める直前に見ていた夢の、嫌な感じを払拭できるほどには。
朝食後、オレ達は車で出かけることになった。
「昨日アルバムを見ながら思ったんですけど、行ける範囲で構わないので、思い出の場所に連れていってほしいんです。もちろん写真にない場所でもいいんですけど、私が好きだった場所とか、二人でよく行った場所とか・・・・」
弥生がそう頼んできたからだ。
オレは一瞬、弥生がアルバムを見て何か記憶の欠片を見つけたのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
ただ、アルバムの中の自分があまりにも楽しそうで、
「なんとなく、思い出というか・・自分の足跡みたいなものを辿ってみたくなったんです」
弥生ははにかみながらそう言った。
オレはすぐに出かける準備をしつつ、ざっくりと予定を立てた。
どうせなら一日フルに使って、なるべくたくさんの場所に連れて行ってやりたい。
そして大体のスケジュールを頭に並べてから、一応、親達の利用している旅行代理店に電話をかけてみた。
今日は一日ずっと外出することになるので、念の為だ。
だがやはり、電話はつながらなかった。
オレは短いため息で通話を終わらせると、車のキーを持って、二階で準備している弥生に声をかけたのだった。
まずは歩いても行ける距離だが、幼い頃に毎日通った公園に向かった。
夏休みのはずだが公園は無人で、おかげでオレ達は気兼ねせずに見て回れた。
「・・・・ここで、よく遊んでたんですか?」
「子供の頃はほとんど毎日来てたよ。弥生がなかなか逆上がりができなくて、夜遅くまで練習に付き合わされてた」
「それ、いくつくらいの時の話ですか?」
「確か・・・・小一か小二だったかな」
「その言い方だと、諒さんは逆上がりできてたんですね」
「オレはすぐにできたよ。運動神経はいい方だったんだ」
オレが鉄棒をぽん、と軽く叩きながら得意げに言うと、弥生も鉄棒を両手で握ってきた。
そして、
「・・・よし」
と言うや否や、
えいっ、と両脚を蹴り上げた。
・・・・・・・けれど、その脚は鉄棒を超えることなく、見事に地面に落とされた。
勢いよく落ちた足に引っ張られて、弥生はそのまま尻餅をついてしまう。
「何やってんだよ、弥生」
オレが笑いながら手を貸してやると、弥生は恥ずかしそうに立ち上がった。
「・・・・・すみません。できると思ったんですけど・・・・。諒さんはできますか?」
しれっと挑戦状を出してくる弥生に、オレは軽く肩を回してみせる。
そして弥生と交換するかたちで鉄棒の正面に立った。
「たぶん、できると思うけどな・・・・」
言った直後、力いっぱい蹴って脚を空に放ったが、
弥生と同じく、それは地面に戻されてしまった。
「なんだ、諒さんもブランクがあるとダメなんですね」
クスクス笑われて、オレは苦笑いを返しながら立ち上がった。
弥生のように尻餅をつかなかっただけ、まだマシだったと思いたい。
「ブランクっていうか、体が大きくなりすぎたんだよ。これは子供向きの鉄棒だから」
もっともな言い訳ではあるが、負け惜しみにも聞こえる。
オレ達は顔を見合わせて笑った。
そのあとも、いくつかの遊具に触れたり、実際に乗ったりしてみたが、そのどれもが当時とまるきりサイズ感が変わっていって、
当たり前だけど、オレは、自分達が大きくなったんだなと、あの頃とはもう違うのだということを、実感した。
だが弥生は、ブランコもシーソーもジャングルジムも、無邪気にトライしていた。
声を出して笑い、弾んだ表情で体を動かす弥生を見ていると、記憶のことなんか忘れてしまいそうになった。
昔に戻ったわけではないけれど、それに近い感覚に、懐かしさが押し寄せてきそうで・・・・
オレは弥生の姿を目で追いながら、複雑な思いを抱いていた。
やがて、幼稚園くらいの子供を連れた女性が公園にやってきたので、オレ達は引き上げることにした。
車に戻ると、助手席の弥生が鞄からなにかを取り出してオレに渡してきた。
「これで手を拭いてください。遊具って、何気に汚れてますから。特に鉄棒」
弥生が渡してきたのは、ウェットティッシュだった。
その時、また、例の違和感に包まれた。
オレは度重なるこの違和感に慣れてきているのか、その正体とか原因を探ったりしても正解が見つからないと、諦めの姿勢になりつつあった。
「準備がいいね。さすが」
「さすが、・・・ですか?」
「あー・・、いや、特に深い意味はないけど」
不躾に訪れる違和感は無視することにして、オレはそう言った。
関心したのは嘘ではないが、昔、何度も何度もこんな風に弥生にウェットティッシュを手渡されることがあったので、オレは、まるでデジャヴのように感じるところもあった。
弥生は躊躇いがちに、口を開いた。
「・・・・・・幼馴染の諒さんならご存じかもしれませんけど、どうも、以前の私は、そういうところによく注意がいく女の子だったみたいですね。鞄にはウェットティッシュだけでなく、アルコール除菌スプレーとかも入ってましたから・・・・・・」
言われて、ああそうだったよと、オレは頷いた。
弥生は明朗で細かいことは気にしないタイプだったが、衛生面では気を遣うところもあった。
だがあくまでもそれは最低限のレベルであり、決して潔癖というわけではない。
そしてそんな日常が、今まさに再現されて、オレは、少なくはない喜びを感じていたのだった。
それからオレ達は、通っていた小中高校をまわった。
どこも夏休みに入っていて授業はなさそうだったが、クラブ活動の活気ある賑やかさが溢れていて、門の外から、その風景を眺めていた。
弥生は助手席の窓を全開にして、そのどれもをじ・・・っと見つめていた。
その瞳はまっすぐ、真剣で、さっきの公園での表情とはまるで違う。
今、新たに記憶のページに焼き付けるような・・・、そんなふうに見えた。
公園と学校を見てまわってると、正午を軽く過ぎていた。
オレは出る前にざっくり立てた予定通り、昼飯を隣の隣町の大型ショッピングモールでとることにした。
そこはよく二人で買い物に出かけた場所だったのだ。
大体は、弥生に頼まれてオレが付き合う・・・という形ではあったのだけれど。
そしてそのショッピングモールに向かってる途中で、オレはセルフ式のガソリンスタンドに寄ることにした。
行き帰りくらいなら心配ないが、予定外のコースになるかもしれないからだ。
もし弥生が他にも見てまわりたいと言ったら、オレはそれを叶えてやりたかった。
そのためにも、なるべく多めに入れておいた方がいいだろう。
「ちょっと寄り道。ガソリン入れてくよ」
オレはウィンカーをつけながら弥生に断った。
馴染みのスタンドは夏休みのせいか、若い男の客が多かった。
定位置に車を止め、弥生には「暑いから中で待ってて。でもエンジン切るから、ちょっとだけエアコンなしで我慢しててくれる?」と告げて、外に出る。
外は、夏の空気とスタンド特有の熱気みたいなものが混ざり合っていた。
助手席側に給油口があるので、オレが作業している間も、なんとなく、弥生の様子は窺えた。
エアコンが切れて少しずつ室温が上昇していくと、弥生は手で扇ぐような仕草を見せた。
そしてその時、どこからともなく、またもや違和感が巡ってきたのだ。
・・・・まったく、意味が分からない。
なぜ何度も何度もこんな風に違和感に襲われなくてはならないのだ。
そのすべてが弥生と一緒にいる時に起こっているので、弥生に関することなのだとは思うけれど、それにしても頻度が上がってきているように感じてならない。
オレは給油口のキャップを必要以上にきつくきつくしめて、どうにか、しつこい違和感を押しやったのだった。
午後を一時間以上過ぎて着いたショッピングモールは、日曜日の夕方のような混み具合だった。
つまり、混んではいるが、大混雑というほどでもない、そんな感じだ。
オレ達は先に昼飯にしてから、弥生が気に入ってた店を見ることにした。
さすがに昼飯時のフードコートは人、人、人、だったが、どうにか二人分の空席を見つけることができた。
オレはラーメン、弥生はパスタセットを選び、別々の店だったが、それぞれ二人揃って注文しに行った。
これだけの人混みでは、弥生が不安になってしまうかもしれないと思ったからだ。
そして席につき、食べはじめたところで、またあの違和感。
オレは、もう勘弁してくれ・・という疲弊感すら芽生えてきて、わざとらしく大きな音でラーメンをすすってやった。
けれど思った以上の熱さに、思わずむせそうになる。
慌ててトレイの上にあた水を飲み干し、麺を流し込んだが、まだ喉元には熱が残っていて、オレは拳で何度も鎖骨あたりを叩いた。
そんなオレの落ち着きない様子に、弥生は少しだけびっくりしたような目をしたが、次の瞬間には「大丈夫ですか?」と、唇には笑みが浮かんでて、オレは、苛立ちさえ覚える違和感に打ち勝つことができたのだった。
熱々ラーメン騒ぎのあと、フードコートを出たオレ達は、最上階の三階までエスカレーターで上り、自動販売機が並ぶ休憩所のようなところで店内案内マップを広げた。
「この店と、この店と・・・・・あ、あとここも弥生がよく行ってたな。セールになる度に付き合わされてたし、正月の福袋とかはオレも並ばされたんだよ。めっちゃ恥ずかしかったけど」
オレが指差しながら教えると、弥生は「それは・・・・すみませんでした」と小さく頭を下げた。
「いや、別にいいんだけど。弥生は嬉しそうにしてたから。・・・・・じゃ、取りあえず一番近いとこから見ていこうか」
こんなこと大したことじゃない、謝るほどのことでもないよと、そんな想いを込めてオレは笑ってみせた。
すると弥生も安心したように、ほんのりと笑い返してくれて、オレのすぐ隣を歩きはじめた。
記憶をなくしてからは、一緒に歩く時弥生は必ずオレのすぐ後ろについていたので、こんな風に真横に並んで歩くのは久しぶりだった。
そして、そんな些細な変化が、ちょっと嬉しかった。
けれど、気分を上げたそのすぐあとで、オレは、再びあの違和感と遭遇してしまったのだ。
それは、弥生が気に入ってよく通っていた石鹸の店の前に着いた時だった。
弥生が「かわいい・・・・」と言いながら店に吸い込まれるように入っていく後ろで、オレは、強烈な違和感に見舞われていた。
・・・・・・・・いったい、なぜ・・・・・・・
今回はあまりの違和感の大きさに、吐き気までしてくる。
オレは店には入らず、店の前の通路の壁にもたれるようにして、弥生の姿を目で追った。
弥生はオレの変化になど気付かず、店の中を好奇心いっぱいな態度で見てまわっている。
オレは弥生に気付かれなかったことにホッとした。
だが違和感は、徐々に存在感を増していく。
オレは吐き気だけでなく頭痛までしてきて、あまりの不快さに、目を瞑った。
「・・・・・・諒さん?」
しばらくして、オレを呼ぶ弥生のこえに、目を開いた。
そこには、俯いたオレの顔を、心配そうに覗き込んでくる弥生の姿があった。
「どうしたんですか?気分が悪いんですか?」
尋ねてくる弥生は今にも泣き出しそうに見えて、オレはすぐさま否定した。
「大丈夫だよ。ちょっと眠たかっただけだから。ごめんね、心配かけて」
眠気など微塵もなかったが、オレは弥生を安心させる為に平気で嘘を並べた。
だが弥生はそれをすっかり信じてくれたみたいで、ホッと、さりげなく胸を撫で下ろすのが分かった。
弥生は興味を示したものの、その石鹸の店では何も購入せず、次の店に向かった。
そしてその店から離れた途端、あの、強烈な違和感は音もなく消え去ってくれた。
オレは、あの違和感がどこから来て、どうして去っていくのかがまったく分からなかったけれど、ひとまず、吐き気と頭痛もすっかりなくなってくれたので、そのあとは差し障りなく、弥生を案内することに専念できたのだった。
「あの、もし諒さんがお疲れでなかったら、もうひとつ、連れて行ってもらいたいところがあるんですけど・・・・・・」
ショッピングモールの立体駐車場を出口に向かっている途中で、弥生がそんなことを言い出した。
オレは心の中でガソリンを満タンにしておいた自分を褒めてやりつつ、弥生に「いいよ。どこ?」と返した。
「昨日行った、あの浜辺に・・・・・。そこって、私と諒さんがよく行ってた、思い出の場所なんですよね?」
「そうだよ。小さい頃から、弥生が進学で東京に行くまで、しょっちゅう行ってた場所」
答えながらも、オレは、胸に苦い記憶が蘇るのを感じていた。
弥生が東京に行く前、最後にオレと会話したのが、あの浜辺だった。
いつまで経っても弥生が受かって自分が落ちたという現実を乗り越えられずにいたオレを、弥生がしびれを切らして叱ったのが、あの浜辺なのだ。
『夢が変わったっていいじゃないの?』
『ダメだったらやり直すのもアリじゃん!』
そう叫ばれたオレは、それが正論過ぎて、むしろ苦しかった。
いつも余裕ぶって、弥生はオレが守ってやらなくちゃとか、弥生はオレがついてないとダメだなとか、自分勝手に自惚れていたくせに、あんな結果になって、オレの自尊心は木っ端微塵に砕け散ったのだから。
なのに、そこへきて、オレの自尊心を木っ端微塵にした張本人の弥生から正論を諭されたところで、素直に耳に入れられるはずはなかったのだ。
だが最後、逃げ帰ろうとしたオレを引き止めた弥生が、オレを波しぶきの中に放り込んでから放ったセリフが、今も鮮明に残っている。
『・・・・・・・・そんなの、そんなの私の好きな諒ちゃんじゃないっ!!』
打ち寄せる波の中、服ごと海水独特のぬめりに巻き込まれながら耳に届いたそのセリフの意味を、オレはすぐには理解できなかった。
そして弥生の言い放ったことが頭に届くと、オレはへなへな・・・と力が抜けるように、その場に座り込んでしまった。
だがその時すでに弥生の姿は浜辺にはなく、オレは、一人残された波の中で、わけもなく呆然としていたのだった。
今も考える。
あの日、弥生の言葉に真摯に耳を傾けていれば、たとえ住む場所が違ったとしても、幼馴染の距離を保ったままでい続けられたのだろうか。
あの時、浜辺から去っていく弥生に向かって ”オレも好きだ” と伝えていたなら、その後の四カ月の音信不通は避けられたのだろうかと・・・・・・・
そんなことをぼんやり考えていると、車は、目的の場所に到着したのだった。